凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百四十四話 ポケットの中の未来

~遥side~

 

「で、木の棒投げたら俺のとこを示したって?」

 

 どうしようもないもんのを見つめるような表情で、大吾先生は俺に呆れた声で投げかけた。

 

「偶然っちゃ偶然ですけど、どのみ向こうに帰るまでにここには寄るつもりだったんで、ある意味必然みたいなもんです」

 

「ああそうかよ。・・・んで、その様子だと視力は回復してるみたいだな」

 

 特別驚く様子もなく、大吾先生はそう呟いた。どこかでこの奇跡を信じていたとでも言うのだろうか。

 

「驚かないんですね」

 

「今となっちゃもう何が起こっても不思議じゃないからな。この間のお舟引きで何かが起こった、そういうことなんだろ?」

 

「はい。・・・といっても信じてもらえないようなことばかりですけど」

 

 原初のおじょしさまに会った、なんて言って果たして陸の人は信じるのだろうか。大吾先生なら信じてくれそうではあるけど、それを口にするのは少し忍びない。

 

 ただ、俺の回復を喜んでくれているのは確かだ。その事実だけで、今の俺には十分だった。

 

「とりあえず、お前が回復した事実は確かなんだ。今の俺には、それだけでいい」

 

 そして大吾先生もまた、俺が思っていることを口にして確かにする。だから俺はこの人に惹かれたのだろう。

 

「ええ、長らくお世話になりました」

 

「ああ。できればもう、患者としてお前を診たくねえよ」

 

 からからと大吾先生は笑う。俺も苦笑いを浮かべて、そうですねと答えた。

 

「・・・さて、せっかく来てくれたわけだしな。ちょいと報告がある」

 

 ひとしきり笑い終えて、大吾先生は少し口ごもりながら、小さな声でそう呟いた。それが何かうっすらと推測がついてはいるが、俺は敢えて静聴することにした。

 この人が覚悟してそれを口にしようとしているのだから、横から水を差すなど野暮に等しい。

 

「この度な、すーちゃんと正式に交際することにしたんだ。一応、お互い結婚も視野に入れてる」

 

「そうですか。・・・おめでとうございます」

 

「おいおい茶化してくれよ・・・。こっちの身が持たねえよ」

 

「茶化すも何も、それはとても素敵なことですから。・・・ずっと、応援してましたし」

 

「そうか。・・・くそっ、なんかイラっとするな」

 

 尖ったことを言いつつも、大吾先生は少しばかり嬉しそうにしていた。やはり祝福されるとなると、喜びの感情を抱かずにはいられないのだろう。

 

「・・・なんなんだろうな、恋愛ってのに無縁だったから今になってドギマギしてるんだろうな」

 

「でも、俺は最初っから二人はお似合いだと思ってましたから。先行きも安心してみてられますよ」

 

「どうだかな。どっちも元気分屋のクソガキだ」

 

「だからこそですよ。・・・一番大切なのは多分、互いの理解ですから」

 

 二人はお互いのことを熟知しあっている。だから街と汐鹿生で離れていても、こうして結ばれたのだろうと俺は思っている。

 全く・・・海の氷が溶けていくのと同時にあちこちで愛が恋になってるんだな。

 

「ところで、同棲とかするんですか?」

 

「気がはえーよ。あいつもあいつで、まだ街の方で仕事が残ってるからな。その常連の義手義足のメンテナンスが終わるまでは、一旦店を畳むつもりはねーってよ。ま、焦らないでいいぶんこっちも気が楽でいい。当面はこれまで通りの暮らしが続くだろうよ」

 

「そうですか。・・・仕事が恋人だった二人らしい回答ですね」

 

「俺もそう思うよ」

 

 椅子の背もたれにもたれかかって、大吾先生は体を伸ばした。それから一息挟んで、「で」と続ける。

 

「お前の方はどうなんだ?」

 

