凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

183 / 237
第百八十三話α 導く者でなく

~遥side~

 

「そっか、決断したんだね」

 

 ちさきにそう言われたのは、いつも通りバイトに勤しんでいた日の昼休憩のこと。千夏に思いを伝えて2週間が経とうとする頃。

 ちさきとはあれからお互いの休憩時間が被った時はこうやって話すようになった。

 

「ああ。ちゃんと二人に自分の思い全部吐き出したよ。・・・まだちょっと辛い部分もあるけど、あいつと一緒なら乗り越えられる」

 

「うん、信じてる。・・・後悔のない選択、出来たんだね」

 

「後悔するかどうかはこれからの俺の頑張りようだよな。・・・けど、後悔するつもりなんて全くねえよ。好きな人と一緒にいるんだぜ? 乗り越えられる気になるのは、お前もよく分かってることだろ?」

 

「そうだね」

 

 ちさきは自身の指先を軽く触れながら答える。それから目線を目の前の光景に戻して、俺にある宣言をした。

 

「そう言えば、なんだけど。ちょっと報告があってさ」

 

「報告?」

 

「この間ね、紡からのプロポーズがあったの」

 

「・・・まじか」

 

 中学時代からのあいつを知っているだけに、その大胆さにはつくづく驚かされる。腹を決めたら迷わないその精神は、やっぱ見習うべきだよな。

 よく見るとちさきの薬指は指輪が嵌めてあった。・・・つまり、答えはそういう事だ。今更聞くまでもない。

 

 ただ、聞くことがあるとすれば・・・。

 

「結構早い決断だったんだな、あいつ。そうはいっても学生結婚だぞ?」

 

「もう二度と離れることがないって証明をしたかったんだってさ。・・・確かにこの二年、距離が距離なだけにすれ違うことも時々あったし。だから私も頷いた。だって、一緒にいたいもん」

 

「ああ、素晴らしいことだと思う。・・・心から祝福するよ。おめでとう」

 

 離れ離れになった俺たちだけど、紡とちさきだけはずっと同じ時間と同じ道を歩んできた仲だ。俺たちにしか分からない絆はある。

 

「それで、式は?」

 

「それは紡が大学を卒業するまで我慢、って話になったよ。結婚は嬉しいけど、それで舞い上がっちゃダメだよねって私のほうから釘を刺した。・・・特別なことなんてなくていいの。私はこの一分一秒を大切にしたいから」

 

 しっかりとした考えをちさきは持っていたようだった。極端から極端に、判断を焦るちさきはもうここにはいないみたいだ。

 ・・・俺たちも、ずいぶんと大人になったんだな。

 

「のんびりやっていく、ってことか」

 

「うん。だから遥も焦っちゃだめだよ?」

 

「ははっ、この間千夏にも言われたよ。のんびりやっていこうって。だから、のんびり歩いて、ダラダラと幸せを掴む。一気に手にしたって困るだけだからな」

 

 海が冬眠から目覚めた時のどことない虚無感を覚えている。それは幸せな悩みではあるのだが、あの虚無感は焦りとの対価なのだろう。

 時間は有限だ。焦る気持ちも十分に理解できる。それでも、急いでも幸せを感じるメーターには上限がある。ならばゆっくり満たしたって構わないだろう。

 

「ところで、遥。就職はどうするの?」

 

 話は変わって、ちさきは俺が抱えていたもう一つの問題を口にする。

 けど結局これは二人のどちらを選ぶかという選択を終えたところで答えが決まっていた。最初から紐づいていたのだ。

 

「ああ、それなんだけどさ」

 

 

・・・

 

 

「そっか。ちょっと意外かも」

 

「ああ。やって来たことが無駄にならないし、俺としても新しい刺激になるだろうよ。・・・いっぱい、いろんな人の人生の形を見てみたい。それが俺の夢だ」

 

 滝登りのような人生もあれば、奈落のような絶望の人生もある。俺はいろんな人のそれと向き合って、一緒に頭を使いたい。

 だけど導きはしない。救いを与えることもしない。・・・俺はただ、きっかけになれればいい。結局自分の人生は自分で決めるしかないのだから。

 

「・・・あ、そろそろ私戻らないといけない。遥はあと三十分くらいあるんだっけ?」

 

