凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百二十五話 それぞれの覚悟

~千夏side~

 

 病院から告げられたのは、面会拒否の通知。

 気が動転した私は、即座に声を大きくして聞き返してしまった。

 

「なんでですか? それほど重大な・・・」

 

「いえ、面会自体は可能なんです。ただ・・・島波さんが面会を拒否してます」

 

「なんで・・・!?」

 

 相手が目上の人間であることも忘れて、私は強気に我儘を連ねる。すると電話の向こうが一瞬静まり返り、やがて応対している人が変わった。

 

「よお、好き放題言ってくれるじゃん」

 

「先生! どうして面会拒否だなんて」

 

「・・・落ち着いて聞いてくれるか」

 

「・・・分かりました。一体、遥くんに何があったんですか?」

 

 私は覚悟して、隣でただ無言のまま私を見つめている美海ちゃんとそれを聞きいる。それから藤枝先生が告げるのは、聞きたくもなかった残酷な答え。

 

「あいつは・・・目が見えなくなってしまった。治るかどうかは不明だ」

 

「えっ・・・」

 

 受話器を手から落とす。らせん状の線に引っ張られて、受話器はダランと下に垂れた。

 私と同じように絶句していたのは美海ちゃんも同じだった。

 悲しいとか、悔しいとか、そういう感情よりも先に虚無がやってきた。何も考えられない。これまで頭が真っ白になったのは、遥くんが私を庇った、あの時以来──

 

 私がその場で硬直していると、何かに駆られたように美海ちゃんが代わりに受話器を取った。

 

「続けてください」

 

「ああ。検査の結果、あいつの失明は心的ストレス由来だってことが分かった。何がストレスであいつの心が壊れたのかは分からない。・・・多分、積み重なったこれまでの全てだと思うけどな」

 

「間接的に私たちも理由になってるってことですか?」

 

「・・・否定はしない。あいつ自身の問題だから、俺がどうこうは言えないけどな」

 

 受話器から零れるその音が耳に入ってくるたび、私の胸の中を自責の念が借り始めた。

 ・・・私たちが、遥くんの足手まといに、心の枷になっていたってこと・・・?

 

 だったら、どうすればよかったの? どうすればいいの?

 

 これ以上傷つく遥くんは見たくない。好きな人には幸せになって欲しい。そんなどうしようもない自分勝手な願いだけが、ずっと脳をグルグルと駆けまわる。

 だからこそ、隣で真っすぐとそれに向きあう美海ちゃんは、どこか大人に見えた。

 

「・・・面会拒否、遥から言ったんですよね?」

 

「ああ。そう伝えといてくれって言われてここにいる」

 

「なら、今からそっち行きます。・・・遥がなんと言っても、こじ開けてでも」

 

「話聞いてたのか? ダメって言ってんだぞ、こっちは」

 

「だったら遥のこと、今すぐにでも治せますか?」

 

「・・・」

 

 虚を突かれたのか、藤枝先生はたちまち黙り込んだ。知っている。この人は心の奥底から、遥くんの力になろうとしていることを。

 だから自分ではどうにもならない何かを、美海ちゃんに託そうとしているのだろう。でなければ、すぐにこの人はこれを拒否するはずだ。

 

 そして数秒経って、答えは出る。

 

「・・・頼む。今日だけは待ってくれ。明日ならいつでも来てくれていい。・・・俺個人として、それをお願いしたい」

 

「分かりました。明日すぐに伺いますから。・・・もし、遥が死のうとしたら、絶対に止めてくださいね」

 

「分かってる。いちいちそんなこと言ってくれるな」

 

「それならいいです。・・・では」

 

 最後まで淡々とした声音で、美海ちゃんは電話を終える。私はその一部始終を見届けた後、美海ちゃんの部屋まで帰って、そこでようやく声が出た。

 

「・・・すごいね」

 

「何が?」

 

 私の顔を見ないで、美海ちゃんは答える。

 

「・・・遥くんの目が見えなくなったって聞いた時、何も言えなかった。なのに美海ちゃんは」

 

「・・・私が、動揺してないように見える?」

 

