凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
職員室での事務作業を終え、俺も遅れて校庭に向かった。水面から向こうの太陽は随分と沈んで言っているみたいで、この街にもオレンジ色の光が訪れ始める。
それでも子供たちは全然帰っていなかった。最初見た時よりは確かに人は減っているけど、それでもまだワイワイと遊んでいる。その輪の中に、千夏もいる。
「元気だな、あいつ」
別に子供が苦手という訳ではないが、ああいう風に接するのは今の俺では無理だろう。歳が離れているというのは、こういうところでもデメリットがあるみたいだ。
仕方なしに近くの階段に腰掛けて、ずっとその様子を眺めていた。声を掛けられたらいつでも向かう、それくらいの気概で。
しかし、声を掛けられたのは遠くからではなく、隣からだった。いつの間にか、子供がそこに座っている。見たところ、高学年の生徒だろうか。
「お兄ちゃん、サボり?」
「サボりって・・・、いや、ただ空気を壊さないようにこうしてるだけ。初めてこうしてここに来たわけだし、まだ馴染めてないからさ」
「ふーん。・・・僕と一緒か」
少年は呟きながら足元に転がっている意志で地面に絵を描き始めた。・・・なんだこの絵、クオリティけた違いじゃないか。
「いや、上手いな」
「そう? ・・・別に絵が上手くても、あんまり誰も褒めてくれないけどな」
卑屈なのか暗いだけなのか、少年はあまりいいように言葉を受け取ってくれなかった。何か闇を抱えているのだろうか。
表情、仕草、声音、息遣い・・・判断材料はいっぱいある。それを俺はずっと学んできたはずなんだから。
そう思って、俺は敢えて踏み込んで声を掛けた。
「何か嫌なことあったんだな」
「・・・分かるの?」
「おかげさまで、俺も同じくらいの年頃の時似たような表情ばっかりしてたからな」
高学年の頃となると、心がだいぶズタボロになっていた頃だ。その痛みや虚無、日々のつまらなさは痛いほど分かっている。
その言葉に心を少しだけ開いてくれたのか、少年はぼそぼそと呟き始めた。
「・・・お父さんが死んじゃったんだ。去年、交通事故で」
「そっか。じゃあ、今はお母さんと住んでる感じか」
「けど、お母さんは僕を育てるのに精いっぱいそうにしてて、全然笑わなくなった。だから、あんまり友達もいないけどここに来てるんだ。・・・家に帰っても、何も楽しくないから」
「なるほどな・・・」
数は違えど、状況は違えど、同じく親を亡くした身だ。その悲痛な思いは言葉の節々から伝わってくる。
残されるのも、また辛いんだろうな。
「さっきから分かった風な口聞いてるけど、お兄ちゃんはどうなの?」
「俺も一緒だよ。・・・君と同じくらいの歳の時、二人とも死んだ」
「え・・・?」
「ああ、悪い。なんかすんなり喋っちまって」
少年が何に驚いていたのかすぐに検討が着く。
同じように親を亡くした身でありながら、その死を軽々しく口にしたことなのだろう。まるで引きずってもいないような俺の口ぶりに困惑している。
「そこはいいんだけど・・・。僕と同じくらいの歳の時に二人ともいなくなって、どうやって生きてきたの?」
「そうだな・・・。居候したり、親の残した金で一人暮らししたり。・・・でも、はっきり言って後者は全然楽しくなかった。友達が遊びに来てくれてはいたけど、全然満たされてなかったと思う、当時の俺は」
他者の愛が怖くて全てを遠ざけていた頃の話だ。あの日々は本当に何もない、空っぽの時間だけが続いていた。世界は自分だけでいいと、そんなことも思っていたはずだ。
「でも、今は明るく生きてるよね?」
「ああ、そうだな。・・・昔さ、そうやって一人で暮らしてた時、誰かを好きになることが怖かったんだよ。そして、好きでいられるのも怖かった。そのせいで誰かまた好きな人がいなくなるって思い込んでたから。・・・でも、年月と周りの皆がそれを解決してくれた。だから今こうして笑ってられるんだよ」
「・・・好きな、人」
「お父さんのこと、好きだったか?」
「・・・うん」
泣きそうな声で肯定する少年の頭を俺は撫でる。俺も昔、同じように甘えて、同じように慰めて欲しかった。それを同じように、行動にする。
聞くにこの子は、まだ手遅れなんかじゃない。全てを投げ出してもいいと思う一歩手前で、そうなりたくないとストップをかけている。・・・ならまだ、変わらずにいられるはずだ。
「痛いよな、好きな人がいなくなるって」
