凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百八十話α 罪負う二人、歩き出す時

~遥side~

 

 美海に別れを告げたその足で、俺は水瀬邸へ向かう。もう一つあった俺の居場所を断ち切った今、自分の家を除いて俺の居場所はもはやあの場所しかない。

 

 確か今日、千夏は休みだと言ったはずだ。今すぐ家に行けば会えるだろう。

 心に大きな穴を穿った今、その穴を塞いでくれるのは千夏しかいなかった。だから早く会いたくて、心は歯止めが効かなくなる。ただ激情のまま俺は走る。

 

 水瀬邸の玄関までたどり着く。合鍵なら持っているが、俺はインターホンを鳴らした。・・・もう一度、この家の人間として迎えてもらうために。

 

「はーい・・・って」

 

 ドタドタと音が聞こえた後でドアを開いたのは千夏だった。俺がインターホンを使ったことに驚いているのだろう。

 

「どしたの、インターホンなんか使って」

 

「いや・・・。今日来ること連絡してなかったから、勝手に家鍵開けて入るのも悪いだろうなって思って。・・・それで、なんだけどさ」

 

「分かった。待ってて」

 

 千夏はその言葉を聞くまでもなく一度家へと引き返した。髪をセットして外着に着替えて、もう一度玄関に現れるのが五分後。

 

「さ、行こう?」

 

「・・・よく俺が言おうとしてたこと分かったな」

 

「だってそれは、私がよく遥くんに言ってた言葉だからね。・・・きっとこうしたいんだろうなって、ただそんなことを思ってた」

 

 もはや言葉を介さずとも分かり合える関係。俺と千夏はそこまでたどり着いてたんだ。この長い年月の間で。

 これから歩んでいく未来へ大きな弾みがつく。きっと大丈夫だろうと心から思わせてくれる。

 

 二人並んで坂道を下る。伝えたい思いを告げるなら、俺たちを結び付けてくれたあの場所だって決めていたから。

 だからそこまで千夏を連れていく。もちろん千夏も行先を分かっているようで、ただ呑気に鼻歌を歌いながら一歩先を歩いていた。

 

 会話はない。ただ静かで少し不気味な、だけど心地のよい時間だけが過ぎていく。

 

 そして足を止めた時、ようやく千夏は口を開いた。

 

「それで、今日はどうしたの?」

 

「・・・好きだ」

 

「え・・・?」

 

 間髪入れず、それは言葉となった。美海に別れを告げた手前で、心はただその思いに溢れていた。

 早く一緒になりたい。ずっと傍にいて欲しい。待ちに待たせた言葉を千夏に伝えたくて、俺の心は暴走していた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ・・・」

 

「待たない。・・・これが、俺の答えなんだよ」

 

 あの日言えなかった、心からの「好き」の言葉。お前が一番であるということの、その証明を、今言葉にして行う。

 最初は動揺のあまり表情を硬直させていた千夏だったが、次第にそれを歪ませていった。口に手を当てて震えている。

 

「・・・本当は、あの日こうやって伝えたかった。・・・だけど臆病だから、俺は逃げるしかなかった。・・・逃げてしまったんだよ」

 

「違うよ・・・逃げたの、私でしょ・・・!?」

 

 千夏は必死に涙をこらえながら、俺を否定する言葉を紡ぐ。

 

「答えを聞こうとしなかったのは私。遥くんが答えてくれるのを待たなかったのも私。・・・逃げてたのは、私なの」

 

「じゃあ、二人ともだ。・・・俺たちはあの日、二人とも逃げ出したんだよ。自分の思いと、目の前の答えから。・・・だって、怖かったもんな」

 

 あの日は全てが壊れることが怖かった。逃げ出したらもっと壊れることを知らずに、それを怖がっていた。

 最終的に、今全てを壊してここにいる。・・・だから出来るはずだ。あの日のやり直しを。

 

「・・・俺には、お前しかいない。お前に傍にいて欲しいんだよ、千夏」

 

「あ、・・・ああ・・・」

 

 膝から崩れ落ちて、千夏は嗚咽を漏らす。小刻みに震えて、涙を流している。

 

「本当に・・・私なの? 私でいいの・・・!?」

 

「ああ。お前でいい。・・・違うな、お前がいいんだよ。保さんや夏帆さんへの遠慮じゃない。妥協じゃない。俺個人の意思で、お前を好きでいたい。・・・だから、嫌じゃないなら、この言葉を受け取って欲しい」

 

「嫌なんかじゃないよ・・・! すごく、すごく嬉しいよ・・・」

 

 それでも千夏は顔を上げない。その理由はすぐに放たれた。

 

「でも、美海ちゃんはどうするの? どうやって、これを告げるの・・・?」

 

「・・・もう言った」

 

「え?」

 

「お前とは一つになれないって言った。あいつのこれまでの思いを全部拒絶した。千夏が一番だって、面と向かって伝えてきた」

 

 ついさっきの光景だ。すぐにでも思い出すことが出来るほどの鮮明な光景。千夏は申し訳なさで、また泣いた。

 

「どうしてそんなあっさり断ち切れるの・・・!?」

 

「あっさりじゃなかったよ。・・・たくさん悩んだ。頭の二日間、俺がどうしたいかをずっと考えてた。そして最後の一日、どうやってこの想いを伝えようか考えていた。・・・でも、その言葉はすんなり出てこなくてさ、不器用なこと言って、必要以上に傷つけた」

 

