凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百八十二話α 緩やかな1歩を

~千夏side~

 

 色々あって生まれた悶々とした感情を抱えたまま、湯舟に浸かって天を仰ぐ。

 それからリビングの方に戻ると、お母さんが私の方を見てちょいちょいと手招きしていた。

 

「千夏、ちょっと来てくれる?」

 

「うん。・・・二人は?」

 

「いつもの。だから多分当分帰ってこないだろうね。・・・その間に、話しておきたいことがあるの」

 

 言わなくても分かる。遥くんとのことだ。

 それは私の今後にも関わる話。多分、今しか出来ない話だろう。

 

 ひとつ唾を飲み込んで、私はお母さんの向かいの席に座る。

 まずお母さんが浮かべたのは安堵の混じった笑み。

 

「・・・よかったね、千夏」

 

「うん。・・・ちゃんと報われてよかったって思うよ。・・・あんまり『もしも』の話するの好きじゃないんだけどさ、選ばれなかったら、私には何も残らないんじゃないかって、ずっと怖がってた」

 

「そういうところ、お父さんそっくりよね、千夏は。心のどこかで臆病になって、それを怖がって」

 

「お父さんも?」

 

「口では言わないけどね、あの人は」

 

 私は鈍感だから分からなかったけど、もう長い事同じ時間を過ごしてきたお母さんだからこそ分かることがあるんだろう。

 ひとしきりの笑みを浮かべて、お母さんは本題に入らんと言わんばかりに黙った。顔つきの変わりようを見て、私も息を飲んで言葉を待つ。

 

「・・・さっきの話だけどね。遥君と結婚する気、ある?」

 

「お母さんまで・・・」

 

「私も気が早い話だとは思うよ。・・・でもね、多分時間の問題だと思う。だから聞かせて欲しい。千夏が今遥君のことをどう思ってて、どういう未来を描きたいか。・・・ほら、そういう事あんまり言ってくれなかったから」

 

 お母さんはお母さんなりに不安なのだろうと思った。多分私以上に、全てが壊れることを怖がっているんだと思う。

 ・・・臆病で怖がりなのは、どっち譲りの性格なんだろうね、ホント。

 

 だから少しでも安心させてあげられるように、私の「本心」を言う。それがお母さんの望む答えじゃなかったとしても、揺るがない覚悟を胸に。

 

「結婚、したいよ。今はまだ高校生だから流石に無理なことは分かってるけど・・・。それさえないなら、今すぐにでも一つになりたいよ。だから、結婚前提でって言ってくれた時、ホントは嬉しかったんだ。・・・もうはぐれることはないんだなって」

 

「そう、なのね」

 

「でも、結婚するしないに関係なく、一つだけ叶えたい私だけの夢があるんだ」

 

 ここからが私の「本心」。多分、お母さんを悲しませるであろう決意。

 

「私ね、やっぱり海で生きたい。だから結婚したら、遥くんと一緒に海で過ごそうと思ってるの。職場も、そっちのほうで探す」

 

「海で、ってことは・・・」

 

「うん。この家とも一旦お別れ。もちろん何度も帰って来ることになるだろうけど、もうずっと住むことはないと思う。急にこんなこと言い出しちゃってごめんね? ・・・だけど、これが私が描いてる未来だよ、お母さん」

 

 言い切ったあとの爽快感は、目の前のお母さんの物寂しそうな表情ですぐにかき消された。・・・何も言えないままおじいちゃんと生き別れてしまったんだ。別れが怖くないはずなんてない。

 

「・・・あと、二年?」

 

「うん。後二年」

 

「そしたら千夏も遥君も、ここで暮らすことはなくなるのね」

 

「・・・うん」

 

 認めたくもない事実を声に出して、お母さんはそれを確かめる。最後には黙り込んだが、どうにか作り笑いを浮かべて顔を上げた。

 

「ならあと二年は少なくとも、ちゃんとしたお母さんでいなきゃね」

 

「少なくとも、なんて言わないでよ。離れてもお母さんはお母さんなんだから。・・・私の、そして遥くんの大好きな」

 

「ごめんなさいね。・・・でも、やっぱり想像しただけで寂しくなっちゃってさ。それが幸せなことで、応援するつもりだってあるって思っても、寂しさには勝てないの」

 

 いたたまれなくなった私は、席を立った。向かいの席まで歩いて行って、そっと後ろからお母さんを抱え込む。遥くんがそうしてくれたように、私もこうすることで誰かを包み込んであげたかった。

 

「千夏・・・!?」

 

「大丈夫だよ、お母さん。・・・大好きだから、ちゃんと帰って来るから」

 

「・・・もう、泣かせないでよ」

 

 そう言ってお母さんは両手で顔を覆う。私が泣き虫なのは多分お母さん譲りだね。

 そして泣き止むまでずっと私はお母さんの傍にいた。大丈夫だよと呟きながら、背中を摩る。遥くんに教えてもらった全部が、私から溢れてくる。

 

