凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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これ一回書いてるときにパソコンショートして逝きかけました。私は元気です。


第百二十一話 分かち合えたらきっと

~遥side~

 

 ・・・。

 

 ・・・・・・。

 

「・・・ん」

 

「気が付いた?」

 

 重たい瞼を開けると、上から覗き込む顔が一つあった。千夏だ。

 少し状態を起こしてあたりを確認する。そこは俺にあてがわれた水瀬家の一室。意識を失う前の最後の方の記憶が怪しかったが、俺はどうやらちゃんと水瀬家に帰れていたらしい。

 

 さらに状態を起こそうとするが、体は思うように動かない。それの答え合わせをするように、千夏は慌ただしく俺の身体に触れた。

 

「あっ、ダメだよ。・・・相当熱出てるっぽいから」

 

「やっぱりか・・・。何度まで出てる?」

 

「39℃前後は出てたよ。記憶にないと思うけど、結構うなされてた」

 

「そうか」

 

 やっぱり真っすぐ帰ってきて正解だったな・・・。といっても、熱が出てる以上少し手遅れ気味ではあるけど・・・。

 ただ、熱を出したときのあの変な不快感は感じない。それだけが妙だ。

 身体を落として、首だけを横に向ける。18時を指し示す時計の真下まで目線を落とすと、そこには準備された濡れタオルが置いてあった。・・・これをした覚えは、確かない。

 でも、保さんは日中仕事に出かけているし、夏帆さんは今日夜勤だったはずだ。この時間に起きていることはほとんどない。

 

 視線に気が付いた千夏は、少し頬を赤らめて答えた。

 

「あっ、これ? ・・・一応、私がしておいたよ。拭けるとこだけ汗拭いて、それからずっとここにいる感じ」

 

「そっか、千夏がしてくれたのか。・・・ありがたいけど、これが風邪だったら移ってしまうかもしれないぞ?」

 

「そしたら今度は、遥くんが私のをやってよ」

 

「・・・年頃の男に言うセリフじゃないだろ」

 

「でも、やってくれるんでしょ? そういう人だってこと、分かるから」

 

 あの一件から吹っ切れた千夏は、そういった冗談もちゃんと口に出来るようになっていた。後ろめたさなんてのは大分なくなったのだろう。そう自然体でいてくれる方が、俺も嬉しい。

 

 ・・・ただ、さっきの文言はとても冗談には思えなかったけど。

 

「・・・ありがとな」

 

「ううん。これまで遥くんがしてきたことに比べたら、全然。・・・ただ、代わりって訳じゃないけど、一つ答えてくれるかな?」

 

「聞くよ」

 

「今日のまなか、どこかおかしくなかった?」

 

 千夏の口から出てくるとは思わなかったそれに、俺は思わず「えっ」と声を挙げる。ぼやっとしていた意識も、今の一言でしっかりと覚醒してしまった。

 

「そのリアクションをするってことは、やっぱり何かあるんだ」

 

「・・・まあ、あるな。俺も今日思ってたところなんだよ。まなかの様子がおかしいって。そりゃ、エナを失くした時点でおかしいっちゃおかしいんだけど、それ以外で」

 

「うん、分かるよ。私もそう思ったから」

 

 意外だった。確かにあのおかしな点はいずれみんなにも分かることだろうと思ってはいたが、それでもこんな早く、目覚めて初日にそれに気が付くとは思わなかった。

 

「なんで気が付いたんだ?」

 

「私ね、記憶を失ってた時の記憶、ちゃんとあるんだ。その時の空虚な瞳、自分では見れてないけど多分こんな目をしてたんだろうなってのも、分かる。それと同じような瞳をまなかから感じたんだよ。何か、大切な何かを忘れているような」

 

 千夏の表情はどんどん憂いを帯びていく。この予感が外れてくれればいいと思っていたのだろう。多分、俺も時折そんな表情をするから分かる。

 

「ね、まなかに何があったのか、教えてくれる?」

 

「・・・嘘ついて安心させようったって、そうはいかないだろうしな。ちゃんと教えるけど、長くなるぞ? 風邪なら移してしまうかもしれないし、手短に済ませたいんだけど」

 

「うん。大丈夫。だから分かるように教えて欲しい」

 

 これだけ据わった瞳に嘘を吐くのは恥ずかしいことこの上ない。俺は全てをちゃんと話そうと心に決めて、頭の中で整理を始める。

 キリキリと痛む頭の中で今日の話を簡潔にまとめ、数秒経ってようやくそれを語りだす。

 

「まなかがおじょしさまの代わりになったって話は、したよな?」

 

「うん、覚えてるよ」

 

「その時、代償になったものが二つある。一つはエナ。実際今のまなかにはエナがないだろ?」

 

「そうだね。・・・それと、もう一つは?」

 

