凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~千夏side~
遥くんが寝込むようになってからもう三日ほど経ってるというのに、全く体調に進展がない。どころか体調不良は増していくばかり。
募る不安が次第に大きくなっていくのを自分でも感じた。
それでも、それから目を逸らさない覚悟は出来ている。私は今日も前を向いて、遥くんの傍に居続ける。
その思いを傍らに、私は遥くんの部屋のドアを開けた。物音はない。
「もしもーし・・・、まだ寝てる?」
「・・・」
何も帰ってこない。眠っているのだろうか。
でも、その割には肩の動きが荒い。まるで無理やり呼吸をしているかのように思える。
「ねえ、大丈夫?」
私は遥くんに近づく。表情さえ分かれば、状態を判断できる気がしたから。
それのおかげか、私は気が付いてしまう。
目の前の遥くんが、苦しそうに胸の方を抑えていることに。
「遥くん!?」
素人目線でも見てわかる。明らかに「ダメな」状態だ。熱を発した時の脱水で、エナ自体にも相当負荷がかかってるのかもしれない。あくまでここは地上だ。
「意識があるなら返事して! そうじゃないなら・・・ちょっと大人しくしてて」
手元に置いてある体温計で熱を測ってみる。表示された数値は40℃。無慈悲な数字だ。
不幸にも、今お父さんとお母さんは出払ってしまってる。動けるのは私だけだ。
このままでは死んでしまうかもしれない。そんな恐怖が脳裏を過った私は、すぐさま家の電話へ駆けこんだ。
慣れない番号を打ち込んで、コールがすぐにでも届くのを待つ。
躊躇ってる暇はない。これは救急車を呼んででも助けないといけない状態なのだから。
それからほんの数分で救急車はやって来る。耳障りな大きなサイレンが近づいてきたというのに、遥くんが瞼を開こうとすることはなかった。
一抹の不安は、さっきの何倍にもなって私を襲ってくる。・・・でも、分かってる。今の私が出来るのは一旦ここまで。あとは祈って、どうにかなるのを願うしかない。
救急車を見届けて、私はその場にへたり込んだ。あまりにも急な出来事の連続で、ずいぶんと気を使ってしまったみたいだ。
「・・・大丈夫、だよね?」
誰に問いかけるわけでもなく、そう呟く。こういう時、誰かに話を聞いてほしくなる。
でも、いつもそのポジションを担ってくれた人が今大変な状態を迎えている。・・・そんな私が、頼れる相手は。
震える足に力を入れて、私はまた電話の所まで向かった。今度は打ち慣れた番号を打とうとするが、さっきよりもそれを押す指は躊躇ってしまった。
ここで美海ちゃんにこれを話して、美海ちゃんを動揺させてどうしろと言うのだろう。そんなことばかりが頭の中で暴れている。
私だけの秘密にしたいわけじゃない。・・・けれど、美海ちゃんを傷つけないためには、伝えないこともまた優しさのように思える。
「・・・ううん、違うよね。多分、そんなの優しさじゃない」
それに、フェアじゃない。ずっと約束を守り続けてくれた美海ちゃんに私が今できるのは、同じ目線で、同じ現実を見る事。
決心した私は、ようやく電話を掛ける。
コールは一度。たった一度で電話は繋がった。
「はいこちら潮留」
「光?」
「んだ水瀬か。ちょいまち、美海呼んでくる」
潮留家に電話する時、最近はちょくちょくと光が出てくる。それから美海ちゃんを呼んできてくれる、という一連の流れはもう随分と身体に染みついていた。
その染みついた流れが同じように再現されて、私は少しだけ安心を覚える。
それからドタドタと音が聞こえたかと思うと、電話の主が変わっていた。
「どしたの? 千夏ちゃん」
「うん・・・。ちょっと色々あって。これから話すこと落ち着いて聞いてほしいんだけど、いいかな?」
「分かった」
美海ちゃんの承諾を得て、私はすぅっと息を大きく吸って、少しずつ吐いて、事の真相を語り始める。
「遥くん、救急搬送されちゃった」
「えっ・・・?」
「というか、私が救急車を呼んだの。・・・熱、40℃もあってさ。明らかにおかしかった。まるで、地獄と戦ってるようにも見えた。・・・そんなの、見てられなくて」
「それで、今は?」
「向かってる途中だと思う。・・・何が起こってるのか分からないけど、この後私も病院に行こうと思う。・・・・ごめんね、ここまで何も出来なかった」
だんだんと声が震える。さっきの光景が少しずつフラッシュバックしてきて気分も悪くなっていく。瞳の端の方が熱い。潤んでいく。
それを感じ取ったのか美海ちゃんは、諭すような優しい声色で私を慰めた。
