凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百八十四話α 恋も愛も越えるなら

~遥side~

 

 時は移ろい行き、環境は変わる。大吾先生のところに第一子が生まれたり、ちさきと紡が正式に婚約したり。

 そしてそれは俺にとっても例外ではない。大学最後の一年間は、やりたいように研究を進めているとあっという間に終わってしまった。時の流れは無慈悲なもので、俺はとうとう大人になってしまった。これからは仕事という義務が付いて回る。

 

 最初の一年は、それに慣れるための戦いだった。もともと俺はプレッシャーや義務に弱い人間だ。それこそ先生などというストレスのたまる仕事を選んでしまっているので、それはもうかなりの負担。

 

 それでも、周りの人間の支えもあって、四苦八苦しながらここまで来た。俺が大学を卒業して以降初めての春が来る。

 それは同時に、千夏の高校卒業の時期を意味していた。

 

 ・・・だから俺は、決断をする。

 

---

 

「最後の春休みかー。なんかしっくりこないよね」

 

 俺の家のソファでくつろぎながら、千夏はそんなことを呟いてみる。それはまさに、俺が去年体験した感情だった。

 

「四月からはお前もこっちで働くんだろ? 今のうちに英気を養っておかないと」

 

「遥くんも昔言ってたけどさ、大人になるってすぐなんだね。悲観にくれる暇もないくらいに」

 

「ああ、そうだよ。・・・学校生活、名残惜しいか?」

 

「そりゃあねぇ。・・・でも、もう一度それを手に入れるために大学は行きたくなかったから、この判断は正しかったと思うよ」

 

 千夏はちゃんと自身のまっすぐな意思でそう答えた。横着や甘え、義の欠片もないような行動をしない奴でよかったと俺は心の隅の方で思う。

 

「・・・けど、せめて大人になる前に、何か忘れられないことしたいな」

 

「忘れられないこと、か」

 

 とはいえど、初夜はとっくに迎えてしまった。本当に自然な成り行きで、お互い止めることもないまま。二人に勘づかれて顔を赤らめたことも覚えている。あれは紛れもなく忘れられないことだ。

 

 それと同じくらいの何か・・・。それを探すのはまあまあ至難の業だ。

 

 けど、それだけのことを、俺はこの春休みで行おうと思っている。これから新しい門出を迎える千夏の、俺のために。

 ただ、それは一生に一度のチャンス。焦っては全てが台無しだから。

 

「といっても、そんな特別な何かいらないけどね。・・・今でいっぱい。十分だから」

 

 呟く千夏の表情に忖度や遠慮はない。きっと心からそう思ってくれているのだろう。だから俺は、俺自身の焦りを隠すことが出来る。

 そう思っていると、千夏は思い出したように声を挙げた。

 

「あーでも、そういえば付き合い始めてからもう2年経つんだ」

 

「そうだな。3月28日でちょうど2周年。去年は街の方まで千夏が来てくれたんだよな」

 

「そうそう。遥くんがどうしても外せない用事で街に残されてきたから遊びに行ったよ。なんだかんだ言って遥くんのアパート行ったことなかったし。あれもなかなか面白かったな」

 

 少々ドタバタしてしまった記憶があるが、千夏はそれですら楽しんでくれたみたいだ。・・・けれど流石に、今回こそはちゃんとした時間をすごしたい。

 

 ・・・だって、俺がやろうとしているのは。

 

「・・・どしたの?」

 

「いや、考え事だよ。今年はどうしようかなーって」

 

「仕事、あるんだっけ?」

 

「運のいいことに今年は土曜日となっておりまして、もれなく休みが貰えそうです。聞いたところによると陸の学校だと土曜日も平気で出勤させられるらしいからな。人数の都合上部活が出来ない海の学校でよかったよ」

 

 それで収入が変わるわけじゃないというのがまた・・・。

 

「休みなら、またどこか行きたいよねー。あ、でももし何か入ったら、全然そっちを優先してね? 悩まれながら相手されるなら、そうしてくれた方がいっそ清々しいし」

 

「いいのか? それで」

 

「うん、いいの」

 

 ずっと長い事時間をはぐくんできた二人だ。お互いが好みそうなこと、嫌がりそうなことはもうちゃんと理解できているのだろう。

 仮にもし仕事が入ったとして、それを誰かに丸投げして千夏との時間を選んだら、俺は多分その時間に心から満足できないだろう。・・・もっとも、仕事に就いても効率はダダ下がりだろうけど。