 震える声でそう言ったかと思うと、美海ちゃんは振り返って私の肩に両手を置いた。目の端にいっぱいの涙をためて、美海ちゃんは続ける。

 

「怖いに決まってるでしょ? ・・・信じたくもないこと聞かされて、これからの未来が頭に過って・・・そんなの、受け入れられると思う?」

 

「・・・」

 

「でも、一番辛いのは遥だってこと、千夏ちゃんだって分かるでしょ? 私たちが泣いたって喚いたってどうにもならない。・・・そんなこと、分かってるでしょ?」

 

「でも、・・・私たちが原因の一部かもしれないって話でしょ?」

 

「それがなんだって言うの!?」

 

 美海ちゃんは明確に怒りを見せる。その剣幕に気おされて、私は息を飲む。

 

「確かにそうかもしれないよ? いっぱい困らせて、迷惑をかけた。それは私も、千夏ちゃんも。だから、遥と距離を置くことが遥の為だって、千夏ちゃんはそう思ってるんでしょ?」

 

「それは・・・」

 

「私は違う。約束したの。遥が死ぬなら、私も死ぬって。それが私の覚悟。・・・もしそれでも千夏ちゃんが自分がやろうとしてることを正しいと思ってるなら、もう止めない。好きにして」

 

 そこには少しの失望が垣間見える。

 見くびっていたわけじゃない。でも、私は美海ちゃんを見誤っていたんだろう。

 

 妹のような子だと思ってた。実際それくらい歳も離れていたし、そう思っても不思議じゃなかった。

 

 でも今同じ年になって、美海ちゃんはここまで成長した。命を懸けるというその言葉にも微塵の嘘もないだろう。

 私が遥くんを思う気持ちは、このレベルに達していないと言いたいのだろうか?

 

 嫉妬は怒りに、そしてだんだんと対抗意識になっていく。

 その燃料は、私自身が遥くんを思う気持ち。

 

 本当の「好き」じゃないというのなら、今ここでそれを諦めて、美海ちゃんに託すことは出来るはずだ。でもそれは出来ない。

 

 これが答え。私は、遥くんにいて欲しい。一緒に歩みたい。

 だから、自分から歩み寄らないとダメなんだ。それが傷つけることだとしても、我儘だとしても。

 

 中途半端な思いやりがその人を傷つけることを一番知ってるのは、私だ。

 

「嫌だ」

 

「なんて?」

 

「嫌だって言ったの。私は遥くんを諦めない。・・・ほんとはどうしようかずっと迷ってた。でも、やっぱり無理なの。私は好きを、諦めたくない」

 

「でもどうするの? 自分たちが原因になってることを気にしてたのは千夏ちゃんでしょ?」

 

「それでも、引いたら多分もう戻れないから。・・・ちゃんと遥くんと向き合って、それでも拒絶されたら、その時はまた考えたい」

 

「・・・そっか」

 

 美海ちゃんがさっきまで浮かべていたしかめっ面はなりを潜め、やがて表情を少し柔らかくして答えた。

 

「・・・その答えが帰ってこなかったら、私一生千夏ちゃんのことを嫌ってたよ」

 

「ごめんね、変に気を使わせちゃって。・・・でも大丈夫。向き合う覚悟は出来た」

 

 きっと明日病室に行った時、遥くんはきっと大きく取り乱して、らしくない姿を見せるだろう。その光景は今からでも想像できる。

 その時何を話せるのは分からない。それでも、私は私のこの我儘を最後まで押し通したい。

 

 好きになった贖いは、好きを貫き通すこと。

 中途半端に好きをぶつけて、諦めて距離を置くなんてことをしたら、かえってまた向こうに気を使わせるだけだ。

 だから私は、最後まで遥くんの知る私でいたい。

 

 

 

 きっと美海ちゃんもそうなんだよね?




『今日の座談会コーナー』

久しぶりに遥視点以外を連投した気がしますね・・・。そろそろ本編に戻りますよ。ただ、こういう視点を間間に織り交ぜることで膨らみが出来るもんだと私は信じているので。にしてもこの作品で描く「潮留美海」という存在めちゃくちゃ強いですよね。前作の遥くらい強いぞこれ・・・。

といったところで、、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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