凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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最後の物語を始めよう。


第百二十三話 堕ちていく世界

~遥side~

 

 動かない。

 

 意識はあるのに、体が動かない。瞼も重たい。まるで、金縛りにあっているような。

 熱でうなされているのか、と考えてもみるが、熱っぽさはまるでない。ならここはどこだ、と問いかけてみる。

 

 ・・・返事はない。

 

 視界は黒く、光が訪れない。

 底知れない孤独がだんだんと忍び寄って来る。あたりを囲んで、迫って来る。

 

 嫌だ、怖い。

 

 嫌だ・・・嫌だ・・・!

 

 逃げるように体を起こして、俺は・・・

 

---

 

 

「うわぁあああ!」

 

「うおっ!? びっくりした・・・どしたんだ急に」

 

 目が覚めたのか、言葉は音を帯びて声となった。そしてなぜか、その声に反応するのは大吾先生。・・・とすると、ここは病院なのか?

 

「大吾先生、ですか?」

 

「他に誰に見えるんだよ。・・・お前、覚えてるか? 今朝40℃の熱が出てうちに運ばれたんだぞ?」

 

 そんな事、覚えていない。とすると意識でも失ってたんだろうか」

 

「そんな高温・・・」

 

「ああ。んで千夏ちゃん、だったか。すごい泣きそうな声でうちに電話してきて、それからって感じだ」

 

「そっか・・・。あいつにも悪い事しましたね」

 

 ここ最近の体調不良で、あいつには随分と心配をかけてしまった。おそらく美海も相当心配をしているだろう。早く治さないと。

 

「・・・ところで」

 

「?」

 

「先生、どうして部屋がこんなに暗いんですか? 真っ暗じゃないですか」

 

「・・・嘘だろ、お前」

 

 大吾先生が今までにないくらい怯えた声でそう呟く。何が起こっているのか分からない俺が呆気に取られていると、その自称を大吾先生は言葉にした。

 

「島波、お前まさか・・・。・・・目が見えなくなったんじゃないのか?」

 

「えっ・・・?」

 

「今、部屋はバカみたいに明るくしてるんだよ。・・・おかしいだろ、それで真っ暗なんて」

 

 その言葉で、だんだんと意識が覚醒していく。もちろん、視界は真っ暗なままだ。

 

「そんな・・・ことが・・・」

 

「とにかく検査だ。すぐに準備を、・・・って言いたいけど、お前が動けないんじゃ話にならないな」

 

 大吾先生は少しだけ慌ただしく動いたように物音を立て、それから椅子に着いたのかそれは静まる。やがてため息を吐いたのが聞こえた後、優しい声音で俺に語った。

 

 

「・・・できるだけ動揺を抑えて、俺の話に答えてくれ。出来るか?」

 

「やってみます」

 

「おそらくお前は、完全に視力を失ってる。が、検査がまだだから、何に由来しているのか分からない。・・・思い当たる節はあるか?」

 

 思い当たる節。

 ここ最近の、治らない体調不良は間違いなくそれに該当するだろう。風邪薬を飲んでも、流行病に効く薬を飲んでも効き目がない。あの体調不良は明らかに異常と言えるだろう。

 

 でも、何より思い当たるのは・・・。

 

「・・・予言」

 

「あん?」

 

「海にはウロコ様という神様がいます。・・・今は何度か陸に上がってはちょっかいをかけてくるくらいの存在ですが。・・・その人に告げられた予言があるんです」

 

「それは、なんて予言なんだ?」

 

「『お前は近いうちに、大切なものを失う。それはおそらく、生きる上で足枷になるほどの』。そういう予言です」

 

 頭をクシャクシャと書いている音が聞こえる。当たり前だ。こんな支離滅裂な話を、一般人である大吾先生が簡単に受け入れることができるはずがない。

 けれど、回答は意外にも早かった。

 

「・・・なるほど。これがその災難って訳か」

 

「信じるんですか?」

 

「お前が嘘を吐く時と吐かない時の違い位分かるんだよ。もう何年お前の担当医をやってると思う? 俺を舐めるな」

 

「そう、ですよね」

 

 普段の俺なら、何か軽口の一つくらい飛ばせたのだろう。それだというのに、今は何も、何も浮かんでこない。

 それよりも、だんだんと真っ暗な視界の奥から来る不安が迫って来る感覚に今は気を取られていた。

 

 意識ははっきりしているのに、何も見えない。目は開いているはずなのに、その先の光が入ってこない。

 昨日まで見えていたはずの景色が、いつまでたっても、何一つとして見えない。

 

 それが、たまらなく怖い。

 

「・・・ッ、はぁ・・・はぁ・・・!」

 

 だんだんと呼吸が早くなっていく。うまく息ができない。

 肺が苦しい。それから全てのリズムが崩れて、意識が薄れていく。

 

「おい! しっかり息をしろ! 落ち着いて吸って、落ち着いて吐け! ・・・クソッ、過呼吸かよ!」

 

 怒鳴る大吾先生の声も、だんだんと遠くなっていく。

 それから俺の意識はまた、深い眠りの底へついていった・・・。

 

 

---

 

 

「・・・あ」

 

 何時間経っただろうか。随分と長い事眠っていたような気がする。

 俺の声に反応して、キィと音が鳴って、足音が少しずつ近づいてきた。それから声が俺の耳に届く。

 

 視界は・・・黒いままだ。 

 

「目が覚めたか」

 

