凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
宣言通り、二人に通達した次の日から俺は海の家に生活拠点を戻すこととなった。数か月ぶりに戻った家は、さほど埃も溜まっていない。ちょっと空けただけで随分と埃っぽくなっていた昔に比べると大きな変化だ。
正直、寂しさは拭えなかった。目覚めても声はない。家に帰っても誰もいない。それは一人暮らしをしていたアパートにおいても一緒の事だが、そうできる環境が近くにあるとないとでは大きく違う。
それでもこの独り立ちは俺が決めたこと。後悔なんて、あるはずがない。
そうした邪念を拭えないまま読書に勤しむ休日の午後三時。家の呼び鈴が鳴った。
「俺んちに客かよ・・・珍しいな」
本をパタリと閉じて、渋々玄関の方へ向かう。扉を開けると、見知ったツンツン頭が立っていた。
「お前かよ」
「なんだよ、俺が来るのは不服か?」
「いや、別に。どうせ暇してたしな。賑やかなのが一人くらいいた方がいいだろ」
そして俺は光を家に招き入れる。こいつが何を思ってここに来たのかは知らないが、せっかく来てくれた客を門前払いになど出来ないだろう。
光は遠慮なく家に上がっていく。それからリビングで部屋全体を見回して、感心したような息を一つ吐いた。
「お前んち、こんな風になってたのな」
「ガキのころ来たことあるだろ・・・。何を今更」
「いや、結構昔のことだから忘れててよ。冬眠が終わってもお前は陸にいたままだったから来る暇なんてなかったし」
「それもそうだな」
ひとしきり内覧を終えた後、光はダイニングの椅子に腰かけて、背もたれから身を乗り出しながらこちらを向いた。人様の家だろうと遠慮はないみたいだ。
「こっちで生活することにしたんだってな。美海から聞いたよ」
「ああ。まあ、色々あってな。こっちで生活したほうがいいって思ったんだよ。もちろん、向こうにも遊びに行くつもりだけど」
「しかしまあ意外だよなー。少なくとも大学卒業するまでは水瀬のところいると思ったのに」
俺だって、そうしたかったさ。
けれど光は何の悪気もなさそうにそう呟いている。微かに湧いた怒りの感情をぶつけるのはただの八つ当たりだろう。
「・・・まあ、色々あったんだよ」
「さっきからそれしか言ってねえじゃねえか・・・。まあ、ざっと予想くらいついてるから、何も言わねえけどよ。でも、こっちに帰ってきたことで喜んでいるやつもいるしな」
それを言われると胸が痛い。
特に深い思い入れがあったわけではないが、この行動は美海に対しての忖度とも言える。これまでがイーブンでないのは分かっているが・・・。
俺が深く思い悩んでいると、機転を利かせた光が思わぬ質問を繰り出した。
「なあ、遥は美海のどんなところが好きなんだ?」
「・・・どした、急に?」
「いや、ちゃんと好きなところ言葉にしたほうが気が楽だと思ってよ。・・・実際、俺がまなかの事思ってモヤモヤしてた時、そんなこと聞かれたような気がするし。だから改めて、お前の口から、お前の言葉で聞いておきたくてよ」
「・・・美海の好きなところ、か」
一緒にいるのが当たり前になってから、二人のことを細かく見るのをやめていたような気がする。
俺は今、二人のどんなところに惹かれて、思っているのだろうか。これを突き止めることで、惰性だったこれまでの感情に終止符が打てるかもしれない。
胸の奥の想いを信じて、俺は口を動かし始めた。
「・・・美海は、どこまでも素直なところが魅力だと思ってる。七年前からそうだっただろ。自分の気持ちには正直になれてなかったけど、曲がったやり方や曲がったことを嫌ってた。そして、自分の正しいと思ったことを行動に移す。物言わぬ優しさがあると、俺は思ってる」
「あー、あったよな。さゆにおじょしさま壊されたやつ。あん時美海、めちゃくちゃ怒ってたんだっけ」
「これまでも顔見知りではあったけど、あの時初めて、心の底からまっすぐで優しい子だと思ったよ。・・・そのやさしさに何度も助けられた。間違いなく、俺の大切な人だよ」
「ああ、そうだな。一緒に暮らしてた俺もそう思ってる」
忘れられないのは、二年前のあの時。千夏から俺にまつわる記憶の全てが無くなっていたことを知った時。
俺はあの時、本気で命を断とうとした。ずっと待ち続けていた人間に拒絶された痛みは想像を絶するもので、もう二度と自殺衝動に駆られることはないと思っていたのに、あそこまで堕ちてしまった。
そこに真っ先に救いの手を差し伸べてくれたのが美海だった。あの時の温もりが、キスが、言葉が無ければ俺は今頃こうしてここにいなかっただろう。
言っている最中にどんどん顔が熱くなっていく。光も同じように言わされていた時こうなっていたのだろう。
「な、恥ずかしいだろ?」
「言うな馬鹿・・・」
「じゃあ次。水瀬の方はどうなんだ?」
