凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
遠くに見えた光。光が取り巻いていたのは美海とまなかだった。
まなかはしっかりと目を開いて、何か美海と話しているように見えた。何かがあって、まなかはエナを取り戻したのだろう。
しかし次の瞬間、二人を一際大きな渦が襲う。
美海は決死の覚悟でまなかをその渦から弾き出し、そのまま一人、渦に飲まれていった。それを見過ごす形で、俺は皆と合流する。
「遥! お前!!」
「話はあとだ光! 俺は千夏と美海を追う! まなかを連れて一旦海に上がっててくれ!」
「え、ああ!」
「遥、俺も行く。いいよな?」
「許可なんて取ってる暇ねえよ! 俺は行くぞ!!」
俺の推測なら、海神様は美海をおじょしさまとして迎えようとしている。そしたら俺の知らない五年前の惨劇の二の舞だ。
そんなこと、させたくない。させるもんか。
全速力で、美海の名前を叫びながら、俺は一人渦に立ち向かいながら泳いでいく。この渦の終着点がどこかなんてのは、とっくに分かっていた。
しかし、渦に抗う人間と渦に身を委ねている人間。スピードはけた違いなもので、たちまち手を伸ばしても美海は先に行くばかり。やがてその姿は見えなくなった。
それでも、諦めることはしない。俺は一人、空洞を目指して泳いだ。
何度も、名前を呼びながら。
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空洞に辿り着くころには、もう美海を膜が包んでいた。
しばらくしてから追いついた千夏が、唖然として悲観しながら呟く。
「そんな・・・これって・・・」
「・・・ああ。まなかの時と一緒だよ」
もう、ガードが完成してしまっている。さらに後からきた紡も、何かを察してか目を反らした。
・・・くそっ、何か手は・・・?
そう思った時、俺は先ほど原初のおじょしさまと交わした約束を思い出した。この海のどこかにいる海神様に言葉を伝えると。
もし、美海を包むこの膜を張ったのが海神様だとしたら・・・。
そんな一縷の望みに賭けて、俺はその名前を呼んだ。
「・・・いるんですよね、海神様」
返事などない。少なくとも残留思念とはなっていないようだった。それでもこの場所にいると信じて、俺はたらたらと言葉を続ける。
「今、あなたは美海を新しいおじょしさまとして迎えようとしている。そう仮定して、この話をします。どうか聞いてください」
足元の木像が、小さく揺れる。
千夏も紡も困惑している中、俺は淡々と続けた。
「あなたがずっとおじょしさまを探してた理由。それは、あなたがおじょしさまのことを死んだ今でも好きでいるから。あの日、愛する気持ちを奪っていて忘れようとして、それでもあなたは、おじょしさまが好きだった。そうですよね?」
その正否は誰も答えない。おそらくこの話をどこかで聞いているであろうウロコ様も、何も言おうとしないだろう。
「実るはずがない恋だから、相手に陸の思い人がいたから、それで記憶を奪った。俺はそう思っています。・・・これを聞いてください」
それから俺は、先ほどのウミウシの白い石をパッと手放した。石は沈むどころか、ゆっくりと浮かんでいく。それから爆ぜて、言葉が溢れた。
『どんな形になろうとも・・・私は、あなたを愛しています。海神様』
それは、最後におじょしさまの思念が残した言葉。それは粉々になって、海へと溶けていった。答えるように、空洞を炎が包んでいく。
「・・・実体を失った今です。こんなこと言っても遅いと思うかもしれません。でも・・・愛した気持ちは、好きの気持ちは絶対に消えないんです。今、こうしてあの人の言葉は海に生き続けている。・・・結ばれているんですよ、こんな形になってもあなたたちは。だから・・・この気持ちは、決して間違いなんかじゃない!」
張り上げた声と同時に、美海をを包む膜がはがれた。海神様はおじょしさまとなりかけていた美海を手放したのだ。俺の気持ちが、届いたのだろう。本物の愛がそこにあるんだ。偶像なんていらないだろう。
「千夏、美海を頼めるか?」
「うん。・・・でも、遥くんは?」
「もう少し・・・海神様に言いたいことがある」
「そっか。・・・分かった!」
千夏は威勢のいい返事をして、そのまま美海を抱きかかえて空洞を離れていった。今は意識を失ってるけれど、美海もじきに目を覚ますだろう。
だから今は・・・この気持ちの結末を見届けるため、俺はここに立つ。
「おじょしさまの声、届いてますか? あの人は、記憶を奪われてもこの海を彷徨って、あなたにこれを届けようとしました。もう、いいじゃないですか。世界を閉ざして、一人凍えていくことなんて、しなくてもいいんですよ。だから・・・」
さあ海神様。・・・帰りましょう。原初の海へ。
あなたが愛を覚え、愛に生きたあの頃の海へ。
「帰りましょう。・・・あなたがおじょしさまを愛したあの頃の海へ。・・・その愛の気持ちは、今ここでこうやって結ばれたんですから」
蒼い炎が、爆ぜた。
龍が天を泳ぐように、炎は街の方へと流れていく。次第に遠くに見える街の街灯に炎が少しずつ灯りだした。これまで死んでいたはずの海が、色づいていく。
色づいて・・・。
色・・・?
語ることに夢中で気が付かなかったけど・・・いつの間にか、色が戻っている。この空洞は灰色でもの寂しいけど、強く強く揺れる蒼い炎は、どこまでも美しく見えた。
この視界は、おじょしさまから託されたもの。おじょしさまが、映していた光景。
それに色がつく、ということは・・・。そうか、海神様。あなたは・・・。
「分かって、くれたんですね」
今の俺には、そう呟く事しか出来なかった。
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~ウロコside~
あれはもう、遠い遠い昔のお話。
美しくもない女性と、子供が二人と、手を繋いで駆け回る。舞って、笑う。
それをわしが、・・・いや、厳密に言うと儂ではないが、退屈じゃのうと呟きながら、その光景を微笑ましく見ておった。
生きていた中で、何よりも温かく、心地のよい時間じゃった。あの時間を、失ってなお何度も夢に描いておった。
取り戻せずとも、また思いあいたいと願っておった。
・・・願っておりながら、心を閉ざしておった。
・・・何も、間違いなどない。
遥が言葉にしたように、儂はあやつを愛しておった。そしてあやつも・・・儂を思っているようじゃった。
・・・は。
・・・はは。
「ははは! 神が聞いて呆れる。好きな人の気持ちを奪っておいて、その気持ちが誰に向けられていたかまでは気が付かなかったか!」
大きな自虐。それから訪れる後悔。泣きそうになりながら儂は笑う。
・・・じゃが、遥の言う通り、これで終わりではない。
あやつの言葉はちゃんとわしに届いた。ならば儂も、その言葉に答えねばの。
「・・・私もずっと、あなたを愛しておりますとも。おじょし様」
『今日の座談会コーナー』
遥の視力についての簡単なおさらいをしておくと、
「最初の遥自身の視力」→喪失、失明
↓
「おじょしさまの残留思念に触れ、おじょしさまの視力を託された」→残留思念が見ていた世界が見えるようになる。一方で、海が瀕死の状態のためモノクロに
↓
「海神様が心を開き、海の封鎖が終わる」→海が生き返ったため、視界が色づく
といった流れになります。つまり今の遥の瞳はおじょしさまのものであって、遥由来のものではないです。海が再び死滅すれば失明することになるって感じです。まあ海が死ぬこともないでしょうが。
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)