凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百五十七話 ありのままの幸せ

~美海side~

 

 さゆと話してから、一週間ほどが過ぎたというのに、私は何も出来ないでいた。そうするだけの勇気がないわけじゃない。ただ今更、何をして遥かに自分をアピールすればいいのか分かっていなかった。

 

 これまでは、当たり前のように一緒にいた。そこに特別なことなんてなかったものだから、今特別になりつつある時間に困惑している。

 けれど、それを縦にいつまでも逃げるわけにはいかない。そう腹を括ろうとした時、遥が海にも戻った話を聞いた。

 

 それが、私に遠慮した行動だと気が付くのに時間はかからなかった。自惚れなんかじゃなく、そう思える。

 もちろん、複雑な気持ちはある。けれど、これでようやくイーブンであることだし、ここで私が遠慮したら遥がただ損をしたことになる。それだけは嫌だった。

 

 貰ったチャンスを逃がすほど、私は後手に回ったりはしない。そう思った私は学校が終わるなり遥の家に電話を掛けた。つながる確証なんてどこにもないのに、絶対に繋がると信じて疑わなかった。

 

 コールは二度で終わった。ガチャリ、と電話がつながる音がする。

 

「もしもし・・・」

 

「あ、もしもし? 私、美海」

 

「美海か。何の用だ?」

 

 遥は少し疲れたような声をしていた。このタイミングで声をかけてしまったのは悪手だったのだろうか。

 

「ううん、もしよかったらそっちに遊び行こうかなと思ってたから電話かけたの。・・・遥、ひょっとして疲れてる?」

 

「ん、まあな。今日はバイトも結構忙しくてな。思ったよりは疲れてる。けど、せっかくこっち来てくれるって言うなら、全然動くぞ」

 

 遥の言葉が少しだけ信じられなかった私は、もう一度問いただしてしまう。

 

「本当に、迷惑じゃない?」

 

「ああ、大丈夫だよ。・・・そだ、せっかくだしこっちで飯でも食べてくか? あかりさんの準備まだなら間に合うと思うんだけど」

 

「なら、お邪魔しようかな。・・・こういうの多分、初めてだし」

 

「じゃ、家で待ってるから暇出来たら来てくれ。あまり遅くならないでくれよ?」

 

「うん、分かった」

 

 今の遥の声色に私への遠慮は感じなかった。嫌に思ってることなどはないのだろう、多分。だから私は、遠慮なく遥に近づくことにする。

 それから電話を切って、身支度を始める。それが終わるころにちょうど玄関が開く音が響いた。お母さんが帰ってきたみたいだ。

 

「ただいまー。・・・あれ、美海これから出かけるの?」

 

「うん、遥のところ行ってくる。今日は晩御飯もいらない」

 

「オッケー。遊びに行くのはいいけど、あまり遅くならないようにね? ・・・まあ、遥君相手ならいいんだけど」

 

 何か小声で言ってるが、気にしないことにする。ここで突っかかっても向こうの思うつぼだろうし。

 

「・・・じゃ、行ってくるね」

 

 見事にお母さんの発言をスルーして、私は少し逸る足で海へと向かった。出来るだけ誰にも見られたくないと、そんな自分勝手なことを思いながら。

 身を投げた海は、流石に冬というのもあって冷たかった。これから春に向けて温かくなっていくと言っても、流石に少し堪える。・・・これでも二年前よりは全然マシなんだけどね。

 

「・・・そうだ」

 

 遥の家に向かう前に、私には向かうべき場所があった。汐鹿生を見渡せる位置にある、私のママのお墓。

 最後に来たの、いつだっけ。千夏ちゃんが海に来るようになってから、回数が減ってしまったような気もする。

 

 小さな墓標の前で手を合わせて、私は目を伏せてその姿を思った。

 

 ・・・ママ、最近なんか上手くいってないみたい。

 満たされた毎日が過ぎているのは分かってるのに、最近は心が弾まなくてさ。

 分かってるんだよ。多分それは、遥への恋心が抑えきれてないからなんだって。だから、千夏ちゃんとも素直に接することが出来なくなってる。

 好きの気持ちは悪い事じゃないって、分かってるはずなのに・・・。

 

