凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百六十一話 不俱戴天、あるいは・・・

~千夏side~

 

 言ってしまった。ずっと隠してたこと。私があの時、遥くんと口づけを交わしたこと。

 だって・・・仕方がないじゃん。あんなこと言われて、全部私のせいにされて、苦しくて苦しくて仕方がなかったから。

 せめて美海ちゃんを黙らせたかった。もう関係修復なんてどうでもいい。ただ今は目の前の子を打ち負かしたくて、私は闇雲に言葉を漁っていた。

 

 美海ちゃんは黙り込む。しかしその表情は絶望ではなく、困惑。何か言いたげにしているのは一目瞭然のことだった。

 

 それから、今の私にとって一番ダメージを与える言葉を口にした。

 

「・・・私も、あるよ」

 

「え・・・?」

 

「たぶんそれは、千夏ちゃんより先。もし、千夏ちゃんが記憶を取り戻すより後にキスをしてたなら、ね」

 

 嘘、だ。信じたくない。

 私だけのものだと思ってたのに、私だけのものじゃなくて。しかもそれは、私より先だなんて・・・そんな悪夢みたいなこと、信じたくなんて、ない・・・!

 

 そしてその残酷な真実を、美海ちゃんは躊躇うことなく語った。

 

「私が遥とキスしたのは、千夏ちゃんが冬眠から目覚めたその日だよ。・・・あの日千夏ちゃんは遥のこと全て忘れて、それで遥を傷つけた。その日のこと」

 

「・・・嘘つき」

 

「?」

 

「嘘つき嘘つき嘘つき!!! 結局抜け駆けしたの、美海ちゃんの方が先じゃん!」

 

 さんざん私が約束を忘れかけていたことを追求していたくせに、自分だって同じことをやってる。どの口が・・・どの口がそんなこと言えるの!?

 私は喚いた。けれど美海ちゃんは冷静に、けど声を張り上げて答える。

 

「じゃあ、あのまま放っておけって言うの!? あの日、遥は死のうとした! そりゃそうだよね? 五年間待ち続けた千夏ちゃんの記憶から自分のこと全部消えてたんだもん! 生きがいを失って、絶望して、そして行き倒れて死のうとしてた!!」

 

「そん、な・・・」

 

「それほどまでに大切に思われてたのに、千夏ちゃんは遥のこと忘れてたんだよ!! それが許されることだと思うの!?」

 

 知らなかった。

 私が見ていないところで、また遥くんを殺しかけてたなんて。

 不器用ながらに告白したあの日だけじゃなくて、私は・・・。

 

「いいよね、そんなに大切に思われて!! 千夏ちゃんのいなかった五年間が私にとってどれだけ苦痛だったか、そんなことも知らないで遥を語らないでよ!!」

 

 美海ちゃんの攻撃は止まらない。私が次第に戦意を喪失しつつあっても、それが緩むことなんて微塵もなかった。

 

「・・・それに、もう一つ訂正してよ。最初に行動したのは、千夏ちゃんでしょ? 五年前、下手な告白なんかして、全てを壊した。遥くんの答えを聞く前に自分から逃げたんだってね? そんな中途半端なことをしたせいで、全部めちゃくちゃになったんだよ!?」

 

「ちがっ、私、は・・・」

 

「違わない! ・・・別に告白するななんて言わないよ。それはまだ私たちの言う『フェア』だったかもしれない。・・・でも、逃げた。実らない未来が頭にちらついて、思いから逃げたんでしょ! 違う!?」

 

 何も、違わない。

 美海ちゃんは全部知っていた。知っていて黙ってくれていただけだったんだ。私と友達でいることを、やめたくなかったんだと思う。

 けど、その箍が外れた今、美海ちゃんが遠慮をすることなんてなかった。

 

 これが、私があの日全てを壊してから美海ちゃんが抱えていた嫉妬と、怨念と、恨み。それは到底、私が受けきれるだけの量じゃなく・・・。

 

 膝から崩れ落ちそうになる。身体を支えるだけの力がもう私には残っていなかった。それほどまでに、一つ一つの言葉が痛くて・・・。

 

「・・・ごめんね」

 

「何が?」

 

「そんなに私のこと、恨んでたんだよね? ・・・気づいてあげられなくて、ごめん」

 

 それはどこかに消え入りそうな声。もう張り上げるだけの声も残っていなかった。

 そんな私の言葉に、美海ちゃんはまだ声を挙げた。

 

「ふざけないで! これは私が勝手に思ってること! 千夏ちゃんの全部を否定するわけじゃないのに、全部自分のせいにしないでよ! 『そんなのあなたの自己中な感情だ』って拒んでよ!! じゃないと私、何と戦ってるのか分からなくなるよ・・・」

 

