凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百四十話 目覚めの刻

~美海side~

 

 意識を失う直前、最後に聞いたのは遥の声だった。

 それからしばらくして、意識を取り戻す。そこは膜の中。かつてまなかさんがここで眠っていたように、私もそこで動けないでいた。

 それでも、意識だけははっきりしている。そこで、遥が何か言ってる。

 

 遥は、必死に海神様に語り掛けていた。海神様がかつて持っていた愛の感情は、決して間違いなどではないと。

 私もそう思う、と心の中で呟き続けた。まなかさんの気持ちに触れて、更に心は熱くなっている。

 

 ・・・そう、好きの気持ちに間違いはない。今なら私も、もう迷うことはないの。

 

 

 それから蒼い炎が広がると同時に、私を覆っていた膜は砕けた。まだ動けないでいると、千夏ちゃんが私を抱き上げて、どこかに連れていった。そこでようやく、瞼が開く。

 

 

「・・・あ」

 

「美海ちゃん!? 大丈夫!?」

 

「・・・うん、大丈夫だよ。なんともない。ちょっと体が重たいけど」

 

 勝手が効かないわけじゃないけど、一挙手一投足が重たく感じる。さっき海に引き込まれた反動なのかな。

 それでも私は、今海を離脱するわけにはいかなかった。・・・おじょしさまの代わりになりかけた身として、おじょしさまに思いを託されたと言った遥の結末を、ちゃんと見届けたかったから。

 

 

「・・・千夏ちゃん」

 

「何?」

 

「もう大丈夫だから、降ろして」

 

「え、あ、うん」

 

 千夏ちゃんが抱えていた私の身体をそっと手放す。それから体はすっと馴染むように動き始めた。今の海は、これまでよりどこか暖かい。

 私は遥の方をまっすぐ見つめた。まだ何か、伝えきれてないのだろうか。

 

「ねえ美海ちゃん。さっき、何があったの?」

 

「簡単に言うと、おじょしさまになりかけてたのかも。だから、海神様の悲しい気持ちや、海に溶け込んだみんなの気持ちが全部入ってきてた。もう、頭がパンクしちゃいそうなくらいに」

 

「そっか、そうなんだ」

 

 これ以上は言わないけど。

 その中に、千夏ちゃんの言葉もあったんだよ。

 

 『このまま、一緒にいれたらいいのに』

 

 おそらくこれは、五年前に千夏ちゃんが願っていた気持ちそのものなんだろう。だから千夏ちゃんは、海に引っ張られて眠ることになった。

 あの時、私もそんなことを思っていたような気がする。変わってほしくないと、みんなで一緒にいたいと。

 

 でも、もう進みださなきゃいけないからね。この気持ちは、終わりにしないと。

 変わり続けることを悲しんで、でも、痛くても進んでいこう。

 

 ・・・なんて、今の千夏ちゃんならきっと分かってるよね。

 

「千夏ちゃん、行こう?」

 

「行くって・・・」

 

「私で、遥を迎えに行くの。また、いつ何が起こるか分からないからね」

 

 私たちはもう、助けられるだけの存在じゃない。愛されたいだけの存在じゃない。

 遥の力になると誓ったあの日から、私の覚悟は決まっている。

 

 その決意の据わった目に、千夏ちゃんは同じような表情で答えた。

 

「そうだね。行こっか」

 

 頷きあって、私たちはもう一度遥のもとへ向かう。

 それが、覚悟の証明であると信じて。

 

 

---

 

~遥side~

 

 街に火が向かっていったかと思うと、今度は穴倉自体が大きな揺れに包まれた。

 当然だ。自身がおじょしさま当人と結ばれていることを知った今、こんな偶像だらけの偽物の場所など海神様には必要ないということだ。

 

 時折すれ違うことはあるかもしれないだろうけれど、お互いに思い合っている、というその心に迷いなどない今、もう何も間違えることはないだろう。

 