 やっぱり、誰かを好きになることで、失うものってあるのかもしれないよね。

 

 

 少し諦めたような愚痴を心の中で吐いて、私は目を開ける。自分がどんどん「嫌な子」になっているような気がして仕方がなかった。

 でも、それは私が決めた道。途中で引き返すほうが、よっぽど嫌な子だ。

 

 腹を決めて、私は遥の家の呼び鈴を鳴らす。ドア越しでも、いい香りが漂ってくる。随分と丁寧に仕込んでくれているのだろう。

 ドアが開いたのは呼び鈴を鳴らしてから一分後くらいのことだった。申し訳なさそうな顔をして、遥がそこに立っている。

 

「悪い、ちょい手が離せなくてな」

 

「ううん、いいの。それじゃお邪魔するね。ここに留めてても悪いし」

 

 折角料理の手を止めてこっちに来てくれたのに、いつまでも引き留めるわけにはいかない。私はさっさと家の奥の方に入って、遥もキッチンに戻った。

 それからしばらくは無言が続く。料理に精を出している遥の邪魔をしたくなかった私は、遥が話し出すまで待つことにした。

 

 そしてそれは、私が家に来て10分くらい経ったときに訪れる。

 

「しかし美海からこっちに来たいって言いだすの、珍しいよな」

 

「こっちの家に来ることなんか滅多にないからね。たまには違う事、してみたかったの」

 

 もちろんそれだけが理由じゃないのに、こんな言葉で逃げてしまう自分がいる。

 遥もそんなことにはとっくに気が付いていることだろう。それでも特に態度を帰ることはなかった。

 

「そう言えば、美海に料理を振舞うの、何気に久しぶりだよな?」

 

「少なくとも千夏ちゃんが目覚めてからは一回もないよ。前は・・・、そうだ。お母さんが体調崩してた晃の様子をずっと見てた時、ヘルプで来てくれたよね」

 

「あー、あったなそんなこと。まだ晃もずいぶんと小さかったから、あかりさんも手を焼いてたし。美海もあの日は調子が良くなかったんだっけ?」

 

「あの時は確か、私が最初に風邪をひいたんだよ。それが晃に移ったって感じだったはず。だから最後までお母さん、遥を呼ぶの迷ってたはず」

 

 楽しかったことはちゃんと覚えている。あの日の遥の姿は、今でも瞼の奥のほうに鮮明に焼き付いている。

 それから遥は、料理に区切りがついたのか鍋の火を弱くして私の座っている椅子の向かい側に座った。

 

「さて、後は待つだけだな」

 

「結局、何作ってるの?」

 

「煮つけだよ。今日紡からおすそ分け貰ったからな。・・・正直助かったよ。一人で食べきるには結構な量があったし」

 

「足が速いって言うもんね」

 

 こうして遥が家でせっせかと動いている所を見ると、やはり一人でどうこう出来るだけの力を遥がちゃんと持っているということを再確認させられる。そんな器用なところに、最初は憧れてたんだっけ。

 

 ・・・。

 

 これまではもっと永続的に続いていた会話が、今日は思うように伸びない。多分、その原因を作り出しているのは私だろう。

 遥に何を話しだせばいいか分かっていない。そのくせ用意した会話もその続きを用意出来てないから、途中で途切れてしまう。

 

 だったら、心の奥の迷いをちゃんと打ち明けた方がきっといい。そっちの方が、遥かだって親身に聞いてくれるはず。

 迷いを捨てた私は、小さく深呼吸してそれを語った。

 

「遥、私のためにこっちの家に戻ってきてくれたんだよね?」

 

「・・・なんで、そんなこと」

 

 明らかに動揺している表情が伺える。否定しているような素振りこそ見せているが、真っ向からは否定していない。それが答えだ。

 

「否定しないんだ」

 

「・・・ああ、そうだよ。全部、とは言わないけど、美海のためにこっちの家に戻ってきたってのもある」

 

「やっぱり、そうなんだね」

 

