凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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今作一番長いっすね文章。


第百十六話 ただそれだけで

~千夏side~

 

 生きるのが、辛くなった。

 記憶を取り戻した今なら全てが分かる。私はさんざん他人に迷惑を振りまいて、そのくせそのことに気づかないまま人を傷つけて。

 島波君はおろか、お父さんとお母さんにどんな顔を向けて会いに行けばいいか分からない。きっと許してくれる、そう分かっていても、許される自分が嫌だった。

 

 麻酔が切れてすぐの、気だるい体を必死に動かして病院を抜け出し、そのまま駆けていく。

 行く当てなんてない。

 けど・・・せっかく消えるなら、私が好きだった海がいいな。

 

 生まれた時から身体が弱かった。それが影響で、一杯苦しんできた。そして、それと同じだけ周りを苦しめてきた。

 呪われた生なんだ。

 だったら・・・早く終わらせた方がいい。

 

--- 

 

 気が付けば、私はいつもの堤防についていた。無意識で体は動いていたっていうのに、気が付けばいつもここにいる。

 ・・・いや、違うか。普段からここに来ているから、無意識でも目指す場所にインプットされてるんだ。

 

「この場所から全てが始まったんだよね」

 

 だから、終わるならきっとこの場所がいなかった。

 今度こそ、私という存在がいなくなったほうがいい。

 

『それでいいの?』

 

 声が聞こえる。この声は、あの日海に飲まれた時のものと一緒。

 それでいいのかどうか、そんなもの考えたくもない。

 

 だって・・・考えたら。

 

「っ!」

 

 私はそのまま海に逃げ込むように飛び込んだ。

 あとは、時間がどうにかしてくれるはずだと、淡い期待を抱いて。

 

---

 

~遥side~

 

 病院を抜け出して、町中を駆け巡る。

 最初の方こそ千夏の姿は見えていたが、どこで見失ったか今はもう見えない。行く当てに心当たりはないわけではないけど、今の状況でそんなに冷静に考えることができるはずもなく。

 

 でも、こういう時こそ冷静に。

 

「千夏のことだ。何も考えてないなら、普段から向かってる場所に辿り着くに決まってる」

 

 とすると、やはりあの堤防。千夏はそこに向かっているのだろうと俺は高を括った。

 そうと決まれば後は早く、俺は一目散にそこ目掛けて走り出す。身体はとうに悲鳴を上げ、限界を迎えている。最近やたら身体が重いと思うようになったが、ここに来て影響が出るなんて思いもしなかった。

 

 しかし、後は気合だけでなんとかする。今までそうしてきたように、これからも。

 

 そしてたどり着く堤防。しかし人影はない。

 

「嘘、だろ・・・」

 

 いると思ってここまで頑張ってきた俺の身体は限界を迎え、その場に佇む。もう陸の上を走る力など残ってはいなかった。

 

「・・・あ」

 

 ふと、目に入る。忘れもしない、それは俺が千夏に渡したペンダントだった。

 なぜここにあるのかは知らない。けれど、ここに千夏が来たという足跡であることには変わりなかった。

 

「ここから行ける場所・・・一つしかないよな」

 

 それ以上何かを考える必要はない。俺はそのまま海に飛び込んだ。きっと千夏もそうしたのだろうと思い込んで。

 とはいえ、この間みたいにコンパスがあるわけでもないのに汐鹿生にいけるのだろうか。少々不安になる。

 しかし、俺の身体は何かに導かれていた。潮の流れが汐鹿生に向かっていることを理解するのにそこまで時間はかからない。

 

 そしてまた、たどり着く。俺の故郷、汐鹿生に。

 

「よりによって、今度はこんな形で帰って来るなんてな」

 

 俺は立ち止まり、そして遠くを見つめる。

 一つの人影が遠くに見える。おそらく、こっちに向かってくるのだろう。どうやら間に合ったみたいだ。

 

 一つ呼吸を整えて、俺はまっすぐにその人影を見つめる。

 色々考えてみたけれど、着飾った言葉は俺には似合わない。

 

 だから、いつも通りでいい。

 

「よっ」

 

---

 

~千夏side~

 

 凍えるような冷たい海を、流れに任せて進んでいく。

 右に左に揺られながら、自分がどこにたどりつくのか分からないまま。

 

