凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
それでは、本編どうぞ。
~遥side~
それから数分。俺たちは紡の家へ到着していた。
「ただいま、じいちゃん。ちょっと客連れてきた」
紡が奥の方へ声を掛ける。見た感じ、どうやら紡は祖父と二人で暮らしているみたいだ。
・・・となると、こいつも両親がいないんだろうか。
だとしても、俺と同じように独り身というわけでもない。頼るべき場所が、人がある。それはとても羨ましく思えることだ。
・・・なんて、嫉妬しても意味ないよな。
「ほう、海村のものか」
紡の祖父は網の手入れの傍ら、声をしたこちらに気づき、振り向くなり、そう断言した。
「ああ、初めまして。島波遥と言います」
少々無礼ではあるが、まなかをおぶったまま軽く会釈をする。
声こそなかったが、紡の祖父は小さく会釈を返してくれた。
「・・・ふむ」
その後、紡の祖父は一旦手を止めてこちらを向き、また数秒後に作業に戻った。
口先だけで、こちらに語り掛ける。
「事情はなんとなく分かった。紡、風呂に塩を入れてその子を入れておけ。できるだけ海水に近い塩分濃度でな」
急に話し出したのは少し驚いた。もっともそれ以上に、一瞬で事の全てを見抜いたことの方がよっぽど驚くべきことだったが。
そんな中、俺はおずおずと申し出る。
「あの、電話借りてもいいですか?」
「構わん、いくらでも使え」
・・・うーん、この人、紡より表情少ないなぁ。コミュニケーションは成り立つけど、それ以上がないから困る。
そんなことを思いながら、風呂場へと向かう。
「ついてきて。風呂場、こっちだから」
俺は言われるがままに紡の背中を追って歩いた。わき目で電話の位置も確認しておく。
風呂場へ着くなり、紡ぐは水を貯め始めてその場から離れた。塩でも取りに行ったのだろう。
その間に、俺は俺のできることを。
背中で眠っているまなかを浴槽へゆっくりと下ろすと、俺は先ほど確認した電話へと向かった。
電話へ着くなり、俺はダイヤルに手をかける。今日の場合、かけるべき相手ははっきりしている。
prrrr...
「はい、もしもし、比良平ですが・・・」
あの場面でまなかと一緒にいたのはちさき。当然、それ相応の責任なんかも感じているはずだ。ちさきの性格なら、尚更。
とはいえ、全てを放り出して、なんてのはちさきはしない。おそらく、一度家に帰ってまたすぐ出るだろうと俺は踏んで電話したのだ。
あれだけ必死にまなかを守ろうとしていたのだ。長期戦覚悟で臨むつもりだったのだろう。拍手を送りたくなるほど、綺麗な友情だ。
・・・そしてそれは、互いが互いにバリアになっていると言える。
それは、過保護ともいえるレベルで。
「もしもし、俺だ俺。遥」
「遥!? ねぇ、今どこにいるの!?」
「紡・・・、ああ、木原の家だよ。まなかは見つけて今手当してるから、捜索はストップしてくれていい。親に連絡をもう済ませてるなら、そっちから先に終わらせてくれ」
「まなかは大丈夫・・・なの?」
「ああ。ただ、エナが乾いててな。あまりいい状態ではない。まあ、責任取って送り届けるから、そう伝えておいてくれ」
ちさきの安堵した吐息が電話越しに伝わってきた。それだけで、こちらも安心できる。
「分かった。遥に任せるわ」
そう言って、互いに電話を切った。
これで、海の連中への憂いは断ち切れた。あとはまなかが回復し次第、帰れるだろう。
俺は風呂場へと戻ることにした。あれから少し経った。何か変化があったかもしれない。
そう思って振り向くと、紡の祖父がそこに立っていた。
面と向かって一対一の状況。合った目をあからさまに反らすことも出来ず、俺は話を切り出すことにした。
「あの・・・ちょっといいですか? あと、なんて呼べば・・・」
「なんとでも呼べ」
「じゃあ、紡のおじいさん、で」
「それで、何が聞きたい?」
牽制で話を切り出したものの、こう返されるとは少し予想してなかった。
とはいえ、目の前の男性に対して、気になっている部分はいくらかあった。
「あなたは・・・海の人間、ですか?」
その言葉に、眉の端がピクリと動く。少なくとも、脈ありであることには違いなかった。そして、間を空けず正解を口にする。
「そうだ。・・・と言っても、陸に上がってから、もう結構経つ」
紡のおじいさんは、やはり海の人間だった。
そりゃそうだ、と言いたくはなる。
ただの漁師が、あそこまでエナに詳しいとなると、それはもう異常なレベルだ。その上に、エナの非常事態への対処法を知ってるとなると、いよいよ海の人間としか考えられない。