「ああ。んじゃ、頑張れよ」

 

「またね」

 

 時計を一瞥したちさきは急いで階段を下っていった。一人残された俺は、残された三十分の時間をどうやって潰そうかとぼんやり考える。

 

「・・・そういえば、最近あの人に会ってなかったよな」

 

 今診察が入っているかどうか分からないが、たまには昔みたいに顔を出してみてもいいだろう。俺もちさきの後を追って屋上を後にした。

 

---

 

 かつては患者として通っていた部屋に、今は職場の人間として入る。その新鮮さに苦笑いをしながら、俺は戸を叩いた。

 

「遊びに来ましたよー」

 

「ん、ああ。島波じゃねえか。この時間に来るのも結構久しぶりだな」

 

「先生ここ最近診察立て込んでましたからね。多少は減りました?」

 

「ああ。おかげで最近はまあまあ暇だよ。んで、何か用か?」

 

「ドア開けた時に言ったじゃないですか、遊びに来たって」

 

 そんな他愛もない話を繰り広げながら、俺は客用の椅子に腰かける。別にこの場所で休憩する義務はないが、大吾先生はどうしてもここを動こうとしない。

 

「で、どうだ。上手くやってるか?」

 

「ええ。まだ二週間なんでちょっと戸惑いとか慣れないこととか多いですけど、心地の良い時間が過ごせてますよ。・・・すごいですね、恋愛って」

 

「ああ。俺もあいつと付き合い始めた時に同じようなことを思ったよ。・・・もう二年か、あいつとの時間も」

 

 結婚式はつい二か月三か月くらい前のこと。だというのに、それはもう遠い昔のことのように思えた。充実した毎日は過ぎ去るのもあっという間だ。

 

「そういえばお前に伝えてなかったんだけどよ、・・・鈴夏に、子供が出来たんだ」

 

「へ?」

 

「いや、そのまんまの意味。先週くらいに分かってよ」

 

「・・・」

 

 絶句している俺に大吾先生は不満そうな声を挙げる。

 

「何か言えよ」

 

「ああ、いや・・・。普通に実感湧かなくて驚いてて・・・。・・・けど、すごいじゃないですか。おめでとうございます」

 

「やっぱお前に真正面から祝福されると気ぃ狂うな」

 

「素直に受け取ってくださいよ」

 

 最後は茶化して俺は笑う。だけどこの祝福の気持ちだけは本物だ。多分大吾先生は分かってくれていることだろう。

 ・・・人が幸せになる過程を、周りの人はまざまざと俺に見せつけてくる。その幸福そうな顔を見るたびに焦ってしまう気持ちは生まれる。抑えるなんて無理な話だ。

 

 俺も、こんな人生を・・・。

 

 などと一人感傷に浸っていたが、大吾先生は少し浮かない顔をしていた。

 

「どうしたんですか?」

 

「・・・不思議だよな、親になるって」

 

「不思議って・・・」

 

「俺はさ、両親に酷くたてついて育ってきた。それは鈴夏も同様。そんな俺らが、立派に親やれんのかなって思うと、やっぱ少し不安になるんだよ。・・・俺は、俺が誇りに思ってた二人みたいな親になれんのかなって」

 

 その不安を、俺は自分の身に置き換えることは出来なかった。おそらくそれは、同じような境遇で俺も思ってしまうことだろうから。

 俺の両親は子への愛より最初に愛した相手への愛を優先した人間だ。・・・そして俺には、その両親の血が紛れもなく流れている。

 

 その時俺は、愛した女性と同じように子供を愛せるのだろうか。不安になってしまう。

 

「親、ですか・・・」

 

「けど、ああだこうだ言ってられないんだろうな。覚悟なんてする前に俺たちは親になっちまう。だったらせめて、その場で間違えないようにすることが、精一杯の足掻きなんだろうよ」

 

「ですね。・・・多分、俺の両親もそうだったんで」

 

 あれは両親なりに足掻いた結果だ。俺は今更それを責めたりしない。

 ただ、あの日のことも無駄にはしない。誰かが開拓した道に対して、新しい答えで答えるだけだ。

 

「ごちゃごちゃ考えててもなんだ。とりあえず俺は精一杯、正しいと思ったことをやってみるよ。もしそれでだめなら、お前が止めてくれ」

 

