凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
前作同様、物語においてなかなか重要な役割を持ってます。
それでは、本編どうぞ。
~遥side~
「だったらさ、ウチ・・・来ない?」
俺は当初、水瀬の発した言葉の意味が分からなかった。しかし、俺が問う前に水瀬が慌てて付け足す。
「ああ、違うの! やましい意味はなくて、その・・・ね。夕飯作るつもりないなら、家に食べに来ない? って」
「なんだ、そういう事か。・・・」
そう相槌を打つものの、すぐに『はい、分かった』とは言えなかった。
当然だ。付き合いの短い女子の家に行くなんてただでさえ気が引けるのに、ましてや食事と来た。
・・・それに、他人と深くかかわりを持つのは好かない。そうした理由がただただ俺をその場に立ち止まらせた。
けれど・・・。
こうしていつまでも逃げてきたから、今があるのであって・・・。
それを変えたいなら、きっと今しかない。
俺は決心して顔を上げた。
「・・・いいのか? お邪魔しても」
「私が誘ってるんだもん。私はいいよ。きっと両親も許してくれると思う。それに、食材買うのに数が合わなくてね。四人分買っちゃったんだ。だから、誰か来てくれるとありがたかったんだ」
「そうか」
「あ、エナの方は大丈夫かな?」
「ああ。それこそ、さっきはエナが理由で帰らされたけど、俺自身はこいつを携帯してるからな。粘ろうと思えばいくらでも粘れるんだ」
俺は鞄から海水の入ったボトルを取り出した。こいつを下腹部あたりにかければエナが潤い、数時間陸で悠々と過ごすことが出来る。
それを終えたところで、俺は水瀬に話を振ってみた。
「そういや、お前もエナ持ってるんだよな。だったら俺と同じようになると思うんだけど・・・何か対策とかしてるのか?」
「うーん、どうだろ・・・。お風呂に入る時は塩を入れて、できるだけ海水と近い塩分濃度にしてるけど。あとはまあ、さっきの島波君みたいに追々エナを濡らしてるかな。といっても、ずっと陸で生活してる分、苦しいと思うことはそんなにないかな」
「そんなものなんだな。・・・さて、準備OK。待たせたな」
会話の途中で俺のエナの手入れが終わる。
「じゃあ、行こうか」
「悪いな、待ってもらって」
「ううん。私が誘ったんだもん、待つくらいは当然でしょ」
なんて話して、俺と水瀬は水瀬宅を目指して歩き始めた。ここから約五分くらいの場所にあるらしい。
「そうだ、せっかくだから、いろいろ聞きたいこと、聞いてもいいかな?」
藪から棒に、水瀬はそんなことを口にする。
「それは、紡みたいなものか?」
「それもあるし、それ以外もある・・・かな。というか、紡のあれは異常」
「だよな」
冗談を飛ばしあって軽く笑う。先ほど貼り付けた乾いた笑いよりは少なくとも潤った、質感の籠った笑いが出来ただろう。
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そこからは、他愛もないことを話しながら歩いた。
昔の陸の話、学校にどんな奴がいるのか。
水瀬の口から昔の狭山のエピソードを聞いた時は、さすがに笑いをこらえられなかった。
・・・陸での生活は辛い思い出で満たされているが、陸が嫌いになった覚えはない。嫌うとするなら、それは逆恨みだ。
だからこそ願ったりする。陸と海が共に生きる日々を。
「さて、ついたよ。ちょっと許可取ってくるから待っててね。多分、OKだと思うけど」
結局あれ以降互いに聞きたかったことについて会話することなく水瀬家に到着した。
数分後、俺の見える位置の窓から腕を大きく使って水瀬はOKサインを作った。
「お邪魔します」
覚悟を決めてドアを開ける。返事はなかった。
玄関にはいくつか靴が並んでいる。それだけで、ここには一つの『家族』が生活していると実感した。それが妬みなのかは知らないが。
リビングに入ると、ソファーに座り、新聞を読んでいる強面の眼鏡をかけた男性が立っていた。見たところ、その人が水瀬の父親のようだ。
「お邪魔してます・・・」
顔色を窺うように挨拶をする。
「・・・ああ」
水瀬の父親は表情を変えないままそうとだけ返し、また新聞を読む作業に戻った。
「そこらへんに適当に座ってて。そんなに時間はかからないから」
キッチンの方から水瀬の声が聞こえる。
客人の身分であるため、今はそれに全力で甘えることにした。
リビングの端の方に座って、自分のカバンから心理学関係の本を取り出して黙々と読み始める。空いた時間こそ勉強だ。
・・・
十分しないうちに、料理は出来上がった。それと同時に玄関のドアが開く音がリビングに響き、その後で少し気の抜けたほんわりとした声が伝ってくる。
「ただいま~」
声の主は女性。どうやら水瀬の母親のようだった。
「おかえり、母さん」
出来た料理を配膳しながら、水瀬は母親を出迎える。
「ああ、おかえり」
「はいはいただいま・・・。って、あら? お客様かしら?」
リビングに入ってきた水瀬の母親は俺の存在に気づいたようで、相変わらず気の抜けた声で俺に声を掛けた。
「あ、お邪魔してます。水瀬さんとクラスメートの島波遥です」
「千夏にお客様なんて・・・珍しいじゃない? どうしたの?」
「茶化さないでいいから、母さん・・・。食事に誘っただけだよ」
