凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
俺の提案通り、あれから美海は俺の家に遊びに来るようになった。とはいっても、週に一日、あって二日程度。俺個人としては水瀬家に遊びに行く日とさえ被らなければ問題ないのだが、おそらく美海なりの考えがあってこのように行動しているのだろう。おかげで俺もそのペースを日常生活に組み込めるようになった。
そうして、俺がこの街に帰ってきて二週間、この家に帰ってきて一週間と少しが経過した。それもあって生活は安定してきたが、未だに当初の予定の何一つクリアできていない。
まあそれでも、自分から動き出しただけ進歩ってものか。しばらくは病院でのバイトと紡の漁に専念して、他の仕事を探してみることにする。
そんなこんなで、今日は水瀬家に遊びに来ていた。連絡が少し急になってしまったのもあって、今回は日帰りのつもりだけど。
それでも、一日の頭からあの家で誰かと同じ時間を過ごせると思うと、やはり気分は少し高揚した。海の家に帰ってから、より一層一人でいることの空虚さが際立ってきている。
変わらない空気感、変わらない食卓、そして・・・。
「遥くん、いつ頃帰るの?」
「ん、夜の十時くらいには向こうに戻るよ。今日は結構朝早くからお邪魔してたし、その方がいいかなって」
「じゃあさ、散歩付き合ってよ。暇だし」
「はいはい、そのつもりですよ」
二人で歩くいつもの道も、全く変わらない。
環境が変わっても何も変わらないということを、俺は千夏に証明したかった。そんなこと証明しなくても向こうはとっくに分かっていると思うが、これは俺の意地でもある。
帰り支度も一緒に済ませて、二人に礼を言って俺は水瀬家を後にする。今日の散歩に復路などない。だからこそ、この一本道の価値が今日は違うように思えた。
少し歩くペースを遅くして、一緒にいる時間を長くしようと試みる。途中からそれに気が付いたのか千夏は同じように歩くスピードを遅くした。
それから千夏は、遠くを見つめたまま口を開いた。
「なんか、また色々変わっちゃったね」
「悪い。俺が向こうに帰るって言いだしたからだよな」
「別に悪いとは言ってないよ。遥くんは進もうとしてその選択をしたんでしょ? それに文句を言うほど私、我儘な子に見える?」
「そこまで、ではないな」
「我儘だってことは否定しないんだね・・・」
実際、千夏の我は結構強いほうだ。一時は遠慮に遠慮を重ねて自分から身を引くことが多かったけど、七年前や直近の千夏の性格は我儘さが少し滲み出ている。
もちろん、それだって千夏の個性だ。その我の強さがあるからこそ、ここまで強い子になっているんだと俺はそう思う。
「そうじゃなくて、私が思うのは・・・。変わっちゃったことが少し怖いってこと」
「怖い?」
「だってさ・・・これまで変わってたことって、全部じゃないけど元に戻ってたじゃん? けど、今回は違う。・・・もう全部、元に戻らない可能性のほうが大きいでしょ?」
直接的には明言していないが、千夏が何を言おうとしているのか理解できない俺ではなかった。
千夏は、これまで変わっていなかった三人の関係が大きく変わってしまいそうなことを危惧していた。確かにそうだ。どちらかを選んだ瞬間、これまで続いていた関係が完全に終わってしまう。
選んでこなかったからこそ、三人で幸せでいれた。けれど俺は、千夏は、美海は、進んでそれを壊そうとしている。・・・皮肉もいいところだ。
その不安を千夏はさらに言葉にした。
「・・・今ね、美海ちゃんと真正面から向き合える自信なんて、ないの」
「千夏・・・」
「なんでだろうね。昔はずっと友達でいれる、なんて思ってたのにさ・・・。今、美海ちゃんと友達でいれる自信がないの」
「そんなこと・・・」
「だって、私・・・」
そう言って千夏は立ち止まった。握りこぶしを作って、小さく震える。ため込んだ感情が心臓の奥の方で暴発しているようにも見えた。
そして千夏は苦しそうな顔をして胸を抑え、聞きたくなかった言葉を口にした。
「今、心から美海ちゃんに嫉妬してるんだよ?」
「・・・」
「美海ちゃん、最近遥くんの家遊びに行ってるでしょ? 週に一回か二回」
「なんで、それが・・・」
「私、海の学校に手伝いに行ってるんだよ? 忘れてた?」
「あっ・・・」
呆れたような千夏の声に、俺は言葉を失わざるを得なかった。
なんで、もっとしっかり考えなかったのだろう。ほぼ毎日海に来ている千夏が、俺と美海の姿を目撃していないはずがないと。
別に何もやましいことはしていない。それでも、誰かと一緒にいるところを見て妬くなという方が難しいだろう。
目に見えて分かってしまう。二人の関係が、だんだんと拗れつつあると。
今は互いに妬いているだけだろう。けれどその感情は何色にでも変わってしまう。挙句の果てに互いの嫌悪の感情を刺激してしまうことだってある。
だからといって、どう打開しろと言うんだよ・・・。
