凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
海へ引き返すと、俺の家のすぐ外に要が立っていた。まさか、待っていたとでも言うのだろうか。
なんて声を掛けようか迷っている前に、向こうから俺に問いかけがあった。
「どうだった?」
「・・・」
「その様子を見る感じ、あまり上手くいったように見えないんだけど?」
その通りだ。
ひとつ答えを提示してその場を去っただけで、千夏の抱える問題の根本的な解決には至っていない。本来ならもっと無理やりにでも突き動かすべきなのだろうが、話を聞く感じ、あれは千夏自身の問題だ。
だから、道標は立てない方がいい。俺はただ、居場所であるだけでいいのだと歯を食いしばってその場を立ち去った。・・・そう考えれば、まとまった答えは出ているか。
「ただ、何も意味がないわけじゃなかったと俺は思ってる。・・・そこだけは信じて欲しい」
「ま、ここ最近の遥は下手に嘘なんかつかないからね。分かったよ、信じる」
要は複雑そうな顔持ちをしながらも小さく頷いて、この話題をすっぱりと切り上げた。それからいつものような何を考えているか分からない表情になって他愛ない話を繰り広げる。
「それにしても、なりふり構わず飛び出していくから驚いたよ。電気も付けっぱだったし」
「だから外で待ってたのか?」
「僕もそのままほったらかしにして帰るのも悪いでしょ。・・・まあ、あと三十分遥が帰ってこなかったらどうしてたか分からないけど」
誰かへの配慮に満ちた行動は、やはりこいつの十八番みたいだ。けれどそれは決して嫌に思うレベルではない。その塩梅はここ二年で磨かれたのだろう。
だから俺も、棘を生むことなく要と話をすることが出来ていた。
「悪いな、へんな気遣いさせて」
「ううん、急な話だったからね。・・・それより遥、これからどうするの?」
「ずっと言ってるけど、ここまで来てしまった以上、もう引き返すことはできない。二人が俺に気持ちを向けてくれる限り、それに応えるまでだよ」
「もし、千夏ちゃんがその道から外れることになったら?」
「・・・友達として、これからを応援するだけだ」
もしそうなれば、そうすることしか俺には出来ないだろう。全員が納得してこの道になるなら、多分それはそれで一番幸せなのかもしれないけれど、これが本心じゃないから、今こうして苦い顔をする。
「一筋縄じゃいかなそうだね」
「ああ、そうだよ。ずっとそうだったはずだろ、俺の人生なんて」
だからこそ、一つ一つの選択は大事にしたい。選ばなかった道に後悔は出来ないから、選んだ道に心から満足できるように。
そんなことを話していると、視界の端のほうにちらちらと人影が写った。全力で隠れているつもりなのだろうが、生憎俺は嗅覚が強い。視力を失った時鍛え上げられた力もあって、人の気配を察知するのがより上手くなっていたみたいだ。
・・・どこから聞いていたんだろうな、あいつ。
ただ、こちらが気づいている素振りは絶対に見せない。最後まで要との話を続けるつもりだった。
しかし意外だったのは、要もそれに気が付いていたこと。目線を少し右に左に泳がせて、一息ついて雑に切り上げた。
「・・・まあ、とりあえず僕はそろそろ帰るよ。遥が帰って来るの待っていただけだしね」
「ああ、迷惑かけた」
「また何かあったら、話位は聞くよ。どこまで力になれるかは分からないから、あんまり期待しないで欲しいけど」
「それでも、力になってくれるだけで助かる」
嘘偽りない言葉を要に投げかける。要はそれをしっかりと受け取ったまま、何も言わずその場を去っていった。見知った背中がだんだん遠く、遠くなっていく。
それを見送って場に静寂が生まれたところで、俺はずっとこっちに飛んできている視線の主に声をやった。
「コソコソせず出てきたらどうだよ。・・・もう、誰もいないんだし」
「やっぱり、気づかれてたんだ」
「当たり前だろ。目が見えなくなった時にさんざん鍛えたからな。姿が見えなくても、大体どこにいるか分かるんだよ、今は」
大きなため息と一緒に、俺の家の影のほうから美海が身を出した。目元はまだ少し腫れている。傷を負ったのは美海もそうなのだろう。
「いつから聞いてた?」
「遥が帰ってきて、少ししてから。・・・遥の今の思いも、ちゃんと聞いた」
「そっか」
それを咎めることも、追及することもしない。自分のことを話されているんだ。気になったって仕方のない事だろう。
それよりも、せっかく美海がここにいるんだ。さっきのことをちゃんと話しておきたい。