 望んでいた答えが返ってきたというのに、心からは喜べなかった。

 

「結局な、水瀬家にい続けることが俺の将来の選択肢を狭めることに気が付いたんだよ。・・・もちろん、二人との付き合いも当分は続けたい。顔は出しに行くつもりだ。けど、今の俺は『島波遥』であって、二人と縁を結んだ本当の子供じゃない。それを形にするために、こっちに帰ってきたんだ。・・・結局は赤の他人であると証明するために」

 

「それって、辛かったでしょ?」

 

「ああ、物凄くな。でも、俺はそれだけお前の想いも大切にしたかったんだよ」

 

 真っすぐな目で、遥は私が欲しがった言葉を口にした。それが嬉しかったのか、今度は少し頬の方が緩んでしまった。・・・私、最悪なヤツだ。

 

「だから美海、これだけは分かってくれ。俺のこの行動は、美海への遠慮でもない。忖度でもない。俺個人の意思でそうしたいと思って、ここに来た」

 

「うん。遥がそういう決断をする人だってこと、私は知ってるよ。・・・ごめん、それでも言わせて欲しい。・・・ありがと」

 

 私の想いを大切にしたいと言ってくれたことが、今はたまらなく嬉しかった。

 その心の奥に、まだちゃんと私を映していてくれた。口ではああ言いながら、遥の視界にはとっくに千夏ちゃんしか映ってないんじゃないかって、思ってしまってたから。

 

「まあ、そんなわけだ。今は一緒にいる時間を楽しみたい。お前はどうなんだよ? 美海」

 

「うん、私もそう思ってる。ごちゃごちゃ考えるよりも頭を空っぽにして同じ時間を過ごす方が楽しい事、知ってるからね」

 

「つーわけで、そろそろ料理の仕上げに入るから少し待ってろ」

 

 話はあっさりと途切れ、遥はキッチンの方へと再び消えていった。また話は長い事続かなかったが、今度は十分に心が満たされていた。

 それから五分後に、更に盛り付けられた煮つけとご飯と味噌汁と共に遥はやって来る。

 

「ほい、お待たせ」

 

「ありがと。・・・いただきます」

 

「いただきます」

 

 二人で手を合わせて、目の前の料理を頂く。

 口にした料理のその味は、私なんかが簡単に点数をつけていいようなものではなかった。

 

「美味しい・・・。どうやって作ってるの?」

 

「大体は素材の味だよ。意識してるのは、それをあまり邪魔しないように、ってことくらいだけど・・・」

 

「ママのご飯にも引けを取らないし・・・。遥、こんなに料理上手だったんだ」

 

「向こうの家でもずっとやってたからな。それなりに腕前には自信あるよ」

 

 ということは、千夏ちゃんはこのご飯にありつく機会が随分と多かったってことだ。・・・やっぱり、羨ましいよ。

 

 そんな心の声を見透かしたように、遥は私に提案した。

 

「気に入ってくれたなら、全然これからも来てくれていいよ。こっちに帰ってるってことは飯も一人で食べないといけないことになるし。それだったら、誰かがいてくれた方が俺も嬉しい」

 

「いいの?」

 

「リクエストも受け付けるぞ。まあ、その代わりその都度買い物しないといけないから時間はかかっちまうけどな」

 

 遥はカラカラと笑いながらそんな提案をする。私はただコクリコクリと頷くばかりだった。折角一緒にいる時間をくれるって言ってくれてるんだ。無駄にはしたくない。

 

 ・・・それに。

 

 

 

 そんな感情を抜きにしても、私、この空間が、時間が、やっぱり大好きなんだ。

 

 

 

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

 なんだかんだ料理の描写を書くのは久しぶりなんですかね・・・。実は忘れられがちな設定なんですよね、遥の料理上手。ただこの作品書いてて思うのが、一人暮らししてると料理作る気って結構ムラが酷いんですよね。買い物は面倒くさい(結構楽しいけど)、洗いものも面倒くさいのツートップで。自分(作者)もこれくらい料理に前向きだったらいいんですけどね。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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