凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百八十九話α 約束、叶えし時

~遥side~

 

 手を繋いだまま、俺は水瀬家の扉を開ける。

 

「ただいまー」

 

「すみません、遅れちゃって」

 

 二人で声を挙げると、奥からのそのそと夏帆さんが現れた。いつも通りどこか抜けた声と仕草で、俺たちを出迎えてくれる。

 

「おかえりなさい。・・・あら」

 

「・・・後で話があるから、先上がっていい?」

 

「もちろん。保さんにも話つけておくわね」

 

 夏帆さんはとくに俺たちについて言及することなく、一人リビングに戻っていった。いなくなったことを確認して、俺たちは顔を見合わせる。

 

「そういえば、外してなかったね。サプライズ・・・はもう無理か」

 

「んー、真面目な話だし、サプライズもクソもないだろ。せっかく付けたんだし、簡単には外したくないぞ」

 

「そうだよね」

 

 ただの装飾品じゃない。この薬指にはめられた指輪にはそれ相応の覚悟と、誓いが籠っている。そう簡単に放したくなんてないのだ。

 だから俺は、堂々と二人の待つリビングへ向かった。隣を歩く千夏と同じタイミングで椅子に座って、改めて二人の方を見る。

 

 ・・・小説とかでよく読むけれど、こういう時は大体「娘さんを僕にください」とか言うんだっけか。

 けど、それはどこか違うような気がする。確かに千夏には俺の一番になって欲しいけれど、所有物にしたいわけじゃない。それに、この家族の一員になりたいのは俺の方だ。

 

 だから・・・。

 

 しっかりと向き合って、それを言葉にする。

 

「約束叶えさせてください、保さん。・・・いえ、お父さん」

 

 それが、俺なりの報告の仕方。

 かつて約束していた。千夏と結婚する時、ちゃんと家族として縁を結ぶとき、二人のことをそう呼ばせてほしいと。

 その約束を叶える時が来たと、俺は告げる。保さんは、頷きも否定もせず、再確認の意を口にした。

 

「・・・本当に、いいんだな?」

 

「今更何を躊躇することがあるんですか。・・・俺はずっと、この日を待ってたんですよ」

 

「そうか。・・・なら、俺たちもちゃんとそれに答えないとな」

 

 ひとつ呼吸を整えて、水瀬千夏の親として、島波遥に保さんは答えた。

 

「結婚を認めよう。・・・もっとも、拒むつもりなんて毛頭ない」

 

「ええ。それに遥君は、ちゃんと千夏が高校を卒業するまで待ってくれたものね。これで二人とも正式に社会人になるんだから、もうその自由に私たちが干渉することはないわ」

 

「そういうことだ、遥君。・・・いや、違うな。遥。千夏と一緒に、幸せになってくれ」

 

 他人行儀ではないその呼び方に、心の奥の方がドキッとする。

 けれど、その行為を持って改めて理解した。俺は二人の子供で、この人たちは俺の親であると。居候と引き取り先、なんて無機質な関係ではない。俺はちゃんと、この瞬間を持って、二人の子供になったんだ。

 

 約束を、叶えたのだ。

 

 それが嬉しくて、机に頭を打ち付けて小さく涙を流す。その様子を心配した千夏が小さく声を挙げた。

 

「遥くん?」

 

「ごめん・・・。ちょっと、色々あってさ・・・」

 

 感情が溢れ出て止まりそうにない。目の前で夢が現実になったんだ。・・・こんなに嬉しいことが、あるものだろうか。

 二人の優しさに初めて触れたあの日から九年。俺の人生の半分近くを支えてくれた人たちに、ようやく俺は溜めた感情を吐き出せる。

 

 二人の子として。

 

「お父さん・・・、お母さん・・・これまでお世話になりました。・・・そして、これからも俺と千夏のこと、よろしくお願いします」

 

 顔を上げて、涙の滲んだ震える声で宣誓をする。お父さんは困ったように苦笑いを浮かべ、夏帆さんは目尻に涙を浮かべながら、いつもの慈愛を形にした。

 

「急にかしこまられても・・・やっぱりむず痒いな」

 

「けどそれが遥君らしさ、じゃないですか」

 

「そうだな。・・・千夏」

 

「え、ああ、うん。何?」

 

 ボケーっとその場を見ていただけだった千夏は、急に自分が呼ばれたことに驚いて間の抜けた声を挙げる。それに一つため息を吐いて、お父さんは言う。

 

「幸せになれよ」

 

「うん、分かってるよ。・・・それにね、意識するようなことじゃないと思うの、そう言うのって」

 

「どういうことだ?」

 

「好きなことを好きなようにやって、好きな人の傍にいる。それだけで多分、人って勝手に幸せになれるって、私そう思ってるの。これまで出来なかったこと沢山あるから、これからは全部、遥くんと叶えてくの」

