凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~美海side~
遥が答えを出すと決めた期日がだんだんと近づいてくる。本人も覚悟を決めるために向こうのアパートへ一旦帰ったらしい。・・・次にこっちに戻ってくるとき、私たちの未来が決まるという事だろう。
だからその前に、私にもやるべきことがあった。ちゃんと自分の罪を懺悔してけじめをつけないと、私は前に進めない。
そう思っていつかと同じように、私は千夏ちゃんの家に向かった。あれから一度も会話などしてなかったから、もうかれこれ三週間ぶりくらいのことだろう。
インターホンを鳴らすと、千夏ちゃんは怪訝そうな表情で出てきた。
「・・・どしたの?」
「ちょっと話したいことがあったからさ。・・・前に、散々あんなこと言った手前で許してくれるとは思ってないけど、どうか聞いてほしい」
「・・・分かった。ちょっと待ってて」
千夏ちゃんはそう言ってドアを閉めたかと思うと、すぐに家から出てきた。晴れない表情のまま、口を開く。
「で、話したいことって?」
「まずは、謝罪。・・・この間は、あんなに酷い事言ってゴメン。謝ることで許されるなんて思ってないけど、それだけは伝えさせてほしい」
「・・・ゴメン、か。別に怒ってはないよ。言われたことは確かだったし、私が悪い部分なんていくらでもある。そこは私も謝るべきところ。・・・でも、あの時口にした言葉は、少なからず美海ちゃんの本心だったんだよね?」
「それは・・・」
否定できない。わずかでもそんな思いが私の胸中にあったのだから。
それを否定することは許されない。私は自分の思いに向き合わないといけないのだから。
だから、否定せずに、今の私を伝える。
「あの時口にした言葉は、本当の気持ちが混ざってたと思う。・・・でも、これだけは言わせてほしい。私が千夏ちゃんに思ってる感情は、あれが全てじゃないよ。・・・嫌だよ、こんなことで、これまでのこと全部無駄にするなんて」
「結構めちゃくちゃ言ってるけどね、それ。・・・あの時、だいぶ凹んだんだよ?」
「傷つけたことは分かってるよ。勝手なことを言ってるのは分かってるけど、どうか分かって欲しいの」
伝えたい言葉は次々とすんなり現れる。それなのに、どこか心の奥の方が満たされていなかった。願った通りの言葉が溢れるのに。
「・・・美海ちゃん、遥くんのこと好き?」
「大好きだよ」
「そう。私もなの」
今更ながら、当たり前のことを千夏ちゃんは問ってくる。その問いに戸惑う事こそあったけれど、答えはすぐに出てきた。
「今から一つ、美海ちゃんを傷つける言葉を言うかもしれない。それで嫌われても仕方ないとも思ってる。・・・だから、聞いてくれる?」
私はコクリと頷いて、その言葉を待った。
「私は遥くんが好きだから、・・・多分、その日が訪れるまでは諦めること出来ないだろうから、・・・今は、美海ちゃんとは友達に戻れないかな。私はその思いを断ち切ってでも、遥くんを思いたい」
「・・・」
「たぶん、それはその日が訪れた後も続くと思う。選ばれなかったら今以上に妬くだろうし、選ばれたら合わせる顔がない。少なくとも、その事実を受け入れて思い出に出来るまでは、私は美海ちゃんに友達として接することは出来ないと思う」
この間、自分の罪に苦しめられふさぎ込んでいた千夏ちゃんの姿はそこにはもうなかった。ただ前だけ向いて、全てを捨て去る覚悟を手にしてここに立っている。
だからこそ、この言葉に嘘偽りはないと思った。
・・・心のどこかで、また友達に戻れたら、なんて思っていた。
けど、私だってそうだ。遥のために千夏ちゃんへの思いを断ち切ったはずだ。今更、こんな状態で縁を戻すなんてことは出来ない。
歯車は戻らない、という現実を突きつけられる。けれど先ほどまで感じていた心の違和感はどこかに消え去っていた。
そうだ、私はこの言葉が聞きたかったんだ。
それはライバルである証明。友達である以前の話。・・・今私はようやく「対等」の立場になってここに立っていられるんだ。
次第に瞳に、敵意が燃えていく。
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~千夏side~
美海ちゃんにはっきりと告げる。もう当分、友達として会うことはないだろうと。
そのために失ったものだってある。引き返すという選択はあの日あの瞬間から消えていた。
私は、今度こそ遥くんに好きと言ってもらう。一番だって認めてもらう。
そのために、もう一つの愛は今邪魔でしかなかった。
嫌いになったわけじゃない。・・・ただ、それより好きな人がいるだけなんだ。
美海ちゃんの瞳には次第に敵意が滲んでいく。この間のようにまた感情を垂れ流すつもりなんだろうか。
けど、今となってはそんなことはどうでもいい。私は私。ただ一人に認められたい存在。
だからその言葉は必然的に放たれる。少々の嫌味と牽制を込めて。
「そう言えば、私も一つ謝っておかないとね。・・・髪、切ってゴメン」
