凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
次の日になると、雪はしっかり溶け切っていた。二人の準備が終わるなり、すぐに鷲大師息の列車に乗って家を目指す。
昨日の手前、会話はなかなか弾まない。何をしようにも昨晩の記憶が蘇って言葉につまってしまう。それはそれで幸せな記憶には間違いないんだけど・・・。
そして潮留家についたのは朝の十時頃だった。そこまで見送ってようやく美海は手を放す。
「ここまででいいよ。・・・昨日はありがと」
「礼なんていうなよ。俺も楽しかったし」
「・・・ねえ、遥。こんなこと言うのもなんだけど、多分、私も・・・千夏ちゃんも、そろそろ答えを出してほしいと思ってるよ」
「っ・・・!」
言われたくなかった、一つの言葉。
これまでは二人の優しさに甘えて、俺の中で答えを出すため、と時間を取ってきた。けれどその二人が今、「そろそろ答えを出してほしい」と明言した。
もう十分すぎるほど待ってもらった。ならば、腹を括って答えを出さないとな。
「分かった。・・・あと二週間後。春休みが終わるころに、答えを出させてくれ。そろそろ美海らも春休みに入るんだろ?」
「うん。だからこれまでよりまとまった時間が取れると思うよ」
ならば、その一分一秒も無駄にしたくない。昨日のような魔法のような時間をもっと増やしたい。その時、俺の本当の心が見えてくるはずだから。
「二週間後・・・。その前に、私もちゃんと片を付ける必要があるね」
「いいのか?」
「敵として最後の言葉、言っておかないといけないでしょ?」
「ああ、そうだな」
美海は覚悟の据わった目をして、とある方角を向く。その方角に千夏の家があるのを、俺は知っていた。
ここから先は二人だけの話。俺がどうこう言えたもんじゃない。ただ小さく切り返して、口をつぐむ。
「それじゃ、俺は帰るからな。また遊びに行きたくなったら行ってくれよ」
「うん、また行くね」
家へと消えていく美海を見送って、俺は潮留家に背を向ける。それから距離が離れれば離れるほど、先ほどの自分の言葉が脳裏をちらついた。
二週間後、答えを出す。
おおげさな表現になるかもしれないが、そのひの決断で、俺の人生は大きく変わる。きっとそれはもう、修復不可能なほどに。
その日はおそらく、俺の人生において一番と言っていいほどの人を傷つけることになる。期待を裏切るというのはそういうこと。口では理解すると言っても、体は正直だ。素直にそのダメージを受けてしまうという事を俺は身をもって体験している。
それでも選ぶ。そう決めている。
「・・・そうだとしたら、今の俺がどう思っているのかをちゃんと千夏にも話しておかないといけないよな」
そう思うと、ふと千夏の姿が頭の中を過った。美海といるときは一度も考えないようにいしていたその姿を、美海と別れてすぐに思ってしまう。それほどまでに俺に焼き付いている存在なのだと思い知らされる。
そうして日曜日の鷲大師を歩く。特に用事などないし、このまま家に帰ってもいいだろう。
しかしそうはならないのが俺の人生らしい。誰かと出会うたびに足を止めてしまう。
「・・・こりゃまた珍しい人と出会うもんだ」
「珍しいとか言うな。この街に住んでるんだし、合ったって不思議じゃないでしょ」
そうして不満そうにさゆは頬を膨らませた。・・・なんだかんだ、こいつと真正面から喋ったことって少ないような気がするな。
「というか、海に帰ってるんでしょ? 何しに来たの」
「美海と出かけてたんだよ、昨日」
「昨日? それがなんで今日に・・・。・・・あ」
話を理解したようで、さゆはだんだんと顔を赤くしていった。それから先ほどとは違う声音で、恐る恐る俺に尋ねる。
「手、出してないよね・・・?」
「当たり前だろ。二人ともそれを望んでなかったんだ」
「なら、まあ、いいけど・・・。いや、いいのか・・・?」
随分と複雑な感情を抱いているのだろう。さゆは自分の感情が本当に正しいものか、どうかをぼそぼそと言葉を反芻してかみ砕いていた。
そしてそれを理解して、咳ばらいをしてもとに戻った。
「・・・とにかく、率直に言うけど、あんた、このままでいいと思ってるの?」
「思ってねえよ。・・・なんて、美海と長い事友達やってるお前が俺の言葉を簡単に許してくれるとは思わないけど」
