凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百三十話 遥か彼方より

~遥side~

 

 順調、とはいかないものの、俺はリハビリを始めるようになった。目が見えないことをいつまでも引きずって動かないままというのは、助けどうこう以前に不甲斐なさすぎる。少なくとも自分の力で生きれるように、俺はまた歩みを始めた。

 今までで一番小さな一歩だ。

 

 しかしそれでも、自然と焦りはなかった。身体が焦っても仕方がないことを理解しているのだろう。それに、あれから何人もの人間がこの病室にやってきた。目が見えなくなって初めて、自分が多くの人に思われていることを心より実感した。

 だから、変な充実感がある。それはどこか心地いい。・・・きっと、これくらいの無心がちょうどいいのだろうと今ならそう思える。

 

 そして入院から4日ほど経った日のこと。

 リハビリを終えた夕方の終わりごろ、病室に面会客が現れた。ドタドタと落ち着きのないその雰囲気は、目を瞑っていようといまいと分かっていた。それくらいの付き合いだからな。

 

 あの日以来初めて、俺は光と遭遇した。

 

「遥、お前っ・・・!」

 

「ああ、光か。来てくれたんだな」

 

「本当に見えないのか?」

 

「みんなに言われるよ。・・・ああ、見えてない」

 

 決して悲観しているような素振りを見せることなく、俺は光にそう答える。光から動揺の感情を感じることはなかった。

 

「・・・それより、今日は一人か?」

 

「ああ。・・・わりぃ、なかなかタイミングなくてよ。それに気の利いた言葉の一つ出そうになくて」

 

「いいんだよそういうのは。みんながみんなそんなこと口にしたら俺のほうが目舞うわ。・・・お前のほうは変わりようがなくて安心したよ」

 

「・・・褒められてんのか、貶されてんのか」

 

 目の光がなくとも、目の前の光の表情は読んで取れた。それほどまでにこいつが単純なのか、それとも付き合いのおかげだろうか。

 ・・・まあ、そんなことはどうでもいい。それよりほかに話したいことがこいつにはあるはずだ。

 

 俺が放り投げたまま倒れてしまった、まなかのことについてだ。

 

「ところで光」

 

「あん?」

 

「今日は何か、相談があってきたんだろ?」

 

「は? ・・・なんで急に」

 

「俺がどこにいても、困ったら駆け込んでくるのがお前だろ? 今更それが変わるわけでもないし」

 

 髪を掻く音が聞こえる。きっとバツの悪そうに光が頭を掻いているのだろう。

 そしてそれから、不服そうに口を開く。

 

「じゃあお前は、今何が起こってるのか分かってるんだな?」

 

「ああ。まなかのことは、まなかが目覚めた日から知ってた」

 

「なんで黙ってたんだよ」

 

「お前自身に気が付いてほしかったから、だな。・・・俺や他の奴が言って納得させるより、お前自身に気づいてもらって納得して欲しかった。というか、連絡する前に体調不良になってしまったからな。それどころじゃなかった」

 

 電話をすることもままらなかった状態だ。どうしようもないだろう。

 光は一つ、大きくため息を吐いた。

 

「全部お見通しなのは相変らずなんだな」

 

「全部じゃねえよ。せいぜい80点くらいだ」

 

「じゃあ、どうすればいいかは分からないって?」

 

「ご明察。・・・それに今はこの状態だ。まなかの表情を逐一読み取ってどうこうするなんてのが出来ないんだよ。この状態で生きるには、もう少し時間がかかる」

 

 声音、雰囲気、周りの音から自分の居場所を判断するには、まだ相当の時間がかかるだろう。それが何日、何か月、何年になるかは検討もつかない。

 

「そっか。・・・悪いな、また迷惑かけようとして」

 

 光の声音はだんだんと尻すぼみになっていく。威勢よく不条理に突っかかってくるだけだった光は、とうの昔にいなくなったのだろう。その姿に安心もするし、寂しさも覚える。

 

「迷惑じゃねえよ。まなかのことは俺も心配だしな。・・・どこまで力になれるか分からないけど、また心配事でもあったら俺のところに来いよ。相談相手くらいにはなれる」

 

「・・・」

 

 渾身の言葉を放ったにも関わらず、光は何かに唖然としているのか口を開こうとしなかった。違和感を覚えた俺が茶化すように言葉を発す。

 

「なんだ感動でもしてんのか?」

 

「いや・・・なんか、柔らかくなったなってさ」

 

「何が」

 

「お前だよお前。・・・昔はなんかこう、余裕そうにもしてたし、堅苦しい雰囲気も出してたし。・・・けどなんか今はさ、そうじゃないっつーか」

 

 長年一緒にいた間柄だからだろうか。光は俺の小さな変化に敏感であることを示した。自覚がないわけではないが、やはり少しは穏やかになれているのだろう。

 

「現に余裕なんてないしな。もう虚勢を張るだけの元気もねえってことだよ。でも、だからなんだろうな。・・・今になって初めて、穏やかに慣れた気がするよ」

 

「悟りってやつか?」

 

「ははっ、かもな」

 

 今は全てを主観で見ることが出来るような気がする。俯瞰して分かり切ったような顔をしていたこれまでは、きっともう終わりを告げたのだろう。

 でも、それがいつかウロコ様に言われた「演じない自分」であることをようやく理解できた。これが、たどり着きたかった俺の姿なのだろう。

 

 愛を失う怖さ。最初に覚えた感覚は、今はもう真正面から向き合える気がする。

 それは虚勢で押さえつけ、慣れたふりをするのではなく、悲しむのを躊躇わないこと。失うことは自分のせいではない。悟って強がるのを、亡くなった人たちは望まないだろう。

 

 これが、人のありのまま。あの日から歪んでいた価値観は次第に正しくなっていた。

 

 そして全てが裸になって初めて、俺は愛を受け取る強さを得ることができた。今はもう、何も迷わないでいられるだろう。

 

 ああ・・・。

 世界に光があればいいのにな。

 

 こんなにも全てがありのままで見れる今だからこそ、視界の先の色が欲しくなる。焦りからではなく、じんわりと心の底からそう思う。

 

「・・・光」

 

「ん、なんだ?」

 

「お前は、せめて元気でいてくれよ」

 

「はん、言われるまでもねえ。これまでもそれが取り柄だったからな。健康第一でやっていきますよ」

 

 そのままでいてくれ、と俺は言葉にしないながらも願った。

 

「んじゃ、そろそろ帰るわ。また何かあったら連絡する」

 

「ああ。どうせ美海も定期的にこっち来るだろうしな。お前の行動は逐次聞けるだろうよ」

 

「・・・間違ってたら、止めてくれよ?」

 

「任せとけ。なに、お前は間違えねえよ」

 

 なぜか分からないが、そう言えるだけの自信がある。こいつは「光」だ。いつも輝きを放ちながら最前線にいる人間だ。そして、光としての輝きを高めつつある今だ。間違えることはないだろう。

 

 

 俺はそれを、遠く、遥か彼方から見守る存在でいい。




『今日の座談会コーナー』

 愛という答えの終着点、答えをこの話にて描きました。これが島波遥という存在がたどり着いた答えです。もちろん、これが社会一般的に当てはまるものかどうかはまた違った話になってきますが、痛みを受け入れることは、こと人間において大切な生き方になってくるのではないかと私は思います。痛みから逃げるために努力をすることも当然上手な生き方と言いますが、それで心をすり減らすのは自分ですからね。自分自身がそうであるように。

と言ったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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