凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百三十八話 好きの気持ちは

~千夏side~

 

 五年前と同じように、海上に渦潮が起こる。それも、五年前よりも遥かに大きな規模で。

 私はその場で佇む。というより、動くことなど出来なかった。動いてしまえば、すぐにでも海に落ちてしまいそうな、そんな予感がしたから。

 

 しかし、そうやってセーブが出来る私と違って、遥くんは大きな波に船がさらわれかけたのとついでに海に振り落とされた。必死に手を伸ばしても、遥くんはあらぬ方向に手を伸ばす。私のことなど、もちろん見えてない。

 

「遥くんっ!!」

 

 飛び込もうとして、その体は一度止まる。五年前の記憶が脳裏を過った。

 あの時もそうだった。誰かを助けようとして海に入って、急に体が引っ張られて、そのまま五年の眠りについて。

 ・・・もう、あんな思いはしたくない。私は、皆と一緒に、「進み続ける」時間を生きていきたいの。

 

 ・・・でも。

 ここで立ち止まって、皆といることを選んだ、って言ってもきっと遥くんは喜んでなんかくれない。私が好きになった、島波遥という人間は、いつだって強かった。視力を失って、心折れかけた今だって、まだ強いと私は思ってる。

 

 そんな遥くんに憧れたんだ。せめて形で、それを証明したい。

 決心した私は海へ飛び込んだ。その視界の彼方で、まなかが海に落ちていくのが目に映る。

 

 ・・・ごめん、まなか。少しだけ待ってて!

 

 優劣なんてつけるつもりはない。けれど私に出来ることは、同じ船に乗っていた遥くんを助ける事だった。

 助ける、って。約束したんだから・・・!

 

 深く深く潜っていく。あの日の強張った体の感触は今でも覚えているが、それに負けない意思だけが、私を動かした。

 そして、たどり着く。息を切らして、名前を呼ぶ。

 

「遥くん!」

 

---

 

~遥side~

 

 音に引き寄せられて、俺は動き出そうとする。

 その瞬間、俺を呼ぶ声があった。千夏だ。

 

「遥くん!」

 

「どうしたんだよ、そんなに焦って」

 

「そんなに焦って、って・・・。目が見えないのに落っこちたんだよ! そりゃ焦るでしょ!? って・・・」

 

 千夏はだんだんと声を失っていく。どうやら気が付いたみたいだった。

 

「見え、てるの・・・?」

 

「ああ。ちょいととんでもない奴にあってな。・・・時間制限かどうか分からないけど、視力を託されたんだよ」

 

 身体を小刻みに震わせて、両手で口を押えて、千夏はわなわなと震える。その目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。

 

「そっか・・・そっか・・・!」

 

「ありがとな、心配してくれて。・・・とりあえず、今は大丈夫だ。全部見えてる。・・・ただし、色なしだけどな」

 

 それでも、この瞳を託された義務が、俺にはある。

 その義務を果たすには、今すぐにでもここを動く必要があった。全てが、手遅れになる前に。

 

「ところで千夏、周りはどうなってる? 誰にも何も聞けなくてさ」

 

 俺の問いかけを受けて、千夏は目元を少し赤くしたまま本題に戻った。

 

「船は安全圏まで引いてる。多分、ちさきちゃんと伊佐木くんあたりが誘導してくれてるよ。・・・ただ」

 

「先頭の船、か?」

 

「遥くんを助けに海に飛び込む直前に、まなかが海に振り落とされるのを見たの。先島くんと美海ちゃんが同じ船に乗ってたはずだから、二人が助けに行ってると思う」

 

「まなかが、となるとまずいぞ・・・。千夏、追っかけるぞ!」

 

「え、あ、うん!」

 

 俺は当てもなく、ただ音が聞こえる方へ泳いでいく。今更ながら、今日の海はどこまでも凍てついているように思えた。

 少しすると、視界の端に光の粒のようなものが見えた。さっきと同じ残留思念のように見えるけど・・・人がいる。

 

 あれは・・・。

 

---

 

~美海side~

 

 まなかさんが海に落ちたのは、遥の乗る船が大きく揺れてから少ししての事だった。

 千夏ちゃんが遥の名前を呼ぶ。その声で、遥も落ちたのが分かった。

 

 それでも、動揺する暇なんてなかった。私の目の前でだって人は落ちてる。

 それに、エナをもたないまなかさんは海を泳ぐことが出来ない。それを分かっているから、同じ船に乗っていた私と光、紡さんで迷うことなく海へ飛び込んだ。

 

 肌を切り裂くほど冷たい海をかき分けて、私は沈んでいく背中を追いかける。気が付けば、まなかさんの所に誰よりも早く辿り着いていたのは私だった。

 

「まなかさん!」

 

 沈みかけている体の手を取って、自分のほうに抱き寄せる。

 それでも、サラサラ、ピキピキと音は続いてく。それは、またこの間のようにまなかさんのエナがはがれていく音だった。

 

 ・・・?

 いや、違う。まなかさんのエナは、はがれてなんかいない。じゃあ、この音は?