「最近それみんなに聞かれますよ・・・。とりあえず今は何もしないです。相手まだ中学生ですよ? 気が早いにもほどがあるじゃないですか」

 

「そう言われればそうだったな。けど、ノータッチってのも二人からすればきついだろ」

 

「分かってます。まあ、大吾先生と同じですね。当面はこれまで通りの関係を続けようと思います。・・・でもいつかは絶対、答えを出すつもりでいます。俺が、そうしたいんです」

 

 かつて愛や恋を憎み、怖がり、忌み嫌っていた人間の言動とは思えない。

 今はもう、いつか失う事すら乗り越えて前に進んでいる。今なら分かる。ようやく俺は、成長できているんだと。

 

 演じない、偽らない自分の心のままに生きている。

 それで誰かを傷つけることはきっとあるだろう。それを申し訳なく思うことも、きっとある。

 

 それでも、他人に遠慮して自分が幸せになることを諦めることは、もうしないと声に出して誓うことが出来る。

 これが、俺の「愛」、「恋」の感情への答えだ。

 

「その様子なら、俺がとやかく言う必要はないな。初めて会った時から、ずいぶんといい目をするようになった」

 

「そうですか?」

 

「初めに会った時は死んだ魚のような目をしてたし、最近は疲れ果てたような目をしてた。それがどうだ。今じゃギラギラしてやがる。まさに脂がのってるって感じだな」

 

「俺もまだ、若者ですからね・・・」

 

 これまでは随分老けたような口調で言っていたけれど、今となっては自分が「若者」であることを十分理解している。

 大人ぶることももうしなくなった。感情をあらわにするようになった。

 心から、笑えるようにもなっているだろう。

 

「なあ島波」

 

「なんですか?」

 

「お前、将来ここで働かないか?」

 

 唐突に振られるその問いに、俺は一瞬頭が真っ白になった。

 自分の夢が何なのか探していた中で指し示される一つの可能性。それにすぐにノーを提示することは出来なかった。

 

「病院で、ですか・・・。けど俺、医学的なこと何も勉強してないですよ?」

 

「心理学やってるんだろ? ちょうど今、カウンセリング科の増強を院が目指しててな。これから数年で、求人を相当数増やすみたいなんだ。お前にうってつけじゃないか?」

 

「・・・俺が、誰かにカウンセリングですか。どっちかというとしてもらう側だったと記憶してるんですけど」

 

「だからいいんだよ。お前自身は何度も自分の心が壊れそうなことを経験してきただろ? そんなお前だからこそ同じような苦しみで困ってる人に言えることがあると思うんだよ。違うか?」

 

 なるほど。

 これまでの痛い思いも、経験も、全部使いようによっては武器になるってことか。

 

「確かに、悪くないですね。・・・ただ、今すぐに分かりました、って言えないですけど」

 

「まあ残りの大学生活でゆっくり考えるんだな。そういう可能性があるってことだけ提示しとく」

 

「ありがとうございます。ちょうど今、悩んでたんで」

 

「俺はきっかけがあったから早かったけど、お前の人生だときっかけが多すぎるからな・・・。そりゃその分悩みもするだろうよ。それはそれで、うらやましいぜ」

 

 大吾先生はそう吐き捨てて、机上のカルテをトントンと叩いて整理した。

 

「んじゃ、これから診察入ってるからそろそろ出とけ。また話でもしたくなったら電話かけてこい」

 

「はい。今日はありがとうございました」

 

 

 そう言い残して、俺は先生の部屋を後にする。

 作った握りこぶしの中には、これからの可能性の欠片が一つ、眠っていた。

 




『今日の座談会コーナー』

 一応、こういったシーンで前作伏線もなしにバーンと結果だけ表示したところの補足をしていく感じになります。それに加えて、大吾先生のエピソードも今作では追加したいと思ってたので、いい感じのシーンになったと思います。
 メインストーリー自体はあと数話で完結となりますが、第三章、もといアフターがこれから始まっていくので、こうご期待。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

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