凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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ここから始まるクライマックス。


第百十五話 正しさだけが映るなら

~千夏side~

 

 私の中に閉じ込められた、私の記憶。

 私が知っていたはずの、私が無くした記憶。それを取り戻すことは、希望だけじゃなかった。

 お母さんや島波君が少し俯いてしまうほどの何かがある。その事実が私は一番苦しかった。

  

 私の中に何が隠れているんだろう。それがどんな記憶なんだろう。

 

 今となっては、成功するかどうかより、その記憶の中身の方が気になって仕方がなかった。

 

 でも、手術当日になってみると、意外と心は落ち着いていた。

 人間って、一周回るとこうなるっていう貴重な例。今なら全てをありのままに受け入れることが出来る気がした。

 

 病室を叩く音と共に、担当の先生が入ってくる。

 

「水瀬さん、時間です」

 

「あ、はい。・・・よろしくお願いします」

 

「・・・随分と落ち着いているんですね」

 

 西野という担当の先生は、少し驚いたように言った。確かに成功するかどうか不明瞭な手術を目の前にして達観したような14歳がいるなら、驚くのも無理はないか。

 

「なんか、今更じたばたしても変わらないって思うと、すんなり目の前の現実を受け入れられるって言うか・・・」

 

「あいつの影響か・・・」

 

 ぼそっと西野先生が呟く。

 

「え?」

 

「なんでもないですよ。それより、準備のほどは大丈夫ですか?」

 

「はい。・・・あっ、ちょっと待ってください」

 

 私の視線は、窓際に飾ってあったペンダントにいった。

 このペンダントだけは、持っておいた方がいいような気がした。根拠なんてどこにもないのに。

 

「ペンダント・・・持って行ってもいいですか?」

 

「うーん・・・分かりました。邪魔にならないようにお願いします」

 

 返事は早かった。

 OKを出された理由なんてのは理解できないけど、出されたという結果さえそこにあればいい。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

 先生に先導されて、私はその後ろをついていく。

 取り戻した記憶は幸か不幸か。

 全てを失うか、全てを取り戻すか。

 

 ポケットの中のペンダントを握りしめて、一歩ずつ歩き出す。

 

---

 

 麻酔が効き始めると、意識を失うまではあっという間だった。

 それからしばらくして目を開く。けれど、そこが現実でないことは一瞬で分かった。

 

 体が浮いている。空から何かを見ている。それだけが今の私に分かること。

 そして私の身体はある場所にたどり着いた。そして景色はだんだんと鮮明になっていく。

 

 私であろう人間と、島波君が海中でぶつかった。

 

(・・・そうだ。私と島波君の出会い、こうだったんだ)

 

 その少女を過去の私と認識することが出来てからは、目の前の光景を私の記憶と思うことは容易だった。

 少女は、「恋」をしていた。

 

 相手はもちろん、一人しかいない。

 初めてであったときから、全て動き出していたんだ。

 

 見せられる、過去の自分。

 

 一緒に料理を作ったり。

 熱を出しておぶってもらったり。

 ・・・海側の大人と対立したり。

 喧嘩して、仲直りしてペンダントをもらったり。

 それから、同じ家に住むことになったり。

 

 私が島波君を思って生きてきた過程が、鮮明に描かれ続ける。

 そして、たどり着くゴールの日。

 

 その日は、雨が降っていた。

 少女は恥じらいの頬とともに、島波君に寄り添っていく。

 

 それから告げられる、愛の告白。

 

(そっか、私、告白を・・・)

 

 でも、答えは聞けない。聞かずに逃げたから。

 少女は、ここにきて現実が歪んでしまうことを何より恐れてしまった。

 

 この日は、雨が降っていた。

 災害級の雨だ。川は氾濫するかもしれないし、土砂だって崩れるかもしれない。

 

 実際の所、少女が走って逃げている先の土砂が崩れ始めた。

 でも、少女は気づかない。自分の身に迫っている危険を。

 

