凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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※αは、遥が千夏を選んだ際のルートになります。美海編はα終了後、第百七十九話βとして投稿させていただきます。


千夏√
第百七十九話α 揺るがなかった答え


~遥side~

 

 荷物を抱えて、急いで海の家へと戻る。自分の気持ちに形がついた今、すぐにでもそれを言葉にしなければと思った。

 

 俺には、・・・俺の人生には、千夏が傍にいて欲しい。

 捨てきれることの出来ない、あの大切な空間に、千夏という存在がずっといて欲しい。それが俺の答えだった。

 もちろん、二人への遠慮など何一つない。これは俺が自分で決めて自分で選んだ答えだ。・・・一緒に苦しい思いをしてきたあいつとなら、どこまでも歩いていける。お互いの罪を、お互いでかき消し合いながら。

 

 ・・・でも、それをいの一番に伝えないといけない相手がいる。

 

 そう思った俺は家に帰るなりすぐに電話を掛けた。なんてことはない、ただ「会いたい」とだけ言葉にして、不要なやり取りは控えた。

 こんなところで、今から美海を傷つけようとしているところを悟らせたくはなかったから。

 

---

 

 太陽がちょうど真上で輝く午後零時。俺が美海に呼び出された場所は、駅から少し離れた公園だった。昼間のこの時間、ここにはろくに人が寄り憑かない。それを美海も分かっていたのだろう。

 

 その公園のベンチで一人、美海はボーっと空を眺めて佇んでいた。

 やがて俺の存在に気が付いて、表情を変える。どこか嬉しそうにしている。

 

 

 その表情が目に入ることが、溜まらなく辛い。けれど、決めた答えに嘘をつくことはなかった。一つ息を吐いて、震える声を絞り出す。

 

「・・・あの、美海」

 

「何?」

 

「答え、伝えに来たんだ。・・・一番最初に伝えないといけないのは、美海だって思ったから」

 

 けど、その言葉に美海が答えることはなかった。しばらく無言を貫いたかと富もうと、地面にボロボロと雫を零し始めて、湿った声で現実を言葉にする。

 

「・・・私は、選ばれなかったんだね」

 

「・・・っ!」

 

 それは、俺が真っ先に言うべきだった言葉。けれど美海は最初から分かっていたみたいだった。・・・俺が、あまりにも冴えない表情をしていたから。

 

「やっぱり、そうなんだ。・・・そうじゃなかったらよかったのになぁ」

 

「・・・ゴメン、美海、俺は・・・」

 

「謝らないでよ! ・・・謝られると、惨めな気持ちになって仕方がないの。・・・選ばれなかった相手に、情けなんて掛けないで」

 

「別に、情けなんかじゃ・・・」

 

「だったら、まだ迷ってるってこと?」

 

 真っ赤に腫らした目で、美海は俺を睨みつける。再び出会うことになったあの日のような鋭い目。・・・もうずっと見ることのなかった、痛いくらい感情をぶつけてきている瞳。

 

 俺は迷ってなんかない。千夏を選ぶと決めた今、迷う事なんて出来ない。

 ならばそれを証明するしかない。でもどうやって?

 

 ・・・証明方法は一つ。淡々とした言葉の数々で、その愛を断ち切ることだった。

 

 だから俺は謝らない。嫌な奴を演じてでも、美海に泥を投げつける。・・・そうでもしないと、目の前の巨大な愛を断ち切ることは出来なかったから。

 

「・・・俺は、やっぱりあの場所を捨てきれない。俺を育ててくれた人たちがいる。俺が愛したいと思った人がいる。・・・五年間待って裏切られて、それでも思いを捨てきれなかった。だから俺は、美海と共に歩むことはできない」

 

「・・・やっぱり、ズルいよ・・・」

 

 それは美海にはなかったアドバンテージ。俺が水瀬家に身を寄せる事がなかったら、と頭のどこかで思っているのかもしれない。

 けど、それは違う。違うんだよ美海。

 

「・・・いや、俺が水瀬家でお世話になることが無かったとしても、七年前のあの日の告白から俺の心は決まってたんだと思う。・・・ただ、その現実に向き合うのに時間がかかっただけだ」

 

「どうやってそれを証明するの!?」

 

「美海にはまだ言ってなかったけど・・・。俺、あの日の千夏の告白に答えるつもりだったんだ」

 

「えっ・・・」

 

 この事実だけは、ずっと言ってこなかった。気持ちを燃やし続けて来た美海の思いを削ぐことになるだろうと思っていたから。

 もっとも、そうしてきたせいで俺たちの関係はここまで拗れてしまった。だからこうやって伝えることで、せめてケジメくらいつけさせてほしかった。

 

「けど、愛が怖くて、とっさに答えが出なかった。出せなかった。それで千夏を動転させて、あの事故が起こった。その直前に、俺はちゃんと答えるつもりだったんだよ」

 

「じゃあ、私は最初っから眼中になかったってこと・・・!?」

 

「それは違う。千夏のいない五年間を支えてくれた美海に気持ちを抱いていたのも事実だった。・・・いつの間にか、同じような感情を抱く対象になってたんだよ、美海も」

 

 はじめは妹のような存在だった。お世話になったみをりさんの、大切な娘くらいにしか思っていなかった。

 けれど、傷を癒してくれた。一緒に歩いてくれた。あの日々で俺が美海に抱く気持ちはどんどん歪になっていった。今こんな思いをするなら、もっと早く断ち切ればよかったのにと思うくらいに。

 

「・・・」

 