俺の言い分など、ただの言い訳に過ぎないだろう。ある意味こいつは、誰よりも美海の幸せを願っているといっても過言ではないのだから。
いわゆる、心からの「美海の味方」。俺ですら負けてしまうほどに。
「二人の間で揺れ動く。それは幸せな悩みだろうけどさ、傍から見れば結構苛々するんだよね、そういうの。私は早く、あんたに美海のこと選んで欲しいと思ってるんだから」
「はっきり言ってくれるな」
「だってそうじゃん。私にはあの人の味方をする義理なんて何一つないんだから」
さゆはどこまでも自分の心をズバズバと言葉にした。俺が間に「待った」を挟む暇もなく、自分が美海の味方であることを証明する。
「だからあたしは、もしあんたが美海を選ばないと知ったら、もう二度と美海にあんたと関わらせないようにする」
「それが美海の意志にそぐわなくても?」
「それでもあたしは、そうなったらあんたと会わせたくないと思う。これだけ近い距離で愛をぶつけたって言うのに、それでも答えなかった人間なんて、あたしなら嫌だよ」
言葉の一つ一つは痛いほど鋭い。切り裂き、突き刺し、俺にダメージを与えてくる。
俺からすれば許容できない言葉かもしれない。けれどこれは傍から見れば確かに正しいこと。文句の一つ言えたもんじゃない。
「・・・悪い、それでも俺は、未来の俺がどういう選択をするか分からないと思う」
「そういうなよなよした姿、あたしは嫌いだよ。ホント、反吐が出る位」
怒りを心の奥底に抑えて、嫌いなものでも食べているかのような表情でさゆはそう語る。その言葉の一つ一つが、たまらなく堪える。
「だから、あたしは何度でもあんたにプレッシャーをかける。嫌われてもいいから遠慮もしない。・・・はやく、美海を選んであげなよ」
「・・・ああ、お前の言葉は伝わったよ」
「じゃ、それだけ。あとは何も言うことないから。じゃあね」
最後の最後まで自分のペースでことを運んだまま、さゆはどこかに去っていった。しばらく茫然とした後、俺は小さく歩き出す。その頭の中は先ほどの言葉でいっぱいになっていた。
・・・さすが「美海だけ」の味方。どこまでも覚悟が決まってやがる。
そう考えると、俺はどうも人を嫌いになることが出来ないみたいだ。その背景にある事情を思いを理解して、許してしまおうとする癖があるみたいだ。まあ、二年前の病院の事件でもそれをつくづく思わされたけれど。
ただ、あいつは違う。嫌われることをもろともしていない。それほどまでに自分が守りたい存在を守ることに注力しているんだ。・・・大したもんだよ、ホント。
同じくらいの強さが欲しいと願ってしまう。俺がずっと考えていた「傷つける覚悟」というのは、同時に「嫌われる覚悟」に直結するのだろう。おそらく千夏の思いに報いようとした途端、あいつは永遠の敵になるはずだ。
「ったく、俺もそれくらいドライに割り切りてえよ」
昔は多分、事を客観的に分析することに囚われていたのもあって、そういう割り切りは苦手ではなかったはずだ。けれど、人の思いを大切にしたいと思った日から、それはだんだんと変わっていく。今では全てが愛おしいのだ。
でも多分、そうやって愛おしいものを大切にしようとしすぎるのはきっと「持ち抱えすぎ」なのだろう。自分一人のキャパシティを超えてまで抱えるのはもはや贅沢とも言える。
だから、俺が選ぶのは二人の内どちらかだけではない。どの幸せを抱えて、どの期待を、縁を切るかということもまた選ぶことになる。そう考えただけで足は竦んでしまいそうだ。
それでも、美海と一緒の時間を過ごしたことで確信した。俺はあいつとならもっと幸せになれると。もっとも、それが千夏ならどのくらい幸せになれるのか分からないけれど。
二週間で答えを出す。
自分で言った言葉は、溜まらなく突き刺さってくる・・・。
『本日の座談会コーナー』
何気にこの二人の一対一は170話前後書いてきて初めてなんですよね。で、ここまで遥に敵意むき出しで話すキャラクターはこの作品の中では多分さゆしかいないと考えて執筆しています。それほどまでに本気で「嫌われる覚悟」が出来ているということです。自分の人生もこれくらい割り切れたら楽なんですけどね。敵は敵、味方は味方で。なのにどこかで全ての人間にいい格好をしようとするから心って擦り減るんじゃないですかね。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)