凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百五十九話 二人だけの世界

~遥side~

 

 千夏と話してから二日後、約束の日が訪れる。

 あんな話を聞いた手前、どう接していいのか少し戸惑ったが、何とかいつも通りを繕ってどうにかすることにした。それに、そんな状態のほうが多分美海は気づいてくれる気がしたから。

 

 呼び鈴を鳴らした美海を家の中に招き入れる。時刻は六時前。前回よりは少し遅いくらいだろう。

 

 今日の美海は口数少なく、食卓に教科書とノートを広げては勉強を始めた。降りてくる髪を何度も書き上げ、黙々と目の前の文字に立ち向かう。

 俺はそれを後目に、前回リクエストのあったハンバーグを淡々と作った。お互い無言とは言えど、居心地の悪い無言ではない。むしろこの静寂は冷静になれるようで気持ちが良かった。

 

 ある程度調理に区切りがついたところで、美海の所に行ってみる。何かアドバイスを、と思ったが、よりにもよって苦手なほうの数学を広げていた。失態を見せたくない俺は尻込みしてしまう。

 そんなたどたどしい様子に気が付いて、美海は手を止めた。

 

「・・・どしたの?」

 

「いや、何かアドバイスでも出来たらなーって思ったら、数学なもんで・・・」

 

「数学苦手だったの?」

 

「受験勉強ん時一番苦労したよ。基礎が身についていても応用できないタイプだったからな。ただ黙々と似たような問題ぶつけて慣れるしかなかった感じだ」

 

 勉強は好きだったが、受験勉強のことは思い出したくもない。

 一度しかないチャンス。胃がキリキリとしている中で、期待に応えたい一心で勉強していたのはあの時だけだ。勉強なんてのは本来、もっと楽しくあるべきものなのにな。

 

「ふーん・・・。あ、そうだ。アドバイスとかは大丈夫だよ。一応数学出来る方だから」

 

「そうか、ならいいんだけど・・・」

 

「それより、もうすぐできるの? それならこっち片付けるんだけど」

 

「ああ、そうしてくれ。あと五分もしないうちに焼けるはず」

 

 現にキッチンから少し離れているここでもいい匂いがしてきている。この匂いはもうそろそろ終了の合図といっても過言ではないだろう。

 美海は広げていた勉強道具の一式を片付けてキッチンの方へ向かった。こちらに振り返って、尋ねてくる。

 

「じゃ、私食器とか準備しておくね。何出せばいい?」

 

「キッチン横に食器棚あるから、箸とか出しておいてくれ。皿はいいよ、こっちで盛り付けるから」

 

「分かった」

 

 お互いに作業を分担してせっせかと準備を進める。ハンバーグの中身がしっかりと焼けていることを確認して、俺は料理を終えた。

 慣れた手さばきで盛り付けをして、美海の待つ食卓へ向かう。そして並んだ料理を前にして今日も二人で手を合わせた。

 

「「いただきます」」

 

 お互いにメインディッシュを一口。何色でもなかった美海の顔の頬が緩んだのはほんの一瞬のことだった。

 その隙を見逃さずに、俺は声をかける。

 

「お気に召してくれたようで何より」

 

「うん。美味しいよ。・・・ホント、なんでも作れるんだね」

 

「最初はレシピ見てばっかりだったよ。それをずっと繰り返して、体に覚えさせたって感じ。途中から自分で足りないものに気が付くから、それを改良して・・・」

 

「あのね、遥。全員が全員それ出来たら苦労しないよ」

 

 美海は小さくため息を吐く。どうやら自分の「普通」を基準にしてしまっていたみたいだ。この癖は治さないといけないよな・・・。

 

「ま、だから遥はすごいんだけどね」

 

「真正面から褒められるとなんかムズムズするな・・・」

 

「昔はもっとぶっきらぼうな反応ばっかりだったけどね。ホント、今の遥は話がいがあるっていうか」

 

「おい、だいぶ酷い事言ってんぞそれ」

 

 まあでも多分事実なのだから仕方がない。そう考えると俺も十分中学二年生をやっていたんだな・・・。

 何でも出来る気になって、一人で突っ走って、誰の力も借りようとしないで。

 

 そんな時期があったから、今こうして俺はここにいるのだろう。

 

 などと感傷に浸っていると、ふと頭の中がスッと冴えていった。

 そうだ。今日はこんなに呑気に話してばかりいられない。・・・ちゃんと伝えないといけないことがある。

 

「・・・なあ、美海」

 

「何?」

 

「今度、どこか遊びにでも行くか? それこそ、街の方とか」

 

 似たような言葉をつい先日にも言った。分かっている。この言葉を吐いている俺は義務感に駆られてしまっていると。

 ・・・こんなの、義務感で言っていいようなセリフじゃないだろ・・・!

