凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~美海side~
遥が帰ってくる連絡は、前日くらいから千夏ちゃんから聞いた。なにしろ今回は事情が事情で、ずいぶんとこっちに長い事滞在することになるらしい。・・・というより、下手をすればこっちに生活拠点を戻す勢いみたいだ。
遥が海の問題を全てやり終えて向こうに帰った日から二年。その間に幾度となく会合こそしてきたけれど、今回はどうも心持ちが違うように感じた。
その気持ちを、私はちゃんと理解している。
好きの感情。しかもそれは、これまでのものとは違う、もっと独占的で支配的な欲。
有体に言えば、「恋」だ。
これまでも似たような感情を抱いていたつもりだった。だからこそ、誰かに妬く事なんて沢山あったし、苦しむこともあった。けれど今胸にある感情は、その時のものよりも遥かに大きい。
それほどまでに、私は「異性」としての遥を意識している。きっとそれは、もう手の届かない存在ではなくなったことを知っているから。
「・・・いけないな、私」
少し心が走り気味になっていることに気が付いた私は、夕景に対してふと本音を漏らしてしまった。少し前の方を歩いていたさゆが立ち止まって、こちらを振り返る。
「遥さんのこと?」
「・・・うん、そうなるかも」
私が逃げることもせずそれを肯定すると、少し前まで進んでいたさゆは私の隣まで戻ってきて歩調を大きく落とした。
ちゃんと話を聞く、という意志が伝わってくる。その厚意に感謝しながら、私は続きを話すことにした。
「遥が帰ってきた、って話はしたよね?」
「もう何回も聞いてる。知らないはずないじゃん」
「うん。・・・でさ、なんだろう。これまでは何食わぬ顔で会いに行けたのに、なんか今、そういう気分じゃないっていうか」
「これまでと心の持ちようが違うってこと?」
問いかけに対して、私はしっかりと首肯する。
さゆは困ったように眉をひそめて、間違えようのない正解を口にした。
「焦ってんじゃん、それ」
「やっぱり、そうなんだ」
「それしかないでしょ。・・・まあ、確かに分かるんだけどね、焦る気持ち。相手は今年大学を卒業しようとしている立場で、狙うライバルが他にいて。何かしないといけないのは分かるのに何をすればいいか分からないし。でも気持ちだけが暴走してる。そんなとこでしょ」
さゆの放つ一言一言は、私の心の代弁と言っても差し支えなかった。
何一つ間違えてなどない。とはいえ、ありのままの心を晒されたのはそれはそれで少し恥ずかしいような気がした。
「でも、その焦りは美海自身が望んだもの。そうだよね?」
「それは・・・」
「少なくともあの人がいなかった五年間、自分からことを起こそうとしなかったのは美海自身だよ? それは覚えてるよね?」
『そうやってもし負けたなら、美海は満足なんだ?』という、二年前のさゆの言葉が今になって痛いほど突き刺さる。
あの時は多分、どうにかなるとでも思っていたのだろう。本当は、千夏ちゃんがちゃんと帰ってきて、海もよくなって、なんて信じていなかったんじゃないだろうか?
