凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百七十話 彷徨える右手

~遥side~

 

 美海から「週末の時間が欲しい」という連絡を受けたのは、水瀬家に電話を掛ける三十分前の事だった。具体的に何をしたいと言われたわけでもないが、それなりの理由があるのだろう。俺は二つ返事で了承して、水瀬家へリスケジューリングの一報をいれることにした。

 

 そして迎える土曜日。朝の九時に俺の家の呼び鈴が鳴った。ドア越しには外に出かけていく気満々と言っても過言ではない支度をした美海が立っていた。

 

「おはよう、美海。こんな早くから何するつもりだったんだ?」

 

「ああ、うん。・・・この間さ、遥、言ったよね? だから、デート連れてってもらいたくて」

 

「なるほど・・・ビンゴって訳だ」

 

 直接明言されていたわけではなかったが、普段と変わらない日々を過ごすだけなら何も休日である意味がない。そんな中でわざわざ美海がこの日この時間を選んだとなると、何かちゃんと形になる目的の為としか思えない。

 

 だからちゃんと準備もしているし、その気でもいた。備えあれば憂いなしとはこのことだ。

 

「・・・また、読んでた?」

 

「まあ、ぼちぼちだな。わざわざ週末の時間が欲しいって言ってるんだ。何かしらの目的があるだろうとは思ってたよ」

 

「じゃあ、来てくれるの?」

 

「ああ。もとはと言えば話を持ち掛けたのは俺。まさか今日になるとは思ってもなかったけど、事前に空けて欲しいって連絡は貰ってるから何の問題もない。今日はとことん付き合うよ。ちょっと待ってろ」

 

 それから俺は一度部屋の方へ戻り、急ぎ身支度を済ませた。とは言えど予想できていたこともあり、大方の準備は終わっている。火の始末、貴重品の管理、荷物の整理・・・。テキパキと行って美海のもとに戻ったのは五分も経たないころだった。

 

「よし、行くか。・・・んで、どこ行くんだ?」

 

「とりあえず街まで。それからはまたそこで教える」

 

「了解。行きたい場所があるなら付き合うよ」

 

 それから俺たちは気持ち急ぎ目に駅へ向かった。本数が少ない分、一本一本に価値のある電車だ。できれば早いのに乗りたいからな。

 

 そして乗り込んだ電車は街へ向かっていく。鷲大師から離れていけばいくほど、陸特有の冷たさが覆ってくる。・・・まだ三月だってのに、少し寒いよな。

 

 

 その時一瞬だけちらついた雪があったのを俺も美海も見落としたまま、電車は街へと向かっていった。

 

---

 

 街に着いたのは十二時手前。昼時というのもあり、それなりの人でにぎわっていた。空はくっきりと晴れを描いている。

 

「ふーっ、長かったー」

 

 正直この電車はあまり好きではない。乗り心地が固いうえにスピードもない。乗っていてかったるいし、身体も凝ってしまう。

 グーっと体を伸ばして、美海の方に問いかける。

 

「で、これからどうしたいんだ?」

 

「うん。・・・ねえ、遥。一つ質問いいかな?」

 

「別にいいけど・・・どした?」

 

「遥はさ、この街からさらに向こうの景色、知ってる?」

 

「そう言えば・・・」

 

 思い返してみれば、俺はこの街と、鷲大師と、汐生鹿以外の街をほとんど知らない。ここより更に向こうに世界が広がってることなど知ってはいるが足を運ぼうと思ったことはなかった。

 だからこそ、その問いかけはあまりにも新鮮で、刺激的だった。

 

「ない、よな。興味がなかったし、エナが安定してなかったから迂闊に遠出はしたくなかったし」

 

「だよね。・・・そしてね、私の行きたい場所、そこにあるの」

 

「この街の向こうに? なんでそんなところに?」

 

「それは内緒。・・・できれば、そこには夕方ごろにつきたいなって思うんだけど」

 

 美海はあれやこれや秘匿したいようだった。俺に新鮮な気持ちで味わってほしいという計らいだろう。ならばそれを無下にすることはしない。

 内情を探ることを諦めて、俺は話を切り替えることにした。

 

「分かった。そこに行くのにはどれくらいの時間がかかるんだ?」

 

「うーんと、片道一時間半くらいかな。結構遠いところだから」

 

「そうか。ならあまりこっちでは遊べないな」

 

「そもそもそのつもりもあまりなかったしね。・・・ただ」

 

「分かってるよ。昼飯だろ? ちょうど俺も腹が減ってきたころなんだ」

 

 俺の言葉に美海は小さく首を縦に振る。

 この街に来たからには寄っておかないと行けない場所がある。あの日以来、あそこは俺の行きつけの店だから。

 

「オムライスの美味い喫茶店になるんだけど、どうだ?」

 

「遥がおすすめしてるんでしょ? なら行きたい」

 

「分かった。それじゃ混む前にさっさと行こう」

 

 俺が先導して歩く。美海はその後ろをちょこちょこと着いてきて、あたりをキョロキョロと見ていた。そうはいってもやっぱりこの街自体美海にとっては新鮮なほうなのだろう。

 

 そして俺は行き馴染んだ喫茶店に辿り着く。

 昔は何度か母さんに連れてきてもらっていた。そして自分の意志で初めてこの店に来た時、俺は真冬さんに出会った。

 あの一件で店の人も俺のことを覚えたみたいで、以降常連として扱われるようになった。

 

 だから今日もドアを開けるだけで、店の雰囲気が変わる。

 

「あら遥君いらっしゃい。そっちの子は彼女?」

 

「まさか。・・・彼女なんて言葉じゃ片付かないくらい大切な人ですよ」

 

「はっは、面白い事言うんだね。まあ適当に空いてる席座っちゃって」

 