しかしそれを尋ねるより早く美海が声を挙げた。
「遥、怒ってる?」
「なんでそう思った?」
「私が・・・千夏ちゃんに沢山酷い事言ったから」
美海は、俺が千夏と会ってきたことを知っているのだろうか。・・・いや、知らなくても美海は自分から罪を認める子だ。この際関係ないだろう。
「・・・怒ることはしない。美海の気持ちだって理解できるんだ。いくら優しい人間だって言っても、憎いだとか、不満だとか、そんな気持ちは生まれるに決まってる。たまたまそれが言葉として出てきただけの事だろ。・・・もちろん、言い過ぎの言葉の連続を肯定するわけにもいかないけどな」
「そう、だよね・・・」
「けど、千夏にも非はある。・・・あいつ、自分の行ってきたことを全部『罪』だって言いきってるんだ。そんなこと、俺はもう気にしてないって言うのに・・・」
その言葉に聞く耳を持たないとなると、そこから先はいよいよあいつの非だ。自分自身で乗り越えないとなんの意味もない。
もちろん、乗り越えるために誰かの力を借りることは悪くない。けれど今のあいつはそれすらしようとしていないんだ。それじゃダメだって、分かってるだろ。
しかしそんな俺の言葉を美海は否定する。
「そうなったの、私のせいだよ? 私が、遥のこと殺しかけたくせに、って言っちゃったから・・・」
「いや、だとしてもだよ。悪いのは全部自分だって決めつけてる。あの様子は昔の俺を見ているみたいでさ、・・・受け入れたく、ないんだよ」
そう考えると今の俺は開き直る術を手に入れたのだろう。昔光に言われたように。
罪悪感に潰されても、何もいいことなどない。周りの人間だって、罪よりも功を見ているほうが多いってことに気が付くべきなんだ。
「そっか・・・」
美海は少し黙り込む。それから、小さく握りこぶしを作って、震えながら俺に少し大きな声で意思表明を始めた。
「こんな悪い子だけど、私はこれからも遥のそばにいたい。・・・ダメ、かな?」
「別に悪い子でもなんでもねえよ。友達との喧嘩なんて誰にでもあるだろ。俺が何回光に、要に、ちさきに当たってきたことか。そんなことでお前を嫌いになるような人間を、お前はずっと好きでいてくれたのかよ?」
美海はぶんぶんと首を横に振る。
「美海はただ、自分の友情より俺への思いを選んでくれたんだ。・・・それは複雑だけど嬉しいことだし、俺はちゃんと答えたい。だからもう、自分に罪悪感なんて抱くなよ。な?」
俺は美海のほうに歩み寄って、頭を撫でようと手を伸ばそうとする。
しかし俯いたままの美海はその手を弱い力で払いのけた。想像もしていなかったその行動に、俺は思わず絶句する。
「・・・え?」
「ダメ・・・。もう子供みたいに、頭を撫でないで」
それから美海は、ポロポロと涙を零しながら思いの丈を告げた。
「私のことをちゃんと思ってくれてるなら・・・、抱きしめてよ。・・・軽くでいい。ほんの少しだけでいいから。・・・私が千夏ちゃんへの思いを断ち切ってまでこの道を選んだ証にさせて」
その言葉で俺はハッとさせられる。
自分の本心を口にしたとは言え、千夏との関係にヒビが入ってしまったのは美海にとっては大きなショックだったこと。
引き返せないところまで来てしまったことにダメージを感じているのだろう。その見返りが欲しいと、美海は強請った。
・・・なら、俺に出来ることは一つだけだ。
俺は腰を落として、美海の頭を自分の肩の方に抱き寄せた。
まだその思いにちゃんと答えられていない俺に全身を使った抱擁は出来ないけれど、今持てる最大限の行動で美海の傷を癒そう。
「・・・好きだよ、遥。・・・ごめんね、千夏ちゃん・・・」
美海は俺の肩に顔を埋めて、小さくすすり泣いた。冷静になってから、より自分の言葉に嫌気がさしたのだろう。
二人をこんな目に合わせてしまった自分に腹が立つ。・・・でも、だからといってどうすることだって出来ない。傷つきながら選択する道を選んでしまったのは、俺も一緒だ。
だから今は精一杯傷を癒す。目の前の美海の傷を、そして俺の、悲鳴を上げている心の奥底の傷を。
『今日の座談会コーナー』
行き詰まり、ですかね。
美海、千夏は自分の親友だった相手との仲を断ち切ってまで遥を選ぼうとしていることになりますし、遥は選ばれることから逃げていないために誰かを傷つけてしまうことになる未来が確定している。つまりまあ、逃げ道がないってことです。おかしいな・・・この作品作ろうってなった時、こんなこと考えてたっけ・・・?
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)