凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百二十話 望み歩くは修羅の道

~遥side~

 

 唐突に投げかけられる、最大にして最難関な問い。もちろん答えなど簡単に出せるはずなどない。

 好きなのは両方だ。俺はその中で、どちらかを選んで、どちらかを傷つけなければいけない。自分自身の好きという感情で他人を傷つけてしまう未来はもうすぐそこにあるというのが約束されている。

 

 かといって、選ばないことが傷つけないことかと問われたら、それは絶対に違う。愛を持った人間を裏切ることそのものが傷つける行為に他ならないのだから、選ばないという選択肢は俺にはない。

 

 改めて、どちらを選ぶか。

 

 ・・・そんなもの、決められるはずなんてないだろ。

 

「それがすぐに出せる人間なら、俺はここまで荒んでないですよ」

 

「しかし、逃げようとはしとらんの。少なくとも五年前、同じことを尋ねても答えは違ったじゃろ?」

 

「ええ。・・・逃げたから、今こうなってるんですよ。あなただって、それをずっと見て来たでしょう?」

 

 向き合う強さをこの五年間で得た。

 あとは、進みだす強さが欲しい。

 

 なのに・・・その一歩は、俺が想像しているより遥かに重たい。自分の体重以上の負荷が足にかかって持ち上がらない。

 

「どちらを選んでも、どちらかを傷つけることになる。それと向き合ったつもりではいるんですが、その未来を見るのが、俺は怖いんです」

 

「なるほどの。心優しい回答じゃな」

 

「何馬鹿なことを。・・・本当に優しいのは、ちゃんと自分の答えを相手にぶつけることが出来る人でしょうよ。・・・ただの臆病者です、俺は」

 

「えらく後ろ向きじゃの。普段の自信にあふれたお主はどこにいったんじゃ?」

 

「俺はもともとこうですよ。ずっと愛を恐れて、逃げてきたんですから」

 

 それが証拠に、未だって逃げ出したい。 

 美海に対しての気持ち。千夏に対しての気持ち。両方あって、両方溢れている。

 多分、どちらと歩んでも幸せになれるだろうなんて今はそんな妄信だって出来る。それは間違いなくあの頃から進歩した証。

 

 だからこそ・・・今が一番辛い。

 昔はそれほどでもなかった、『自分の幸せのために誰かを犠牲にする』という行為が、今はとても恐ろしく、後ろめたいものに感じる。

 

 血反吐を吐くような思いで自分の感情を吐露した俺に、ウロコ様はどこか悲しそうに、満足そうにしていた。その目が何を見ているのか、俺は知る由もない。

 

 そしてそれから、また脈絡もないことを話し出す。

 

「・・・お主の気持ちは分かった。お主の進歩は目に見えておるからの。儂が助言するようなことはなかろう。・・・して、代わりに一つ、予言があるんじゃが、聞くかの?」

 

「予言? 珍しいですね。これまでは呪いしかくれなかったのに」

 

「望むのか? 望まんのか?」

 

「聞いておきますよ。・・・あなたがそこまで言うなら、それだけの何かがあるんでしょう?」

 

 俺が据わった目でそう答えると、「そうか」と小さく呟いた後、深呼吸をしてウロコ様は残酷な予言を口にした。

 

「・・・お主は近いうち、大切な何かを失う。生きていく上で足かせになるほどの」

 

「・・・それは、いつになるんですか?」

 

「近いうち、じゃ。して、その大切なものが何か、儂にもそれは見通せんかった。じゃが、この予言はおそらく当たるじゃろう」

 

 なるほど。今日のウロコ様の態度がやけにおかしかったのは、この未来を見たからなのだろう。

 そして、度々見せる残念そうな目は、その未来を変えることができないことを知っているから。・・・つまり。

 

 近々、俺はまた不幸にさいなまれる。

 

「・・・ははっ、笑えないですね」

 

「光みたいに、嘘だって喚いたりせんのかの?」

 

「喚いても変わんないから、あなたはそんな目をしてるんでしょ? ・・・運命に抗うのがあいつの強さなら、運命を受け入れて進むのが俺の強さじゃないんですか?」

 