でもいざ目の前を見てみるとそれは起こっている。それは逃れようのない。
私はここで全てに負けて、それで満足できるのかな・・・。
「・・・なんて、美海の行動は馬鹿だけどかっこいいと思うよ、私は」
さゆはため息をついて、私の行動を否定し、肯定した。
「もし私があの人の立場だったら、知らない間に全てのことが終わってるのすごく辛く感じると思う。・・・土俵に立てない気持ちの辛さ、私と美海はよく知ってるはずだよ」
それは七年前の話。常に遥の隣には千夏ちゃんがいた。それは五年後目覚めても変わることはなかったけど、それでも歳の違いをあれほど恨んでいた時期はない。
とはいっても、あの時の私にチャンスがないわけでもなかった。けど、空白の五年間の千夏ちゃんはどうだろう。何一つチャンスなどない。時間が止まったまま、変わったことを受け入れなければならないのだから。
「だから、あの時の美海の行動は正しい。・・・でも、そんなもの全部昔の話。今は今。美海はこれからのことちゃんと考えなきゃだよね」
「これからの、こと・・・」
「そう。土俵も一緒。アドバンテージも一緒。ノーハンデの一発勝負。それが今美海が置かれている状況だよね?」
「うん。・・・まあ、若干アドバンテージ向こうにあるけど」
こんなことは言いたくないけど・・・。やっぱり千夏ちゃんの家に身を寄せてるの、ずる過ぎる。
しかもそれにはちゃんと理由もある。おまけに千夏ちゃんの両親はすごいいい人と来た。それだけでも頭が痛い。いつ遥の心が向こうに引っ張られていくか分からなくて。
「・・・ねえ、美海。私、これからすごく酷いこと言うよ。もしそれがダメだったら、叱ってね?」
さゆはいつになく真剣そうな表情を私に向ける。そこに「おふざけ」の感情の片鱗もないことを悟って、私は閉口した。それを合図にして、さゆは話し始める。
「美海は、いい子をやめないといけないよ。・・・もっと感情的で、我儘でいい。遠慮なんてしなくていい。汚い手を使え、とは言わないよ? それは昔美海と約束したことだから。・・・でも、ずっと綺麗なままじゃ、戦えないじゃん」
「さゆ・・・」
「あの人と美海がかけがえのない友達だってことは私も知ってる。・・・でもさ、それ以前に『ライバル』なんでしょ? それでいつまでも綺麗な関係を続けていくこと、私は出来ないと思ってる。少なくとも、美海が遥さんを諦めることをしなければ」
「・・・!」
心の中で、うっすらと思っていた。
私は、いつまで千夏ちゃんと「友達」でいられるのだろう。大好きな人でい続けれるのだろう。
かつては、もし取り合うことになっても友達でいれる、だなんて淡い期待を抱いていた。でも、今この胸にはあの日感じることなど微塵もなかった嫌な気持ちがしつこく絡みついている。大きくなって、綺麗事が綺麗事だと理解できるようになってきた。
だからこそ、さゆの言葉を否定することは出来なかった。
私はいつまでも、「素直で正しい子」ではいられないんじゃないかって、そう思えたから。
「・・・怒らないんだね」
「ごめん。・・・さゆの言うこと、全部納得しちゃってたから」
「もちろん、これが正解、って訳じゃないよ? これまで通り素直で真っすぐに、好きな人のことを思い続ける生き方で報われることだってあるかもしれない。だからこれはあくまで可能性。真に受けないでね?」
「それはちょっと・・・難しいかも」
真に受けてしまう。
私が生き方を変えるとすれば、もうそこしかないのだから。
「そっか。じゃあ、もう仕方がないか」
さゆも無理に否定することをせず、私の言葉を真正面から受け止めた。昔はお互い我ばかり貫こうとしてたのに、こうやって互いの言葉を素直に受け止めれるようになったのだと、歳をとったのだと実感する。
「なら、さっきの言葉を簡潔にまとめて美海に送るね。・・・もっと、ずるい女になりなよ。そうするだけの権利、誰にだってあるんだから」
「うん、ありがと。ちょっとすっきりしたかも」
実際、もやもやが少し晴れたのは間違いない。そうしてくれただけのさゆには、ちゃんと感謝しないと。
さゆは少し困惑した表情を浮かべながら、バツが悪そうに顔を背けた。
「・・・なんか、柄にもないこと喋り過ぎた」
「ううん。すごく助かった。ありがとうさゆ。話聞いてくれて」
「・・・ん」
それからまた数歩先をさゆは歩き始める。それはお互いの「恋路」の距離といっても差し支えないように思えた。
前を歩くさゆの背中は、同い年なのに少しだけ大きく見える。
私もそこに追い付かなきゃ、だよね。
だからこそ、誰かを傷つける覚悟を決めなきゃならない。
だってそれほどまでに、私は遥が好きなんだから。
『今日の座談会コーナー』
なんか、当初のプロットよりもだんだんと雲行きが怪しくなっているような・・・。そうなったのは多分、前回あとがきにも書いたホワイトアルバム2が原因でしょう。あれのせいで三角関係の在り方が大きくゆがんでしまったのは事実ですし・・・。とはいえ、当初の方針から大きくずれてしまうのは大問題。どうすればいいか考えてみるとしますか。
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)