「それは俺もですよ。・・・その時が来たら、ちゃんと俺のこと止めてください」

 

 そうしあえるのが「友」という存在だ。

 俺と大吾先生はもはや「患者」と「医者」、「導かれる者」と「導く者」という関係じゃない。歳こそ離れているが、「友」という存在同士だ。

 だから俺は、そうやってお互いを支え合い、導きあいたい。この人となら、それが出来るはずだ。

 

「・・・しゃーねえ。そんときゃ俺も人生の先輩面出来るからな。ビシバシ言ってやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 口先で感謝の言葉を紡いで、俺は小さく笑った。

 

 ・・・あ、そう言えば。

 

 本題、というか、この人に伝えておきたいことがもう一つあった。俺のこれからの話だ。

 ずっと親身に相談に乗ってくれた人だ。だからちゃんと答えを持って向き合いたい。

 

「そういえば、なんですけど」

 

「どした?」

 

「就職・・・どうしようか決めたんです」

 

「おお、そうか。この職場に残るか?」

 

「・・・」

 

 俺は首を二、三度ほど横に振る。大吾先生はそれを見て小さく「そうか」とだけ呟いた。その声音はあまりにも残念そうで、胸が苦しい。

 

「俺、先生やろうと思うんです、海の方の学校で」

 

「もう一つやりたいことがある、って言ってたほうか。別に否定はしねえけど、なんでそうしたいって思った?」

 

「この間、千夏の手伝いに付き添いで行った時思ったんです。世の中には俺と同じようにどこかに悲しみや空虚を抱えた子供がいる。けど、病院の先生としてそれに向き合うのはどこか堅苦しくて、義務みたいなもののような気がして、嫌で」

 

 誰かと向き合うなら、それは俺個人で行いたい。

 

「きっかけを与えるだけでいいんです。・・・そんでもって、子供のうちに大切なことに気づいてもらいたい。全部が歪んでしまう前に」

 

「やってることは、ここでお前に託そうとしていた仕事と変わらないんだな」

 

「あと、一番の決め手は、千夏が選んだ海で生きたいと思ったからです」

 

 忘れないように言葉にしておく。

 千夏のために、というわけではないが、千夏が俺の道を決めてくれたきっかけであることには間違いない。

 

「・・・そっか。お前がこの職番にずっといてくれりゃ、俺ももうちょい気楽に仕事出来たんだけどな」

 

「期待に沿えず、すみません」

 

「謝んなって。それがお前の心からの選択なら、俺は応援する。・・・あ、でもたまには遊びに来いよ? 海で生きることを決めたからって、もう二度とこっちに来ない、なんてことはないだろうし」

 

「もちろん。暇があれば会いに行きますし、遊びだって誘ってください。こんな選択ひとつで切れる関係じゃないでしょう? 俺と先生は」

 

「違いない」

 

 大吾先生は吹っ切れた笑みを浮かべた。寂しくはあるのだろうが、それでも笑って俺の背中を押してくれた。俺に出来ることは、その期待に応える事。

 

「・・・うし、んじゃ早速今晩飲みにでも行くか」

 

「今日ですか!? ・・・そうですね、十時までに帰してくれるなら」

 

「もちろん、俺もあいつを長時間放置なんてするつもりねえからな。今が一番大変な時期だし」

 

 だったら飲み誘う暇ないんじゃ・・・、なんて思うが、あの人もあの人で面白そうなことが起こってる、と馳せ参じそうな人だ。許してくれるだろう。

 

 

 境遇が変わろうとも、日々は慌ただしい。

 だけど俺は間違いなくこの慌ただしい日々が好きで、ずっと続けと願うだろう。

 

 

 その中で、ただ一つ変わらない愛さえあればいい。




『今日の座談会コーナー』

 こうやってアフター書いてて思うんですけど、やっぱり深堀り出来るシーンいっぱいあるんですよね。前作書いてた時何を思ってたんだろう・・・。人と人の絡みを重宝しているこの作品なので、締めを淡泊にする必要はないんですよね。まあ、ダラダラと続けるのもあれなので、ここからは時間が飛び飛びになっていくと思いますが。
 この作品が終わるころ、どれだけ虚無になるのか・・・。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。