凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~千夏side~
遥君に許されて、皆の待つ場所へ帰る。
許されたからと言って、罪の意識が消えたわけじゃない。遥君の五年間が私という存在で歪んでしまったことには変わりないし、その時間はどうあがいても取り戻すことは出来ない。
それでも、遥くんは言った。振り向くなと。
だから、私はちゃんともう一度私として歩き出す。遥くんのことが好きなのは変わりないとしても、多分あの時の気持ちとは違う。
子供心の幼い「好き」ではなくて、ちゃんと相手を理解して、その先にある「好き」の感情を手に入れたいから。
だから、私は遥くんに告げる。あの告白を忘れてほしいと。
綺麗なリセットなんてできないだろう。
けれど、リセットしてようやく、私は美海ちゃんとフェアに戦える。歳だって一緒だ。条件だけなら水平だろう。
正直、怖くはある。私がいなかった五年間、ずっと遥くんのそばにいたのは美海ちゃんだったから。その壁を超えることができるかどうかなんて分からない。
けれど、自分の感情を自己満足のものにしたくない。それじゃあの日と一緒だから。
ちゃんと言葉にして、それから逃げない強さを手に入れるまで、私は遥君に「好き」を告げないことにする。
これが、私。
私の覚悟だよ、遥君。
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病院に戻って、どんなお咎めの言葉が降って来るのかと萎縮していたが、お叱りの言葉はどこにもなかった。
お父さんもお母さんも、心配そうにはしていたけれど、私がちゃんと帰って来るのを待っていたかのように、いつものように言葉にした。
「お帰り、千夏」
その言葉で、私はまた涙を流す。
帰る場所がないなんて言っても、それはただの強がり。
今は、二人が私の帰る場所であってくれることがただ嬉しくて仕方がない。
ただいまとだけ答えて、私は涙を拭う。
その横で、遥君は先生となにやら話していた。けど、それは私の知らない世界。そして、知らないままでいい世界。
今は目の前の二人と、ゆっくり会話がしたかった。
「・・・二人は、私が取り戻す記憶がどんなものか知ってたんだね」
「うん。だから、ちょっと目をそむけたくなっちゃった」
「確かに、お母さんの言う通りだったよ。私、相当迷惑かけちゃってたんだね」
「・・・なあ、千夏。お前は後悔してないか?」
記憶を取り戻したことについてだろう。お父さんが私に確かめてくる。
けど、今ならちゃんと言える。
「うん。後悔してないよ。苦しかったけど、ちゃんと思い出せてよかったと思う。やっと、止まってた時間が動き出したかな」
遥君の言葉を借りるようになるけど、思ってることは確かだ。
ここまで晴れ晴れとした心は久しぶりだ。
「・・・お父さん、お母さん。ありがとうね」
「ああ」
「ええ」
二人はそれ以上何も言わなかった。けど、これでいい。この言葉だけでいい。
それが、家族っていうものだから。
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~遥side~
千夏は吹っ切れた表情で、保さんと夏帆さんの元へ戻っていった。
家族三人の時間。俺がそこにいるのは野暮だろう。少しだけ身を引いて、俺は西野先生の元へ向かった。
おそらく、この人のラストオペは千夏のものだっただろうから。
「西野先生、お疲れ様でした」
「ああ、ホントだよ。とはいえ、よかったな。彼女、ちゃんと記憶を取り戻すことが出来て」
「それは西野先生の尽力のおかげなんじゃないんですか?」
「記憶治療においては俺たち医者はただきっかけを与えるだけだよ。あとは本人の意思。彼女は、それに打ち勝っただけだから」
そう言って、西野先生は少しだけ俯く。
何を考えているのだろうと俺が考察する間もなく、西野先生は口を開いた。
「・・・そうか、これで終わりか」
「やっぱり、この手術が最後だったんですか?」
「ああ。もう月末にはここを出てくよ。やるべきことはすべてやったんだ。悔いはないさ」
「その割には、晴れ晴れとしてないですね」
「・・・まあ、名残惜しいからな。俺を一番育ててくれたのはこの場所だったからな」
言いよどむわけでもなく、はっきりと西野先生は名残惜しいと口にした。
自分の大切だった場所だ。そこから離れるのにはそれ相応の覚悟がいるだろう。俺が同じ状況に立たされて、去る時同じように言えるだろうか。
「けど、すっきりしてることには変わりない。この手術は、俺の集大成といっても過言じゃないからな」
「街で何をするか決めているんですか?」
「いや、何も決めてない。・・・ただ、せっかく医者としてやってきたんだ。その方面で何かしたいと思ってるよ」
「街へ戻ったら遊びに行きますね」
「ははは、その時は患者じゃないことを祈るよ」
