凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
それでは本編どうぞ。
~遥side~
そうして俺はようやく四人の前に姿を現した。
「遥、お前いつからいたんだよ?」
「いやまあ・・・、どこからだろうな。少なくとも全部は見てないから安心しろ」
「安心するも何も、何もしてねーよ!」
少々驚く光や要をよそに、俺はその視線を美海一点にのみ移した。美海は美海で、光ら以上に驚いていた。
わなわなと震え、そしてその足でこちらに向かって歩いてくる。
瞳には、少なくとも怒りの色が見えた。
・・・逃げ出して、放り出してしまったんだ。
その罰くらいは、受け入れないとな。
美海は俺の方へ向かってくるなり足先で俺の足を蹴り、そのまま俺に体当たりをかました。痛みを悟られないように、俺は歯をくいしばって耐える。
そして、涙混じりの瞳で美海は消え入りそうな声で叫んだ。
「バカ遥! なんで急にいなくなったの!? なんで、急に・・・」
「・・・」
言葉が出ない。
いなくなった理由なんてものはない。ただ、本能的に逃げ出したのだ。
会えば会うほど、みをりさんがいない現実に打ちひしがれることになる。いつしか、会う喜びよりも、失った痛みが勝るようになっていた。
理由をつけて、次第に距離を置いて、そして、逃げた。
誰かを失う怖さを俺はもう何度も経験した。そしてそれは今、毒のように体の中をめぐっている。
誰かを好きになれば、また失ってしまうから。
だから、好きな人に消えてほしくないと理由を押し付けて、俺は逃げた。
あの日から数年たっても、この気持ちには向き合えないでいる。
・・・でも、変わったこともある。それは、今。
美海に会って気づいた。痛みは少しづつ、溶けているのだと。
今こうして面と向かって立っていられるのも、痛みが和らいだからなのかもしれない。
兎も角、俺に言える言葉は一つしかない。
「・・・ごめんな」
「ごめんじゃない。・・・ごめんじゃ、ダメだから」
「だったら美海は、どうしたら許してくれる?」
ごめんという言葉がダメなら、それ以外の打開策を知るしかない。
それで許されるなら、何でもできる気がした。
「・・・もう、一人にしないでよ」
「なるほど・・・。それで、いいんだな?」
逃げ出した償いになるなら、そうしよう。
美海の首肯をもって、この話は終わりにしよう。
それとは別に、もう一つ聞きたいことがあった。
「そう言えば美海、お前学校はどうしたんだよ。こんなこと知ったら至さんは・・・」
「だってそれは、あの女が・・・」
あの女、というのは十中八九あかりさんの事だろう。
もともと仲睦まじい関係だっただけに、やはり今こうなっていることが釈然としない。
その変化の起点をたどれば、俺と同じ感情を抱いているところに行きつくが。
「あかりさんのことか? あかりさんはそこの光の姉だよ」
俺は光に聞こえないような声で指示を出し、あごでクイっと光の方を指す。
その指示を受け取って、美海ともう一人の少女は光に攻撃を仕掛けた。足を蹴り、腹に頭突きを入れる。
・・・うん、あれは痛いやつだな。
満足したのか、ふたりは踵を返し、帰りだした。
その姿が消えかかる前に、美海がこちらを振り向く。
「また、会ってくれるよね?」
「もちろん」
俺も前に進まなくてはいけない。・・・そのためなら、いくらでも会うさ。
・・・痛みがそこにあっても、きっともう、進まなきゃいけない。
その影が完全に見えなくなって、ようやく二人は口を開いた。
「お前、さっきの奴と知り合いなのかよ・・・!?」
「まあ、一応・・・な」
「どういうこと? 遥」
「ん、昔色々あってな。そこからの知り合いではあるんだが・・・」
「お前、陸の奴とホイホイ付き合いやがって・・・ムカつくんだよ」
うまくごまかすことには成功したようだった。
もっとも、光は不服そうな様子だったが、要が抑えてくれたおかげでなんとかなった。さっきからのわだかまりのことを考えると、本当に要がいてくれてよかったと思える。
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そして、帰りのHRを迎えた。どうやらお舟引きについての連絡があるらしい。
・・・といっても、今年のお舟引きはない、と汐鹿生で先に連絡を受けている。今更なんだというのだろうか。
「それじゃあ、おじょしさまを作る有志をつのりたいと思います。今年のお舟引きは中止と言われてるけど、僕はやるべきだと思ってるんだよ。だから、学校で、有志で、という形で・・・」
・・・なるほど、そう来たか。
陸と海の関係ははっきりいって最悪の状態にある。それでも、こうした一部の人間は陸にいるのだとしみじみ思う。
