凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
朝食を食べ終え、千夏が家を出るのと同時に俺も家を発つ。向こうのアパートに帰るまでに、いくつか巡っておきたい場所があった。
時間を無駄にするのもなんだ、と朝から動こうとして、これである。
その道中、途中までは千夏の登校に付き合うことにした。これから向こうに帰ったら、めったにこんな時間も取れないからな。
「遥くん、さっきお父さんと話してたの聞いたけど、明後日に帰るんだっけ?」
「ああ。明後日の午後から授業に参加するつもりだからな。明後日の午前中にはこっちを発つよ。長期休暇を挟んでたのもあるけど、もう普通に学校自体は始まってるからな。これ以上長居はできないんだ」
「そっか。寂しくなるね」
「なに、またまとまった休みで帰って来るよ。これで終わりじゃないし」
「そうだね」
少し眉を顰める千夏だったが、割り切ったような苦笑いを浮かべて前を向いた。ズルズルと引きずりそうな気配はどうやらない。
「そう言えば、昨日俺さっさと帰ったから全然みんなと話出来てないんだけど、どんな雰囲気だった?」
「んー、どうだろ。先島君はまなかにべったりだったし、ちさきちゃんはなんか自分の両親に紡君のこと紹介してたし、もうてんやわんやだったかな。なんせ、海の人がいったんみんなこっちに上がってきてたから、もうすごい人の量だったし」
「それもそうだな。あんなところに体調不良のままで残り続けたら貧血になってぶっ倒れそうだ」
「早めに帰って正解だったね」
「全くだ」
ここで体調不良を悪化させようものなら、また大吾先生のところに逆戻りだ。流石にこれ以上、あの人に迷惑はかけられんだろうて。
・・・そう言えば、目のことまだ連絡してなかったな。今日中のどこかで連絡入れるか、病院行くかした方が良さそうだな。
なんだ、まあまあやること多いみたいだな。こりゃまた当分暇しなさそうだ。
「・・・海、戻ったんだね。やっぱり実感まだ湧かないや」
千夏は遠くで揺れる、蒼くきらめく海を見つめながらポツリと呟いた。昨日よりもさらに海は透き通って見える。
「じきにこれがまた当たり前になるだろ。・・・そうすれば、お前の夢にもまた一歩近づけるな」
「私の夢・・・。ねえ、遥くん。今更だけど私、汐鹿生に行っていいのかな?」
「もうちょっとかかるかもしれないけど、大丈夫だろ。海の連中も、これまでの考えが古いことはもう分かってるはずだ」
「そっか。・・・そしたら、一番最初にやりたいことあるんだ。お母さんとね、お母さんのお父さんの墓参りに行くの。・・・お母さんがずっとそのことを気に病んでたの、知ってるし」
「ああ、夏帆さんも喜ぶだろうよ」
立派な親孝行娘だ。きっと、そうした方が夏帆さんも喜ぶだろう。
保さんがそこに同伴できないのが残念だが、あの人のことだ。長文でつづられた手紙の一つでも持って行かせるだろう。あの人は、筋の通し方を理解してるしな。
「じゃ、私こっちだから。またね」
交差路に辿り着くなり、千夏は学校の方へと一人歩いていった。その姿がカーブで見えなくなるまで見送ったあと、俺は今日の行先を考えることにした。
海にも行っておきたいし、大吾先生んとこにも顔出したいし・・・。
決めるに決めきれずあたりをうろうろしていると、急な客人に呼びかけられた。
「遥?」
「うおっ!? ・・・なんだ、ちさきか。珍しいな、こんな時間に」
「うん。ちょっと向こうの家帰ってたの。それで、こっち来た感じ」
ちさきは変な声を挙げた俺をクスリと笑いながら、海の、汐鹿生の方を指さしてそう話した。
さっき千夏も、ちさきの両親が目を覚ましてるって言ってたし、向こうに帰ることにしたんだろうか。
「結局ちさきは、汐鹿生に帰ることにしたのか?」
「・・・うん、そのことなんだけどさ」
少しトーンダウンしながら、ちさきは続けた。
「私、当面の間陸で過ごすって決めたの。今日はそれを二人に伝えたかったのと、一緒にご飯食べたかったから帰ってた」
「こっち残るのか」
「意外だった?」
「少しな」
いくらこっちでの生活に馴染んでいるとは言っても、ちさきはずっと海を思いながら過ごしていた。早め早めのうちに陸に順応した俺とは違って、後悔を長いこと引きずっていた立場だ。そりゃ意外にも思うだろ。
「やっぱり、海から陸の学校行くのって大変でさ。浜中くらいならなんとかなってたけど、病院近くの看護学校ってなると、流石にね」
