凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百三十九話 凪のその先へ

~遥side~

 

 遠くに見えた光。光が取り巻いていたのは美海とまなかだった。

 まなかはしっかりと目を開いて、何か美海と話しているように見えた。何かがあって、まなかはエナを取り戻したのだろう。

 

 しかし次の瞬間、二人を一際大きな渦が襲う。

 美海は決死の覚悟でまなかをその渦から弾き出し、そのまま一人、渦に飲まれていった。それを見過ごす形で、俺は皆と合流する。

 

「遥! お前!!」

 

「話はあとだ光! 俺は千夏と美海を追う! まなかを連れて一旦海に上がっててくれ!」

 

「え、ああ!」

 

「遥、俺も行く。いいよな?」

 

「許可なんて取ってる暇ねえよ! 俺は行くぞ!!」

 

 俺の推測なら、海神様は美海をおじょしさまとして迎えようとしている。そしたら俺の知らない五年前の惨劇の二の舞だ。

 そんなこと、させたくない。させるもんか。

 

 全速力で、美海の名前を叫びながら、俺は一人渦に立ち向かいながら泳いでいく。この渦の終着点がどこかなんてのは、とっくに分かっていた。

 

 しかし、渦に抗う人間と渦に身を委ねている人間。スピードはけた違いなもので、たちまち手を伸ばしても美海は先に行くばかり。やがてその姿は見えなくなった。

 

 それでも、諦めることはしない。俺は一人、空洞を目指して泳いだ。

 

 何度も、名前を呼びながら。

 

 

---

 

 

 空洞に辿り着くころには、もう美海を膜が包んでいた。

 しばらくしてから追いついた千夏が、唖然として悲観しながら呟く。

 

「そんな・・・これって・・・」

 

「・・・ああ。まなかの時と一緒だよ」

 

 もう、ガードが完成してしまっている。さらに後からきた紡も、何かを察してか目を反らした。

 ・・・くそっ、何か手は・・・?

 

 そう思った時、俺は先ほど原初のおじょしさまと交わした約束を思い出した。この海のどこかにいる海神様に言葉を伝えると。

 もし、美海を包むこの膜を張ったのが海神様だとしたら・・・。

 

 そんな一縷の望みに賭けて、俺はその名前を呼んだ。

 

「・・・いるんですよね、海神様」

 

 返事などない。少なくとも残留思念とはなっていないようだった。それでもこの場所にいると信じて、俺はたらたらと言葉を続ける。

 

「今、あなたは美海を新しいおじょしさまとして迎えようとしている。そう仮定して、この話をします。どうか聞いてください」

 

 足元の木像が、小さく揺れる。

 千夏も紡も困惑している中、俺は淡々と続けた。

 

「あなたがずっとおじょしさまを探してた理由。それは、あなたがおじょしさまのことを死んだ今でも好きでいるから。あの日、愛する気持ちを奪っていて忘れようとして、それでもあなたは、おじょしさまが好きだった。そうですよね?」

 

 その正否は誰も答えない。おそらくこの話をどこかで聞いているであろうウロコ様も、何も言おうとしないだろう。

 

「実るはずがない恋だから、相手に陸の思い人がいたから、それで記憶を奪った。俺はそう思っています。・・・これを聞いてください」

 

 それから俺は、先ほどのウミウシの白い石をパッと手放した。石は沈むどころか、ゆっくりと浮かんでいく。それから爆ぜて、言葉が溢れた。

 

『どんな形になろうとも・・・私は、あなたを愛しています。海神様』

 

 それは、最後におじょしさまの思念が残した言葉。それは粉々になって、海へと溶けていった。答えるように、空洞を炎が包んでいく。

 

「・・・実体を失った今です。こんなこと言っても遅いと思うかもしれません。でも・・・愛した気持ちは、好きの気持ちは絶対に消えないんです。今、こうしてあの人の言葉は海に生き続けている。・・・結ばれているんですよ、こんな形になってもあなたたちは。だから・・・この気持ちは、決して間違いなんかじゃない!」

