凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百六十話 砂の塔、崩れる時

~美海side~

 

 それは、いつものように学校に行った帰りのことだった。

 人の減った教室で帰り支度をする私の肩を誰かがトントンと叩く。振り向いた先にあったのはいつものように穏やかな千夏ちゃんの表情だった。

 

 ここ数日ろくに話すら出来てなかったから少し気まずさが残る。そう考えると、さゆが先に要さんと帰ってくれたのは僥倖だった。こんなところ、見てほしくなかったから。

 

 私は小さく呼吸を整えて、敵意を極限まで隠しながら千夏ちゃんに向き合う。この後どうなるかは分からないけど、せめて欺けるだけは欺きたい。

 

「どうしたの?」

 

「うん。・・・たまには一緒に帰りたいなって思って」

 

「いいよ。今日は海の手伝いのほう行かないんだね」

 

「毎日行ってたら疲れちゃうしね。こんな日も大事なんだよ」

 

 それは何気ない会話のように見える。けれど、そんな生易しいものではない。これは、「普段通り」の皮を被った異形そのものだ。

 お互いそれに気が付きながら、何も知らないふりをして学校を出る。

 

 帰り道は静かなものだった。・・・こういう時、私はどんな話をしてたんだっけ。今じゃ遥の名前を出すことすらも躊躇って何も言えないでいる。

 多分、千夏ちゃんも一緒だった。それでも違うのは、千夏ちゃんはちゃんと話を切り出したということだけ。

 

「美海ちゃん、さ。最近、遥くんとよくいるよね」

 

「そう?」

 

「とぼけないでよ。・・・遥くんの家に遊びに行ってるの、よく見てるんだから」

 

 その時、私は自分の行動が同じ時間帯に海に来ていた千夏ちゃんに見られていたことに気が付く。

 驚きはした。けれど、それまで。別にそこに申し訳なさなんてものはない。・・・だって、これを望むのは私の正当な権利なんだから。

 

「確かに、遊びに行ってるよ。それがどうかしたの?」

 

「・・・。別に、どうもないよ」

 

 どうも思っていない人間なら、そんな苦しそうな表情はしないんだよ、千夏ちゃん。

 私の目の前で、千夏ちゃんは嫉妬の感情を全力で堪えていた。・・・いや、こらえきれていなかった。

 

 どうせ聞こえないと思ったのだろう。千夏ちゃんは消え入りそうな声で「ずるいよ」と呟いた。

 

 しかし、その声は私の耳に届く。

 そして、それは私が一番許したくない言葉だった。

 

「ずるい? どこが」

 

「・・・あ」

 

「私が遥の家に遊びに行くことの、何がズルいの? 教えてよ、千夏ちゃん」

 

 次第に語気は強まっていく。箍が外れた感情に止めなど聞くはずもなく、たちまち私の心は喉を通り越して声となって溢れていった。

 千夏ちゃんはしどろもどろになりながらも、自分がどう思っているのかを口にする。

 

「だって・・・独り占めしてるようなものじゃん」

 

「独り占め? なんでそんなことが言えるの? ・・・ずっと遥と同じ場所で生きてきた千夏ちゃんが、それを言っていいと思ってるの!?」

 

 ・・・ふざけないでよ。

 

 私が愛してやまないにも関わらず、五年の間距離を近づけようとしなかった人。それが、千夏ちゃんが帰ってくると同時に私の手から離れていったんだよ?

 遥の心の中に私なんて少ししかいなかった。・・・頑張って、振り向いてもらおうと頑張って、それでようやく心を繋ぎとめることが出来たって言うのに、ちょっと自分のもとから離れただけで「独り占め」?

 

 馬鹿に、しないでよ・・・!

 

 これまで一度も思ったことのない嫌な感情が次々と腹の奥底から溢れてくる。どうにか蓋をしていただけで、私が千夏ちゃんに抱いていた嫉妬は制御できる量などではなかった。

 もう、止まらない。声は大きくなって、私は千夏ちゃんに思いの一つ一つを投げつける。

 

「ちょっと離れただけで寂しくなって、それで悲劇のヒロインでも演じるつもりなの? 笑わせないでよ!」

 

「美海ちゃんにはあるじゃん! 私がいなかった五年間の時間が! ・・・私よりも長く、遥くんと一緒にいたじゃん」

 

「私は何もしなかった! 千夏ちゃんがいない五年間、私は何もしなかったの! 遥に聞いてもらってもいい!」

 

「なんで何もしなかったのよ!?」

 

「・・・自分でした約束の一つも、覚えてないの?」

 

 フェアに戦おう。そんな約束を、遠い昔の二人は交わしていた。私はそれに生きて来たって言うのに、それを忘れたって言うの?

