凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
本当は、もっとゆっくり時間をかけてそれを行うべきだと思っていた。人生にたった一度のチャンス、逃してしまえば一生後悔すると思っていた。
けれど、それは違った。久方ぶりに美海に逢って、思いは確信に変わる。
俺は、今日、千夏に思いを伝えたい。
もちろん、それはかつて大切に思っていた美海を拒絶するためじゃない。けれど、自分にとってのたった一つが千夏であることを、今すぐに証明したかった。指輪を買った瞬間から、思いが逸っていたのかもしれない。
・・・それに、大々的に準備なんてしてたら勘づかれてしまうからな。折角なら驚いてもらいたいし、喜んでもらいたい。
誰かへの当てつけではなく、俺は俺の意志で、今日この日を運命の日にしたい。
二人ともそれぞれの用事があったから、どこか遠くに行くことなんてできはしないけれど、それでいい。こんな大切も日常の一部に入ってしまうのほうが、よっぽど俺たちらしいから。
そう思うと、心はどこまでも澄んだ。どんな言葉をかけようか、などと悩んでいたのがバカらしく思う帰りの列車の事だった。
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本当はもう少し早く二人の所へ行くつもりだったが、予定を変えた俺は一報を入れた後、千夏を待つことにした。といっても、千夏は直接陸へ来るだろうから、待つ場所はもちろん一か所だけだ。
二人の思い出の場所は、偶然で生まれたものではない。この堤防は海と水瀬家を結ぶちょうど中間地点なのだ。だから、ここで待っていれば千夏は来ると俺は確信していた。
そしてそれが現実となるのは、太陽も沈んだ夜八時のこと。雨上がりのおぼろげな満月が、ぼんやりと水面に浮かんでいる。
その月の影を割って、千夏は出てきた。
「・・・あれ? 遥くん。まだお父さんたちのとこ行ってなかったの? 荷物持ったままってことは」
「ああ。ごちゃごちゃ考えてたら、お前のこと待ちたくなってな。ここに来れば会えると思ってたし、実際、そうなった」
何も嘘はついていない。不格好な言葉しか出てこないがそれも俺らしくていいだろう。
「ふーん、まあいいや。折角だしちょっと休憩してっていい?」
「もちろん」
ひょいと堤防に登った千夏は、俺が腰かけているちょうど隣へ座る。今はもう、人1人分のスペースも空かない距離。重なった手が自然と結ばれた。
その温もりに少し目を細めながら、俺はもう一度浮かび上がった月の影に目をやる。間もなくして他愛ない言葉が、自然と口から放たれた。
「結局、俺たちっていつもこうだよな」
「そうだね。・・・なぜかここにきて、なぜかこうして、そして笑いながら帰るの。ホント、なんでなんだろうね。意識なんてしてないのに」
「それだけこの場所が俺たちにとって大切な場所ってことなんだろ。・・・それに、ここにいる時が一番、俺でいられたからな」
飾らない言葉を口に出来た。思いに素直になることが出来た。そうして、思いを伝えた、二年前のあの日。
だから俺はここを選びたかった。これからを歩いて行きたいという気持ちを、飾らない言葉で千夏に伝えたかった。
結局はここなんだ。どれだけ飾りつけをしたステージでも、写真じゃ納まらないような絶景でも満足できない。
この、小さく月が揺れるだけのこの場所が、俺たちの全てなんだ。
だから・・・。
「結婚しよう」
隠し持っていたリングを、繋がれた左手の薬指にそっと嵌める。
「え・・・」
「いっぱい考えた。ずっと待ち続けた。本当はもっと早くこうしたかったけど、ずっと我慢してたんだよ。・・・だけど、もう、いいよな? 我儘言って」
千夏は震える瞳で俺の顔を覗き込んでくる。見られている俺は情けない表情を浮かべていないだろうか。
その真偽は分からないが、千夏はクスッと笑った。
「・・・なんだよ」
「いや? ・・・告白された時も、こうだったなぁって思ったの。全然覚悟なんて出来てないのに、急に『好きだ』だなんて言われて・・・。あの時、どれだけびっくりしたか分かる?」
「悪かったよ」
「ううん。何も悪くなんて、ないよ・・・」
そこで限界が来たのか、千夏は繋がれていないもう片方の手で目元を拭った。それから何度も頷く。