「痛いよ・・・。なんでこんな思いしなきゃいけないのって、ずっと思ってる」
「けど、好きな人が消えることを悲しんで、全てから逃げ出したら、毎日は色あせちまうんだ。俺が昔そうだったからな。・・・今、好きな子っているのか?」
唐突に振った質問。少年は言葉ではなく指さしでそれを教えてくれた。
不器用なりに一緒に輪の中で遊びを楽しんで、無邪気そうに笑っている女の子。・・・どこかまなかのような面影を感じるな。
「よく話すのか?」
「教室にいるときは、よく。・・・一番絵を褒めてくれるんだ。それが嬉しくて」
「あの子に、好きになって欲しいって思うか?」
「それは・・・」
すぐに返事は帰ってこなかった。
多分俺と同じような痛みを抱えているのもあって、言葉に出来ないのだろう。好きって言ってしまえば、消えてしまう気がする。そんな漠然とした不安が心の奥底にあるはずだ。
それを分かっているからこそ、掛けられる声がある。
「いいか、どんだけ頑張ってもいつかあの子は君のもとから消えてしまう。それが明日か、十年後か、五十年後かは知らないけどな。・・・でも、いつか消えてしまうとしても、好きになることはやめたらいけないぞ」
「明日いなくなっちゃうかもしれないのに?」
「ああ。・・・ゼロってさ、実はマイナスなんだよ。何もしなければ何も感じることはない。俺も昔はそう思っていたんだけどさ、何も感じなくなることが痛みになってしまうんだよ。同じ痛みを受けるなら、ちゃんと気持ちには素直になった方がいい」
「・・・なんだか、まだよく分からないよ」
「まだ分からなくていいんだよ。・・・前を向いて生きていたら、絶対いつか分かる日が来る。その時また、この言葉を思い出してくれ。・・・逃げ出したことでする後悔ほど、苦しいものはないからさ」
俺にとってのその日が5年前のあの日のことだ。あの惨劇を、この子には味わってほしくない。俺のようにはなるなと言葉を告げる。
・・・これじゃまるで、さっきの真先生と一緒だな。
「・・・じゃあ、お兄ちゃんも逃げ出しちゃダメだよね」
「ん?」
「よく千夏おねーちゃんが言ってるよ。お兄ちゃんのことが好きだって」
「・・・嘘だろ、あいつ」
多分本人はそこまでことを大らかにしようとは思っていないのだろう。けれど小さな呟きとかボヤキを子供たちは見逃してくれないみたいだ。・・・おい、筒抜けになってるみたいだけど大丈夫か?
「お兄ちゃんは、千夏おねーちゃんのこと好きなの?」
「・・・ああ、そりゃもちろんな」
「どんなところが?」
「ああいうところ。・・・いつでも積極的でさ、明るくて、自分が正しいと思ってること、全部行動にしようとするところ。俺にはない勇気をあいつは持ってるんだよ。そういうとこ、かっこいいしやっぱ好きに思う」
「告白しないの?」
子供からの純粋な問い。下手に否定するとたちまち千夏の耳に入ってしまうだろうと分かった俺は、ちょっと含みの入った嘘を垂れ流すことにした。
「・・・するよ。多分、そう遠くないうちに」
告白をする。
といっても、千夏を選ぶことを告白と言っているわけではない。思いを伝えることが告白ならば・・・、否定することも告白になる。・・・最低な屁理屈だな。
けど、今、こうして明るく生きるあいつの毎日を間近で見ていると、俺の人生も限りなく彩ってくれるんじゃないかって、そんな風に思わされる。そんな未来を俺も送ってみたい。
優劣のつかない、イーブンな愛。・・・一体どこでこんな感情を培ってしまったのだろうか。ため息も出ない。
「カッコつけてアドバイスしたはいいものの、結局俺も好きの感情に振り回されてばかりなんだよな」
「そこさえ決まればかっこいいのにね」
「うるせ。分かってるよそんなこと」
ただ、この情けない人間ももうじき卒業だ。
心を鉄にして、俺は全てを壊し、真に欲しいものを選ぶ。
それが「愛」の一つの答えである「恋」の終着点。そこに、俺は行ってみたい。
『今日の座談会コーナー』
こうして書いてみると、だんだんと終わりが見えてきたように思います。あと二十話・・・三十話? かからないうちにはエンディングに辿り着けると思います。このペースで毎日書いていれば、一年で終わっていたんでしょうけどね。やっぱり時間とモチベーションの確保は難しいみたいです。
というか、昔に比べてオリジナルパート書くの上達したんかな・・・。抵抗は大分減ったんで苦になることはないです。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)