「・・・私は大丈夫だから。それに千夏ちゃんのことだから、ずっと遥の傍にいて看病してたんじゃないの? ・・・それでいて何も出来ないなんて言うのは違う」
美海ちゃんはやっぱり、嫉妬しちゃいそうなほどに優しい人間だ。きっと私が遥くんにショックを与えた時も、こうやって遥くんを支えていたのだろう。私なんかと比べて、よっぽど肝が据わってる。
だからこそ、今ここで負けたくないと思ってしまった。
友達として、甘えたい部分も確かにある。
だけどライバルとして、弱いところばかり見せたくないとも思った。自分を信じれないで、どうして誰かを信じるなんて出来るのだろうか。
私は一つ息を整えて、美海ちゃんに答えた。
「・・・ありがと、美海ちゃん」
「何もしてないよ。・・・それより、病院、行くんでしょ?」
「うん。これから支度して、すぐに向かうつもり」
「じゃあ、病院のフロントで待ち合わせできるかな? 私もすぐに向かうから」
「分かった。じゃあ電話切るね」
それだけ言い残して、私は電話を切った。
「さてと・・・どうしようかな」
正直、電話をしてる時間の一分一秒も惜しい。割り切った私はリビングの机に書置きを残して、そのまま飛び出るように外へと向かった。
そしてこれから、ちゃんと自分の目で真実を確かめに行く。
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病院に着いたのは20分後。美海ちゃんは玄関を入ってすぐのフロントで待っていた。いざ会ってみると、目が右に左に泳いでいる。そうはいっても、美海ちゃんもやっぱり心配みたいだ。
「お待たせ、美海ちゃん」
「千夏ちゃん。・・・遥、大丈夫そう?」
「私には分からないけど・・・。大丈夫だって信じてる。多分、それ以外に言うことはないんじゃないかな」
「そっか。そうだよね」
そこから先は医者の仕事。きっと遥くんのことだし、なじみの先生が見ていることだろう。
あの人とは私も何度か話したことがある。ちょっと尖りのある性格をしてるけど、間違いなくいい人だと思う。
なんてことを思っていると、当人はフロントを徘徊していた。それを見つけた私は、躊躇わず声をかける。
「お疲れ様です、藤枝先生」
「・・・ん? ああ、お前、島波んとこの。・・・電話くれたの、お前さんだろ? 助かったよ」
「いえ、私はそれしか出来なかったので。・・・ところで、遥くんは?」
「今は病室で寝てる。・・・けど、すぐの面会は無理だな。検査とかもしないといけないし、早くて目が覚めて20分くらいか」
顎に手を当てて、どうしたものかと藤枝先生は悩む。私たちのことを考えてくれているのだろうか。
それから十数秒経って、申し訳なさそうに口を開いた。
「すまん、後々でこっちから電話をかけるから、今のところは引いてもらえるか? ・・・長い事フロントで待たせても悪いしな」
その提案に答えたのは、隣にいる美海ちゃんだった。
「なら、私の家のほうの電話に掛けてもらえますか?」
「美海ちゃん?」
「一緒に待ちたいの。だからもしよかったら、このあとうちに来てほしいんだけど・・・ダメかな?」
少し口元を細めて、心細そうに美海ちゃんが私に告げる。それを拒むなんて真似はしたくなかった。
「・・・うん、分かった。というわけで、藤枝先生。よろしいですか?」
「ああ。ただ、親御さんのこともあるからな。お前の家の方にも電話かけておくよ。繋がらなかったらそれでいい」
それから美海ちゃんから電話番号を聞いて、藤枝先生は廊下の奥へと消えていった。
二人きりになってしばらくして、美海ちゃんの口によって沈黙が切り裂かれた。
「・・・私だって、怖いよ」
「うん。分かってるよ」
だから私たちは、二人でここまで歩いてこれたのだと思う。
それはライバルという関係になった今でも、そうあって欲しいと思っている。
そして私は潮留家に身を寄せることにした。
いつでも電話に出られるように、神経をすり減らしながらその音を待つ。
一時間。二時間。
焦りと苛立ちが生まれだした三時間後、電話は掛かって来る。
けれどそれは、私が望む答えなどではなかった。
「・・・悪いが、当分の間、面会は見送ってくれ」
『今回の座談会コーナー』
ずっと遥視点だと物語が一辺倒になっちゃうんですよねー・・・。この物語はあくまで主要人物それぞれの成長を書きたいと思って作っているので。とはいえ、同じセリフをそれぞれの視点で書く従来のスタイルは、ただ尺を取ってしまうだけというジレンマもあるので、そこは少し悩みどころと言うか・・・。まあ、うまくやってみせますとも。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)