 促されて俺は開いている二人掛けの席に着く。対面の席に座っている美海の表情はどこか複雑そうだった。

 そしてそれを躊躇わず言葉にする。

 

「彼女って言ってくれてもよかったのに」

 

「別に逃げたわけじゃないからな。・・・俺にとって美海はそんな簡単な言葉で片付けられる存在じゃないってことなんだよ」

 

「じゃあもし私を選ばなかったとしても、その大切な人のままでいられるの?」

 

 鋭い美海の一言。打ち負かされた気分だったがただで折れるわけにはいかなかった。

 

「・・・ああ。きっと、必ず」

 

「そう」

 

 美海はそれ以上のやり取りは不毛だと感じたのか、その先をいう事はなかった。少し膠着した空気を切り裂くように、マスターがオーダーを取りに来る。

 

「メニュー聞きに来たよ。といっても遥君はいつものだろうけど」

 

「まあ、そうですね。いつもので」

 

「そっちの子は?」

 

 マスターの問いかけに対し、美海はこちらを見つめてきた。

 

「遥、普段何頼んでるの?」

 

「ブレンドコーヒーと、このオムライスAってやつ。これが俺のいつもの」

 

「ふーん。じゃあ私もブレンドコーヒーと、オムライス・・・Bで」

 

「かしこまり~。じゃ、また出来たら持って来るね」

 

 手をひらひらと振りながらマスターは厨房の方に消えていく。

 というか、さっきの流れって同じものを頼む流れだったんじゃ・・・?

 尋ねるより早く、美海はいたずらっぽく笑んだ。

 

「同じのって言うと思った? なら、いたずら成功かな」

 

「お前なぁ・・・」

 

「私って悪い子だからさ、こういうちょっとしたちょっかい、結構好きなの」

 

「まあいいけど・・・。AとBの違い分かってるのか?」

 

「大丈夫。ちゃんとメニューに目を通して確認しておいたから」

 

 いたずらをするだけの準備はちゃんとしていたようだ。・・・この悪ガキみたいな性根は多分さゆ仕込みだろうな。けしからん。

 ひとつ咳ばらいをして、俺は改めて美海の方を見る。

 

 楽しそうにしている。目元は柔らかく微笑んでいて、これから先の時間を心待ちにしているような、そんな表情をしている。

 

 とにかく、楽しんでくれているみたいなら何よりだ、と俺は小さく息を吐く。せめて今だけは全てのしがらみから逃れて、目の前の光景と時間だけを楽しみたい。

 

 

 他愛ない話と心地の良い静寂の繰り返し。四回ほど扉についている鈴が鳴ったところで頼んだ料理がやって来た。

 

「ほいお待たせ。んじゃ、ごゆっくり~」

 

 その姿が遠くなったところで、美海が小さな声音で言葉を紡ぐ。

 

「・・・変わってる人だよね。あのマスター」

 

「だから面白いんだろ。・・・あんなに綺麗な見た目でもう四十手前だからな」

 

「え、よんっ・・・!?」

 

 予想もしてなかった言葉に美海は言葉を失う。・・・そして俺もまた、美海の後ろに立っている人影に言葉を失った。

 マスター、まだ帰ってなかった・・・。

 

「倍額吹っ掛けてもいいってサイン?」

 

「すんません勘弁してくださいよ・・・。それに今の誉め言葉じゃないすか」

 

「女の子の年齢の話するだけでアウトなのこの店は!」

 

 そのままぷんすか怒りながら、マスターはまた厨房の方に帰っていく。願わくば伝票の値段が二倍になってないことを願いたい・・・。

 

「さて、一難去ったし」

 

「去ったの・・・?」

 

「いただきますか」

 

 一難去ったことだし、さっさと食事にありつくとしよう。・・・去ってるよな?

 ちゃんと手を合わせて言葉を唱え、スプーンで卵の壁を切り裂いていく。

 食べ馴染んだ味だ。何も変わらないし、やっぱりたまらなく好きだ。

 

 美海もクオリティに満足してくれているようで、何度も首を縦に振りながら黙々と食事を続けた。

 

 スプーンがさらにぶつかる音と、店内のジャズ、時おり聞こえてくる誰かの声だけの世界。その静けさが今はとても愛おしく思えた。

 

 

 

 そして食事は終わる。時間は無駄に出来ないと、少ししてから俺たちはすぐに店を発つことにした。

 請求倍額の件も「次回に持ちこし」らしい。やばい、もう二度とこの店行けないかも。

 

 そして駅まで戻る。改めて行先案内板を見ると、見たことのない場所の名前だらけだった。・・・こんなに俺は、外の世界に興味がなかったんだな。

 

 案内板に書かれた場所のうちの一つを美海は背伸びして指さす。ここより遥か北のほう、そこに美海の目的地があるらしい。

 

「ついてきて、くれるよね?」

 

「ああ、ここまで来て帰るなんて言い出す馬鹿がいるかよ」

 

 

 その時、左隣に立っている美海から伸ばされた右手が俺の左手に当たった。視線を合わせないように美海の方を見ると、少し俯いて頬を赤らめていた。

 だから俺は、何も言わない。

 

 

 電車の到着ベルに紛らわせるように、俺は小さく美海の名前を呟く。

 それ以上は何も言わないで、その冷たい右手をそっと自分の左手で包み込んだ。

 

 ・・・さあ、行こうか。

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

 悲報、日常回の書き方が分からない。
 という深刻な状態ではないにしても、ここ最近修羅場のようなシーンの連続だったがために、これまでのこの作品のテンションがどうだったかを見失いつつあるんですよね。別に私はキャラに幸せになって欲しいのであってギスギスを書き続けたいわけじゃないんですよ(などと供述しており)

といったところで今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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