不服そうな表情で、水瀬は口先をとがらせる。
「そう? ・・・ああ、そういうこと」
水瀬の母親はテーブルの上に並べられた四人分の食事を見てようやく現状を理解した。
その傍ら、それまで新聞を読んでいた水瀬の父親も立ち上がり、俺の名前を呼んだ。
「島波君、だったかね。冷めてもなんだ。とりあえず頂こうか」
「あ、はい・・・」
強面な水瀬の父親に誘われてテーブルへ向かう。
特別は他意はないのだろう。しかし、その威圧感の前ではどうもふざけた真似は出来そうになかった。
「「「「いただきます」」」」
四人が食卓に着き、食事が始まる。
・・・はずだったんだが。
「ちょっと待ってもらってもいいかな?」
ストップをかけたのは水瀬の母親だった。
「せっかく自己紹介してくれたんだから、私たちも返さないとね。食べながら、じゃお行儀も悪いでしょ?」
独自の世界観を持っているのだろう。水瀬の母親はかしこまって自己紹介を始めた。
「水瀬千夏の母親の、水瀬夏帆です。病院に勤務してるから、何度か君のことを見たことがあるんだよ。・・・まあ、結構昔のことだから、お互いはっきりと覚えてないかもしれないけど」
「病院で、ですか・・・?」
そう言われて、記憶をたどってみる。
俺が、この街の病院に行く用事があったとすれば・・・。
そして俺は思い出した。
みをりさんのお見舞いに行ったとき、何回かすれ違ったことがある。それこそあの時は、気が気じゃなかった分はっきりと覚えてないけど。
でも、一際美人だった人がいたことは覚えている。多分、それが夏帆さんなのだろう。
「確かに、会ったことがあるかもしれないですね。三年くらい前の話になりますか?」
「たぶん、そうじゃないかな? ・・・遥くん、でいいかな?」
「いいですよ」
「遥くん、何度かみをりのお見舞いに来ていたよね。私が見たのも、その時」
「なるほど・・・」
夏帆さんがみをりさんのことを下の名前で呼んだのが気になった。それほど深い関係なのか、と。
けれど、それ以上聞き出すことは出来なかった。きっとそれは俺の弱さかもしれない。
会話が大きくならないうちに、夏帆さんは水瀬の父親の方を向いた。
「次はあなたの番ですよ」
「ん、ああ。俺か。・・・父の水瀬保だ。仕事は漁協の方でやっている。だからまあ、何度か会うことになるかもな」
相変わらず不愛想な受け答えだったが、家族がいる手前か、先ほどより対応は柔らかいように思えた。
そんな俺に、水瀬が横で耳打ちする。
「お父さん、顔ほど怖くないから・・・」
「・・・聞こえてるぞ、千夏」
「えっ!? 嘘!?」
場に笑い声が響いた後で、俺たちはもう一度いただきますと口にし、今度こそ目の前の料理に手を付けた。
そして、心の底から零れる。
「・・・うまい」
ここまでの味を、はたして独り身の俺が出せるだろうか。それくらいにはうまいと言えるものだった。
「そう? 簡単なものでちょっと心配だったけど、それならよかった」
・・・それは、みをりさんに手料理をふるまってもらったあの時と、少し近い感覚だった。
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それから、食事は楽しく進んでいった。
家での水瀬の様子、俺や汐鹿生の人間が知らない漁協の話、その他数多に上る面白い話。少なくとも、俺がいる世界はまだまだ狭いことがひしひしと伝わった。
それと、どうやらエナを持ってるのは夏帆さんの方らしい。そんな雰囲気がしてはいたが、いざ言われてみると、少し驚いた。
そうして、楽しい時間は進んでいく。終わりに至るのもすぐだった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
俺は立ち上がって、自分の食器をキッチンへと下げた。
そしてそのまま、置きっぱなしだった鞄を手に取る。
「あら、もう帰っちゃうの?」
「ええ。長居しちゃうと迷惑になるかもしれませんし、こうダラダラとしてるとウロコ様がちょっかいかけてくるので・・・」
「アハハ、あの人らしいね」
「なので、今日はこの辺で」
「そう・・・。あと、別に迷惑、だなんて思ってないから、またいつでも来てほしいな」
「はい。ありがとうございました」
俺は夏帆さんに頭を下げようとする。しかし、夏帆さんは先に手を横にぶんぶんと振った。
「礼を言うなら、私じゃなくてあっちでしょ? 遥くん」
そう言って夏帆さんは千夏の方をチラッと向いた。
「ありがとうな、水瀬」
「ええ? わ、私? えーっと・・・どういたしまして」
少し照れ臭そうに水瀬は返す。
「・・・また来いよ、いつでも」
「では、またいつか」
保さんにそう返して、俺は玄関のドアを開け、外へと出ていった。
潮風混じりの夜風は、どこか肌に心地よいものだった。
それはきっと、俺の心が少し安らいだのがあるかもしれない。
・・・そんなことを思って歩き出そうとすると、その瞬間、もう一度玄関のドアが開いた。
「ねぇ、ついて行ってもいいかな? ・・・まだ、聞きたいこと、ちゃんと聞けてなかったから」
水瀬千夏の両親、保さんと夏帆さん。
前作を書いていた時から、この二人はお気に入りのキャラクターなのです。
ネタバレはするつもりないので、ここからは何も言いません。
とりあえず、今回はこの辺で。
また会おうね(定期)