 けれど、記憶が覚えている。この先にあるのはきっと汐鹿生。

 私がずっと憧れて、ここにいたいと望んでいた場所。

 

 今となってはどうだ。私は陸どころか、この場所にいる資格すらない。

 でもせめて、消えるなら好きな場所でいさせてほしいから。

 

 最後に、その景色を見たくて、私は汐鹿生に入る。寝静まった街。静かな街。

 誰もいない街。・・・なのに、そこに人がいる。

 

「よっ」

 

 そして普段と同じ、何も変わらない声で・・・島波君は私に声を掛ける。

 

---

 

~遥side~

 

「なんで・・・?」

 

 千夏は、そう問いかけてきた。その顔は、今にも泣きだしそうで。

 でも、なんでもくそもない。俺は海に導かれてここに来た。それまでの話でしかない。

 

「なんでって言ってもな・・・俺はただ、お前を追いかけてきただけなんだよ。そしたら、たまたま早く汐鹿生に着いちまった。それだけの話だよ」

 

「そんなことを言ってるんじゃない! なんで島波君が私を追いかけてくるの!? そうされるだけの資格なんて、私にはないっていうのに!」

 

 いよいよ千夏は泣き出す。周囲なんてはばからず泣き叫ぶ。

 

 千夏の言いたいことは、分かっている。

 

 全ての記憶を取り戻した今、千夏は罪の意識の奔流に飲み込まれている。優しい千夏のことだ。自分のせいで周りが傷を負って、苦しんでしまったと自戒してるのだろう。

 

 その光景なんて、ずっと前から分かっていたはずだ。だから俺は、最後の最後まで千夏が記憶を取り戻すことを躊躇っていた。

 けど、いざ取り戻して思った。俺は、ちゃんと俺を思い出してほしかったと。そしたら、全ては前に進みだす。俺と、美海と、千夏の止まった時間は動き出す。

 

 これが、千夏も俺も傷つく答えだとしても、俺ははっきりと言う。これでいいんだと。

 

「憎んでよ・・・恨んでくれた方が、まだ助かるんだよ。優しくされるだけ、辛いの・・・」

 

 千夏の声はだんだんと弱くなっていく。全て吐きだしきったのだろうか。

 千夏の苦しみが、今は痛いほど分かる。消えてなくなってしまいたいと思う感情は、俺だって経験している。

 

 だから、そんな時の最適解だってちゃんと分かってる。

 

 自分が呪われた存在だと、その生を憎んで死にたくなってしまった時、一番欲しいのは「生きてていいよ」と肯定すること。

 美海・・・あの日お前がそうしてくれたように、俺は今の千夏にそうしてやりたい。

 

 一歩踏み出す。鼓動が少しだけ早くなる。

 けど構わない。次の一歩を踏み出す。

 

「それでも俺は、今から千夏にちょっとだけひどいことをするよ」

 

 

 それから次の言葉を聞くまでもなく、俺はその唇を塞いだ。

 

 

 さほど時間は長くない。けれど、その一瞬は限りなく永遠に近いなにかに思えた。

 

 それから唇を離して、俺はちゃんと俺の言葉で気持ちを伝える。

 

「・・・俺もさ、ホントは怖かった。五年前の俺にまつわる記憶が、千夏にとって辛いものだと知っていたから、苦しんでほしくないと思ってた。このままでいいと思ってた」

 

「・・・」

 

「でもさ、そうしたら前に進めないんだよ、俺たちは。あの時、千夏は俺を好きでいてくれた。・・・今はどうか分かんないけどさ。でも、あの時の気持ちが嘘じゃないと信じたかった」

 

「でも私、島波君のこと傷つけたよ・・・? 足もなくなってるし、視力だって落ちてるんでしょ? それはあの時、私が私の気持ちから逃げたから・・・。逃げたから、こうなったんだよ?」

 

「違う。逃げてたのは俺だったんだ。好きになることが怖いからと、その感情に蓋をして。でも、あの言葉を聞かされて、どうすればいいか分からなくなった。だから、どっちつかずの言葉に逃げた。悪いのは俺だったんだ」

 

 だから、思う。

 あの日の真相にちゃんと向き合って、向き合ったうえで、あの日の記憶を、千夏の告白を、俺の戸惑いをなかったことにしたいと。

 

 好きという感情に、美海の顔がちらつく。

 だから、ちゃんとこれまでとこれからに向き合って、好きの気持ちに答えたい。

 