「・・・」

 

「でも、傷つけてでも手に入れたいだけの価値がお前にはあるんだよ、千夏。・・・たくさん失ってでも、俺はお前が欲しかった。・・・これじゃ不満か?」

 

 俺がそう伝えると、千夏はぴたりと震えを止めたかと思うと立ち上がって俺の胸に抱き着いてきた。俺の背中側を握る力は、年相応の女子のそれとは思えないほど力強い。

 

「・・・ねえ、今から酷いこと、沢山言っていい?」

 

「ああ」

 

「それでも・・・私を選んでくれる?」

 

「ああ。・・・だから、全部聞かせてくれ」

 

 その言葉を合図に、一つ息をついて千夏は大きな声を挙げた。

 

 

「遅すぎるよ!!」

 

 

「・・・っ!」

 

「こんなことになるなら、あの日早く答えを告げてよ! そうしたら私はあなたを傷つけずに済んだ! 美海ちゃんだって友達でいれたのに!」

 

「・・・ああ、悪い」

 

「遅すぎるよ、もう・・・!」

 

 千夏はやはり、美海への思いを断ち切らざるを得なかったことに大きな後悔を抱いていた。その直接の原因である俺はただ言葉を受け止めざるを得ない。

 

「苦しかったんだよ!? 傷つけた記憶を取り戻すように手術を受けて、あの日のことをずっと思い出せる体になって・・・。あの日、遥君を忘れたままでも、私は幸せになれたのに」

 

「じゃあ、今こうやって俺が告白するの、嫌だったか?」

 

「そんなことない!」

 

 思いきり首を左右に振って、俺の告白を肯定する。

 

「ただ今だけは、過去を引きずる嫌な女でいさせて・・・! あと少ししたら、これからの幸せだけを願う水瀬千夏になるから・・・!」

 

「ああ、分かった。・・・だから、全部ぶつけてくれ」

 

 それから次々ぶつけられる小言、怨嗟、後悔。その一つ一つを受け止めながら、俺は何度も頷いた。その言葉を浴びせられるたび、また好きの気持ちが溢れる。

 そしてその類の思いが全部止まった時、千夏は震えた声で言った。

 

「・・・これで私、幸せになれるんだよね? 幸せになっていいんだよね!?」

 

「ああ。・・・幸せにしてやる、とかは言わない。・・・一緒に幸せになりたいんだ。二人なら罪を一つ一つ潰していける。許していける。俺はそんな未来を歩いて行きたい」

 

「・・・じゃあ、改めて私も答えないとね」

 

 抱き着いたままの身体を離して、目元を何度も拭って涙を払い、真っ赤に染めた目元を細めて瑞々しく笑った。

 

「・・・こんな私だけど、どうか今後もよろしくお願いします」

 

「・・・千夏」

 

 ようやく答えが訪れる。俺はようやく千夏の一番になれた。

 そのために失ったものだってある。もう美海とこれまでと同じように会話することは出来ないだろうし、釘を刺したようにさゆがそれを許さないだろう。

 だから手に入れたものだけ抱えて俺は生きていく。抱えたものだけ守れる強さを胸に抱いて生きていく。

 

 それを確かめるように、今度は俺から歩みを寄せて、千夏を抱き寄せた。言葉もなく、ただ唇が触れる。なんの躊躇いもない、なんの雑念もない、千夏だけを思った純白の口づけ。

 

 10秒ほど続いて、俺たちはようやく離れる。もうそこには涙はなく、雨上がりの空間に二人笑った。先ほどまで降っていた雪も降りやむ。

 

 

「今日にでも、そっちに帰るよ。ちゃんとこのことを二人にも伝えたい」

 

「ああ、そのことなんだけどね」

 

「?」

 

「時が来たら、私、あの家を離れようと思うんだ」

 

 海を見つめて千夏が言う。それが何を意味するのかすぐに理解できた。

 

「海で働く事決めたからさ。遥くんがいいなら、私はあの家に住みたい。ちゃんと、二人で」

 

「そのころには結婚でもしてるんだろうな」

 

「気が早いよ・・・」

 

 けれどここまで膨大な愛を二人で結んだんだ。それが解けることはないだろうし、そんな未来が全く見えない。

 例えもっと嫌なところがお互い見つかったとしても、許し合い、治していける。これまでそうやって歩いてきたんだ。これからも・・・。

 

「ということで、下手にうっぱらったりしないでね」

 

「ああ。ちゃんと時には帰って手入れしておくよ。約束だ」

 

 それから俺は小さく差し出された千夏の手を取る。千夏は少し頬を赤らめて俯き、だけどそれを深く握り返した。

 そうして来た道を二人歩いて帰る。今度は新しい二人で、新しい未来を紡いでいく。

 

 

 

 失った悲しみなんて一瞬で忘れる位、今この瞬間が輝く。

 これが手にしたかった幸せなのだと、強い力で大地を踏みしめた。




『今日の座談会コーナー』

 告白回なんてもう何年振りですかね・・・。少なくとも二次創作だと前作ぶりなはずなんで四年ぶりくらいでしょうか。書くのは難しいけどやっぱりやってて楽しいですよね。これ言うのもなんですけど、最近では小説よりノベルゲーム派なので、こういった風にマルチエンディングのほうが好きなんですよ。今作はヒロイン二人ですが、もっと複数ヒロインの作品とか作りたいですよね。・・・あ、一応ハーメルンにも複数ヒロインの一次創作があります。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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