「心が壊れておるお主に、またそれが出来るのか?」

 

「心が? ・・・少なくとも、そんな自覚はありませんよ。だから、大丈夫です」

 

 嘘だ。大丈夫ではない。

 先ほどの予言から今の今まで、ずっと心の奥底の方が震えている感覚がある。告げられた未来に怯えているのだろう。

 けれど、虚勢を張らないと生きていけない。これまでも、これからも。

 ありのままの自分を見せることを躊躇っているわけじゃない。俺が虚勢を張ってまで良く見せたいのは、俺自身なんだ。

 

「・・・そうか」

 

 それ以上何を言うこともなく、ウロコ様はどこかへ姿を消していった。最後の瞳は憂慮と失望。そんな感情が眠っているような気がした。

 

「・・・はん、また不幸かよ」

 

 一人になって、そんな愚痴が漏れる。

 

 美海とも向き合えて、千夏も帰ってきて、ようやくこれから新しい日々が始まるかもしれないという中で告げられる残酷な予言は、俺の心をかき乱していた。

 かといって、聞かなければよかったかと言われれば、それも多分違う。予言の日が来ることに間違いがないのなら、心構えが出来るまでの余裕が欲しいと思ってしまうのが俺だ。

 

 というか、絶対当たるわけでもないだろ、と自分自身をどうにか鼓舞してみる。

 後ろ向きに考えすぎるのも罠だ。それで損したことを指折り数えてみる。

 

「・・・帰るか、なんか熱いし」

 

 気が付けば、俺の身体は少しばかり熱を帯びていた。こんな寒空の下だというのに。

 それはどうも心の方から来ているように感じる。変なことを考えすぎて、知恵熱でも出たというのだろうか。子供じゃあるまいし。

 

 ごちゃごちゃ考えるのもなんだ。こういう日はさっさと帰って寝るに限る。

 そう思って踏み出した一歩だが、なぜか視界がぐにゃりと歪んだ。少しばかり節々が痛い。

 

「っと・・・これだいぶまずいかもな」

 

 潮留家はともかく、水瀬家はここからそう遠くない。歩いて帰れる距離だ。

 俺は震える両足を何度か叩き、無理やり力を込めて歩き続ける。

 

 足を止めれば、何か、何か大切なものが零れ落ちそうな気がしたから。

 

---

 

~ウロコside~

 

 長い事、海を見続けて来た。

 最近になってからは、陸に住まう海の者も見るようになってきた。

 

 その中で一人だけ、他とは違う奴を見た。

 島波遥。

 

 ただの小賢しい小僧に思っていたそれは、他とは違う輝きを放ち続ける、ガラスの卵じゃった。

 早いうちに悲しみを知ったが故、あやつは合理的で論理的な行動をするようになった。それは歳不相応に出来のいいもの。

 じゃが、それは愛を遠ざけ、淡々と生きてきたから。

 

 そやつが愛を知った時どうなるか、儂はそれがどこか不安に思うておった。

 

 そして見てしまった、あやつの未来。

 

 あやつは自らの過去に殺され、自らの幸福を壊してしまうことになる。今のあやつでは幸せになることは出来ないと儂は悟った。

 神にならぬかと口を滑らせたのは初めてじゃった。じゃが、それが最適解であることを儂は知っておる。

 

 合理的に愛から離れ、何も考えずにいることができる。あやつも、そこをゆくゆくは楽園と思うてもおかしくはない。

 

 それでもあやつは人であることを選んだ。自らの愛に壊される道を選んだ。

 ・・・そうまでして選ぶ、「愛」というものにはどれだけの価値があるのじゃろうか。かつてそれを奪った儂には、理解することはできん。

 

 

 ・・・滑稽じゃの。

 神でありながら、人が理解しているものを理解できんとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

思えばウロコ視点を書くのは初めてなような気がしますね。そういった点で今作は、ウロコの遥に対する感情を少し強めに書いているつもりです(どこか依怙贔屓しているというか)。キャラ崩壊も二次創作の醍醐味ってことで。
ただもちろん、最低限のことだけは守ろうと意識しながら書いているので、そこだけは徹底しようかなと思います。

と言ったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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