「でも、千夏の記憶が帰ってきたあの日、俺の時計が動き出して思ったんだよ。俺は、こいつを手に入れるために生きてきたんだって」

 

 美海と生きてきたあの五年間の日々は、千夏ともう一度つながるための足掛かりでしかなかった。客観的に見た事実はこうだ。

 

 心がどんどん冷たくなっていく。美海と育んできた思い出の一つ一つに火をつけては焼却していく。傷を塞ぎ合った日々も、繋がろうとしたあの日のことも、俺に呪いをかけると言ってくれたあの日も、どんどん記憶の片隅に仕舞われて凍り付いていく。

 

 それが空になるころ、俺の言葉にためらいはなくなっていた。

 

「だから、美海。・・・俺はお前の思いには答えられない」

 

 最後に結論をもう一度突きつける。もう二度と振り返ることが出来ないように。

 それから美海はしばらく黙り込んだ。何を思っているか、なんてことは考えないようにする。それで傷つくのは俺も一緒だったから。

 

 そして震える声で、美海は俺に問う。

 

「・・・ねえ遥。最後に一ついいかな?」

 

「ああ」

 

「・・・私と二人きりの時間を過ごしてくれた遥は・・・演技じゃなかった?」

 

 目にいっぱいの涙をためて尋ねる美海に俺は即答した。

 

「もちろん。あれは紛れもない俺だよ。今でも全部鮮明に思い出せる。・・・美海といる時の俺は、いつだってありのままだった。そんな俺でいさせてくれたのは、お前なんだよ」

 

「・・・そっか」

 

 それから美海は上を向いて、目をごしごしと腕で拭った。最初より真っ赤に腫らした目で、無理やりに笑みを浮かべて俺に言葉を投げかける。

 

「千夏ちゃんと、幸せに、・・・ね」

 

「っ・・・!」

 

 凍りかけていた全ての感情と思い出が一気に爆ぜる。その笑みに、その言葉に込められた思いは、俺の覚悟など軽々粉砕するほどの力を持っていた。

 

 ダメだ・・・、揺らぐな・・・!

 

 目の前で不幸になろうとしている女性を助けてはいけない。ここで助けてしまっては、俺が積み重ねて、切り捨てたものが全部無駄になってしまう・・・!

 

 歯を食いしばる。心は血の涙を流して顛末を見届けようとしている。

 俺はどうにか震える唇で言葉を紡いだ。

 

 

「・・・ああ。ありがとうな」

 

 そこで限界は訪れる。美海を抱きしめようとする心が喉元までやってくる。

 邪念を断ち切るべく俺は踵を返してその場を去った。顔も見ず、何も言わず、ポツリとその場に佇んだままの愛しかった存在を放っておいて。

 

 

 ・・・これで、よかったんだよな。

 これで、幸せになれるんだよな。

 

 自分に言い聞かせて一歩、また一歩踏みしめる。

 

 

 空には雪が舞い始める。誰かを思い泣いているのだろう。

 ・・・その誰かを生んだのは俺と知りながら、俺はまた歩き始めた。

 

---

 

 

~美海side~

 

 

 愛しい背中が、だんだんと遠くなっていく。

 私は最後まで諦めなかった。今日だって、遥が私を選んでくれることを伝えてくれると思っていた。

 

 だから・・・心が今にも張り裂けそうで仕方がない。

 涙が止まらない。もう随分と泣いたのに、体の水分は全部目から流れていく。

 

 ・・・なんで。

 なんで私じゃダメなの?

 

 なんて聞いても、遥は私の望む答えをくれはしないだろう。だって、遥からすれば私じゃダメな理由は、「千夏ちゃんがそれより上の存在だったから」という言葉に尽きてしまうから。

 

 その言葉を聞いてしまうと、私はより負けたことを実感させられる。

 現実は十分に理解している。なのにわざわざこれ以上傷つく必要なんてなかった。

 

 だから最後は祝福の言葉を贈った。どうか幸せになってと。

 遥が幸せになることは、かねがね願っていたことだから。

 

 

 ・・・でも、私は。

 その隣に、いたかったんだよ・・・!

 

「あ、うぁあああ・・・!」

 

 拭いきったはずの涙は倍になってまた溢れる。俯いて地面を濡らし続ける。

 そして降り出した雪が頭に触れた時、誰かが私を背中から抱きしめてくれた。

 

 ・・・この匂いは、私の好きな匂い。ずっと私を思ってくれていた人。

 

 ぶっきらぼうな励ましの言葉を口にして、最後は優しく包んでくれる人。

 

 

「・・・馬鹿。悲しむくらいなら、最初から恋なんてするなよ・・・」

 

「さ、ゆ・・・」

 

「・・・お疲れ様。あたしが傍にいてやるから、今日だけはいっぱい泣きなよ。そして明日から、また一緒に歩こ?」

 

 その言葉が優しくて苦しくて、叫び声のような泣き声を上げて、私は雨を降らし続ける。強く泣けば泣く度、背中から伝わる温度が温かく感じた。

 

 慟哭だけが、空を貫いていく。

 

 

 

 ・・・さよなら、遥。私の大好きだった人。

 

 




『今日の座談会コーナー』

 先に白状しておくと、作者は修羅場とかヒロインがフラれるシーン苦手だったんですよ。だから前作でも負けヒロインの描写は徹底的に排除してきました。けれど様々な作品に触れるうちに、負け際の美学というものに気づかされました(毎度おなじみホワイトアルバム2とかね)。自分で書いておいてなんですがこの回、作中トップテンに入るくらい好きかもです。さゆをいいポジションで描けたように思います。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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