「気にしてない」
「けど、ずっと好きだって言ってくれてたからね。それを無下にしてしまったことだけは変わらないよ」
「・・・」
平静を装いつつも悲しそうな顔をしている美海ちゃんがそこにいる。本当に残念がってくれていることだけは嬉しかった。
けど、それを褒められたあの日の方が、今はよほど嬉しい。
ああ、でも、やっぱり。
私はどこまでも弱い子で、どうしても目の前の存在が遠く離れていくのが嫌だった。割り切ると言ったはずなのに、最後の心残りがある。
それは自然と言葉になって、音になった。
「ねえ、美海ちゃん」
「何?」
「いつか、いつかさ・・・。全部が終わって、それを受け止めて前を向いて生きていけるようになったらさ、その時はまた、友達に戻れないかな?」
「・・・分からないよ。ここまで拗れたんだだから。この先どうなるかなんて想像できない」
「やっぱりそうだよね。・・・ありがと、私の質問に答えてくれて」
そんなうまい話があるわけじゃない。・・・もし私が選ばれなかった時、その傷を癒すのにどれくらいの時間がかかるか分からないし。
だから、明確にそれを否定してくれて少し嬉しかった。自分が今立っている場所を再確認することが出来たから。
「・・・じゃあ、私帰るね。時間使わせてゴメン」
「ううん、最後にもう一回話せてよかった」
美海ちゃんは私に背を向けて、小さな歩幅で帰っていく。次言葉を交わすようになるのはいつの話だろう。一か月、一年、はたまた一生行われないかもしれない。
これが今生の別れになることだって覚悟してる。私が選んだ愛は、そういう愛だ。
その姿が完全に見えなくなった時、言葉はふいに零れた。
「・・・これで、いいんだよね」
選ばれなければ何も得ないまま、ただ全てを手放したことになる。けれどこうまでしないと、私が愛した男は手に入らない。
なんでこんな道を選んだんだろう。・・・なんで、好きになったんだろう。
改めて立ち止まって振り返ってみる。けれど、好きになった理由なんていくらでもあった。姿、生き様、性格、仕草、感情、その全部を見てきて好きになった。今更語りつくせるものじゃない。
私が彼を思うのは義務じゃない。私自身の意志で彼を選んだんだ。
だからもう迷うな、と小さく胸を叩く。
彼がこの街に帰ってくる日を、私はただここで待とう。この場所に帰ってきた時、「おかえり」と告げるために。
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~美海side~
全ては壊れた。似たような形に戻ることになっても、二度ともとには戻らないそれぞれの関係。けどそれは私が望んだ慣れの果て。
多分千夏ちゃんも、今はそんな気持ちを抱いてるはず。
「・・・ママ、私、頑張るから」
今更誰に誓うわけでもないが、私は小さくそう呟いた。あの日愛を捨てようとしたことをママは多分どこかで見てくれているだろうから、今は愛を掴もうとしている姿を見せたい。
その人は、ママがよく知る人物だから。
少しかじかむ両手に息を吐いて空を見上げる。あの日々とは違う、温度のない雪が今にも空から零れてきそうだ。
それは誰の未来を案じているのだろう。せめてそれが私のものじゃないことを祈る。
「・・・帰ろ」
余計なことは考えず、私はただ家を目指して歩いた。
明日には遥も帰って来るだろう。そうしたら真っ先に会いに行くんだ。
私しか見ないって告げてもらうために。
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~遥side~
「・・・よし」
アパートの荷物をまとめて、俺は家の鍵をしっかりと締めた。
昨晩、自分の未来を一晩中考えたのもあって、まだ疲れが体に残っている。
それでも、俺は選んだ。決断した。今からそれを伝えるために、鷲大師へ、汐生鹿へと戻る。もう二度と逃げるようにこの場所に戻ってくることはないだろう。
ここに辿り着くまで七年。それはもう長く辛い事の連続だったことだろう。
そしてこれからも、またどこかで辛いことを覚えていくだろう。
それでも、「愛」の感情を結び付けにいく。かつて自分が課した問に、今応える。
愛することをやめないでくれと願った両親のため、期待してくれている人々の為、そして何より自分自身のために。
返すべき特大の「愛」を抱えた列車が、朝の街を駆けていく。
『今日の座談会コーナー』
前書きにも書きましたが、この回を持って共通の話は終わりです。ここからは前作同様α、βと分岐して話を進めていきます。・・・まあ、前回とは展開が大きく異なるのでしっかり見ていただければと思います。
にしても、ここまで長かったですね。本編の内容のみならず、更にその先の時間まで書いてたわけですから。文量も実は前作の二倍くらいになっています。どうかこの物語の最後までお付き合いください。よろしくお願いいたします。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)