凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
一度家に帰って、当面の荷物をまとめて水瀬家へ向かう。事前の連絡は必要かと思ったが、今日は二人とも夜まで帰ってこないらしい。「どうせ大丈夫だから」と千夏が言ったのもあって、俺はひっそりと住まわせてもらっていた客間に荷物を運びこんだ。
そして夜まで俺は外をぶらつくことにした。どこか演技クサい流れになってしまうが、二人が帰ってくるというのに何も言っていない俺が堂々と居座っていてはまずいだろう。そんな小さいことを・・・、と千夏は言うが、これは俺なりの流儀とも言える。
そして家のインターホンをもう一度鳴らしたのは午後八時。急な来客が折れであることに、扉を開けた夏帆さんは少し驚いた表情をしていた。
「遥、君?」
「どうも。・・・ちょっと連絡するタイミングがなくて急な来訪になっちゃいましたけど、これから家に上げてもらう事ってできますか?」
「そんなの全然大丈夫だよ。・・・それより、珍しいね。なんの前情報もなしに帰って来るなんて」
「・・・ちょっと、色々ありまして」
もはや代名詞となった言葉でこれまでの時間のことをはぐらかす。それは後々、ちゃんと二人に説明するつもりだから。
夏帆さんは何も問わず上げてくれた。ちょうど千夏はリビングとくっついている食卓の自分の席に着いていた。小さくアイコンタクトを取って、俺はその隣に座る。
それから間髪入れず、二人の名前を呼んだ。
「保さん、夏帆さん。・・・ちょっといいですか?」
俺の呼びかけに対し、何も言わず二人は残ったもう片方の二席に着いた。場が膠着したところで、改めて二人の表情を見る。
が、ここは流石に大人。簡単に内情を読み取らせないと言わんばかりの素の表情でそこについている。・・・だからこそ、俺は安心した。
ひとつ息を吐いて、さっき結ばれたことを話す。
「・・・改めて、二人にお話があります」
「うん。・・・聞くよ」
「・・・千夏さんと、お付き合いをさせてもらってもいいでしょうか」
そんなかしこまらなくても二人はそれを受け入れてくれるというのに、俺はどこか他人行儀にそれを言ってしまった。
そのぎこちなさに、夏帆さんはおろか、保さんもクスリと笑いだした。そしてその笑みは次第に引いて、今度は穏やかな慈愛のものに変わる。
「・・・それが、遥君の選んだ答え、ということでいいのか?」
「はい。・・・随分時間がかかっちゃいましたけど、俺にはやっぱり千夏が必要なんです。・・・そして、二人もまた」
「それは、俺たちに遠慮した答え・・・というわけでもなさそうだな」
覚悟の据わった俺の目を見て、保さんは繰り出しかけた言葉を引っ込めた。
隣で千夏が顔を赤らめて俯いている。俺はその彷徨える右手をしっかりと握って顔を前に戻した。
「・・・本当に、いいのか?」
「はい。これがいいんです。・・・千夏のことが好きです。誰よりも。だから幸せになるって願いをここで叶えたい。・・・そして、もう一つの願いも叶えたいんです」
「それは?」
「・・・ちゃんと、二人のことをお父さん、お母さんって呼ぶことです」
言おうとしてはためらっていた。だけどたしかに口にしたかった言葉。それは同時に、俺が心からこの人たちと家族になるという意志を表明していた。
その言葉に、夏帆さんは口を手で押さえて震えだす。保さんも心なしか嬉しそうな
表情を浮かべて、それでも冷静なまま答えた。
「・・・そうか。それはどこまでも、嬉しい事だな」
「遥くん、いつのまにそんな話をしてたの?」
「ずっと長い間、時間をかけてしてたよ。お前が眠ってた時、お前が帰ってきてから、・・・それで、やっと答えが出たんだよ」
これに関しては、水瀬千夏の彼ではなく、二人の子として育てられた俺のプライドでもある。誰にも踏みにじられたくない領域だ。
それから俺は間髪入れず、もう一つの大事なことを告げる。選んだ道から逃げられないように、自分の心を確かなものにするために。
「・・・それと、お二人にもう一つ伝えておきたいことが」
「なんだ?」
「このお付き合いなんですけど・・・、俺の方は、結婚前提で考えさせていただいてます」
なかなか急なその一言に、目の端に涙をため、苦笑いを浮かべた夏帆さんが反応する。
「結構気が早いことを言うんだね」
「私もそう言ったんだけどさぁ・・・」
「俺もそう思います。・・・でも、この関係が遊びじゃないことを証明したいし、何より、ただの交際よりも色濃い時間を、これまで長い事過ごしてきたので」
だからお互いのいいところ、悪いところを理解しあえている。それでいて一緒にいたいと思えるのだから、嫌いになる所などもはや一つもない。
ならばこの踏み込んだ誓いだって間違いではないはずだ。それほどまでに、俺は手を繋いだ先の千夏を愛している。
夏帆さんもそれを理解して、保さんと頷きあって答えを告げた。
「うん。・・・結婚に関してはまだ時間がかかるだろうけど、今の遥君になら全部託せるよ。千夏のことも、その将来のことも。・・・だから、これからもよろしくね」
「・・・はい!」
