凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
あれからまた1日が過ぎた。といっても、時計が見れない分、誰かから話を聞かないと時間間隔を認識できないのは流石に不便だ。
ただ、健康的な生活をしてると空腹を感じる時間なんかでざっとの時間は分かる。腹時計とはよく言ったものだと思いながら、昼食を待つ腹を摩りながら俺は時を待つ。
とその時、フロントから面会客の知らせがやってきた。今は誰も拒むつもりはないと、話の詳細も聞かずに俺は承諾を出した。
それから5分ほど経って、扉が開く。耳に伝わってきた声はどこか懐かしく、温かい気がした。
「遥君、元気にしてたか?」
「保さん。・・・夏帆さんもいる感じですか?」
「うん。いるよ。今日は仕事じゃなくて、遥君の親として、ね」
夏帆さんは昨日あれから何度かスタッフとして俺の所に来てくれていた。俺に気を使ってか、業務以外のやり取りをすることはほとんどなかったけれど。
だから、客として来たということは、話をしにきたということ。それを理解して、俺は話に望む。
「随分と遅れてしまったな、すまない」
「いえ、いいんです。それに昨日とか一昨日だと、俺が顔向けできなかったんで。だから、今日でよかったです。それに多分、夏帆さんが計らってくれたんですよね?」
「うん。遥君、ずいぶんと元気がなかったから。だから行くなら二人でって決めてたの。昨日今日と様子を見たけど、元気そうでよかった」
この人にも、ずいぶんと迷惑をかけてしまった。
・・・なんて、迷惑をかけたことを気にしすぎるのも毒って話を昨日一昨日でずっとしてたんだよな。
「おかげで元気になりましたよ。・・・昨日、千夏が来てくれて」
「確か美海ちゃんと一緒に、だったか」
「はい。・・・なんでしょうね、一番簡単なはずだった何かを、両親が陸に上がったあの日からずっと忘れていたんだろうなってそう思います。あいつと美海が、それを思い出させてくれました」
「それは何のこと?」
優しい声音で問う夏帆さんに、俺なりに導き出した答えを出す。
「『愛』の感情は、等価交換だってことです。それは友愛にしても、恋愛にしても、親愛にしても。・・・俺はずっと、自分の知る誰かを守りたいとその一心で生きてきました。実際それで満たされた心もありましたし、幸せにも思ってました。・・・でも、そのせいで誰かが自分を助けようとしてくれるのを躊躇って、遠慮していたんです」
その感情は、目の前にいるであろう二人にも向いていた。
「だからずっと、二人には心のどこかで遠慮してたんだと思うんです。・・・本当は何の縁もない俺でしたから。だから、二人に育てられたいという気持ちと、二人に沢山の迷惑が掛かるという申し訳なさを抱えて生きてきたんです」
そうやって、愛されるべき人間ではないと目を反らして、自分でなんとかしないと、と虚勢を張って、そうして心は壊れた。
でも、心が元に戻るかどうかなんてのはこの際どっちでもいい。見つけた新しい自分をこれから歩んでいくのに「これまで」を引きずる意味はないから。
「・・・そうか。そうだったんだな」
どこか複雑そうな声音で保さんは語る。本音を言ってしまったわけだ。簡単に受け入れることができるわけではないだろう。
「それで、遥君はどうしたい? これが苦になってるなら・・・」
「いえ、その逆です。・・・二人にはそのままでいて欲しいんです。変わらないといけないのは、俺の方ですから」
二人の愛の供給量は変わらないだろう。ならば、俺のほうが受け皿を大きくしないといけない。
だから、二人にはどうかそのままでいて欲しいと俺は切に願う。
「分かった。これ以上は何も言わない。・・・またいつものように、帰ってきてくれ」
そしてだんだんとその声は芯の通った力強い声音に変わる。保さんはいつも通りでいてくれた。俺の憧れた、「強い父親」はそこにいる。
「分かりました。・・・リハビリには慣れてるんで、すぐにでも戻りますよ」
「それはいいけど、焦っちゃだめだからね。・・・今の遥君のことだから、分かってると思うけど」
「分かってますよ。・・・というか、やっぱり二人からは俺が焦ってるように見えました?」
思えば、こんな会話をしたことがなかったような気がする。二人から見えている俺がどういう人間なのか、聞くにもなかなか怖い話だったからだ。
でも今は、それを真正面から受け入れることができるような気がする。
夏帆さんは少し「んー」と唸って、少しずつ話し出した。
「焦ってるというか・・・生き急いでる、って感じなのかな?」
「ああ、俺もそう思う」
「そうでしたか。・・・まあ、言われれば確かにそうかもしれないですね」
思い当たる節しかなくて、俺は頭を掻く。
実際、海のこれからだとか、千夏が帰ってきたり記憶を失くしていたりで、生き急いでしまうような出来事はかなりあった。・・・生き急いでいたのは急がないと全てが手遅れになってしまう気がしたからなんだろうな。
けど今は生き急いだところですぐに視力が回復するわけじゃないし表に出れるわけではない。・・・急がば回れということわざが今になって身に染みる。
しばらくすると、少しずつ夏帆さんの声色が曇り始めた。何も見えなくても、湿った話が始まることは予想できた。
「・・・ホントはね、いつかこんな日が来るかもしれないって思ってたの。抱え込んだものの重みで潰れてしまうんじゃないかって。だから私たちも、極力気を付けるようにはしてたんだけどね。でも、遥君の本当の心の内が最後まで見えなくて、間に合わなかったの。・・・本当に、ごめん」
「・・・何も言わなければ伝わらないことだってあるんですから、伝えなかった方にも当然、責任はあります」
全て自分のせいと思うわけではない。ただ、自分から伝える努力もしないで気づいてほしいなどというのは傲慢な話だ。例えそれが、親という相手であっても。
「だからちゃんと伝えます。ダメだったらダメだって。助けて欲しいなら助けて欲しいって。二人には、そうしたいんです」
「分かったわ。・・・ちょっとずつ、やり直していこう?」
「はい」
マイナスからのリスタートは何度目だろうか。何度もするということは学んでないということだろう。
だから今度こそは間違えたくないと俺は切に願う。けれど一人で強くなることもやめると誓う。
「それじゃ、俺たちはそろそろ帰るか」
「また何かあったら連絡してね」
「はい。必ず」
二人の足音がだんだんと遠ざかってくのが分かる。ドアの音でそれは確信に変わる。・・・にしても、だいぶ音に敏感になったよな、目が見えなくなってから。
・・・ただ、どうしてもこの包み込むような虚無と黒は、慣れるのにしばらく時間がかかりそうだ。
『今日の座談会コーナー』
この二人を出すのもずいぶんと久しぶりな気がするような、そうでないような・・・。親子というのは距離感が難しい生き物だと私は思ってます。ましてや血が繋がっていない、十年も繋がっていない関係となると、その全貌を理解するのはかなり時間がかかるものだと思います。それをつなぎとめるのはおそらく双方の理解。・・・ただやっぱり、「子」を経験している「親」と違って「親」を経験していない「子」はその理解を進めるのに相当苦労するでしょうね・・・。
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)