凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
第百五十話 そして針は動き出す
~遥side~
「よう、今日は来てくれてありがとうな」
「いえ。こちらこそ、招待状出してもらったこと感謝してます。・・・やっぱり、知る人の晴れ舞台ってのは気持ちがいいものですから」
まだ雪の残る二月のはじめ、俺は式場にいた。目の前には慣れない格好をした大吾先生と、これまた似合わない格好の鈴夏さんがいた。
今日は二人の祝宴の日。結婚の儀式を目の前で行った。正式な付き合いを始めたと報告されたあの日から、はや二年と半年が過ぎた。
・・・そう、あのお舟引きから二年と半年が過ぎた。大学三年生の過程が終わり、これからようやく四年生が始まる。
そう、大学最後の一年。つまりそれは、俺がこれから何をするかを決める期間でもある。仕事探しにはさぞ忙しくなる事だろう。
ただ、授業という授業はもうほとんど残っておらず、街に長く滞在する意味もなくなっていた。それもあって、俺はまた鷲大師に帰ってきた。
といっても、年に数回、それなりの期間は帰るようにしていたけど。
大吾先生は次のプログラムまで暇な時間が出来たのか、俺の座っている席の隣にある、誰かが空けた椅子に座った。
「お前ももう大学四年になるんだっけか。どうだ、学業の方は?」
「順調も順調。それに鈴夏さんとコンタクトが簡単に取れるようになったんで、暇を見て義足のほうもメンテナンスできるようになりましたし。また軽くなったんですよ、これ」
そう言って地面をトントンと踏んで見せる。初めて義足をつけることになったあの日から考えると、ずいぶんとこの生活も馴染んできた。
「上手くやってるなら何よりだ。もうお前を病院で見る日も少なくなったからなぁ」
「最近は飲みの席ばかりでしたからね、大吾先生と話す時なんて。といっても、それも年に三回くらいでしたか。なんか寂しいっすね」
「馬鹿野郎、毎日病院で会うよりそっちのほうが百倍マシだ」
大吾先生に笑いながら小突かれる。俺もそれを受けて苦笑した。
今も少し酒が入っている、というのもあるが、どうも心がポカポカとする。思えばこの結婚式は、俺が初めて顔を出せた誰かの晴れ舞台かもしれない。というかそうだ。
・・・あかりさんの結婚式は、行けなかったもんな。
少し苦い過去を、グラスに入った酒で流し込む。アルコールはあまり強いほうではないが、流石に結婚式。用意されている酒はいいものなのだろう、悪酔いすることはなかった。
「そういえば話は変わるけど、就職はどうするんだ? どうせこっち帰って来るんだろ?」
「特に街でやりたいことがあるわけでもないですからね。鷲大師か汐鹿生に帰ってきて、何をしようかって感じです」
そう言うだけの準備はしてきた。心理学の勉強も行いながら、教員になるための勉強も行ってきた。後はその気になればいつでも、という感じだ。
「今じゃ汐鹿生も活気が戻ってきているからなぁ。波中も廃校を取りやめて復活させたんだろ?」
「そう聞いてますよ。あの日以来、内在しているエナが活性化した陸の人が大勢出てきましたからね。その中で海で生きたいと思う人が増えるのも不思議じゃないでしょう?」
「そりゃそうだ。ま、何にせよ自由が一番だ。それは俺もそう思ってるよ」
うんと頷く大吾先生。
その数秒後、大吾先生を呼ぶ声が遠くから聞こえた。見たことあるその顔は、おそらく病院職員の誰かだろう。
それからまたしばらく一人になる。・・・招待されたはいいものの、俺の見知る人間が少なすぎるあまり、少しばかり気まずさを感じる。
と、そこに助け船を出したのは、同じ卓の向かい側に座っている西野先生だった。
「藤枝の奴、あんなふうに笑う人間だったんだな」
「結構酷い事言いますね、西野先生」
「先生はよしてくれよ。今はもうここの病院で働いてないんだからさ」
「今は街で別の事業、でしたっけ。といっても結局クリニックやってるんだから先生じゃないですか」
「はっは、そうかもな」
なんだかんだ言って、この人の新規事業は小さな医院となった。千夏の手術を経て、自分にはやはり医学の道しかないと悟ったのだろう。もちろん、俺もこの人にはそれが一番合っているように思う。
「・・・そういえば、あの人の判決、どうなったんですか?」
「ああ。日野家の方も少し非を認めている部分もあって、情状酌量の余地があるってことで、執行猶予がついてる。あいつが社会に馴染むまでまだ少し時間はかかりそうだけど、関係修復は上手くいってるよ」
「そうですか・・・。あの人も前を向いているなら何よりです」
当然、日野家の人間に危害を加えようとしたことを簡単に許したくはない。
それでも、あの人なりの理由があったことも俺は知っている。行動の選択を間違えただけで、あの人はそれまでまっとうな人生を生きてきた訳だ。