 そして、気づいた時には、全てが遅かった。

 助かるはずなんてない。諦めた少女に、それを救う存在がそこにいた。

 

 全てを知る。

 

 私が、島波君を好きだったこと。

 それを言葉にするだけして、その思いから逃げたこと。

 

 そして、島波君を傷つけたこと。

 島波君が足を失ったのも、視力を失ったのも、全部全部少女の・・・私のせい。

 

 私が、彼の人生を歪ませたんだ。

 

(あ、あああ・・・)

 

 身体から血の気が引いていく。私のせいで、みんなの不幸を招いたんだ。

 お父さんとお母さんを悲しませて、島波君を傷つけて。

 そんな私が、飄々と生きていくことなんて・・・出来はしない。

 

 この光が爆ぜたなら、きっと私の最後の光景。

 

 そして、世界は開かれていく。

 

---

 

~遥side~

 

 手術室のランプが消える。どうやら施術は終わったみたいだった。

 ドアの向こうの千夏がどんな様子かは分からない。ただ祈るだけの存在でしかなかった。

 

 これからドアが開いて、人が出てくる。

 そう予想した時だった。

 

 中が騒がしいと思ったのもつかの間、ドアが開くと同時に、あっという間に一つの人影が走り去って逃げていった。

 手術開けの身体で、何を動力にしているかも分からず。

 

 しかしその逃げ出した人間が千夏という事だけはすぐに分かった。

 

「千夏っ・・・!?」

 

 追いかけようとするが、それよりも意識は遅れて手術室から出てきた西野先生の方に行ってしまった。

 千夏の状態を、ちゃんと確認したかった。

 

「西野先生! どうなっているんですか!?」

 

「ああ、手術自体はおそらく成功したんだが・・・おそらく、取り戻した記憶と精神状態が乖離を起こしてるせいで、精神的な拒否反応が出てしまってる・・・!」

 

「取り戻した記憶にショックを受けているってことですか!?」

 

「簡単に言えばそうなる」

 

 くそっ、言わんこっちゃない・・・!

 

 こうなる現実は見えていただろうに。

 それでも、俺はこの現実を選んだ。その意味は重く、計り知れない。

 

 失えない。失ってたまるもんか。

 

 今なら千夏に向き合える。向こうがどれだけ拒絶しようと、逃げようと、絶対に向き合える。そんな気がして仕方がない。

 そしたら、俺を縛っていたこの五年の・・・いや、生まれてからずっと続いていた命題という鎖が断ち切れる。

 

 全てをリセットして、今こそやり直そう。

 だから・・・俺がとるべき行動は一つだけだ。

 

「西野先生、後で、千夏の両親がここに帰ってくると思うので、その時には『取り込み中だけど問題ない』とだけ伝えといてください!」

 

「君は・・・やっぱり行くんだな」

 

「当たり前です! ・・・それが俺の生きる意味で、生きてきた証ですから」

 

 そうとだけ言って、俺は千夏の後を追いかけた。

 ここ数年運動をろくに行ってこなかったのもあって、ずいぶんと身体はなまっていた。

 足も義足だ。メンテナンスはしているけど、少し軋むし重たく感じたりもする。

 視界はぼやけて、息は切れる。外の凍てつくような風に、体が凍ってしまいそうな気がした。

 

 それでも走る。千夏がどこに行ったのかはまだ分からないけど、あいつが逃げそうな場所なんて分かっているはずだ。

 

 待ってろ・・・!

 

 執念だけが、ただ体を動かした。

  




『今日の座談会コーナー』

前作と色々設定が違うのもあって、こういうシーンでも少しずつ違いが出てくるかななんて思ってます。
いやー、夏休みですね。夏ですね。凪あすの季節です。凪あすは夏休みではなかったと思いますが。
資金力はともかく、時間はあるのでいつかはちゃんと聖地巡礼したいなーなんて所存。
生きるのを諦めないで!

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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