・・・それに、さっきから何度か、肌が光ってる。
紡のおじいさんも、エナを持っているのだ。
「海から上がった、ということですよね」
「そうだ」
「やっぱり今でも、海は好きなんですか?」
質問と目の前の男性に、俺は両親の面影を重ねた。
自ずから海から出て、暮らして、それで海に何を思っていたのだろうか。
死人に口なし。だから、生きている同じ境遇の人間に、俺はそれを聞きたかった。
「当然だ。・・・嫌いなら、もっと遠くへ逃げとる」
「そうですか」
「逆に、お前はどうなんだ?」
「えっ?」
本当に唐突に話を振られ、困惑するしかなかった。そんな俺をよそに、紡のおじいさんは続ける。
「お前は、陸をどう思っている?」
「どう・・・ですか」
紡のおじいさんが、俺の親が陸へ出た人間だと分かってこの質問をしたとは思い難い。けれど、俺の瞳から、なんらそのような雰囲気を感じたんだろう。
生きてる年数の違い、というやつだろう。
俺はありのまま、率直な感想を述べる。
「陸の人間も、海の人間と何も変わりませんよ。皆似たようなもので、一人一人違う。エナを持っているか、そうじゃないか。そんなしょうもない理由一つで区切られてるにすぎません。・・・それを分からない人間が、ほとんどですけどね。・・・あぁ、ともかく、俺は陸は好きですよ」
収拾のつかない言葉を並べて膨張した意見に、無理やりピンを指して止める。
けれど、その言葉に嘘偽りはない。
確かに、陸では辛いことがたくさんあった。というより、辛い事しかないし、今もずっと、辛いままだ。
それなのに、どこか嫌いになれない。その理由も分からない。
・・・ほんと、どうしてなんだろうな。
「そうか。・・・存外、わしとに取るのかもしれないな」
誰に聞かせるわけでもなく呟いて、また紡のおじいさんは去っていった。
風呂場近くまで行くと、遠くからごにょごにょと声が聞こえてきた。紡の声と、まなかの声だ。
近づいて行くと、その声が透明になって聞こえてくる。そうして初めて俺の耳に入ってきた言葉はこうだった。
「綺麗だと思ってさ・・・」
「え?」
「この魚。・・・それに、お前も」
・・・は?
思考回路が停止した時間、なんと五秒。新記録だ。
ともあれ、今の言葉でどこか紡に抱いていた人物像が崩壊したのは確かだった。
クールそうな表情のくせして、かなり大胆な言葉をケロっと言い切る。
腹の奥底から笑いが込み上げてくるがなんとか押しとどめ、俺も風呂場へ入った。
「よう。お目覚めのようだな、まなか」
「あれっ!? はーくんいたんだ・・・」
いや、いたよ。ずっとお前おぶってたんだぞ。
なんて、覚えてるはずはないか。
「というか、ここまでお前運んだの俺なんだけどな。・・・しっかしまあ、あれは災難だったな」
「うぅ・・・」
あの時のことがまだ恥ずかしいようで、まなかは赤面して表情を隠した。
そして、三人で笑い合う。
こんな空間も、きっと悪くない。
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「とにかく、今日はありがとう。紡くん、はーくん」
あれから数分、俺たちはまなかの回復を機に帰路に就いた。
途中まで紡が見送りに来てくれた。そして今、別れの時。
元気よくまなかが手を振る。俺も合わせて小さく手を振り、さらに歩いた。
その背中が小さく見え始めたころ、まなかが口を開いた。
「ね、はーくん」
「?」
「紡くん、優しいよね」
純粋なまなかの問いかけに、俺は少しばかり顔をしかめた。
「・・・まあ、な」
濁した返事しかできない。
確かに優しい人間なんだろう。けれど、俺はまだ、あいつの腹の底を見ていない。
何を思っているか分からない。そんな相手にはっきりと優しいと言えないのは、きっと俺の悪い癖だろう。
・・・親切な人間まで疑ってかかるくらいには、俺は穢れている。きっと。
そんな俺の返答を気にもせず、まなかはただうっとりとした表情で呟いた。
「こうやってみんなと、仲良くできたらいいのになぁ・・・」
「・・・そうだな」
それが出来れば、どんなにいい事か。
その言葉は、言葉にならずに波の音に消えていった。
そうして俺たちは家路を行く。
その道中、誰に見られていたかなんて気にもせずに。
ここ最近立て続けに用事が入るので、投稿が不定期になっちゃいます・・・。
やれるだけのことはやります。どうぞご期待ください。
それでは、また次回。
また会おうね(定期)