光は無邪気に笑いながら俺の返答を待つ。やっぱり、コイツに優位に立たれるの癪なんだよなぁ・・・。
けど光は正直に自分の感情をまなかに伝えている。その点を見れば明らかに俺より先に行っていると言っても過言じゃないはずだ。観念して俺はその質問に答える。
「あいつは、美海と違う方面で『真っすぐ』なんだよな。いつ何時も積極的だったように思う。そんなあいつに振り回されるのが俺は好きで、だから一緒にいたいと思っていたんだと思う。・・・少なくとも俺は七年前、あいつの告白に答えようとしていた」
「そうなのか?」
「ああ。でも直前で怖くなって曖昧な答えに逃げてしまった。好きだって伝えようとしたのは、意識を失う直前だったよ。・・・あの時ちゃんと答えに出来てたら、どうなってたんだろうな」
もう戻ることの出来ない、たらればの話であるが、あの時千夏にちゃんと返事を返せていたらどうなっていただろうと思ってしまう。
そうしたら多分、一緒に冬眠していたんだろうな。・・・多分、その方が幸せだったはずだ。
けれど過ぎた過去の話はいつまでもしない。今は現実だけ向くと決めているから。
俺の発言に思うところがあったのか、光は途中で意見を挟んだ。
「あの時の水瀬に答えるのはいいんだけどよ・・・。そしたら美海とは、どうなってたと思う?」
「そうだな・・・。少なくとも当時の俺からすれば恋愛の対象に入る奴じゃなかったんだよ。あの時は、妹のような存在だと思ってたから。けど、あの時水瀬にちゃんと答えれていた時点で俺は一緒にお舟引きに参加していただろうから、冬眠に巻き込まれていたんじゃないか?」
「そしたら五年経って同い年、って訳だな?」
「ああ。そうするとまた話が変わってくる。同い年になった美海を見て、俺が何も思わないはずがない。・・・そう考えると、多分今より修羅場になってるかもな」
「はは、笑えねえ」
五年のズレがある今の方が、人間関係的にはマシなのかもしれないな、なんて。
ありもしないもしもの話を終えたところで、俺は本題に戻った。
「・・・千夏のいいところは、真っすぐさだけじゃないな。あいつは初めて俺に、『一人がいかに無力か』ってのを教えてくれた。あれを知れたから俺は誰かと一緒にいる時間がより一層好きになれたんだ」
「昔は本当にツンツンしてたしな、お前。作り笑いかしかめっ面ばっかり浮かべてな」
「若気の至りってやつだよ。というか本当に余裕がなかったしな」
だから今こうして光とダラダラと話している時間が心地よくて仕方がない。本当の心でこの場所にいるのだと実感させてくれる。
光はため息をついて、俺の両者への意見の感想を述べた。
「ま、とりあえずお前の二人への評価が平行線だってことが分かったよ。・・・同じくらい平等に愛してやがる」
「言ってくれるな。俺もそれに困ってるんだから。・・・優劣なんて、簡単につけられないんだよ」
「でも向こうは、優劣をつけて欲しがっている。皮肉なことだよな」
答えを迫る。それは言い換えれば優劣をつけて欲しがっているということに相違ないということだ。
俺に、遠慮するなとでも言っているのだろう。別に遠慮しているつもりはないが。
「とりあえずさ、もっと二人との時間増やした方がいいと思うぞ。そうしたら、『今』の二人の好きなところが見えてくるだろ。これまでの経験と体験から得た感情で好きになってもいいけど、やっぱり今を生きる姿を好きでいてやろうぜ。俺もそこは、ずっと思ってる」
「今のまなかを、ってことか」
「ま、あいつは変わんねえけどな! おっちょこちょいで抜けてて、それでいてどこまでも優しい奴だ。・・・だからいつまでも一緒にいてえ、ってなる」
光は無邪気そうに笑んだ。素直になったこいつはどこまでも強い事だろう。
今の姿、か・・・。思えば最近はあまりろくに美海と時間を過ごせなかった気がするな。まずはそこから始めるのもいいかもしれない。
「あー、話した話した。・・・んじゃ、別の話でもするか」
「おい、今完全に帰る流れだっただろ」
「いいじゃねえかよ、たまには俺の話でも聞いてけ」
「どうせ惚気ばっかりじゃねえか最近」
なんて憎まれ口を叩きながら、自然と俺は笑んだ。
この、どこまでも無駄で有意義な時間が続いてほしいと胸の片隅で想いながら。
『今日の座談会コーナー』
最近の更新頻度が凄いせいで座談会コーナー結構ネタがじり貧になってるんですよね・・・。まあ、終わるまでは続けるつもりでいますけれど。
さて困ったことに、この新章、多分それなりに話数かかっちゃいそうなんですよね・・・。どうだろう、あと三十話は平気で超えるかもしれない。そうなると終着点は二百話ですね。・・・前作から文字数、三倍になってそうです。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)