凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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足かせとなっていた課題が・・・終わりました!


第百十話 掌の中の未来

~遥side~

 

 記憶を取り戻したいという千夏の意思を二人に話す前に、俺にはそれを尋ねるべき相手がいた。それが本業かどうかは分からないが、聞いてみるにはうってつけの人だ。

 千夏との話が終わるなり、俺は受話器を手に取って、あるところへ電話をかける。

 

 電話の相手はコールが数回と経たないうちに出た。

 

「・・・当ててやろうか、島波?」

 

「もう答え言ってるじゃないすか。というかすごい博打ですよこれ」

 

 普段からこういった態度でも取ってるのだろうか。本当に破天荒極まりない。

 

「なーんとなくな、お前から電話がかかってくる気がしてたんだよ。それこそ、あれからそれなりに時間が経ったからな」

 

「それより大吾先生、明日時間ありますか?」

 

「緊急の用事ならいつでも来い。そうじゃないなら・・・まあ、昼休憩にでもこいや。お前のために時間溶かしてやるよ。どうせまた、厄介事が絡んでるんだろ?」

 

 言葉にせずともそれが分かるくらいに、俺とこの人との距離は近いのだろう。

 

「まあ、昼休憩にお邪魔させていただきます。ちょっと色々、話したいことがあるんで」

 

「わーってるよ。んじゃ、そろそろ切るぞ。長電話は好きじゃないからな」

 

 そう言って大吾先生は早々に電話を切った。どこまでもさっぱりした性格だ。

 だからこそ、この人と話すのは楽しい、そう思える。

 

---

 

 翌日の昼、俺は大吾先生の元へ向かった。

 思えば、こんなにゆっくり歩いて病院を目指すのも久しぶりだ。大体が運び込まれるか、駆け込むかどっちかだったからな。

 そんな道中なもんだから、誰がそこにいるのかもしっかり目に入る。

 

「あれ?」

 

「ちさきか」

 

 病院へ向かう途中のバスの中、ちさきとばったり出会う。

 

「また病院?」

 

「またって・・・俺、そんなに行ってるように見えるか?」

 

「病院内で会うことはそんなになかったけど、焦ってる遥は何回も見てたからね」

 

「え、これまで何度かすれ違ってたのか?」

 

「その度急いでたから、声、かけそびれちゃって」

 

 それからちさきはクスッと笑う。その仕草は、もう子供のものとは見えなくて、過ぎた年月を実感させられる。

 

「けど、何があったかは聞かない。きっと答えてくれないだろうし」

 

「信用ないなぁ・・・」

 

「事実でしょ?」

 

「・・・まあ、な。それに、俺一人の問題ばかりじゃなかったから」

 

 多分、ちさきはあの事件のことを知らないだろう。大々的に公表することを控えた病院側の意図を無下には出来ない。

 

「・・・ね、遥はさ、将来どうするの?」

 

 突如話題が代わったかと思えば、ちさきから発せられるとは思えない言葉が飛んできた。当然、俺は焦るほかない。

 

「将来って言われてもな・・・」

 

 改めて思う。

 昔から、心理学について勉強したいとは思ってた。けどいざ大学に入ると、その先を見なければいけないことに気が付いた。

 俺は心理学を学んで・・・どうしたいのだろう。そんなこと、今まで考えてもなかった。

 

「・・・分かってると思うけどね、私、陸に残ってしまったこと、ずっと後悔してた。不可抗力だと分かっていても、一緒に飛び込みたかった。みんなと一緒に眠りたかった」

 

「まあ・・・そうだろうな」

 

「でもね・・・今はこの暮らし、そんなに嫌じゃないの。この街に残りたいからって理由で始めた看護の勉強だけど、今はとっても充実してる。私は、この道を歩めたらなんて思ってる」

 

 先のことを何一つ考えていなかった俺に対して、ちさきははっきりとこれからの展望を語った。その姿勢は五年前とは見違えるもので、とても儚く、強く、凛々しく見えた。

 でも、これからを語る上で、外せないことが一つあった。考えるより先に、それは口から零れてしまう。

 