・・・その仕草だけで、答えは分かるだろう。
「・・・ふつつかものだけど、よろしくお願いします」
「ああ。・・・俺の方こそ、よろしく頼むよ。これからもっとしんどい事いっぱい起こるだろうからな。・・・一緒にクリアしていこう」
「うん」
そして、二年前と同じような口づけが交わされる。
どこまでも似た状況、違うのは、その薬指から放たれる光沢。
口約束ではなく、確かな形として、俺たちは契りを交わした。それはもう、一生涯離れることはないという誓い。ずっと前から交わしたかった約束。
けど、これはゴールなんかではない。・・・幸せになるためのスタートラインだ。
この二年間は、そのスタートラインに立つまでの準備期間。より深くお互いのことを知りあって、仲を深めてきた。だからもう、心配事なんてものはない。
唇が離れて少ししたころ、千夏は「そういえば」と呟いて俺に質問を投げかけた。
「いつから、このプロポーズ計画してたの?」
「・・・。今日をプロポーズの日にしようって決めたのは、ついさっきの事なんだ」
「えー・・・? 前々から思ってたけど、そういうところだいぶ気分屋だよね、遥くんは」
「まあ待て、話は最後まで聞いてくれよ。・・・もともと、この春休みのどこかでプロポーズしたいなとは思ってたんだよ。それこそ、来週の週末で付き合って二年の記念日だったろ? そこら辺で出来たらいいなと漠然と思ってて、今日指輪を買いに行ったんだよ」
成功した今、下手に嘘をついたところで何の意味もないだろう。俺はここ最近の自分がどう思っていたのか、ありのままを千夏に伝える。・・・ただ一つ、美海と会ったことだけは、隠したまま。
時折眉をひそめながら、時折怪訝そうな顔をしながら、最後に仕方ないなと笑みを浮かべながら、千夏はその一部始終を聞いてくれた。
「ふーん、なるほどね。・・・ま、結局気分屋ってことには変わりなさそうだけど」
「言ってくれるなよ。・・・けど、今日でよかった。そう思うよ」
何気ない日だからこそ、輝いたはずだ。
「さて、ということで当初の予定日だった来週がもれなくフリーな日になっちゃいまいたけど、どうしますか?」
「またおいおい考えようぜ」
「新婚旅行でも行く?」
「えらく急だな。気分屋はどっちだよ」
確かに、と答えて千夏は笑う。俺も同じように笑った。それから繋がれた手の力がまた一層強くなる。
俺は、守りたい。この選んだ大切な存在を。
愛を失うことは怖いけど、失わないために出来ることは、今の俺にはいくらでもあるはずだ。目を反らして逃げ回っていた自分はもういらない。
「じゃ、帰ろっか。お父さんたちにまだ話してないんでしょ?」
「もちろん。これから改めて許しを請うつもりだよ。・・・大丈夫かな」
「許してくれるでしょ、二人なら」
「といっても千夏が高校卒業してすぐだから、ちょっとあからさまなんだよな」
「たぶんそのことも含めて、二人は分かってくれると思うよ」
千夏はどこまでも自信たっぷりに二人の反応を予想した。長い事一緒に暮らしていた娘が言うんだから、間違いないだろう。
けれど、千夏はそれとは別の何かを思ってか、少しだけ伏し目になった。そして、俺が今日であったその存在の名前を口にする。
「・・・美海ちゃん、元気してるかな」
「・・・してるさ、多分」
果たしてあの様子を見て「元気」といっていいのかは知らないけれど、そう嘯くしか今の俺には出来ない。
けど、それでも俺はやっぱり、もう一度、何にも縛られないありのままの心であいつと接したい。契りを交わした今、「好き」と言葉に出来ないけれど、それでもやっぱり大切な存在だから。
だから、どれだけ絶望的な関係であっても、俺は雪解けを信じる。お互いの春を、ちゃんと目の前で迎えるために。
『今日の座談会コーナー』
なんかどこかで話したような気がするんですけど、188話まで来ちゃうとサブタイトルのかぶりが無いようにチェックしないといけないんですよね。実際何も考えずにサブタイトルつけると、完全一致とはいかないまでもだいぶ似たような名前になることありますから。ちゃんとその回の内容を読み込んで、どのようなサブタイトルをつけるべきか考えないとですね。意外と難しいもんです。
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)