凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~美海side~
いざ遥を目の前にしたとき、何を言えばいいのか私には分からなかった。両目の光を失った遥はもはや生きる気力すらも失いかけて、空っぽの人形のようにそこに佇んでいた。
こんな遥を見るのは、あの日以来・・・いや、下手したらあの日よりももっと弱った姿かもしれない。
それでも、だからこそなのかもしれない。私は全力で、遥の力になりたいと思った。
恩を着せたいわけじゃない。私のことを好きになってもらいたいわけじゃない。私はただ・・・私に幸福を教えてくれた遥の力になりたかった。
だから、何を言えばいいか分からなかったけど、口先だけは流れるように動いた。
救われるだけの存在はもう終わり。今度は私たちが、何も考えずに遥の力になる。
ただそんなことを、ずっと、遥に届けと願いながら口にしていた。きっと一方的な献身なんて遥は戸惑い、拒むだろう。それでも、私はそれをやりたい。かつて遥がそうしたように。
そしたらきっと、隣を歩けるって、私はそう信じてるから。
だからこの・・・溢れるような言葉に出来ない感情を受け取って欲しい。何にも属さない、純真で無垢な「愛」を。
それを受け取ることは悲しみと隣り合わせだけど、受け取ることで手に入れた幸せはきっと、その悲しみをも超えるから。
そう教えてくれた遥に、私は同じことを返したい。
だってこんな絶望の淵にいても・・・私は遥が好きだから。
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病室を出ると、フロントの方に千夏ちゃんと一緒に呼び出された。それからしばらくの間説教。遥が良くしてもらっている先生の仲介が入らなければ、もっと大惨事になっていたことだろう。
そして説教が終わり、私と千夏ちゃんはようやく帰路についた。少しばかり顔を出している日差しのお陰もあって、今日はどこか暖かく感じる。
「・・・美海ちゃん」
「どしたの?」
「やっぱり遥くんはさ・・・かっこいいよね」
どこかもったいぶるように、どこか躊躇うように、千夏ちゃんは当たり前のことを口にする。
「かっこいいよ。ずっと憧れてた。いつも先を行ってて、無茶ばっかりしてあれこれ解決して。・・・私じゃ、届かないと思ってた」
「うん」
「でも・・・憧れるのは、もうやめたの」
憧れるのはもうやめた。
その先に果実が実らないことを、もう知ってるから。
好きであることは、隣にいること。だから今私は、立ち止まった遥の隣に立つ。
そこからゆっくりでいい、一歩ずつ進みたい。
これまで抱いていた不安だらけの恋心は、みるみるうちに姿を変えていった。今はどこか、何か出来そうな気がして仕方がない。
私の目を見て何を思ったのか、千夏ちゃんは少しだけ俯いて、それからまたばっと顔を上げた。
「こんなことを言うのもなんだけさ、私、心のどこかでずっと遠慮してたの。海に飲み込まれて、五年経って目覚めたあの日から。・・・遥くんにも、美海ちゃんにもさんざん迷惑かけて。私なんかが、誰かを愛する資格なんてないと思ってた。・・・でも、やっぱり諦めたくない」
「うん、分かってるよ」
「だから、改めて言うね。・・・私、美海ちゃんに負けたくない。もう、迷わないから」
ここ最近、少しだけすれ違ってた歯車がピタリとはまって、また動き出す。・・・いや、ひょっとしたら歯車は五年前も嚙み合ってなかったのかもしれない。
ライバルだなんて言いながら、フェアな戦いをと言いながら、ずっと追いつけないものだと、アウェーにいるものだと思ってた。けれど今はもう、その背を追わない。
何も遠慮しない。負けたくない一心で私は千夏ちゃんに顔を向ける。
視線と視線がぶつかって、そこで言葉は消えた。千夏ちゃんも同じような目を私に向けている。
だけど、それはすぐにほぐれて、お互いの顔には笑みが浮かぶ。
・・・うん。
ライバルだとしても、私たちはまだ友達でいれるんだね。
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~遥side~
二人が部屋から立ち去ってどれくらい経ったか分からないが、ゆっくりと扉を開く音が部屋に響いた。何か後ろめたそうな挙動なあたり、大吾先生だろう。
俺は一つため息をついて、勘ぐりながら名前を呼ぶ。
「どうしましたか、大吾先生」
「っと、流石にバレるか」
「何年の付き合いだと思ってるんですか。というかノックくらいしてくださいよ俺今目見えないんですから」
「バレずに入れると思ったんだけどなぁ・・・」
ポリポリ、と頭を掻く音が聞こえる。それからしばらく二人とも黙り込んで、やがて申し訳なさそうな声を大吾先生は発した。
「・・・悪かった」
「何がですか?」
「二人のこと。・・・面会拒否自体はちゃんと伝えたんだ。けど」
「分かってますよ。二人とも、特に美海なんて言って聞くような奴じゃないですし。どうせそこに折れて通したって感じですよね? 違いますか?」
「・・・いいや、当たりだよ。といっても、俺も完全に拒む気はなかったからな。俺には出来ないことをあいつらなら出来るって思って、今日通した」
結果的にそれが功を奏したことになる。今更この人を責めることは野暮だろう。
それよりももっと、考えるべきことが、やるべきことがあるはずだ。
「それより・・・なんかお前、変わったな」
「何がです?」
「昨日なんて今にも死にそうな雰囲気出してたからな。本当に死なれたらどうしようかってずっと思ってたんだよ」
「・・・そうですね。正直、あのまま二人と会わなかったら俺は多分どうにかして死のうと模索してたかもしれないです。でも、もう少し頑張ろうかなって思ってますよ、今は」
「頑張ろうって・・・」
「分かってますよ。頑張るって言っても、生きることを諦めないってことです。幸せを受け取るために頑張ることだって必要でしょう?」
誰かから助けを与えられるという仕組みは理解している。けれど視界を奪われた今の俺には、それを受け取るだけの余裕と余力がない。
だから今は、もう一度スタートラインに立てるようになんとかしてみる。リハビリでもなんでも、出来る事ならやりたい。
もちろん、疲れたのならそこで休めばいいことももう知ってる。
「・・・その様子なら、とりあえずは大丈夫そうだな」
「ええ。心配かけましたね」
「いや、気が付いてくれたならいい。それになんだ、俺に出来ることがあればなんでも行ってくれ。病院側でしか出来ないこととかもあるしな。とことん尽力する」
「よろしくお願いします。・・・早速ですけど」
それからこれからの日程調整と、リハビリの打ち合わせに入る。
この病院から出る時、二人は俺の隣に立っているだろう。その時歩けるように、今はやるべきことをやる。
多分、幸せは急がなくても手に入るのかもしれない。今ならそう思える。
『今日の座談会コーナー』
責任感に駆られて身を粉にして動いて、いつしか「休む」ことにためらいを覚えて神経をすり減らしていく。こういった経験がある人は周りに結構いると思います。自分もおそらくその一人です。
だから今回明言しているように、焦らないことも一つ重要になってくるのかもしれませんね。・・・まあ、焦ってしまう理由の一つとして、それを達成できなかった時に生まれる周りの失意や落胆などが怖いからというのがあるかもしれませんが。
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)