凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~美海side~
なんてことないただの平日が今日も過ぎていく。
袂を分かって以降は雰囲気が少し変わっただけで、特に大きな変化もなく日々は過ぎていった。
・・・ただ、千夏ちゃんはばっさりと髪を切った。私が、前の千夏ちゃんの姿が好きだと言ったことをちゃんと覚えていたのだろう。その断髪からはとてつもない気迫を感じて、少し気が引けてしまう。
だけど、それがなんだというのだろうか。どうせ元には戻れない。今更そんなことを気にしたって・・・どうにもならない。
そうしたモヤモヤを抱えながら夜を迎える。一人部屋でボーっとしていると家のインターホンが鳴った。こんな時間に客人なんて珍しいケースだ。
「私が出るね」
顔をのぞかせたパパを差し置いて私が玄関の扉を開ける。そこには、かつてこの家で一緒に暮らしていた人物が立っていた。ただ、こうやって顔を合わせるのがあまりにも珍しすぎて、私は声を挙げてしまう。
「光?」
「よっ、遊びに来た。・・・つーか、親父と喧嘩したから今日はこっちに泊まることにした。んなわけでよろしく」
「ちょっと、急すぎでしょ・・・」
といっても、この急さが光の特徴と言っても過言じゃない。気分で動いては反省するの繰り返し。多分これは病気みたいなもので、一生治らないのだろう。
久しぶりの光にパパと晃が嬉しそうにしてるのが厄介だ。男性陣と女性陣じゃ反応がまるで違う。
お母さんもまた、私と似たような反応だった。
「まー、こっち来るのはいいんだけどさぁ・・・。何しでかして喧嘩したのホント」
「別に大したことじゃねえよ。絶対見たいテレビあったのに親父の奴チャンネル権よこそうともしないで・・・」
「昔からそんな感じの人だったでしょお父さん」
本当にくだらない理由にお母さんは落胆のため息を吐く。私は呆れて笑うしかなかった。
けど、拒んでいるわけじゃない。たまにはこういう日だってあっていい、と私は頷いて光を家に上げた。こうしていると二年前の毎日を思い出す。
なんだかんだ私はあの日々が好きだったのだと小さく笑った。
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光が来て散々遊んだのもあって、晃はいつもより早い時間に眠ってしまった。起こさないように私は縁側に移動して、ボーっと月を眺める。
その隣に何も言わずに座ったのは、やっぱり光だった。
「なんか、大変なことになっちまってるよな、お前ら」
「まあ・・・あれだけ冷戦状態になってたらみんな気が付くよね」
「というかあの喧嘩のこと、だいぶ噂になってるぞ。大声で喧嘩なんてするもんじゃねえよ。みんなおしゃべり過ぎてすぐに噂になって広まっちまう」
なんて言われても、本当に激昂してたのだから仕方がない。私はあの日、多分人生市場一番声を張り上げて誰かに怒りをぶつけた。同じくらいの怒りをぶつけることなど今後の人生そうないだろう。
私は苦し紛れの反論をする。
「光だって昔そんな感じだったでしょ」
「だから言ってんだよ。ホント、何の得にもならないんだよな、ああいう行動って。ガキの頃散々やって来たから、今になって理解してんだよ」
「・・・本当、光って成長したよね」
「成長期真っ最中だからな。背丈だけじゃなくてちゃんと心から成長しようって思ってんだよ、俺も。・・・じゃないと、まなかにまっすぐ向き合える気がしねえ」
光は綺麗な指をした手のひらを月の方に向けて、そう呟いた。
「あいつの言ってること、時々分かんなくなるし、イライラすることもあるけど、それもちゃんと受け止めたいんだよ、今は。気に入らないものをただ拒絶して怒り散らかすなんてことだけはしたくない」
「光・・・」
「なんて、お前はずっとそれが出来てたけどな。ずっと遥のこと追ってきて、遥の言葉と思い、全部受け止めて。・・・あいつ、すげえ抱えまくるからな。同じ量のものをぶつけられてよく壊れねえよな、お前も」
そんなこと、意識したことなかった。
ただ、一緒にいたいと、分かって欲しいと願っていただけの日々だったから。けど・・・周りからみた私って、そうなんだ。
いかに自分が自分と遥の視点しか知らなかったのかを思わされる。
「嫌じゃないもん。・・・嫌になってたら、今頃こんな苦しい事にはなってない。私の人生には遥しかいないの」
「どんだけあいつのこと好きなんだよお前は・・・」
さすがの光も引いてしまうくらいには私の愛は強いらしい。けど、誰かの視点を経てそれが証明されるのは悪い気分ではなかった。
「別にあいつのこと好きなのは構わねえし、俺は応援してえよ。・・・けど、一つ言っとかないといけないことがある」
「何?」