「・・・海が目覚めたら、どうするんだ?」

 

「その質問するの・・・ずるいよ」

 

 泣きはしないものの、どこまでも悲しい目でちさきは答えた。聞いた後で、俺は後悔してしまう。

 陸に残ることをあの日から選んでいた俺と、不可抗力で取り残されたちさきは違う。そう簡単に、決断なんてできるはずはない。

 

「・・・悪い」

 

「ううん、いいの。分かってる。いつか、絶対に決めないといけないことだから」

 

 けれど、ちさきははっきりと答えた。

 ずっと逃げてばかりだった昔からは考えられないその言動に、俺はどこか劣等感を抱いてしまう。

 本当に大人ぶってたのは・・・どっちだよ。

 

「遥、無理してない?」

 

「なんだ? 急に」

 

「私なんかが今更言っていいのか分からないけどね・・・遥、ずっと無理してるように見えたの。いつからか分からないけど、ずっと」

 

「・・・まあ、無理してるのかもな。でも、そうやって気を張り続けて生きていかないと、逆にもたないんだ」

 

「どうして?」

 

「どうしてって言ってもなぁ・・・」

 

 誰かに迷惑をかけたくなくて、何も失いたくなくて。 

 自分の守りたいものを、感情を守るためには、気を張ってでも生き続ける必要があった。それがいつのまにかありのままになって。

 

 ・・・ウロコが言ってた「演じてる」って、そういうことなのか?

 

 なら、本当の俺はどこにいるんだよ・・・。

 

 小さくため息を吐いて、ほんの少し俺の弱い部分を晒す。

 

「ほんとはさ、俺、多分一番心が弱いんだよ。他の皆より」

 

 それが露呈したのは、この間の吹雪の日の事。張りつめたものが切れたとたん、俺は自分がダメになることを知った。

 誰かに依存して、頼られる存在になって、そこに居場所を作って。そうした生き方が根っこから染みついてる。

 

「そんなところをお前らに見せたくないんだよ。みっともなくてどうしようもなくダメな人間になってしまう。俺は、そんな弱い自分が許せないんだよ」

 

「私たち、そんなに頼りない?」

 

「そんなことを言ってるんじゃない。・・・実際、困ったことがあったら知恵を借りたいし、助けてほしいとも思うよ。素直に接することだけは忘れたくないからな」

 

「素直に生きることと、意地張ることは別なんだ?」

 

「そうなるな。・・・なんだろう、うまく説明できねえな」

 

 言葉を口にするたびに、自分の中での意見がこんがらがってることに気が付いた。

 ・・・そこに、俺のやりたいことが見えてこないんだ。

 

 全てを取っ払って空っぽになった俺のやりたいことは、今何一つ見えない。

 意地張ってどこかに目的を探してるだけなんだ。

 

 最近になって・・・自分の空虚さに気づいてばかりだ。成長したつもりでいるのに、嫌になる。

 けど、それを誰かにぶつけたって仕方がない。だから、俺は皆の知る俺のままでいよう。

 

「けど、大丈夫だよ。その時が来たらみんなが助けてくれるって信じてる」

 

「うん、そうだね」

 

「とりあえず、目下大事なのはまなかのことだよな。今日、検診なんだっけ?」

 

「そう。せっかく学校も休みだし、付いて行こうと思って」

 

「エナのことはともかく・・・それ以外、何事もないといいな」

 

「うん。・・・あ、病院ついたね」

 

 他愛のない会話が行き詰まりかけたところでちょうどよくバスが病院に辿り着く。

 それから手短にじゃあねとだけ言って、俺たちはそれぞれの目的地へと向かった。

 

 

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

いやぁ・・・楽しいですね、遥とちさきの掛け合い。前作でもあった展開ですが、空白の五年編を強化した今作の方が色々と楽しめます。
どこかで語ったと思いますが、原作ちさきよりは遥かに精神面が成長してます。キャラクター像がちょっと変化しますが、悪しからず。
ちさきの恋愛面も書きたいけど・・・どこまで書けるか。技量、試される時。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

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