「・・・大吾先生。すみません、迷惑をかけました」

 

「バーカ。患者ってのは医者に迷惑かけてなんぼなんだよ。謝るな。・・・それより」

 

 大吾先生は近くにあったであろう書類を机の上でトントンと鳴らして、俺に語り掛けてくる。

 

「お前が過呼吸で倒れてるうちに諸々の検査をしておいた。・・・はっきりとデータで出たよ。お前の視覚能力が完全になくなってることがな」

 

「っ・・・。もう、治らないんですか?」

 

「さあな。少なくとも俺が出来ることは限られてるし、何より・・・」

 

 ばさりと書類が机に置かれた音がしたかと思うと、俺の胸辺りを小突く感覚が訪れた。おそらくそれは心臓の方を指している。

 

「これは、お前の心に由来している」

 

「・・・心?」

 

「ああ。・・・きつめの精神疾患だよ。心の疲弊。度重なるストレスによって体全体に大きな障害が残ってる。ずっと続いてた高熱も、今回の失明も多分、それが由来だ」

 

「そんな、心の疲弊って・・・。俺は何も思ってないですよ」

 

 心を傷つけるような出来事なんて、そんななかったはずだ。千夏の一件も終わって、まなかも目が覚めて。・・・そりゃ、まなかの異変は確かにおかしな点だけれども。

 

 狼狽える俺に呆れたように大吾先生はため息を吐く。

 

「・・・その状態になってる時点でだいぶまずいんだよ。いいか、心の疲弊ってのは思っているよりヤバめの問題だ。いつしか疲弊していることに心が慣れて、少々のストレスならなんとも思わなくなる。でも、体はどうだ? ちゃんとそれをストレスとして認識している。だから、自分が大丈夫と思っているうちに体への負荷がどんどんたまっていくんだよ。それが今回、爆発しちまったって話だ」

 

 そういえば、いつかウロコ様も、「心が壊れている」と言っていた。

 俺は、気が付かないうちに自分の心をダメにして、それを知らないままで無茶ばかりしていたみたいだ。

 

 それで、このザマなんて・・・。

 

「なんとかならないんですか? 俺、嫌ですよ・・・!」

 

 俺はガキのように喚いてしまう。しかしそれよりも大きな声を上げたのは大吾先生の方だった。

 

「俺だって嫌に決まってんだろ! ・・・何年、お前を見てきたと思ってるんだよ。目の前で不幸を重ねながら、それでも立ち向かい続けるお前を、俺が何年見続けてきたと思うんだよ」

 

「っ・・・!」

 

「俺の過去の因縁を晴らしてくれた。あいつと結んでくれた。そのお前にどれだけの負荷がかかっていたか、俺が知らないはずなんてないだろ。・・・だから、ずっと助けたいと思ってやってきたんだよ。初めて会った日からお前の担当から外れなかったのは、それだけの想いがあってなんだよ。・・・こんな結末、望むわけないだろ」

 

「先生・・・」

 

「でも今一番嫌なのは、すぐにでもお前を『助けてやる』って言えないことなんだよ・・・! 情けねえよ・・・! くそっ!」

 

 それからガンッ、と一つ机を蹴り飛ばす音が聞こえる。目の前の大吾先生は怒りに震えているのだろうか。それとも泣いているのだろうか。光を失ってしまった俺にはもう、それを確認する術などない。

 

「悪い・・・島波・・・俺はっ・・・!」

 

「先生、もういいです」

 

 手を伸ばした先に、先生の手があった。濡れている。少し体温に近くて、どこか湿りっ気のある。その水分の名称を俺は知っている。

 

 涙。

 

 この人は、俺のために泣いてくれていた。普段はあれだけぶっきらぼうで、頑固者で、可愛げのない真っすぐな人間だというのに。こんな俺のために涙を流してくれている。

 

 目の前で不幸が起こっているのに、目が見えないというのに、俺はまた、いつの間にか俺以外の人間の心配をしていた。

 ・・・ああ、だから俺は、いつの間にか心を壊したんだろうな。

 

 なら、どうしろって言うんだよ・・・。

 誰かを思って生きてちゃいけないのかよ・・・。

 

 いつまでも愛を否定して、独りで生きなければいけないのかよ・・・!

 

 そこでまた、感情がスンと冷める。

 ああ、嫌な感覚だ。この感情には何度も覚えがある。

 

 しかし芽生えた感情は留まることを知らず、無意識に言葉として現れた。

 

「・・・先生、生きるのって難しいですね」

 

「お前、何を・・・?」

 

「もう、どうすればいいか分かんないんですよ・・・。沢山奪われて、ようやく元に戻ろうとしてるときに、これですよ? ・・・俺は、なんの為に生きればいいんですか?」

 

「それは・・・」

 

「はっ・・・幸せになりたかったなぁ・・・」

 

 ダメだ。

 心の明かりがだんだんと消えていく。

 次に消えてしまえば、俺はいよいよ人間ですらなくなるだろう。

 

「・・・ははっ」

 

 

 そしてそれは、もう時間の問題だった。

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

さて、明言させていただきます。ここからがメインストーリー最終章となっています。本当に前作はここら辺おざなりだったんで、今度こそは上手くやりたいと思い意気込んでいます。
ここからのテーマは言えば「過去の清算、決別、決意、これからの展望」ですね。島波遥という人間が抱え込んだ負の部分の全て、それをどう受け入れて幸せになるかというのが本作品のメインテーマなので、そこはこだわりたいと思います。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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