「だからさ、責任の所在を突き止めるのはもうやめよう。俺は俺の罪で傷ついて、千夏は千夏の罪で傷ついた。お互い様と言ったらそうだし、交わっていないといってもそうだ。・・・だから俺は、全てを許すよ」

 

「・・・そっか。そんなことでよかったんだね」

 

 千夏は何かを分かったように、小さく笑って涙を拭った。

 

「というか、人生っていっぱい失敗してなんぼだ。俺だって生まれてこの方失敗だらけだ。でも、俺を大切に思ってくれた人は、みんな待っててくれた。許してくれた。だから、きっと千夏も許してもらえるし、俺も許す。・・・なんていうより、皆そこまで気にしてなんかない」

 

「考えすぎだって?」

 

「そんなところだな」

 

 ・・・ああ、今なら分かる。

 産まれ出づる命は呪われてなんかいない。ちゃんと等しく祝福されている。

 でも、命は有限だ。その命を祝福してくれた人間も、いつかは潰えてしまう。

 けれど、忘れてはいけない。祝福してくれた生が潰えるのは、自分の生が呪われているからではないことを。

 

 そんなことでよかった。

 そんなことで、よかったんだ。

 

 だから、この生はただまっすぐ生きるだけでいいんだ。

 過去が辛かったからって、どうして明日が辛いものなんて予想が出来る?

 

 出来ないはずだ。ならば、やることは一つ。目の前の現実を受け入れて、明日を幸せに生きようとすればいい。「好き」の気持ちは、その延長線上にひっそりついてくる。せいぜいそんなものだ。

 

 

「さっ、帰ろうぜ。ここもずいぶんと冷える」

 

「・・・うん、そうだね。みんな待っててくれてるなら」

 

 千夏は少しだけ怖がってる素振りを見せながらも、俺の方に手を差し伸ばした。

 

「・・・手、繋いで貰っていい?」

 

「ああ、いいさ。・・・けど、その前に」

 

 俺は差し伸ばされた千夏の手に、先ほど拾ったペンダントを渡した。

 

「これ、忘れ物」

 

「あれ・・・落ちちゃってたんだ。ゴメン」

 

「いいよ。それに、これがなかったから俺は千夏を見つけられなかった」

 

 いつだって、俺と千夏を結んでくれたのはこのペンダントだったって訳だ。

 

 ペンダントをポケットにしまって、千夏はもう一度手を差し出す。今度こそ俺はその手を取った。

 

 二人で海をすいすいと上がっていく。

 その道中で、千夏はもう一度口を開いた。

 

「・・・ね、遥くん。一つだけお願いしてもいいかな?」

 

「ん?」

 

「あの日の告白の事・・・、無理かもしれないけど、忘れてほしい。私も、あの日の記憶にいつまでも引っ張られたくない」

 

「そっか、そうだよな。分かった。・・・それに、そうしてくれた方が喜ぶ人間だっているだろ」

 

 忘れてはいけない。

 いつもそばには、美海がいてくれた。

 

 だから、その思いをないがしろになんてできない。千夏と美海は、親友なのだから。

 そのことを千夏はちゃんと理解しているようで、神妙な表情で一度頷いた。それからまた、続ける。

 

「そして、私はちゃんとあなたのことを好きになる。・・・その時が来たら」

 

「分かってるよ。・・・でも、俺はその時、千夏の望む答えにそぐわないことを言うかもしれない」

 

「大丈夫、分かってるから」

 

 どうやら、もう大丈夫だろう。

 ・・・ああ、そうか。全て戻ってきたんだ。千夏の記憶も、これまでの俺も。

 

 いや、でもまだ戻ってないものもあるか。

 それすらも今なら何とかなるような、そんな気がしてやまない。

 

「ねえ、遥くん」

 

「ん?」

 

「・・・ただいま」

 

 改めて、「帰ってきたよ」というようにそう告げた。

 もちろん、言うべき言葉は一つだ。

 

 

「ああ、おかえり。千夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 




『今日の座談会コーナー』

今回の後半部分は自分の中でもかなり評価が高いですね。そして、この作品の答えの部分が一つ提示出来たような気がします。
ここまで来たら・・・と言いたいですが、もう少しこの作品の雰囲気を楽しませてください(展開ももう少し増やします、多分)

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

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