「確かにな。・・・それに、紡のじいさんのこともあるだろ」
「当たり。・・・おじいちゃん、放っておくとすぐに塩分増やしちゃうから、そこのケアもしておかないといけないし。・・・あと、紡もいるし」
最後の方でぼそっと紡の名前が挙がる。・・・というか、それが理由のほとんどだろうにさ。
俺は苦笑しながら、一度頷いた。
「ちさきらしい答えだな」
「何その言い方。別に何も嘘ついてないんだけど」
「分かってるよ。ただ、紡のこと、もっと表に出してもいいんじゃないかって思うだけだよ。もう後を引くものなんて何もないだろうに」
「だって、恥ずかしいじゃん・・・」
実際に恋が始まって、ちさきはまだ感情のコントロールが上手くいっていないのだろう。頬を赤らめて恥ずかしそうに俯くその姿は、あまりに初々しい。
けど・・・そんな恋だから、俺は真正面から祝福できる。ずっと長い事見てきた二人だ。その幸せは、俺も嬉しい。
それからちさきは顔を上げて続きを口にした。
「でも、やっぱり嬉しいかな」
「そりゃ嬉しいだろうよ。幸せになるってのは、そういうもんだ」
「・・・もう私、幸せになっていいんだよね?」
「バーカ。誰だって、いつだって幸せになっていいんだよ。・・・それを縛ることは、神様だって出来やしないんだから」
そう、誰だって幸せになっていい。
たくさんの不幸が続いた俺だって、幸せになる権利があるのだから、ちさきにだって、誰にだってそれはある。胸を張って、自分の道を進めばいい。
その幸せの道中で誰かとぶつかるのなら、その時はまたその時だ。諦める必要が生まれる時だってあるけど、終わりが来るまでは誰だって手を伸ばす権利がある。
「そうだよね。・・・それじゃ、遥も進まないとね」
「うん?」
「知ってるんでしょ? 美海ちゃんと千夏ちゃんの気持ち」
「ん、ああ。まあな」
自意識過剰になるわけではないけど・・・二人が、俺を友人以上の大切な人だと思ってくれていることはちゃんと理解している。
それはちさきが言うように、周りが見てももう分かるレベルのものとなっていた。
でも。
「けど、今は何もしないよ。・・・多分、恋だのなんだのを語るには三人まだ幼いからな。それは多分、俺も、千夏も、美海も理解してるはずだ」
愛と恋は違う。
それぞれに「愛」の感情があることは理解できているが、それを「恋」とし、ゆくゆくの関係に発展させるにはまだ早いことを俺たちは知っている。
だから、これからも時間をかけて「愛」を築きたい。「恋」としてそれを結んだ時、固すぎてほどけないように。
「そっか。・・・あんまり長い事待たせたらダメだよ?」
ちさきは納得したような口ぶりで俺にアドバイスをした。・・・確かに、長すぎるのも毒だよな。肝に銘じとかないと。
「分かってるよ。・・・ただ少なくとも、二人が中学生であるうちは何も言わない。14歳に手を出す男がいる、なんて噂になってみろ。狭山と江川が黙っちゃいないぞ」
「特に江川君のほうはね」
「出来婚にヤジられるのは勘弁だからな」
それから二人でハハハと笑い合う。これは進み続けた時を生きた二人だからこそ分かる面白さなのだろう。
「でも・・・なんだろうな。なんか言わないとダメな気がしたから言葉にするけど・・・。俺は、美海も、千夏も大好きだ。そこは変わらねえよ。多分、これからもずっと」
「うん。気持ちがはっきりしてるなら大丈夫だね」
言葉に出して、二人が好きだと誓う。
それをちさきは笑うこともせず、茶化すこともせず、ただうんと頷いて肯定してくれた。俺と同じ時を経て、幾多の困難を乗り越えたちさきだ。きっと今後も、良き理解者になってくれるだろう。
「それじゃ、バスそろそろだから私も行くね」
「ああ、頑張って来いよ」
そして同じ場所で、二人目を見送る。
それから一人になって、俺は近場の木の棒を拾い上げた。
「さて・・・俺もそろそろ行き場所を決めますかね」
木の棒は、高く空を舞った。
『今日の座談会コーナー』
なんか、本編アフター書くだけで膨大な回を要しそうですね・・・。だってそりゃ、楽しいんだから仕方がない。ちさきとの掛け合いとかもそうですし、水瀬家の二人との掛け合いもそうですし。そう考えると、前作はそれはもう駆け足で終わらせようとしていたんだろうなというのが分かりますね。伏線はりすぎて未回収、なんて作品は世の中にざらにありますからねぇ・・・。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)