 

 張り上げた声と同時に、美海をを包む膜がはがれた。海神様はおじょしさまとなりかけていた美海を手放したのだ。俺の気持ちが、届いたのだろう。本物の愛がそこにあるんだ。偶像なんていらないだろう。

 

「千夏、美海を頼めるか?」

 

「うん。・・・でも、遥くんは?」

 

「もう少し・・・海神様に言いたいことがある」

 

「そっか。・・・分かった!」

 

 千夏は威勢のいい返事をして、そのまま美海を抱きかかえて空洞を離れていった。今は意識を失ってるけれど、美海もじきに目を覚ますだろう。

 

 だから今は・・・この気持ちの結末を見届けるため、俺はここに立つ。

 

「おじょしさまの声、届いてますか? あの人は、記憶を奪われてもこの海を彷徨って、あなたにこれを届けようとしました。もう、いいじゃないですか。世界を閉ざして、一人凍えていくことなんて、しなくてもいいんですよ。だから・・・」

 

 さあ海神様。・・・帰りましょう。原初の海へ。

 あなたが愛を覚え、愛に生きたあの頃の海へ。

 

「帰りましょう。・・・あなたがおじょしさまを愛したあの頃の海へ。・・・その愛の気持ちは、今ここでこうやって結ばれたんですから」

 

 

 蒼い炎が、爆ぜた。

 龍が天を泳ぐように、炎は街の方へと流れていく。次第に遠くに見える街の街灯に炎が少しずつ灯りだした。これまで死んでいたはずの海が、色づいていく。

 

 色づいて・・・。

 

 色・・・?

 

 語ることに夢中で気が付かなかったけど・・・いつの間にか、色が戻っている。この空洞は灰色でもの寂しいけど、強く強く揺れる蒼い炎は、どこまでも美しく見えた。

 

 この視界は、おじょしさまから託されたもの。おじょしさまが、映していた光景。

 それに色がつく、ということは・・・。そうか、海神様。あなたは・・・。

 

「分かって、くれたんですね」

 

 今の俺には、そう呟く事しか出来なかった。

 

---

 

~ウロコside~

 

 あれはもう、遠い遠い昔のお話。

 美しくもない女性と、子供が二人と、手を繋いで駆け回る。舞って、笑う。

 それをわしが、・・・いや、厳密に言うと儂ではないが、退屈じゃのうと呟きながら、その光景を微笑ましく見ておった。

 

 生きていた中で、何よりも温かく、心地のよい時間じゃった。あの時間を、失ってなお何度も夢に描いておった。

 取り戻せずとも、また思いあいたいと願っておった。

 ・・・願っておりながら、心を閉ざしておった。

  

 ・・・何も、間違いなどない。

 遥が言葉にしたように、儂はあやつを愛しておった。そしてあやつも・・・儂を思っているようじゃった。

 

 ・・・は。

 ・・・はは。

 

「ははは! 神が聞いて呆れる。好きな人の気持ちを奪っておいて、その気持ちが誰に向けられていたかまでは気が付かなかったか!」

 

 大きな自虐。それから訪れる後悔。泣きそうになりながら儂は笑う。

 

 ・・・じゃが、遥の言う通り、これで終わりではない。

 

 あやつの言葉はちゃんとわしに届いた。ならば儂も、その言葉に答えねばの。

 

 

「・・・私もずっと、あなたを愛しておりますとも。おじょし様」

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

 遥の視力についての簡単なおさらいをしておくと、
「最初の遥自身の視力」→喪失、失明
    ↓
「おじょしさまの残留思念に触れ、おじょしさまの視力を託された」→残留思念が見ていた世界が見えるようになる。一方で、海が瀕死の状態のためモノクロに
    ↓
「海神様が心を開き、海の封鎖が終わる」→海が生き返ったため、視界が色づく
といった流れになります。つまり今の遥の瞳はおじょしさまのものであって、遥由来のものではないです。海が再び死滅すれば失明することになるって感じです。まあ海が死ぬこともないでしょうが。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

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