 ・・・じゃあな、海神様。おじょしさまと幸せになってくれよ。

 

 それから俺は穴倉を抜けようとする。

 その時だった。

 

「あっ・・・」

 

 突如、膝からガクンと崩れる。アドレナリンが続いていたせいで気が付かなかったが、もともと俺は体を壊していた立場の人間だ。視力がなくなったことで、運動量もさらに減っていた。

 つまるところ、体力が殆ど失われていた。もうここを離れるだけの力も残っていないことになる。

 

 くそっ・・・だからといって、逃げないわけにも・・・!

 

 このままいては押しつぶされて一緒に葬られてしまう。それだけはどうしてもごめんだった。

 ・・・何か、誰か・・・。

 

 その時、俺の両肩に優しい手が触れた。それも、同時に二つ別々の。

 手が触れた瞬間、俺の身体を支配していた硬直は水に溶け込むようになくなっていった。安心して、目を伏せる。

 

「遥、お疲れ様」

 

「もう大丈夫だから、今は休んで。・・・ね?」

 

「ああ。助かるよ」

 

 美海と千夏に手を引かれながら、俺は穴倉を後にすることが出来た。それからしばらくして、穴倉は地殻変動を終え、完全に閉ざされる。

 

 穴倉の外には、一緒にここに来ていた紡が待っていた。

 

「・・・決着、ついたのか?」

 

「ああ。ちゃんと言いたいこと言ってきたよ。それに、海の温度が急に温かくなってるの、分かるだろ? これが証拠だよ」

 

「海の凍結は終わり、ってことか」

 

「ああ、多分な。・・・長かったよ、ここまで」

 

 俺が生まれた時には、もう異変の渦中にあった。だからきっと原初の海というものは、俺の知るこれまでなどより遥かに美しいものなのだろう。

 

 ・・・ああ、これからの日々が、楽しみで仕方がない。

 

 なんて思っていると、大声を挙げながらこっちに近づく人影があった。光だ。

 

「遥! 大丈夫か!?」

 

「ああ、もう全部終わったよ。みんな無事。それにお前も海の異変、気づいてるだろ?」

 

「あん? なんか異様にあったけえけど・・・そういう事なのか?」

 

「そういうこと」

 

 それが分かると、光はどこまでも嬉しそうな笑みを浮かべていた。握り拳に伝わっていた力は、これまで光がため込んでいた鬱憤の全てなのだろう。

 

「ところで遥。気になってたんだけど、その・・・目は」

 

「ああ。色々と訳あってな。今はちゃんと、全部見えてる。色も、形も」

 

「そっか・・・よかったぁ」

 

 美海の心からの安堵が、たちまち胸を締め付ける。・・・見えてない間、ずっと心配させてしまったもんな。

 頭を撫でたいような気分にもなるが、いかんせん人の目が多すぎる。行き過ぎた行動を行う前に控え、俺は一つ咳ばらいをした。

 ちょうど視界の遠くに、人影が入ったからだ。

 

「ところで・・・光、あれを見ろ」

 

「あれって・・・げ、親父!?」

 

 眠りから覚めたのだろう、灯さんがこちらに歩いてきていた。近くまできて立ち止まり、周囲を一度見回して、ため息を吐く。

 

「げっ、とはなんだ光。・・・全く」

 

「別に・・・。それより、冬眠はもういいのか?」

 

「ああ。よく寝たもんだ」

 

 グーっと体を伸ばして、灯さんは少し気だるそうにする。意識こそはっきりしていても、体は目覚めてすぐのものだ。まだ満足には動かないだろう。

 それから伸びを終えた灯さんは、美海のところまで行って、目線を合わせて声をかける。

 

「大きくなったな、美海」

 

「お久しぶりです、おじさん」

 

「あれ、美海って灯さんと面識があったのか?」

 