そんな他愛のない話を繰り広げる。
この人の覚悟を踏みにじることはこれ以上言いたくない。だから、こんな話でちょうどいいんだ。
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~千夏side~
その後は、経過観察も吹っ飛ばしてお父さんの運転する車で家へと帰る。
そのまま安寧を、と思ったけど、私にはもう一人会わないといけない人がいた。
思えば、遥君の記憶を失ってからは少しギクシャクとしていたような気もする。でも、そんな日々ももう終わり。
これからは、これまで通り、この先の人生を歩いていく。それを伝えるために、私は美海ちゃんの元へと向かった。
美海ちゃんは家にいた。呼び鈴を鳴らして、その名を呼ぶ。
しばらくして玄関から出てきた美海ちゃんは、私の顔を見るなり何か察したようだった。改めて見ると、本当に成長したんだなと思う。
でも、妹のような存在なんかではない。美海ちゃんはもう立派な、私のライバルだ。
「美海ちゃん、お話いいかな?」
「うん。いいよ。部屋上がって」
案内されて、私は美海ちゃんの部屋へ向かう。
部屋を見て再確認する。時間の経過。美海ちゃんの成長。もう中学生だ。私と似たような部屋になってる。
「で、話って?」
場が落ち着いたところで、美海ちゃんは本題を切り出す。私は少しだけ言葉に悩んで戸惑って、それからありのままに今の心を伝える。
「・・・全部思い出したよ、遥くんのこと」
「そっか。手術、成功したんだね。・・・ごめん、会いに行かなくて」
その表情は、色とりどりの感情で塗られていた。それこそ、私が全部理解することが出来ないほどに。
「ううん。私たちにとって大切な人のこと忘れてたんだもん。もし立場が逆なら、私も会いに行くの、きっと躊躇ってた」
それについて怒ったりなんかできない。それこそ、私が記憶を失うことで美海ちゃんも傷つけたわけだし。
「・・・本当に、大切なこと全部忘れちゃってたんだね」
「うん。・・・でも、取り戻してくれた。友達として、本当に嬉しい」
今度は迷いのない喜びの感情。探るまでもなく分かる。
私のことを本気で思ってくれている。それが伝わるだけで、私もまた嬉しくなった。
でも、うかうかなんてしてられない。
私がこれからやろうとしているのは、宣戦布告なんだから。
「それでね、今日は改めて、お願いに来たの」
「・・・うん。聞くよ」
美海ちゃんも覚悟を決めたのか、一呼吸おいて首を縦に振った。それをGOサインと捉えて、私は全力で私をぶつける。
「私は、やっぱり遥君のことが好き。勝手に告白して、皆の事傷つけて、こんな我儘言っていいのか分からないけど・・・。それでも、私は遥君のこと、諦めたくない。だからこれからも、私のライバルであってほしいの」
「宣戦布告ってやつ?」
「うん」
迷いの時間なんていらない。即答。
私の言葉に迷いがないことを感じて、美海ちゃんもそれに応えた。
「うん、わかった。受けて立つよ。・・・それに、私はあの日の約束、ずっと忘れてない。ちゃんと今日まで守ってきたの」
「フェアに戦おうって約束、だよね?」
「だから、今更遥のこと諦めるなんて言うなら、むしろそれを私は許さなかった。・・・だからよかった。千夏ちゃんが、これまでの千夏ちゃんのままでいてくれて」
本当に、いい子だ。
いい子すぎて・・・悔しくなる。
でも、劣等感を抱いたまま戦えるような相手じゃない。私も真っ向から立ち向かう。
「でも、私からも一つだけお願いがある」
今度は美海ちゃんがそう口にする。私だけ願いを口にして相手の話を聞かないなんてことはしたくない。美海ちゃんのお願いを、私は受け止めることにした。
「私たち、多分遥のことまだまだちゃんと知れてない。もっと大きくなりたい。だから・・・告白は、もう少し後にしたいの。ダメ、かな?」
「ううん。そう言ってもらえてよかった。・・・私もね、もっと遥君のこと知りたかった。それに・・・これからの海を見届けないと、告白なんて出来ないから」
何かが起こる。そんな予感がする海をそのままに、好きの気持ちなんてぶつけられない。
「・・・私、千夏ちゃんと友達で、ライバルでよかったと思ってる」
「うん、私もだよ」
恋敵である以前に、一人の友達。・・・ううん、親友。
美海ちゃんがいてくれてよかったと、今なら心から思える。
『今日の座談会コーナー』
リメイクと言いましたが、ここまではっきりと変えるつもりはなかったんです・・・。が、せっかくなのでおもっきし変えます。今後の展開。
とすると、結構難しくなるので更新頻度は落ちるかなーなんてなこと思ったりはしますね。もちろん最善はつくします。ヤッタレピッピです。
まだまだ回収できていないお話いっぱいありますからね。どんどん回収していきますよ。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)