「別に、遥くんの行動に文句をつけようとしてるわけじゃないよ? 美海ちゃんの行動にも。・・・でも、あんな幸せそうな表情を見せられて、私は相も変わらず友達でいられるほど、強い子じゃないよ」
「・・・ああ、分かってる」
「本当に分かってる? 私が今、どういう気持ちか」
千夏に問いただされて、俺は少しの間無言になってしまう。
けれどそれは、千夏の気持ちから目を反らそうとしたからではない。むしろ逆。俺は今、精一杯に千夏が何を思っているかを考えた。
千夏の心の奥の方には間違いなく嫉妬の炎が眠っている。その感情は間違いないだろう。
けれどそれ以上に千夏が何を望むかを考えないと、俺は千夏を幸せには出来ない。模範解答のその向こう、これからどうするべきか言葉にすることを千夏は多分、望んでいる。
嫉妬してしまうということは、それだけ負けたくないという気持ちがあるという事。その気持ちを汲んで、助長する。そうするために俺が出来ることは・・・。
「分かった。・・・なあ、千夏。今度街の方にでも遊びに行くか」
「え?」
予想の斜め上の回答に、千夏は戸惑っていた。本当は頼りない返事をした俺を一蹴するつもりだったのだろう。けれど俺の回答はその上を言ってしまっていたみたいだ。
「つまるところデートだよ。・・・まあ、あんまし声に出して言うのもこっぱずかしいけど」
「待って、待って。話の流れについていけないんだけど」
「結局、もっと二人でいる時間を増やしたいって思ったんだよ。それがこの提案。・・・ダメか?」
千夏はあたふたしていたが深呼吸をして正気に戻ったみたいだった。
「ダメ、じゃないよ? そりゃもちろん・・・。でもさ、何か嫌じゃん。私が愚痴を言ったから遥くんが宥めたみたいでさ」
もちろん、その感情がなかったわけでもない。
けれどそれ以上に、俺の頭の中には誰かから言われた言葉が逡巡していた。
「二人だけの時間を増やせ、っていろんな方面から言われてさ。俺に足りてないものはそれだって気がついたんだよ。・・・確かにこうやって一緒に歩くこの時間も二人だけの時間だ。でもそれ以上の刺激が欲しくなっても、おかしくないだろ?」
「そう・・・。でも、もし美海ちゃんが強請ったら、同じように提案するんでしょ?」
「そう、なるかもな。・・・だから何だろうな。俺がこんなこと言えた立場じゃないけど、嫉妬することをやめるのは、無理なんじゃないか?」
話していて気が付いた。
俺が行動することで事態はどんどん悪い方向に進んでいくことに。
だから最善手は、浮かび上がっている「愛」を閉ざして誰とも結ばないようにすることに違いない。
それでもそうしないのは、俺が幸せになりたいからだ。・・・エゴな話だけど、誰かを犠牲にしてでも、俺は幸せになりたい。
いつまでも変わらない、なんてものはこの世に存在しないのだから。
それを素直に言葉にする。
「最初は嫌だった。二人の仲が壊れていくことが想像できていたから。・・・けど、そうなってでも、俺も幸せになりたいって思うんだよ。・・・やっぱり、俺ってクズなのかな?」
「ううん? 誰だって自分が一番だもん。・・・自分が一番じゃないと、ダメ」
「千夏・・・」
「ありがとね、デート誘ってくれて。・・・けどゴメン、答えはちょっとだけ待っててくれる? その前にちゃんと美海ちゃんと話しておかないとダメだから。私たちがこれからも友達でいれるかどうか、ちゃんと真正面から向き合って話したい」
「お前は、それでいいのか?」
「うん。それでもしダメでも、真正面からぶつかってその結論が出たなら多分お互い納得できると思う。だって私たちは、友達であって、『ライバル』なんだから」
強い目をした千夏の前では何を言っても野暮だろう。こういうモードに入ると千夏は引くことを知らない。その力強さに、これまでも惹かれてきたはずだ。
「周期的には、明後日だよね? 美海ちゃんが遥のところに遊びに行くの」
「・・・そこまでバレてるのか」
「だから、美海ちゃんとお話するのはその後にする。美海ちゃんも別の日にデート誘ってあげてね? じゃないと不公平だから」
千夏ははかなげに笑う。覚悟を決めたその笑顔は、とても俺が太刀打ちできるものではなかった。
けれど、確かに千夏からのメッセージは受け取った。
俺は俺のままでいてくれ、ということなのだろう。多分、この先どんな暗い道になっていこうとも。
だから俺も遠慮はしない。誰かを傷つけでもちゃんと俺は幸せになる。・・・「幸せになれ」と託された願いの分だけ。
『今日の座談会コーナー』
前作と打って変わってバッチバチに空気悪くなってるの自分でも笑っちゃいますね・・・。絶対ホワイトアルバム2影響してんじゃんこれ・・・って感じです。実際、高校時代を描いたintroduce chapterの最初の方ではあくまで二人は友人でしたから。それからあの関係の拗れ方という訳ですから、人間の友情なんて儚いものなんだと思いますね。
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)