 

 その時、私のエナの光沢がより一層強まるのが分かった。その瞬間、私は事の全てを察する。

 あの日、海に落ちた私を包んだエナは。

 あの時、汐鹿生に導いてくれたこの音は。

 

「・・・全部、まなかさん、だったんだね」

 

 今の私のエナを作ってくれたのは、まなかさんだったんだ。おじょしさまとして眠りながら、私にこんな力を与えてくれた。

 だから・・・今、目の前のまなかさんを助けるだけの理由が、私にはある。

 

 どうにか息を逃さないように、とまなかさんをさらに自分の身体の方に引き寄せた瞬間、私とまなかさんを包むように光が生まれた。

 それは、今の海には似つかわしくないほど温かい。その心地よさに、私は目を伏せた。

 

 するとそこから、私に無数の言葉が流れてきた。それは、まなかさんが光を思う気持ち。「ひーくんが好き」と、心からの声が私に伝わってくる。

 

 ・・・うん、分かるよ。誰かをまっすぐ愛してる、その気持ち。

 

 その気持ちに答えるように、私は独り言をつぶやいた。

 

「私も、好きな人がいるんです。・・・ずっと間違え続けて、何もうまくいってなくて、思いも、全部届いてないけど。・・・それでも、届けたいなぁって、思うんです」

 

 いつかは、怖がって、破壊して、逃げ回ろうとした感情。

 いつかは、自分には似合わないと諦めかけて、何も触れないでいた感情。

 今は、真正面から向き合って、ただ切に届けたいと願う感情。

 

 膨れて巨大になったこの感情を抱きかかえて、私は生きていきたい。そんなことを心の内に秘めて、私は独り言を唱えた。

 

 返事は、あった。

 

「分かるよ、私も」

 

 まなかさんは、目を覚ましていた。身体のエナがみるみるうちに光りだして、いつの間にか自然に呼吸をしていた。

 

「美海ちゃんの気持ち、ちゃんと伝わるよ。・・・すごいよね、好きの気持ちって。こんなに暖かくて、気持ちいい」

 

 「好き」の気持ちを愛するように、まなかさんはそう呟いた。

 それに合わせるように、あたりのエナはたちまちまなかさんへ吸い込まれていく。終わった頃には、まなかさんのエナはこれまで以上に艶やめいていた。

 

 もう、大丈夫だね。

 

「まなか!」

 

「向井戸!」

 

 そしてようやく、光と紡さんがやって来る。その遠くに、また誰か別の人影も見える。

 あとは、みんなに任せて・・・。

 

 ・・・!?

 

 

 その時、ゴゴゴと揺れ動くような音が耳に入ったかと思えば、私のいる辺りの潮の流れが大きく変わった。これは・・・次の渦だ。

 気づいた時には少し手遅れ。このままだと二人とも直撃を受けるコースだった。

 

 ・・・でもまだ、助けることは出来る!

 

「まなかさん、ごめん!」

 

「えっ・・・!?」

 

 茫然とするまなかさんを、私は目一杯の力で突き飛ばす。痛かったらごめん、と、更に小さく呟いて。

 それから数秒もしないうちに、私の身体を渦が包んだ。すごい勢いで、引き寄せられていく。

 

「きゃああああああ!」

 

 渦の中では行動なんて出来なかった。ただ流されて、沈んでいく。きっと五年前のまなかさんも、同じような経験をしたのだろう。

 

 ・・・苦しかったよね、分かるよ。

 

 同じ痛みに直面した今だからこそ、そんなことを思える。

 

 それから私は、抗うことをやめた。もう、何も出来る気がしなかったし、何をする体力も残っていなかった。

 

 もはや諦めに近いような感情を抱いて、私は瞼を閉じる。

 人間が死にかけると走馬灯を見るように、閉じた瞼の裏側には、私の大好きだったママの顔が浮かぶ。

 

 ・・・ママ、私、こんなに強くなったんだよ? 友達も沢山出来た。学校は・・・やっぱり少し苦手だけど、頑張れてる。

 それにね、好きな人も出来たの。・・・ママも知ってるよね。遥。あれからもっと仲良くなって、今じゃずっと、遥の事ばかり思っちゃってるの。恥ずかしいから、千夏ちゃん以外には言わないんだけどね。

 

 ・・・ねえ、ちょっと休憩しても、いいよね?

 ・・・遥に、まだ何も言えてないけど。

 今は、ちょっとくらい休んでいいよね。

 

 

「・・・うな、美海! 美海!!」

 

 ・・・え?

 

 

 私を呼ぶ、愛しい声が聞こえた瞬間、私の意識はプツリと途絶えた。

 

 




『今日の座談会コーナー』

 このシーンをこうしてまた書くことになるとは多分、この連載を開始した時点では思わなかったはずです。いやほんとにね、終着点を作るのが非常に難しかったんですよ。前作の時も。
 だから多分どこかで失踪するかもしれないとかそんなこと思っていましたが、こうして今現在最終盤までやってきました。連載はこれがあるからたまらないですね。喜びもまたひとしお・・・。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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