凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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ペースえげつない・・・。


第百四十七話 全ての始まり、その先の景色

~遥side~

 

 向こうのアパートに帰るの日がいよいよ明日となった。やるべきことは一通り終えているし、今日は特に用などなかった。

 だからこそ、今日という日の扱いに困った。

 

 家でダラダラしているようでは時間の浪費。かといって誰かと遊ぼうにもだいたいみんな学校に行ってるわけだし、空いている人がいない。

 ならば紡の漁でも手伝うか、と思ったらあいつの漁は朝早くに終わっているらしい。なるほど、本当にやることがない。

 

「実家に帰る、って言ってもそれはそれでやることないんだよな・・・全く、どうしたもんか」

 

 などと考えているうちに、時計の針は12時近くを指し示す。起きてから数時間を結局無駄にしてしまって、いよいよ俺は焦りだす。

 とりあえず躍起になった俺は家を飛び出して、いつも通り散歩をすることにした。せっかくこの街にいるんだ。最後に思い出の場所を振り返るくらいいいだろう。

 

 そうして俺は街を歩き始める。一つ一つの場所の思い出を振り返りながら。

 堤防に、いつかの廃倉庫、美海を救おうとして飛び込んだ廃工場。街の外れのほうまで歩くと流石にいい感じに時間は潰れた。

 その道中、ずっと暖かな風を肌に感じる。昨日で完全に街に残っていたぬくみ雪は解けたみたいだ。・・・なんか、春みたいだな。

 

 散歩は続く。気が付けば俺は街に戻っていて、目の前にはさやマートがあった。思えば汐鹿生に帰ってきて、真っ先に寄ったのがここだったような気がする。あれももう何か月前の事だろうか。こっちに帰ってきてからの毎日が、全部昨日のように思える。

 

 さやマートと言えば、やはりあかりさん。今日も店の外で客を待っているようだった。さぞ空いているのだろう。

 

「お疲れ様です」

 

「あら、遥君。また暇つぶし?」

 

「みんな学校行ってて誰も空いてないですからね。・・・それに、明日向こうに帰るとまた当分こっちには帰れそうにないので、思い出巡りでもしようかと」

 

「遥君らしいね」

 

 確かに、こんなこと俺でもなければそうそうやらないだろう。けれど少なくとも俺は、俺がそこにいた証をちゃんと確かめたいし、今同じ場所を巡って何を思うかを確かめたいと思っている。

 ・・・なんか変な趣味が染みついてしまったもんだな。

 

 苦笑いを浮かべていると、あかりさんは急に表情を変え、笑顔を潜めて俺に問いかけた。

 

「・・・ねえ、遥君。遥君がずっと悩んでいた『好きになる感情』の答えって、もう見つかったの?」

 

「はい。少なくとも自分の中では整理がついてますし、それを受け入れることも今ではできます。・・・それが、どうしたんですか?」

 

「うん、ちょっとね・・・。私さ、あと少ししたら休憩になるんだけど、ちょっと家、着いてきてくれないかな? 渡したいものがあるの」

 

「はあ・・・分かりました」

 

 あかりさんからの渡し物。てんで見当がつかないが、これだけの表情で言っているのだ。きっとそれなりの何かがそこにあるのだろう。

 俺は覚悟を一つ据えて、あかりさんの仕事終わりを待つことにした。

 

---

 

 あかりさんが休憩に入るなり、俺はあかりさんに付き添って潮留家まで帰る。それからあかりさんは「少し待ってて」とだけ言い残して家へと灰って言った。三分くらい経って、色褪せた茶封筒と一緒に戻ってくる。

 

「ごめん、お待たせ」

 

「それは?」

 

「ああ、うん。・・・今の遥君になら、渡せると思って」

 

 それからあかりさんは、真顔のままでその封筒を俺に手渡す。それをしっかりと受け取り、中を取り出すと、更に色褪せた日記帳が入っていた。

 そこに帰入されていた名前に、俺は思わず言葉を失う。

 