「遥だけを生きる理由にするなよ。・・・絶対、どこか別の所に自分の生きる意味は必要なんだよ。じゃないと、崩れた時に立ち直れなくなる。一時俺もまなかだけが生きがいみたいになってたからな。その気持ちはよくわかる」
どこまでも真剣な目をした光の言葉に私は反論出来なかった。
冷静になって自分を見つめてみると、いかに視野の狭い人間になってしまっているかを思わされる。私が将来何をしたいかだって、結局は遥に由来している。
・・・千夏ちゃんは、違うんだろうな。
元から海が好きで、海で生きたいと言っていた子だ。それは遥がいようとも、いまいとも。・・・そこだけは多分、私に足りてない。
「・・・遥がいない世界の私は、何をしてたんだろうね」
「さあな。けど多分、もっと面倒くさい性格してたんじゃないのか? それを矯正したのが遥なんだろ?」
「そうかも。・・・全部、ママが遥を助けたあの日から始まってたからね」
出会い、離別、再会、膠着、前進・・・全てが懐かしい思い出。
それを思い出すたびまた好きになる。これだけを生きがいにするなって言われても無理な話だよ。
だから今は・・・遥を引き留めることだけを考えたい。
邪念を振り切って、私はそのことを光に打ち明ける。
「ねえ、光。・・・やっぱり私は、遥のことしか見てられない。だから、どうしても負けたくない。・・・そのためにはさ、どうすればいいと思う?」
「どうすればいいって・・・それ恋愛経験が乏しい俺に聞く話か? それこそ紡とかちさきとか、さゆだっているじゃねえかよ」
「ううん、乏しいから聞きたいの。何を大事にしてるか、何が原動力になってるか。多分それはこれから私が通る道だから」
「・・・なんか散々な言われようだな、俺」
光はため息を一つついて、指折り数えながら自分の心の内にある大切なことを語り始めた。
「まず、ちゃんと変化に気づいて褒める。・・・あいつそれだけで喜んでくれるからな。言ってるこっちも幸せになる」
「・・・他は?」
「一緒にいる毎日の時間を大切にする。・・・何も特別な何かをすることだけが『付き合う』ってことじゃないしな。俺は何気ない時間の方が大事だと思ってる」
・・・うん、分かるよ。だってそれは私が今一番大切にしたいと思ってることなんだから。
光が言う事の一つ一つは確かに大切なことのように思う。・・・けどそれは私の欲しがった回答じゃなかった。それだけに少し残念そうな息を吐いてしまう。
けれど、言葉には続きがあった。
「ああでも、特別な時間はやっぱり大事。・・・なんて言うんだろうな、思い出? なのかな。自分の中に焼き付いて忘れられないような場所、瞬間。そんなのが一つや二つあった方がいいと思う」
「思い出・・・」
「その瞬間を思い出すたびに幸福になれる、そんな経験。それは多分、日々の生活以外でしか得られないものもあるから」
それは、今の私にはないものだった。
ただ遥を思い続けるだけ、一緒の時間を過ごすだけ。今はそれだけでも十分だけど、形として遥から何か貰ったもの、あったっけ。
改めて、自分がただ追いかけるだけの存在だったと知る。
もっと見て欲しい。私を知って欲しい。・・・好きになって欲しい。
形に残る物でもいい。一生消えることない思い出でもいい。私にしかない遥のものがあって欲しいから。
・・・そう言えば、この間デート、誘ってくれたんだっけ。
あの時は否定してしまったけど、千載一遇のチャンスかもしれない。みすみす逃すなんてことはしたくないから。
「ありがと、すごいヒントになった気がする」
「そうか? ・・・それなら今日ここに来た意味があったってもんだな」
「え?」
「そうはいってもお前のこと心配でさ。学校じゃそんな余裕ないし、まなかと一緒に過ごしたい手前一緒に帰ることも出来なかったからな。こうでもしないとゆっくり話せなかったんだよ」
光がそんな気遣いをしてくれているとは思いもしなかった。
・・・いや、騙されないよ。
「それもあるけど、結局は喧嘩して逃げ出した、が正解でしょ?」
「チッ、バレたか。まあそんな感じだよ。俺が出来るのはここまで。後は自分で頑張ってみろ」
「・・・うん、ありがと」
その不器用な優しさに私は心から感謝をする。刺々しい性格してるけど、結局根が優しいことを知ってるからまなかさんは光を好きになったんだろう。
・・・多分私も、遥がこの世界にいなかったらきっと好きになってたかもしれない。
『今日の座談会コーナー』
本編で好きな掛け合いの組み合わせは「美海×光」、「遥×ちさき」あたりが該当します。ほんともうストレスフリー、安らかな心で書けるシーンってのはいいですね。そしてこの作品では珍しく、本編への匂わせをやってみました。・・・うん、だって遥いなかったら美海は光に惹かれるし負けヒロインになるし・・・。何一つ嘘は書いていないんじゃよ。
しばらくは遥&美海編かな? お楽しみに。
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)