威勢のいい返事は自然と放たれる。その期待に答えたいとどこまでも願う。こんな歳にもなって未だに未熟な俺だけど、だからこそ向上心を忘れずに生きていける。
千夏の男として、二人の子供として、まだまだやるべきことは多いはずだ。それを一つずつ、千夏と一緒にクリアしていこう。
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二人に受け入れて貰えた満足感からか、部屋に戻ると急に疲れが押し寄せた。
「そうだよな。・・・今日、沢山あったからな」
大きな何かを失った。新しい大切を繋ぎ直した。身体が疲労を感じるのなんて、それだけで十分な話だ。
このまま寝転がってるだけではそれにやられてしまうだろう。意を決した俺は縁側の方へ向かった。
そこにいつものように保さんが座っていた。恰も、俺を待っていたと言わんばかりに。
「待ってたんですか?」
「・・・ああ、待ってたさ。遥君が向こうに帰ってから、ずっとこの日をな」
「保さん・・・」
どこか哀愁が混ざったようなその呟きに、俺は言葉を失った。この人は目に見えて感情を垂れ流さないが、その代わり言葉に全部詰めてくれる。だから、気づきやすい。
俺がこの場所を選ぶことを、ずっと待っていてくれてたんだ。
「・・・随分、答えるのが遅くなっちゃいました。申し訳ないです」
「怒るはずないだろう。・・・なんせ、こうやって話すことすらなくなってしまうことを覚悟してたくらいなんだからな。多分俺は、心のどこかで遥君が帰ってきてくれることを諦めてたのかもしれん」
「・・・そんな人は、ずっとこの場所で待ってくれてたりしませんよ」
少なくとも、諦めてしまったらそれにまつわる記憶を全て消したくなるはずだ。俺がもし保さんの立場なら、とっくにこの場所に俺を求めることをやめているだろう。
口ではそう言いつつも、この人はずっと俺のことを信じてくれていた。それはちゃんと、伝わっている。
けどこの面倒くさいところが、千夏そっくりなんだよな、この人は。
「・・・美海ちゃんには、酷いことしてしまったな」
「保さんが責任を負うことはないです。・・・これはあくまで、俺と、千夏と、美海との話です。子の不始末でも、親が責任を取る必要なんてないんですよ。・・・みんな納得して、選んだんです」
傷つくことを選んだもの。傷つけることを選んだもの。みんなそれぞれそうであって、中途半端な心を抱いていた人は一人もいない。・・・曖昧な答えを出さなかったことだけは、ちゃんと誇りたい。
「それより、さっきはちょっとグダグダになっちゃいましたけど・・・、改めてよろしくお願いします。保さん」
「お父さん、とは呼んでくれないのか?」
「結婚を決めた時、そう呼ばせてください。・・・その時俺はようやく、ちゃんと二人の子供になれるんです」
「なんだ、俺と考えは一緒か」
保さんはそう呟くと、小さく笑みを浮かべて俺の方を向いていった。
「この七年間、ずっと他人行儀な呼び方をやめたかったんだ、俺は。いつかちゃんと『遥』と呼べる日を待ってた。・・・そうか、ようやく叶うんだな」
「そう、だったんですね・・・」
「これでやっと、俺は遥君のことを『息子』だって思っていいんだな」
その呟きに、思わず涙が溢れそうになる。千夏のいなかった孤独な五年間のことを鮮明に思い出してしまう。ずっと変わらない愛をくれた二人のことを。
・・・引きずってない。遠慮してない。
だけど、やっぱり俺は、この場所が好きで・・・。
俺は深々と頭を下げる。
「これからも、どうかよろしくお願いします」
「それを言うのは俺たちの方だ。・・・千夏のこと、好きか?」
「はい」
「結婚したいか?」
「許されるなら、すぐにでも」
「そうか」
恥ずかしがる素振りもなく即答する俺に、保さんは呆気にとられたようだった。それから目を細めて遠くを見つめる。
「・・・あいつのこと、よろしく頼む。遥君も知ってると思うが、我儘で血気盛んな娘だ。時々暴走して、いう事を聞かなくなる。・・・だから、ちゃんと引っ張ってやってくれ」
「はい。・・・ちゃんと二人で歩いていきます」
「・・・千夏が選んだ子が、君でよかった」
それから保さんは太く力強い手を俺の頭にのせる。こうやって撫でられるのは嫌いじゃない。特に、大切なこの人ならなおさら。
だから俺は身を寄せる。親に甘える子供のように人1人分開いていた空白を埋めて、この愛おしい時間に身を委ねる。
そこが自分の居場所だと、忘れることが出来ないように刻むために。
『今日の座談会コーナー』
リメイクを書くにあたって、ちゃんとこの二人との関係は清算しないといけないと思っていたので書きます。βでもやります。多分書くころには血反吐を吐くような思いだと思いますが。・・・なんでしょうね、自分を信じてくれた存在を裏切るって行為がたまらなく嫌いなんですよ。相手がそれを気にしてないといっても、自分の中でそれを許せないというか。遥の面倒くさい性格は、案外作者のが如実に出ているのかもしれないですね。
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)