 次第に美海ちゃんもトーンダウンしていく。そしてとうとう二人とも黙り込んでしまった。

 ここまで拗れてしまって、もうこれまで通りの関係に戻れるはずなんてない。・・・本音でぶつかり合えば後悔なんてしない、なんて思ってたのがバカらしい。

 

 美海ちゃんの本心は、私が想像していたものと違ってた。それは今が、どこまでも悲しくて、寂しくて仕方がなかった。

 ・・・やっぱりもう、友達ではいられないんだね、私たち。

 

「・・・帰ろう? もう、何を話してもダメだと思う」

 

「うん。・・・私も、そう思う」

 

 私の最後の言葉に、美海ちゃんは頷いた。それから別の方向を向いて、スタスタと歩いて行く。これまでずっと掛け合っていた「またね」の言葉もなしに。

 そして取り残されて一人になった私は、その場で崩れ落ちた。人の気配もない、誰もいない海沿いの通り。

 

 さっきさんざん流したはずの涙が、もっと大粒になって頬を伝い始める。

 

「う、ああ・・・うわああああああ・・・!!」

 

 大声を上げて泣き喚く。もう何が悲しくて何が悔しくて何が寂しいのか分からない。けれどこの傷だらけの心はとめどない雨を降らせ続けた。

 

 好きになってしまったから、この痛みは生まれた。たくさんの人を振り回し、傷つけてきた、その代償。それは受け止めるには大きすぎる傷。

 

 じゃあ、好きになることをやめろって言うの?

 

 ・・・嫌だよ。

 どんなに醜くて酷い人生を送り続けて来た私でも、幸せになりたいよ。そうする資格がなかったとしても、否定されたとしても、最後まで夢を見させてほしいよ。

 

 好きだよ。

 好きで好きで、たまらなく好き。もう否定されるのも怖くない。今あの日に戻れるなら、私は真正面から遥くんの言葉を受け止めれる。

 

 だったら、なんであの時、あの場所で私はそうしなかったんだろう。

 

 それが悔しくて、また涙が溢れてくる。張り裂けそうなほどの後悔が波となって押し寄せてきた。

 

 雨は止まない。五分、十分と立っても枯れない雨を、私は延々と降らせ続けた。

 

---

 

 

~美海side~

 

 

 こんなはずじゃなかった。

 ただ、少しの文句を言うだけのつもりだった。そして、遥を思っている気持ちを再確認して欲しいだけだった。

 だけど、私の言葉は止まらなかった。心のどこかで思っていたであろう千夏ちゃんへの怨念返し。暴走した心がそれを行ってしまった。

 

 最低だ。最低だよ、私。

 奪い合う仲でも友達だったはずなのに、あんなことを言ってしまった。そしてそれが紛れもない本心だったことがまた嫌になる。

 

 歯を食いしばった。そうでもしないと、やってしまったことへの後悔で心が潰れてしまいそうだったから。

 そして上を向いて歩く。家まではもう少し。一人でいれる居場所に帰れたなら、いくらでも涙を流すことは出来る。

 

 だから、今だけは。

 

 そう思っていたはずなのに・・・。

 

 

「あれ? 美海、今日は一人で帰ってたんだ」

 

 暖かい声が聞こえる。目の前に私の愛しい存在がいた。遥が結んでくれた、私の大切な人。

 その人の・・・お母さんの顔を見て、声を聞いてしまったとたん、私の砂のような堤防は瞬く間に崩壊してしまった。

 駆け足気味で近づく。それで何かを察したのかお母さんは悲しそうに笑みを浮かべて、両腕を広げた。

 

「・・・いいよ」

 

「ごめん・・・ごめん、あかちゃん・・・!」

 

 それから私は、私の大切な人の腕の中で我も忘れて泣いた。こんなに涙を流した日なんて、もうずっと昔のことだ。

 あの時も、こうしてもらったんだっけ・・・。

 

「あかちゃん・・・私・・・私は・・・!」

 

「うん、後でゆっくり聞いてあげる。だから今は、十分泣きな?」

 

 

 その腕は、胸は、どこまでも優しくて柔らかかった。

 こんな人に育てて貰っているのに、私は尖ったナイフでさんざん大好きだった人を傷つけてしまったんだ。

 

 

 それがただ悲しくて、私は泣き続けた。




『今日の座談会コーナー』

 結局喧嘩になると発言って支離滅裂になっちゃうんですよね。こう書いておくと、前話と今話で矛盾が起きてしまった時の後ろ盾になります。もちろん、話に筋は通すつもりでいますけれども。

 用語解説:不俱戴天
主君や親の敵とは一緒に生きていけないこと。転じて、憎みあい恨みあって相手を殺してやりたいと思っているほど仲の悪い間柄のこと

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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