「冬眠する前に、何度かね。お母さんの結婚のこともあったし」

 

 そうか。あかりさんが美海の義母となった今、灯さんは美海にとっての「おじいちゃん」になるわけだ。面識もあって当然か。

 

「お母さん、か。あいつもずいぶんと上手くやってるんだな」

 

 灯さんはあかりさんの成長を思ってか、目元を少し細め、小さく笑っていた。あんな別れ方こそすれど、この人も人の親だ。娘の幸せが嬉しくないはずなどない。

 

「とりあえず上がろうぜ? 暖かくなってきたって言っても、海はまだ冷えるしな」

 

 まだ少しばかり冷たさが残る海に耐え兼ねてか、光がそうこぼした。それに賛同するように、紡らは上がっていく。

 

「千夏ちゃん、私たちも行こう?」

 

「うん、いいけど・・・。遥くんは?」

 

「あと少しだけここにいさせてくれ。五分もしないうちに上がるからさ」

 

「・・・そっか、家の事とかあるもんね」

 

 納得してくれた素振りを見せて、美海と千夏も陸へと戻っていった。・・・にしても光、不器用な配慮してくれやがって。

 

「あの光がこんな風に気を利かせられるようになるとはな」

 

「ええ。成長しましたよ、あいつも」

 

 俺はどうしても灯さんと真正面からゆっくり話しておきたかった。みんながどんどん目覚めるであろう今、こんな時間はこれ以降取れないような気がしたから。

 

「・・・遥君には色々と、礼を言わないとな。それと、謝罪も」

 

「やめてくださいよそんなこと。・・・もう海は元通りになったんです。いや、昔以上ですよ。こんなにいい結果が目の前にあるんです。過去を振り返って禍根を残すより、これからの海を考えていきましょうよ。というかあれは、俺の暴走でもあるんですから」

 

「大人には、大人なりの意地があるんだ。・・・通してくれ」

 

 うーん、この頑固者が。

 しかし気持ちは分かる。灯さんは海の代表者。背負っている責任は俺の想像など遥かに大きなものだろう。

 だから、俺はそれを飲むことにする。

 

「分かりました。謝罪も、礼も、受け取ります。・・・受け取るからには、俺も言っておかないといけませんね。五年前は、すみませんでした」

 

「ああ。・・・これでお相子だ」

 

「そうですね」

 

 そこでようやく、謝罪だの礼だのの煩わしい風習が途切れる。俺が話したいのはここからだった。

 

「これから海は、どうするんですか?」

 

「ああ。・・・まだ見てはいないが、陸と海はこの数年で大きく結びついたはずだ。光も、陸の子たちとあんなに上手くやっている。・・・だから、まずはここをいつでも帰ってこれる場所にしたいと思う。もちろん遥君、君もだ」

 

「それは嬉しいですね。・・・といっても、海の頑固者連中は手ごわいですよ?」

 

「心配するな。その頑固者の長が誰だと思ってる」

 

「そうでしたね」

 

 頑固者宮司は伊達ではない。上手く一喝し、うまく言いくるめるだろう。そこは安心できる、と俺はうんと頷いた。

 

 それから灯さんも陸へと上がっていく。あかりさんも待ってることだ。はやく顔が見たいのだろう。

 俺も早いところ陸へ上がって、みんなに顔を合わせたいけど・・・。

 

 最後に一人だけ、話しておかないといけない人がいるから。

 

 

 

「・・・出てきてくださいよ、ウロコ様」

 

 




『今日の座談会コーナー』

なんだかんだ言っても本編のクライマックス。書いていて気持ちのいいシーンでしたし、アニメ本編を見ていた時の懐かしい気持ちも思い出しましたね・・・。とはいっても、この作品はここで終わりではないです。もうちょっとだけ続くんじゃよ。というのも、まだ遥の真の「愛のコタエ」が出てきていないですからね。それまではぜひ見届けていってください。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

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