 

 しかし、美海の反応は思ったよりも冷静だった。顔色一つ変えずに、きっぱりとそれを断る。

 

「んー、そういうの、今はいいかな」

 

「そう、か」

 

「・・・私はね、ずっとこうしてたいの。こういう時間が沢山欲しい。二人でいる時間に華やかさなんていらない。ただ、こんな何気ない日常の時間に遥がいて欲しいの。・・・ずっと千夏ちゃんに取られてた分、私も欲しくなっちゃう」

 

 直接言葉にこそしていないが、そこには妬み、嫉妬の感情が宿っているように思えた。千夏のよりは穏やかだが、心の内側は随分と燃えていることだろう。

 それほどまでに、美海が抱えてきたフラストレーションは大きい。千夏がここ一カ月や少しで感じている感情を、もう長いこと抱えてきたのだから。

 

 ・・・そんなことにも、気がついていなかったんだよな、俺。

 

 そんな風に自分を責めていると、美海は少し声色を落として言った。

 

「・・・もう、友達でいられないのかな。千夏ちゃんと」

 

「美海は、そう思うのか?」

 

「昔はね、もし自分が選ばれなくても、千夏ちゃんならって思ってた。・・・だけどさ、やっぱり諦めたくないの。私は遥と添い遂げたい。・・・恋ってさ、友情よりも強い感情なんだって、最近、そんなことをずっと思ってる」

 

 美海も美海で、千夏との友情を懸念しているようだった。

 俺が二人の仲を引き裂いてしまったと思うと、やっぱり胸が痛くなる。二人がそれを望んでいたとしても、やっぱり。

 

「ねえ、遥。・・・もし私が友情よりも遥への思いを優先する子だったら、遥は許してくれる?」

 

 そして投げかけられる問い。簡単に答えることなど出来なかった。

 俺のことをいの一番に思ってくれる。それはどこまでも嬉しい事で、そうあって欲しいと願ってる。でも、それでだんだんと孤独になっていく未来に俺は耐えられるのだろうか。

 

 その答えは分からない。けど、一つだけ言えることがあるとすれば・・・。

 

「俺は許すよ。・・・ただ、俺が美海の立場なら、そのセリフを言うことは出来ないと思う。多分、全てを切り捨てでも恋を選ぶほど、俺は強い人間じゃないから」

 

「・・・そっか」

 

「でも、俺を好きでいてくれる子の願いには答えたい。・・・それが、俺の本音。どう、気に入らなかったか?」

 

「ううん。遥らしいって思った。・・・だから、好きなんだよ」

 

 美海は恥ずかしがる素振りでもなくそう呟く。好きの感情への躊躇いなどこの場所には一ミリも存在していないみたいだった。

 

「・・・じゃあ遥。もし私を選んだら、色々失うことになるかもしれないけど、その時は最後まで付き合ってね?」

 

 純粋無垢な目をした美海の問いかけに、俺は即答した。

 

「ああ。・・・その時は最後まで付き合うよ。約束だ」

 

 好きを結ぶという事はそういう事。

 もしそんな状態になったとしても、約束したからには逃げるつもりはない。

 

「そっか。それならいいや」

 

 美海はそう小さく呟いて、再び料理の方に手を出し始めた。大事な話はこれで終わり、の合図なのだろう。

 ならば余計なことは考えまいと、俺もその行動に合わせる。重苦しい話をしたせいで少し会話は減ってしまったが、これもきっと必要なことだ。・・・多分。

 

 

 ご飯を食べ終わって、夜の八時ごろに美海を見送る。結局最後までこの関係が千夏にバレていることを伝えることは出来なかった。

 けど、今の美海のことだ。多分見られていたこと自体気づいているだろうし、言われても動揺などしないだろう。

 

 

 それほどまでに美海の覚悟は強固なものらしい。

 ・・・なら、同じくらいの覚悟を、俺もしないといけないよな。

 

 

 作る握りこぶしの中には、かつて見ないほどの力が籠っていた。

 

 




『今日の座談会コーナー』

 予告、という訳でもないですけど・・・。多分ここから数話、めちゃくそギスギスした内容を書くことになると思います。書いてるうちにこっちの気が滅入るかも知らないですね・・・。自分も覚悟を決めないといけないみたいです。
 思えば一部、二部、三部構成になってるの、例の作品にだんだんと近づいているような気がして仕方がないですね。・・・あ、浮気なんてさせませんよ?

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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