凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
把握尾根がします。(3月14日現在)
それでは本編どうぞ。
~遥side~
ここまでの全ての会話に、本当に聞きたいことは含まれていないと推測することは出来ていた。
だから、もう少し話がしたいというこの提案はすぐに頷けた。
「・・・いいよ。さっきまでの会話に、水瀬が本当に聞きたかったことが入ってない気がしたから」
約束を裏切りたくはないし、そもそも俺自身が多少なり打ち明ける覚悟を背負ってきたんだから、ここで引いてしまえば器が知れてしまう。それは嫌だった。
「ありがと。・・・それじゃ、ここじゃ何だし、すこし歩こうか」
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俺たちは再び、さっきの堤防の元へと戻った。
遠くに見える汐鹿生を後目に、俺は堤防にこしかけて水瀬の口が開くのを待った。
「・・・ごめんね、今日は無茶苦茶なお願いしちゃって」
「いや、むしろ助かったのはこっちのほうなんだよ。ちょうど食べ物切らしていたし。・・・それに」
「それに?」
水瀬の問いかけに俺は沈黙する。
何をどう言えばいいか。それすら決まってない状態で見切り発車してしまったのだ。
第一、それを話すだけの間柄なのか・・・?
・・・ダメだ。またこうやって逃げようとしている。
それはもう嫌だった。俺一人、いつまでも同じ場所に居たくはない。
俺は全てを失う覚悟で、俺自身の境遇、胸中を打ち明けることにした。
「・・・水瀬は、さっきの喧嘩の内容、全部聞いてたのか?」
「ううん。島波君の言葉ははっきりと聞こえなかった。発言の跡で比良平さんが泣いていたのは見たけど。・・・何を言ったの?」
「それについて話すよ。・・・俺な、もう家に帰っても誰もいないんだ。だから温かい食事が待ってる、だとかそういう話もない」
「誰もいないって・・・。・・・ねえ、失礼なこと聞いていいかな?」
水瀬はどうやら頭が切れる人間のようで、今の俺の発言の意図をすぐに察したようだった。
だからこそ俺は、聞かれたすべての事に答える覚悟を決めることが出来た。
「さっきから薄々気づいていたんだけど・・・島波君の両親って、もう海にはいないの?」
「いないさ。・・・この世のどこにも」
含ませた言い方をした俺だったが、水瀬はどうやらオブラートに包んで遠回しな言葉を用いただけだったようで、俺の両親がすでに死没していることに気づいていたようだった。
そのためか、少しだけ寂しそうな表情を浮かべるだけだった。
「やっぱり、そうなんだね」
「・・・聞きたいか? 俺の話」
少し挑発的に尋ねてみる。向こうが遠慮してくれることを心のどこかで願っている自分がそこには少しばかりいた。
けれど、水瀬はハナから全て聞き、全て受け入れるつもりだったようで、そんな俺の提案を真に受け、しっかりと首を縦に振った。
「うん、お願いしてもいいかな?」
「・・・分かった」
俺も腹を決めて順序だてて話すことにした。
「どこから話すかなぁ・・・。そうだな。俺の両親は、俺が小学生の低学年の頃まで俺と一緒に住んでいたんだ。・・・といっても、そのころから汐鹿生にはだいぶ不満があったようで、ある日、二人は陸に上がることを決めたんだ」
「その時、島波君は放っておかれたの?」
「いいや、ちゃんと聞かれたさ。俺たちは海村を捨てる。お前もついてきてくれるよな? そんな風に」
「でも、島波君は断った」
「ああ」
自分の意志をはっきりとさせるため、俺は一度しっかりと首肯する。
「当時はまだ何も知らない人間だったんだ、俺は。それに、掟なんて知らない俺は海村を捨てることなんてできなかった。・・・さっきも喧嘩してたけどさ、あいつら見ると、捨てるに捨てれない関係なんだって思わされるんだよ。・・・それくらい、海や、あいつらが心の底にいるんだよ」
好き、とは言えない。
好き、と思ってはいけない。
回りくどい言い方をしながら、本当は好きだと分かっている相手を俺は認めなかった。
・・・弱い人間だよ、まったく。
「それから、どうしたの?」
水瀬の呼びかけで現実に引き戻される。俺は話を続けることにした。
「それからはしばらく何もなかったんだ。金がなかった分、光のところに居候して暮らしてて・・・。でも、それから一年後、また事が起こった。ふと陸に上がった時、見たんだよ。俺の父親が母親を刺しているところを」
「えっ・・・?」
さすがに理解できない話だったようで、水瀬は明らかな困惑を色を見せた。
