凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
病院で西野先生に聞いたことを、俺はそのまま家へ真っすぐ持ち帰った。
夏帆さんと保さんが両方同じ時間に揃っている日が直近で今日しかなかったのもあり、俺は千夏に最終確認を行ったうえで、話を切り出すことにした。
夜八時。夕食の後。
ご飯を食べ終わっても動かない俺と千夏から、二人は話があることを察してその場に残った。そして、千夏の口から話は始まる。
「・・・私が記憶を失ってたこと、二人は知ってたよね?」
「うん。・・・明らかに、遥くんのことを忘れていたからね。それが、戻ったの?」
「ううん。全部戻ったわけじゃないの。いまだに記憶には靄がかかるし、むしろ中途半端に思い出してしまった今の方が、少し苦しい」
「だから、記憶を取り戻したいというんだな? 千夏」
保さんからの問いかけに対し、千夏は深く頷いた。
それに補足するように、今度は俺が話し始める。
「記憶を取り戻す、というか、脳の中に残ったまま表に出てこない記憶を呼び出す手術は、ここの病院でできるそうなんです。リスクがないわけではないですけど・・・」
「だからちゃんと、こうして聞かせてくれているんだな?」
「そうです。やっぱり、これは本人の意思だけで決めていいものでもないでしょう」
リスクがないと言い切れない以上、二人にとっても心配なことだろう。
それに、千夏が失っているのはたかだか俺一人分の記憶だ。失ったまま、リスクを負わない方が幸せという見方もある。
場に、重苦しい沈黙が流れる。それぞれが、それぞれのことを思って。
そして、話を切り出したのは保さんだった。
「・・・それでも俺たちは、千夏のやりたいようにやってもらいたい。五年前のあの日から夏帆とずっとそうやって話してきたんだ。子の意思を尊重するのが親だろうと」
決めた道に悔いないように、と二人はここまで歩いてきた。千夏を失っていた五年の帰還。辛かったことこの上ないだろう。
それでも二人は生き方を変えない。そこに、人間としての強さが見える。
「けどね、千夏。一つだけ言いたいことがあるの。・・・知らない方がよかったことは、絶対にこの世にあるの。千夏が望んで、欲しがってる記憶は、ひょっとしたら千夏が望んだものじゃないかもしれない。千夏を苦しめるかもしれない。・・・それでも、受けたい?」
夏帆さんの目から覚悟が伝わる。
そうだ・・・。千夏が記憶を取り戻すということは、あの日のことまで全てを思い出すという事。俺が傷ついた理由を、全て知ってしまうということ。
その現実を手に入れてしまうことは、千夏を苦しめてしまうのではないだろうか。
・・・はぁ。つくづく最悪な人間だ、俺は。
千夏に俺のことを思い出してほしいと願いつつ、千夏に苦しんでほしくないと思っている。その二つは相反する存在。そして俺の都合のいい願いだ。
それでも千夏はまっすぐ答えた。
「・・・あのね、お母さん。私ね、逃げたくないの。ひょっとしたら、お母さんの言うように、私が欲しがってる過去の記憶は私を苦しめるものかもしれない。でも、その苦しみを忘れたまま逃げるように生きてたら、本当の意味で私幸せになれないかもしれない。・・・わがまま言ってゴメン。でも、これだけは」
「・・・うん。分かった。千夏の気持ちは分かったよ。ちゃんと伝わった。・・・ごめんね、頼りなくて」
「ううん、私のこと思ってくれているの、ちゃんと伝わってるから。・・・ありがとう」
その言葉に、俺も保さんも頷く。
千夏は、決定をした。自分の過去に向き合うという決断を下した。
俺たちに出来ることがあるとすれば、それをちゃんと見届ける位だろう。
そして、その隣で支える事・・・か。
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西野先生への連絡は、その日のうちに入れておいた。
向こうも今日俺が打ち出した時点で準備を始めていたらしく、経過観察も兼ねて明日には入院の手続きに入ることになった。つまり、今この状態の千夏に会えるのは今日が最後だろう。
そうである以上、ある程度のコミュニケーションを取っておくべきなのだろう。分かってはいたけど、どうしてもその言葉は出てこなかった。
それに気づいてか、保さんから視線を向けられる。こういう時、自分もこの気配りが出来るようになったら、と思いながら、俺はその背中について行った。
いつものように、縁側で。
座り込んで、保さんは口を開いた。
「・・・これで、よかったのか?」
「分かりません。・・・結局、生きることの大概が結果論なんです。成功したら胸を撫でおろして、失敗して初めて後悔する。人間ってきっと、そういう生き物なんですよ」
人間ってそういうもの、だなんて一体どの口が言っているのだろう。
俺自身が、目の前の人間の二分の一も生きていないというのに。つくづく、小賢しいだけの自分が嫌になる。
「俺は、俺の親しか知らん。だから、そうする術しか知らない。自分の子供を第一に考え、やりたいようにやらせる。本当にそれが間違っていること以外だったら止めたりしない。親として、そういう生き方しか俺は知らないんだ」
「保さん・・・」
「本当は止めるべき場面なんていっぱいあったかもしれない。でも、俺たちはそれを全部スルーしてきた。いや、見て見ぬふりをしてただけかもしれないな」
こればかりは、分からない。
俺が、親という存在を知らない。ずっと子供の気分で育ってきた人間が、親の何を分かって何を言えるというのだろうか。
でも、はっきりとは分からないけど、これだけは言いたい。
「自分が正しいと思って判断したものは、何も間違いじゃないですよ。保さんは正しいです」
「・・・そうか、正しいか」
「ええ。それに、子供の幸せを一番に願える親は、本当に素晴らしい人だと思います。・・・きっとこの世には、それすら出来ない人もいるので」
決して俺の両親のことを言いたいわけではない。
俺の両親が陸へ上がる時、俺にちゃんと問いかけてきた。お前はどうするかと。
あの時、一緒に陸に上がる選択をしていたら、俺はどうなっていただろうか。いくら変わらない過去の話だと言っても、俺はどうしてもそんなことを思ってしまう。
・・・でも結局、上がったら上がったなりの幸せを得ていたのではないだろうか。それがどんな形かは知らないけど。
だから、二択のどちらかが間違いだなんて法則は、絶対にない。
「それに、俺は信じてますよ。ここでどっちの答えを選んだとしても、その先にそれぞれの形の答えがあるって。だから、願いましょう」
「・・・そうか。随分と弱気になっていたな、すまん」
「いえ。・・・それに、俺が同じ立場だったら、きっと取り乱していますから」
こうやって自分の中に取り入れ、かみ砕いて残った不安の部分だけを吐き出すに至るこの人は本当に強い。人として尊敬し、憧れる。
いつだってこの人は・・・俺にとっての、最高の親なんだ。
『今日の座談会コーナー』
書いていてなんですが、保さんと夏帆さんの親としての在り方って中々ですよね。出来るだけ子供の好きなようにやらせるという方針を取る親というのはある程度いるとは思いますが、そしたら子供の歯止めが効かなくなるのが現実世界の常です。
しかしそれでも、こういった育て方はきっと間違いではないと私は思います。子供は子供の人生があり、それを変えることが出来るのは自分なんですから。
といったところで、今回はこの辺で。
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