できればまた、元の生き方に戻って欲しいものだと俺は願う。
「おっと、お前にお客さんだな。俺は一旦別の所行くよ」
「へ?」
突如、俺に有無を言わさずに西野先生はどこかに行く。そして入れ替わりで俺のもとにやって来たのは、もう一人の主役だった。
「よう、なんの話してたんだ?」
「鈴夏さん・・・。まあ、色々ですよ」
「二年前の事件の事か?」
「・・・も、ありますね」
当事者の親族なだけに、あまりこの話は挙げたくなかったんだけどな・・・。
「ま、あたしも終わったことグチグチ気にするタイプじゃないからな。別にもうなんとも思っちゃいねーよ。裁判もちゃんと聞きに行った。あいつの言い分も理解してる。行動を間違っただけで、あいつの抱く感情は間違っちゃいなかったよ。あたしも小さな自営業だったからな、そこの気持ちは、分かる」
「そうですね。人間ってのは気難しい生き物ですから」
そうして時々、人間は選択を間違える。それは取り返しのつかない、大きな間違いにもなりえる。
けれど、人生は自分が思うよりほんの少しだけ優しい。きっと死なない限り、本当の終わりなどないのだろう。
「まあ、こんな話長々とするのもやめましょうよ。折角の晴れの日なんですから」
「そうだな。・・・にしても、大ちゃんとここまで来るとはなぁ・・・」
「感慨深いですか?」
「昔は二人とも悪ガキ、って感じでつるんでたからな。大ちゃんに色々あってあいつの性格が変わってからも、あたしだけはその距離でいた。恋もクソもない間柄だよ。・・・でも、年取れば変わるもんなんだな」
自分が「一人の女」であることを再確認するように、しみじみと鈴夏さんは呟いた。気の合う友達でも、こうなるというケースの最たる例だ。
「同棲生活はどうです?」
「それがさあ、もうてんやわんやでさぁ」
鈴夏さんは両手を横に放り投げて首を横に振った。その表情と仕草から、俺は何かを察してしまう。
多分この人たち・・・家事下手糞なんだ。
「お前も察しついてると思うけど、ほら、あたしも大ちゃんも仕事人間だったじゃん? 仕事人間って仕事さえできればよかったから、家事もテキトーに投げてたわけ。ま、お察しだよねって感じ」
「それでももう同棲して一年は経ってるんでしょう?」
「ああ、それでようやくあたしが料理に、大ちゃんがその他の家事に目覚めたって感じ。逆だったら危なかったよ。医者は帰るのが遅くなる日もまあまああるしな。飯にありつけなくなっちゃ困る」
なんて愚痴を吐きながら、鈴夏さんは笑う。なんだかんだ言ってもそのてんやわんやが楽しいのだろう。
それから鈴夏さんは改まって俺の方を向いて、それを言葉にした。
「・・・ま、なんだ。改めて言うのもなんだけど、ありがとな。島波」
「別に俺は何もしてないですよ。結ばれたのは二人が結ばれたいと思ってたからであって」
「きっかけを作ったのはお前だろうが。少なくともあたしたちにとっちゃ、お前は仲人なんだよ。同期の連中よりもな」
「そうですか。・・・なら、とりあえずその感謝の言葉はありがたく受け取っておきますね」
もう、誰かの感情を遮り、遮断することはしない。心の底からの本心なら、俺は真正面からそれを受け止める。
その術を、この二年間の間でしっかりと培ったはずだ。それが世渡りだと知っているから。
「おっと、空気が悪くなっちまったな。また話題でも変えるか」
「他何かネタあるんです?」
「なんぼでもあるぞ。それこそこの間真冬がさ・・・」
そうして、祝福に包まれた心地の良い時間が進んでいく。
混じりっ気のない、心からの幸福。愛が結びついた先にある「恋」、その結晶。
いつしか俺は、それを欲しいと思うようになっていた。
・・・つまり、そういうことだ。
長い間、「待て」と言い続けて来たが、そろそろ俺もその因縁に答えを出さなければならないはずだ。何より俺がそうしたいと思っている。
二人が今どう思っているかは知らない。敢えて聞かないようにして、この二年間を過ごしてきた。
けれど、もう時計の針は進まないといけない。俺にも俺の、夢があるはずだから。
そのために、俺はこの街に戻ってきた。
俺に思いをぶつけてくれた二人に、確かな「答え」と「未来」を託すために。
『今日の座談会コーナー』
ということで、150話という区切りのいい話数から新章を開始します。ここからは凪あす本編とはほとんどと言っていいほど関係ない、オリジナルパートです。ちなみに前作にもないシーンばかりなので、完全新作と言っていいでしょう。むしろここを書くためにこのリメイクを始めたようなもんですから。
そんなに長い事話は作らないと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)