 もう貰ってばかりじゃいられないよね、私も。

 

 お母さんが泣き止む頃、縁側の方で音が聞こえた。話にひと段落ついたのだろう。

 秘密の花園、ガールズトークもここまで。私はお母さんのもとを離れた。

 

「まあ、そういう訳だから。結婚もする。夢も叶える。・・・それで、ちゃんと休みにはここに帰って来る。約束するから、もう泣かないでね?」

 

「ええ、もう大丈夫よ。・・・ありがとう、千夏」

 

「ううん。私の方こそ。・・・あの日、もう一度進みだす勇気をくれてありがと」

 

 罪に押しつぶされそうになった時、勇気をくれたのはお母さん。

 あの日前に進むことが出来たから、私は今幸せなんだよ。

 

 ・・・だから、ありがとうね、お母さん。

 

---

 

~遥side~

 

 

 壁の外がシンと静まり返る。時計は11時を指している頃だろうか。

 身体は疲れているというのにどうも眠れない俺は、壁にもたれかかって電灯一本の明かりで本を読んでいた。将来への勉強に終わりはない。

 

 けれどその集中はあっけなく妨げられる。よもや扉が開くなどとは思っていなかったからだ。

 

「千夏・・・」

 

「邪魔しちゃうね」

 

「ああ。ちょっと待ってろ」

 

 そう言って俺は本を畳む。それから千夏のほうに向こうとしたが、それは千夏から止められた。

 

「そのままでいいよ」

 

「何が、・・・って」

 

 立ち上がろうとする前に、背中にずしりと体重が乗る。千夏は俺の背後に背中合わせに座っていた。

 やれやれ、と一度目を伏せて、俺はその重みを受け止める。

 

「・・・私たち、恋人、なんだよね」

 

「ああ。告白して、受け入れて貰ったからな。晴れて俺たちはカップルだよ」

 

「あはは・・・。やっぱり、馴染まないや」

 

「そうだな」

 

 千夏の苦笑いは俺にも伝染した。拗れすぎた俺たちに、そんな素直な言葉はどうも似合わないらしい。

 多分、そんな簡単な言葉で表せないのだろう。俺たちの関係は。

 

「・・・ねえ遥くん。いつしようか」

 

「何を?」

 

「結婚」

 

「・・・微妙な反応してたの、嘘だったのかよ」

 

「別に微妙な反応なんてしてないよ。確かに気が早いなって思ってたけど、それだけ。私だってしたいよ? 結婚」

 

 千夏の言葉に俺は安堵混じりのため息を吐く。何にせよ、思いを受け入れて貰えてよかった。

 

「ま、現実的な話千夏が高校を卒業するまで我慢だな。多分、その後すぐになると思う」

 

「そんなとこだろうね」

 

「・・・問題は、俺の理性が持つかどうかだけど」

 

「お預け二年か~。確かにストレス溜まるよね。・・・『せめて籍だけでも!』ってなるけど、流石に学生結婚は私が嫌」

 

 そんなこと分かっている。少なくとも千夏が望まないことはしないつもりだ。

 

「まあ、のんびりやっていこうよ。・・・まずは二人、傷を癒すところから。そして傷が癒えたら、のんびり幸せになろう。・・・幸せになること、焦んなくていいよ。私はいなくならないから」

 

「・・・焦ってた、のかな?」

 

「たぶんね」

 

 そうなるだけの要因が俺にはある。手遅れになる前に全てを結びたいと思ってしまうのは、過去の傷があるからだろう。

 だけど、俺はそれ以上に千夏の言葉を信じる。・・・千夏はいなくならない。

 

 ならば俺も、ちゃんとそれに対する返事をしないとな。

 

「・・・ゆっくり、か。そうだな。・・・ただ、後悔だけはしないようにしたいから、愛に対してはとことん貪欲になるぞ、俺は」

 

「いいよ、受け止めてあげる」

 

 地面に放り出されている両手をしっかり握る。背中合わせの姿勢は変わらないけど、今日はこれでいい。明日はもっと近づこう。

 

 そうして一つ一つ愛を確かめていきたい。俺が選んだ愛の価値を、正しさを、喜びを、美しさを。

 

 

「・・・ずっと、一緒にいような」

 

「うん」

 

 

 誓いは鋼より重く、固い。




『今日の座談会コーナー』

千夏√はあと十話もしないうちに終わる・・・かもです。終わらないかもなのでこの言葉は当てにしないでください。というより、作者水瀬家大好き問題が浮上してきてますね。オリジナルキャラクターだから肩入れしてる、とかそういうのはないんですけど、オリジナルキャラだからこそ自分の好きな要素全部盛りとか勝手にしちゃってるのかもしれないです。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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