「・・・誰かを好きになる気持ち。所謂『愛』の部分だ」

 

 今更になって体に染み込んでくるが、まなかはどうやらおじょしさまの伝承通りのものを奪われたようだ。

 陸の思い人への心と、海に戻るためのエナ。

 

「・・・本当に、そうなの?」

 

 流石にこれにはショックを隠せなかったみたいで、千夏はフルフルと震えながら俺に真実かどうかを確かめる。残念ながら、これに間違いはないだろう。

 

「まなかは、晃があかりさんの息子であることを理解できてなかった。・・・『子供』という存在が分からないような歳じゃないだろ? あいつも」

 

「そうだけど・・・」

 

「子供ってのは、愛の感情の結晶。愛を理解できない人間になってしまったら、いよいよそれだって分からなくなるだろ」

 

 おそらく、今後はそれが態度として現れてくるだろう。そうすればみんな気が付く。あの鈍感な光でさえも。

 

「それって、どうにか出来ないの?」

 

「・・・少なくとも、今の俺には考えられない。千夏の記憶が治ったのは、海に残ってたトリガーありき。まなかに同様のトリガーがあったとして、それが海に残ったままだったら、どうする?」

 

「あっ・・・」

 

「手詰まりなんだよ」

 

 そこで千夏もようやく、まなかがエナを失っている重大さに気が付く。

 そう、まなかの場合千夏と違って海に入ることは出来ない。これは陸だけでどうにかなる問題でもない。現状、完全に手詰まりだ。

 

 俺はここで立ち止まってしまう。立ち止まって、そのことを受け入れてしまう。

 おそらくそれも一種の強さなのだろう。けれど、それを絶対に許さない奴を俺は知っている。

 

「・・・なんか、残酷だよね」

 

 千夏は物憂げにそう呟く。自分が一度どん底から這いあがってきた人間なだけに、どうにもならない事の辛さを理解できているのだろう。

 

「もちろん、諦めたくはないんだ。だってそうだろ? あいつのことを好きな人がいて、あいつにも好きな人がいる。友達として、その気持ちは叶えてやりたいんだよ」

 

「うん、私もそう思う。・・・なんか、変だよね。私も、美海ちゃんも、遥くんも、みんな歪んだ愛の形を押してたのに、誰かのその気持ちは純粋に応援できるなんて」

 

「はっ、確かにな」

 

 あれだけ愛を恐れ嫌っていた俺がこうやって他人の感情を応援できるようになったわけだ。それ相応の成長を確かに辿ってきたのだろう。

 

 千夏は苦し紛れに「あーあ」と呟いて、グッと体を伸ばして言った。

 

「全部が幸せに収まってくれたらいいのになぁ」

 

「でも、幸せじゃないことを乗り越えるから人は強くなるんだろうな。・・・俺だって、ずっと両親といて、ぬくぬくと生活してたら、もっと頼りなくて情けない人間だったと思う」

 

「でも、辛い事ばかり身に浴びて壊れちゃうんじゃ悲しいよ」

 

 その通りだ。

 その時、俺はふとウロコ様に告げられた不幸のことを思い出す。

 

 俺は何を失うのだろうか。何に悲しまなければならないのだろうか。今更になって、それがとても怖く思う。

 

 その不安は言葉となり、千夏に伝わった。

 

「・・・なあ、千夏」

 

「ん?」

 

「俺がまた何かを失ったら、その時お前はどうする?」

 

「急に難しい事言うんだね。・・・何を失うことになるか分からないけど、多分私は、遥くんの感情に寄り添うよ。泣いてるときは一緒に泣く。笑ってるときは一緒に笑う。同じ感情を分かち合えたら、多分、不幸だって乗り越えられるから」

 

「そっか。・・・ありがとな」

 

「答えになってたらいいけどね」

 

 千夏はあはは、と苦笑いを浮かべる。心に少しばかりの余裕が出来た俺も、同じように笑った。

 

「さて、そろそろ眠気もやってきたし、寝るよ」

 

「うん。明日にはよくなってるといいね」

 

「そうだな」

 

 それから俺は目を閉じる。それからしばらくして部屋の明かりが千夏の手によって落とされた。

 明日には少しはましになってるだろう。そんな願いを込めて意識はだんだんと落ちていく。

 

 けれど。

 

 次の日も、その次の日も。

 

 

 俺の体調が上向きになる日はなかった。

 




『今日の座談会コーナー』

さてさて、ここからバチバチにオリジナルで展開していきます。なんか年月が空いたのもあって少し文体変わっているような気がしなくもないですが・・・。
別にサボってたわけでもなんでもなく、ずっと「この先どうしようかなー」とほんやり考えていたらこれだけの時間が経ちました。・・・嘘です三割くらいサボってました。と言ってもこれ以外の小説を書いてるだけなんですがね。

と言ったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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