「・・・そう。これ、遥君のご両親の日記なの」

 

「なんで、こんなものを・・・?」

 

「事件の現場の近くに落ちていたの。・・・海に投げようとして、止めたんだろうね。でも、手に持ってるわけにもいかなかったから、少し辺鄙な木陰に隠してあったの。それをたまたま見つけたのが私だった」

 

 改めて、一ページ目を捲ってみる。そこにはこう書いてあった。

 

『もし、この日記を拾った人間が海の人間ならば、私たちの息子、遥が大きくなった時に、これを届けて欲しい』

 

 だからあかりさんは、今日の今日までこの日記を俺に手渡さなかったのだろう。両親が最後に残したメッセージを今日まで守り抜いてくれた。それも、俺が「好き」の感情に向き合うことが出来るようになる日まで。

 

「私が思うに・・・警察に見つけて欲しくなかったんじゃないかな、この日記」

 

「確かに、父親が残した金と書置きは、すぐに俺の手元に渡りましたから。・・・でも、よくこんなものを今日の今日まで持っていてくれましたね」

 

「これは、日記を拾った私に与えられた使命だと思ってたからね」

 

 本当ならもっと早くに手渡せていただろうに、あの後も色々失った結果、俺が一度心を壊してしまったせいで、今日までこれを手渡せずにいたのだと思い知る。日記の存在を知りながら何も出来なかった今日までの日々で、あかりさんにかかっていた重圧は相当なものだっただろう。

 

 あかりさんは確かに渡したよ、と言わんばかりの目で俺を見つめながら、その先を言葉にする。

 

「たぶん、この日記には遥君がずっと知りたがっていた二人の日々と、本当の気持ちが書かれていると思うの」

 

「あかりさんは読んでないんですか?」

 

「最初の一ページを見た時、これは私が見てはいけないものだってすぐに気づいたよ。だから私は、そこまでしか見てない。あとは・・・遥君。全部君のものなんだよ」

 

 どこまでも配慮してくれていることに、俺は頭を下げずにはいられなかった。

 一度深く頭を下げて、これを渡してくれたことの感謝を伝える。あかりさんも戸惑っているようなリアクションをしたが、そうでもしないと俺の気が晴れなかった。

 

「繋いでくれて、ありがとうございました」

 

「うん。届いてよかったよ。・・・もしそれでまた心を痛めることがあったら、いつでも頼ってね。それを最後まで持っていた、私の責任でもあるから」

 

「はい。・・・もしその時は、お願いします」

 

 大丈夫だろう、とか、自分でなんとかします、なんてことは口にしない。

 俺はこの日記を開けることを怖がっている。ようやく現実と戦えるようになった今に、過去の象徴であるこの日記は天敵だった。

 けれど、見ないという選択肢もなかった。二人の想いも知らないままで大人にはなりたくなかったからだ。

 

「それじゃ、私は仕事戻るね」

 

 あかりさんはそれからまっすぐ職場へと戻っていく。俺がこれからこの日記と戦う、その水を差さないようにしてくれたのだろう。

 そこに感謝しながら、俺は日記を片手に、寄り道の一つもなく家へと戻った。

 

 部屋の鍵を閉めて、机の明かりをつけた。

 父さん、母さん。・・・ごめん、俺は。

 

 

 

 

 覚悟を決めた俺は、先ほど開いたページのその先へ向かった。

 

 




『今日の座談会コーナー』

 このシーンは、必ずどこかで描かなければいけないと思っていました。それこそ前作、遥は自分の両親が何を思っていたのかを知ることなく「好き」を結び、大人になっていきましたから。けれど、過去の決別として、この作品の全ての原点である「両親の死」には触れないといけないでしょう。日記の中身は何が書いてあるのか、それはぜひ次回のお楽しみ。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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