 

 けど、百パーセントで望めないなら望んでくれない方がいいという千夏からのサインをみすみす見逃す俺ではない。最適解は知っている。

 

「さてとー、そうと決まればー」

 

 鼻歌混じりで楽しそうに千夏はどこからか持ってきた旅行雑誌を広げた。あれからさらに二年時間を費やして分かったが、どうやら千夏は行きもしない旅行先の雑誌を見て想像を膨らませるのが好きらしい。

 

 ・・・なら、それを叶えるのもいいかもな。

 

「なあ、千夏」

 

「何?」

 

「その雑誌の中でさ、どこか行きたいところとか気になる所とかあるのか?」

 

「ん-、ないよ」

 

 興味なさそうに呟くその言葉は俺からすれば予想外で、思わずその理由を尋ねてしまった。

 

「何か魅力があって食い入って読んでると思ってたんだけど・・・違うのか?」

 

「魅力はあるよ? そりゃ。けど、想像だから楽しいの。これを実際の景色にしてしまったら、私がこうやって本を読む意味が無くなっちゃう。・・・だから、旅行は好きだし、思い出も作りたいけど・・・それなら、この本にないようなところがいい」

 

 夢は夢だからこそ美しい。千夏の言っていることはまさにこの通りなのだろう。

 ただ、その唯一の例外があるとすれば、それは千夏がこの場所にいるということだ。ずっと憧れ、夢に描き、望んでいた海に今存在していること。

 

 夢は夢でも、叶えたい夢かそうでないかの違い、なんだろうな。

 

「分かった。しかしまあ想像だけで旅行を楽しめるって、ホントに金のかからない趣味だよな」

 

「んー、そうなんだよね。だから遥くんも知ってると思うけど、お金が全然減らなくてさ。ここまでくれば何に使えばいいか分からないし」

 

「趣味への金のかからなさ、マジで二人とも重症なんだよ・・・」

 

 俺もせいぜい本を買って喫茶店に寄って・・・くらいのものだったから時間が経つにつれどんどんと増えていた。幼少期の倹約癖が影響しているのは間違いないんだけど、それにしてもこれは重症と言っても差し支えない。

 

 けれどそれが功を奏して、いざ結婚するとなると結構な元手からスタートすることが出来る。・・・そしたらまずは、この家の修理しないとな。

 

 あと、買うべきものも買っておかないと。

 勘づかれては全てが台無しなので、あの日のペンダントみたく千夏を出し抜くことにする。それっぽい理由があの街にいくらでもあるのが幸いだ。

 けれど嘘はつきたくない。俺は形式だけでも千夏に尋ねてみる。

 

「そういえば、今週土曜に街の方行こうかなって思ってるんだけど、千夏はどうする?」

 

「土曜・・・あー、確か仕事場で説明会があって、どうしても出席しないといけないんだよね。だからちょっと無理かも」

 

「そっか」

 

 本心を表に出さないように、俺は相槌を打つ。

 

「何しに行くの?」

 

「古くなった家具買い換えたいから目星つけに行くのと、マスターのところに顔出しに。夕飯までには帰って来るよ。二人のところへ行く約束だろ?」

 

「私が夕飯に間に合わなさそうだけどね。・・・とりあえず、今週末はパス。ごめんね?」

 

「気にすんなよ。一緒に行く時間なんていつかできるだろうし」

 

 それを作り出すために、今週俺は一人であの場所へ向かう。・・・最近になってどんどん嘘を吐くのが嫌になって来たな。こんなこと、本当にやめないと。

 

 契りを結ぶ前に、せめてすべての穢れを払った俺になっておきたい。二年前、結婚が結婚がと口走ったが、今考えてみて改めて心が走りすぎていたと思い知る。幸せに逸っていたのだろう。

 

 

 

 だから今は地に足をつける。前を見て、何をすればいいかを考える。かつてそうしたように、これからも、ずっと。

 

 

 

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

 はっきり言って少しずつ燃え尽き症候群が出てしまっているみたいです。あれだけいいテンポで更新できていたというのにまさか二日も空けてしまうとは・・・。とはいえど、それは惰性で書いてない証だと思います。昔は本当に毎日投稿にこだわっていたあまり、惰性でもGoサインを出していたので。千夏編は残りが結婚編あとアフターって感じですか。頑張ります。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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