凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百五十三話 焦燥感、募って

~遥side~

 

 就活のためにこの街に戻ってきた、と言えば聞こえはいいが、それ以外の目的を見いだせていない現状、俺はまた暇を持て余すことが約束されていた。ほんの一週間程度の滞在ならともかく長期間ここにいるとなれば、この暇は人生を大きく無駄にしてしまうこととなるだろう。

 

 ということで、俺は二つのことを行うことにした。

 ひとつはバイト。食い扶持など別にどうでもいいが、働く、という経験値はある分に越したことはない。街のほうでも何度かやってみたが、実際の所あまり長く続いたものはなかった。それのリベンジもある。

 

 そしてもう一つが・・・。

 

---

 

「で、俺の船に来たと」

 

「悪い。どうしてもここしか浮かばんかった。それに、三橋教授の研究はまだ続いているんだろ?」

 

「まあ、な」

 

 朝の七時ごろ、俺は紡の所有する船の上にいた。もちろん、ただの冷やかしではない。一応紡の漁を手伝う名目&研究を手伝う名目でここにきている。

 

「しかし、海の異変が終わったうえで、三橋教授は何を研究しようって言うんだ?」

 

「陸の人からすれば、異変はまだ終わっちゃいないみたいだ。・・・ま、この十年内に寒くなったり温かくなったり、ましてや冬眠をしたりなんてことがあったからな」

 

「なるほどねぇ・・・。最も、目新しい発見に期待できなさそうだけど」

 

「あと、単純に今の海の生命体についても研究している。新種の魚なんて見つかってみろ、学会ものだ」

 

「ああ、そういう」

 

 言えば、元来の研究に戻ったといっても過言ではないのだろう。

 ・・・なるほど。変化し続ける海を記録し続けるわけか。そりゃ一生尽きることない命題だろうな。それはそれで、奥行きがあって面白そうだ。

 

「それより遥、そっちの網投げてくれ」

 

「これか? 分かった」

 

「あまり遠くまで飛ばさなくていいからな」

 

 紡の指示を受けて、俺は足元に転がっていた網を投げ入れる。紡はそれに一度うんと頷いて、また別の仕事に取り掛かった。

 手伝いに来ている以上は、真面目にやる。それだけを頭に、俺は黙々と作業を続けた。それがひと段落着いた頃、再び紡が口を開く。

 

「そう言えば遥、就職はどうするつもりだ?」

 

「みんなして聞くのな、それ。・・・まだ何も決まっちゃいないよ。でもとりあえず働きたい場所は決まっている。だからこっちに戻ってきた」

 

「そうか」

 

「いいよなぁ紡は。最初っからやること決まってて」

 

 少し皮肉を込めていったセリフを、紡は思わぬ言葉で返した。

 

「俺も、最初は悩んでた」

 

「え、そうなのか?」

 

「ああ。・・・海は好きだった。じいちゃんが漁をしている姿も好きだった。だから、漁師という仕事は俺のあこがれだった。・・・でも」

 

「冬眠のことか」

 

「ああ。あの時、初めて自分の夢を疑ったよ。どうなるかわからないこの先の海で、本当に漁師を目指していいのか、もっと別な何かを考えた方がいいんじゃないか。ずっと、そんなことを考えてた」

 

 少なくとも、そんな弱音をあの頃の紡からは聞かなかった。思う事こそあっても、決して口にすまいと意識していたのだろう。多分それは、あの頃弱っていた俺やちさきに対しての配慮だろう。

 

「でも、この夢はやっぱり諦めきれなかった。だから海のことを勉強して、どうにかこの異変を止めたいと頑張った。・・・気持ちいいものだよな、報われるのは」

 

 普段表情をコロコロ変えることのない紡は、屈託のない笑みを浮かべた。それほどまでに目の前の光景を嬉しく思っているのだろう。それも、人一倍。

 それは、ようやく夢を追うことが出来ることへの喜びか、行った行動が報われたことの喜びか、その両方か。知る由はないが、知らなくてもいいことだ。

 

「俺は今後もずっと続けていくつもりだ。そろそろじいちゃんから世代交代しないといけないことだしな」

 

「ああ。文句言われながら頑張ってみろ」

 

 あの人は引退してもそう簡単には引き下がらないんだろうな・・・。帰ってくるなりあの人が文句を言う、そんな光景が簡単に想像できる。

 もちろん、それも愛あってのものだけど。

 

「ところで」

 

「あん?」

 

「お前・・・あれから色恋沙汰はどうなったんだ?」

 

 唐突に振られる、もう一つの質問。・・・いや、これもさんざんいろんな人から言われてきたけど、まさかこいつに言われるとは思わないだろ。

 呆れたようにため息をついて、いつも通りの答えを口にする。

 

「特に進展なし。・・・けど、そろそろ覚悟を決めなきゃいけないことは分かってる。そのために戻ってきたって言っても過言じゃないしな」

 

「そうか。・・・大変なもんだな、三角関係って」

 

「なっ・・・。お前なぁ、そういうワード簡単に出されるとこっちも困るんだけど」

 

 三角関係と聞いて、いいイメージが真っ先に出てくる人はそういないはずだ。無論俺も、少し嫌なイメージを持っている。

 そして紡は、今の俺たちがその関係にあると言った。間違いがないのがまたモヤモヤするところだ。

 

 ずっと思っている話ではあるが、俺はどちらと歩んでも幸せになれると思っている。選択した、その先の幸せを掴めると信じている。

 

 ・・・いや、待てよ?