・・・本当に、みなこうあってほしいのに、一体何が邪魔をしてるというんだろう。
「中止なら中止でいいだろ」
「そうそう」
「やる意味ねえよな」
などと、ブーイングが飛び交う。しかし、それらを気にもせずいくらかの手が上がるのを俺は見た。少なくとも波中のやつらは俺の視界に入ってないので、それ以外という事になる。
一人は紡。そしてもう一人はというと、水瀬だった。
紡が手を上げるのは分かっていたとして、水瀬のほうは考えてなかったので少々意外だ。
もちろん、体裁など気にもしない俺も手を上げる。
「おおっ、有志が三人も。ほかにはどうかな? ・・・おや、海村の子はみんな参加だね」
見れば、光もまなかも要もちさきも手を上げていた。これでメンバーは七人となる。
結局それ以上はなく、七人でおじょしさまの制作に取り掛かることになった。
HRの終了後、俺たちは外へ向かい、おじょしさまを制作するための木を集める作業に取り掛かった。
二班に分かれて行動しており、光、要、ちさきは別で行動しているため、ここにいるのはそれ以外だ。
変に地上の人間に突っかかろうとする光がいないのは正直ありがたい。嫌悪なムードで仕事はしたくなかった。
「そう言えば、紡くんはどうして参加したの?」
作業片手にまなかが質問する。しかし、返答したのは紡の近くにいた水瀬だった。
「紡のおじいちゃんが漁師なの。だからきっと、それが影響してるんじゃないかな。・・・あ、初めまして、だよね。向井戸さん。こうやって面と向かって話すのは」
はじめまして、と、緊張しながらまなかも答える。お互いにぺこぺこと頭を下げ合う光景に俺は苦笑した。
その傍で、先ほどの説明が若干不服だったのか、紡が無機質な表情で添える。
「別に、じいちゃんが漁師ってことだけが理由じゃない、千夏。単純に俺が海、好きなだけだから」
「そっか、そうだよね」
「船の上から時々、光の屈折で白い屋根が見えてさ、綺麗なんだ。ぬくみ雪なんかにも触れてみたいし、もっともっと汐鹿生について知りたいとも思う。・・・実際に見ることが出来たら、いいんだけどな」
まーた始まったよ木原ゾーン。
しかしその扱いに慣れているのか水瀬は上手く言葉を受け流した。
「本当に紡君は海が好きだよね」
「ずっと見てきたからな」
「そう言えば、紡くんと千夏ちゃんは、どういう関係なの?」
いつの間にかまなかが水瀬と下の名前で呼び合う関係になっていたのはさておき、その話は俺も気になった。
「別に。昔からの知り合いだけど・・・」
「友達、でしょ?」
「まあ、そんなところ・・・」
少々食い気味の水瀬の言葉に紡は気おされていた。普段から表情がぶれないやつなだけに、こういうシーンは珍しい。
「そいや水瀬、お前はどうして希望したんだ? お舟引き」
「私? 別に、大した理由はないよ。海が好き。ただそれだけだから、案外紡と同じなのかもね。なんて」
クスリと水瀬が笑む。その笑顔に他意はなさそうだった。
そうして時間は五時まで進んだ。障害がなければ、空気が壊れることもない。
なかなかに、楽しい時間が過ぎていった。
「うーん、そろそろ海村の子は帰らないとねぇ。続きは、明日だね」
先生がどこからかやってくる。
遠く見える海は夕日をぼんやりと映しており、それがただ時間の経過を示した。
俺自身はボトルやらなんやらをひっそりと持ち込んでいるので問題はないのだが、一緒に帰れる日は一緒に帰りたい。そこは変わらなかった。
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帰り際、五人で道を歩いていると、要が何かに気づいたように指さして立ち止まった。
「ストップ。・・・あれ、あかりさんじゃない?」
「え? ・・・あ、本当。でも、誰の車なんだろう」
ちさきの声につられて俺も指さされた方を見る。あかりさんは車の助手席から降りていた。ドライバーは・・・、まあ、至さんだろう。
背中に冷や汗を走らせる。流石に、状況が悪すぎる。
ここには何も知らない海村の人間が四人もいる。特に光なんかに知られると後が面倒で仕方がないことになりかねない。
頼みますよ・・・至さん、あかりさん。頼むから変なことしないで下さい。
しかし、無情にもそんな俺の願いが届くことはなく、あたりさんは至さんへと不意打ちのキスをかましたのだった・・・。
原作準拠パートは本当にもう・・・。
ただ、感情描写や行動描写を丁寧に切り抜くようにはしてます。
前作より読みやすくなっていたらありがたいですね。
それでは今回はこの辺で。感想評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)