そしてその顔色は、動揺から憤怒へと変わる。
「・・・どうして、そんなことになるの?」
水瀬の両親は円満な関係にある。それは先ほど確かめることが出来た。
だから、不仲である二人のことが納得できないようだった。
・・・困るのは、俺だ。
「どうして・・・か。俺が知りてえよ。一人残されてもう数年だ。・・・おかげさまで、感情の整理も出来てないって言うのに・・・」
「島波君にも、両親が亡くなった理由が分からないんだ」
「分からねえよ。陸に上がった二人がどんな生活をしていたかも、何を思ってたかも。・・・残された人間は、何も分からないんだよ」
少々苛立ちが混ざっていたようで、語気がだんだんと荒くなってしまっていた。
水瀬が申し訳なさそうな顔を浮かべるので、俺は咳払いをして話を戻した。
「んんっ・・・。それからの話をするか」
「まだ続きがあるんだ」
「ああ。・・・そこでショックで倒れてしまった俺は、みをりさんに助けられたんだ。美海との出会いも、そこだった」
「・・・そう、なんだ」
美海という名前を出した途端、水瀬の表情が先ほどまでの憤怒、困惑から憂いへと変わったのが分かった。どうやら、本当に深い関係にあったらしい。
「やっぱり、美海とは面識があるんだな。・・・その話はまた今度でいい。話、続けてもいいか?」
「いいよ」
「みをりさんにあってからは、壊れかけた心を壊すことなく過ごすことが出来た。そして一年くらいたったな。ずっと遊びに行ってたんだが、ある日みをりさんは具合を悪くして倒れた。・・・そこからの話は、分かるよな?」
「数日たって、みをりさんは亡くなった・・・」
「そう。そして今の俺になったってわけ。水瀬が聞きたかったのは、この話で合ってるよな?」
「うん、そうだけど・・・」
歯切れの悪そうに水瀬が答える。
きっと色々思うところがあったのだろう。けれど、決してそれを口にすることはなかった。
だったら、今度はこちらの番だろうと、俺は水瀬に問いかける。
「なあ、水瀬。今度は俺から聞いてもいいか?」
「いいよ」
「水瀬は最近・・・美海に会ってるのか?」
「いきなりハードなこと聞くんだね。・・・会ってないよ。会えずにずっと何年も過ぎて、今となっちゃどんな顔をしていいか分からない」
沈んだ表情で水瀬が答える。その境遇は、この間までの俺と随分と似ていた。
「私さ、生まれつき体が弱いんだ。よく調子を悪くするし、時には入院もするくらいには」
「・・・いつか、みをりさんが言ってたな。そんなこと」
みをりさんの最後の言葉を聞いた日だ。忘れようがない。
「昔はよく遊んでいたんだけどね。歳を重ねるごとに、症状がどんどん悪くなって・・・。一番ひどかったのは、ちょうど島波君が美海ちゃんと一緒にいたころかな」
「だから会うことがなかったのか。お前と」
「そうだよ。・・・それこそ、私が今ここにこうしていることも、奇跡に近いかもしれないんだ」
語る水瀬の表情は暗い。けれど、光を失っているわけではなかった。
そこに水瀬の芯の強さがうかがえる。言葉にはしなかったが。
と、そんなとき水瀬はふっと語る。
「私はさ、海、好きだよ?」
「なんだ、藪から棒に」
「島波君は・・・陸の事、どうなの?」
「・・・そりゃあ、嫌いじゃないに決まってるだろ」
「そう。・・・それが聞けて良かった。話、これくらいかな。もうずいぶんと暗いし、ずっとここにいてもよくないよね」
水瀬の言葉で俺は月を見上げる。もうずいぶんと高いところまで登っていた。
良い子は、帰る時間だ。
「そうだな。もう帰るとするよ」
「今日はありがとうね」
「こっちこそだ。・・・また、遊びに行ってもいいか?」
水瀬は少し驚いて、すぐに嬉しそうな表情を見せた。
「うん、いいよ」
「そっか。・・・じゃあ、また明日」
俺はその場から海に飛び込もうとする。
しかし、その行動は水瀬の大きな声によって遮られた。
「待って!」
「なんだ?」
「私さ・・・苦しい事いっぱいあるけど、全部諦めたくないから。・・・ごめんね、なんか変なこと」
「いいよ別に。・・・んじゃ」
半ば逃げるように、今度こそ海に飛び込む。
・・・苦しんでも諦めたくない、か。
少なくとも、今の俺には理解できない感情だ。
・・・やっぱり、人間っていうのは難しいな。
この対話のシーンは個人的に好きな回です。
水瀬という人物を前作よりもはっきりと書きたい。
といったところで、今回はこの辺で。感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)