 

 原点に立ち返って、俺はあることに気が付く。

 

 俺はずっと、どちらを選んでも幸せになれる、という言葉に逃げていたんじゃないか? どちらかを自分の意志で「選ぶ」という行為から。

 言えばそれは、「どちらでもいい」と言っているようなものだ。真正面からぶつかってくれている二人に、そんな杜撰な感情で向き合うのは甚だ失礼極まりない。

 

 そもそもの考え方が間違っていたんだ。

 俺は、どちらを選べばより幸せになれるかを考えなければならない。それが、選ぶということだ。どちらでもいいのなら選択なんてテキトーでいい。

 

 俺は、二人のうちどっちを選べばより幸せな未来を描けるのだろうか・・・。

 

 今日の脳内会議は、一旦ここで終わる。

 

 随分と無言を貫いてしまった俺は、帳尻を合わせるように紡の発言に答える。

 

「・・・三角関係、ねぇ。最終的にはどっちかを傷つけることになるんだよな、あれ」

 

「それは、お前も分かってて選んだ道だろ?」

 

「ああ、分かってる。ちゃんと理解もしてるよ。・・・なんだろうな、昔はずっとみんなの幸せばかり願ってたのに、こと恋路において皆が幸せになることは出来ないんだなってつくづく痛感してるよ」

 

 自分の欲望のために、誰かを傷つけることを嫌った。

 けれど、誰かを傷つけなければ先の幸せにたどり着けないと、今現実はそれを見せている。残酷なまでに、おぞましく。

 

 けど、もう足は止めない。止めたくない。それに向き合っている今、後は歩き出すだけだ。二年前にはもたついた道だが、今なら歩めるはずだ。

 

「・・・選ぶよ、俺は。今はそのための時間が欲しい」

 

「そうか。・・・話しついでになんだけど、二人きりの特別な時間はちゃんと確保した方がいいと思う。それこそ、デートみたいなもんか」

 

「お前の口からその言葉聞くとは思わなんだ」

 

「そうか? ・・・まあ、ちさきがよく言うからな。お前は知らないと思うが、あいつ最近、俺が街にいるときに遊びに来るようになったからな」

 

「そこまでの愛かよ。・・・さぞ溜まってたんだろうな」

 

 あいつが秘めた思いを解き放とうものなら、それは膨大な量になる。ため込む量が俺たちの比じゃないんだ。・・・ため込むの、苦手なくせに。

 しかし、二人の順調そうな関係に俺は息を吐いた。しがらみのなくなった今、特に心配することはないだろう。何より今は俺が心配される側になってるし。

 

「と言っても、お前らの関係は俺が考えるよりずっと強固だからな。きっと心の内はだいぶ曝け出しあってることだと思う。ならもっと、踏み込んだ本音の会話だって出来るんじゃないか? もしそれで壊れる関係なら、その程度だったって訳になる」

 

「なるほどね。・・・本音、か」

 

 多分俺たちは、知らず知らずのうちに遠慮しあってる部分があるのだろう。お互いがお互いのことを思いすぎるあまり、傷つけたくないと願うあまり。

 でも、そんな関係は止めないといけないのだろう。

 

 ・・・そしたら、友達だった関係すらも失われるのだろうか。それはそれで、怖い事だ。

 

 

「・・・さて、と。雑談の途中で悪いがそろそろ網を引き揚げるぞ。手伝ってくれ」

 

「了解」

 

 急に仕事モードへと切り替わった紡に何かを言い出すことなど到底できず、俺も手伝いに戻った。

 

 

 生まれ始めた焦燥感と、これまで感じたことのなかった新しい恐怖心をただ胸に抱えながら。




『今日の座談会コーナー』

 前作、告白シーンとアフターを1話書いたものの、負けた方のヒロインの描写全く書いていないんですよね。そこを書き直したいと思ったのが今回のリメイクの理由の一端でもあったりします。書いてる途中で自分の胸が壊れないかが心配・・・。
 というかこの作品、第一話が二年前の二月らしいんですよね。受験が終わってすぐ辺りです。もうこんなに月日が経ったなんてな・・・。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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