 ・・・ははっ、バカみたい。呆れて仕方がないや。

 

 頭の中がどんどん冷たくなっていく。目の前にいる千夏ちゃんへの感情がどんどん冷めていくのを表すかのように。

 

「フェアに戦おうって約束、頑張って守ろうとしてたのって私だけなんだね。私の五年間を無駄にしてくれてありがとう」

 

「あ・・・。ち、違う! 私だってちゃんと覚えてた!」

 

「ちゃんと覚えてたなら、あんなことは言わないよ、千夏ちゃん」

 

 もう、何も期待しない。結局は詭弁、嘘、取り繕い。

 感情が先走って約束を忘れる人に期待できることなんて、何もないんだよ、千夏ちゃん。・・・なんて、気が付くはずもないよね。

 

 氷点下を下回りそうなくらい、心が冷たい。

 私はもう、目の前の千夏ちゃんと友達でいれる気がしなかった。だってそうだよね? 大切な約束一つ守れない人に、私は何を見出せばいいの?

 

 そう思うと、だんだんと苛々してきて仕方がなかった。腸が煮えくり返りそうなくらい熱い。目の前の千夏ちゃんが憎たらしくて仕方がなかった。

 そしてそれはついに、言葉となる。

 

「・・・返してよ」

 

「え?」

 

「あんな口先だけの約束守ってたんだよ!? だったら、遥と一緒にいれたはずの五年を返してよ!!」

 

 魂の叫び。自然と涙が出てきて仕方がなかった。

 今までの私を作り上げてきた土台が、全部爆ぜて粉々になっていくようだった。

 

「何が『フェアに』なの!? 自分ばかり遥と同じ時間を長く過ごせてたくせに、フェアなんて言葉語らないでよ!」

 

「仕方がないじゃん! 遥くんは事情が事情で一緒の家にいたんだよ!? そこに私の意志なんて関係ない! 私が家を出ていけばよかったって言うの!?」

 

「付き合い方ならいくらでもあったはずでしょ!」

 

 目の前の千夏ちゃんが、許せなかった。

 そうだよ・・・千夏ちゃんが遥を好きになんてならなかったら、今頃こんなことにはなっていないんだよ。・・・千夏ちゃんが冬眠に巻き込まれるなんてことがなかったら、今頃こんなことにはなっていなかったんだよ。

 

 こんな面倒くさくて嫌な気持ちであふれるこの状況を作り出したのは、全部千夏ちゃんのせい。そう、全部千夏ちゃんのせいなの。

 

 そして私はついに、口にしてはいけなかった最大の恨みを言葉にする。・・・してしまう。

 

「全部千夏ちゃんが悪いんだよ!? 遥のこと、何度も殺しかけたくせに!! ・・・あ」

 

「・・・」

 

 その時、千夏ちゃんの中で何かがプツリと切れたのが分かった。

 両目からボロボロと涙を流しながら、私よりも大きな声量で叫び狂う。

 

「・・・分かってるよ」

 

「え?」

 

「そんなこと分かってるよ!! 私は何度も遥くんのことを殺しかけたよ!! それでも遥くんは全部許してくれた! だったら、一生かけてでも償いたいじゃない!! ・・・私には、それしかもうないの!!」

 

 この口論で初めて千夏ちゃんに気おされる。それでも私はどうにか反論を試みた。

 

「許されたら、愛する資格があるって言うの!?」

 

「あるよ! 遥くんはそれを証明してくれた!!]

 

 精一杯の慟哭の後、千夏ちゃんは私が一番聞きたくなかった言葉を解き放った。

 

 

 

「分からないでしょ!? 美海ちゃん、キスの一つもしたことないくせに!!」

 




『今日の座談会コーナー』

 修羅場です。多分この作品をリメイクしようと思っていた二年前の当時、こんなシーンを書くことなどないと思っていたことでしょう。人間は変わってしまうものなんですね・・・。少なくとも度々口にする某作品の影響でストレス耐性が付いたのは確かだと思います。昔はホントに気まずい展開が嫌いだったんですけどね。これが出来ないと物語の幅が広がらないので。
 修羅場は続くよどこまでも。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

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