 

「そうか」

 

 二人は千夏の過去の苦悩を全部知っている。だからこそこの千夏の言葉の一つ一つが身に染みて伝わってきたのだろう。

 

「・・・報告は以上、でいいんだな? 遥」

 

「はい。また今後のことは、これから話します」

 

「・・・せっかくうちの子になってくれるって言うんだ。敬語、やめないか?」

 

 席を立ったお父さんは少し不満げにそう呟く。流石に俺もそうしたいが、これにはこれまで積み上げてきた「慣れ」が勝ってしまう。

 ・・・まあ、ゆっくり解消していけばいいだけの話だ。時間はいくらでもある。

 

 ただ今は、ちゃんとそれに応えるという覚悟を見せたい。言葉はその思いだけで形になった。

 

「・・・頑張ってみるよ、父さん」

 

「ああ」

 

 それから父さんはリビングを後にする。その最後、手で小さく作られたハンドサインを見逃さない俺ではなかった。

 ここからは個別の話。いつもの男子会の始まりだ。

 

「じゃあ、俺は一旦部屋に」

 

「あ、私も」

 

「千夏。・・・ちょっと、お話付き合って?」

 

 空気を読んでくれたのだろう。俺は本当に小さく母さんに頷いて、そそくさと父さんの後を追った。

 

--- 

 

 父さんはいつものように縁側に腰掛けていた。ただ今日はいつもとどこか違う。頭に手を当てて、悩みこむように首を下げている。

 その様子が気になって俺は声を掛けた。

 

「・・・やっぱり、心配事が?」

 

「ああ。皆の手前ああは言ったが・・・いくつか心配でな。心配と言うか、俺の葛藤だ」

 

「聞きますよ」

 

「・・・。遥、お前のことなんだ」

 

「俺の・・・」

 

 父さんは、自分の愛娘よりも先に俺の名前を口にした。俺の何を心配してくれているのだろう。むしろそれは俺が聞いておきたかった。

 

「遥、お前が俺たちのことを父さん、母さんと呼んでくれるのは本当に嬉しい。・・・けど、本当に遥は、それでいいのか? ・・・お前にも、ちゃんと両親がいたんだろう?」

 

「・・・」

 

 忘れてはいけない。俺にはちゃんと俺の、「島波」の父さんと母さんがいた。その上で、二人を同じように読んでいいのかという父さんの心配だった。

 けれど、「お」とつけてしまうだけで急によそよそしくなってしまう。どうしても「義理」であることを象徴してしまうのだ。

 

 俺は、そんな関係になりたいんじゃない。この人たちに、あの二人を超えるほどの「親」になって欲しいんだ。

 

「俺は、それでいいんですよ。・・・いや、違う。そうしたい。俺はちゃんと、父さんと母さんを、そう呼びたい」

 

「それは遥、お前自身の両親のことを上書きしてでもか?」

 

「二人はもういない存在だよ、父さん。・・・それに、俺は今の父さん母さんにあの頃の二人を超えて欲しいんだよ」

 

「俺たちは、親という座を遥の産みの親から奪っていいのか?」

 

「奪ってほしいんだよ、俺は」

 

 それに多分、ひねくれものの二人のことだから、この俺の行動をまっすぐ応援してくれるだろう。ホント、息子の俺が言うのもなんだけど、とんだ曲がり者だよ、あの二人は。

 

 それでもまだ悩んでいる姿を見せる父さんに、俺はもう一つのお願いをする。

 

「あとそう、もう一つお願いなんだけどさ。・・・二人のことをちゃんと父さん、母さんって呼びたいから、この結婚、婿入り、って形で行いたいんだ」

 

「・・・正気か? それが何を意味するか、知らないお前ではないだろう?」

 

「もちろん。全部知った上での覚悟だよ」

 

 婿入り。それはそのままの意味。俺が姓を変えることになる。

 その瞬間、この世に確かにあった「島波」という姓は消えてしまう。

 

 けれど、これは決別なんだ。俺が「島波」の二人の子ではなく、「水瀬」の二人の子であることの証明。島波という存在は、存在していた形跡を残さず消えることになる。

 

 もちろん、島波の二人への当てつけの意志なんてない。ただ、あの二人だって自分たちの正しいと思ったことを貫いたんだ。息子の我儘くらい許す度量を持ってほしい。

 

「遥がそれを望むなら俺たちは構わんが・・・本当にいいんだな?」

 

「うん。それに、姓一つ変えて、もとあった姓が一つ消えたくらいで、島波の二人と過ごした思い出は簡単に消えないんだよ、父さん」

 

 ごちゃごちゃ考えても仕方がない事。死人に口はないし、祟られなければ何も問題なし。息子の我儘を聞くのも親の仕事のはずだから。

 だから、今は俺の事、ただ黙って見守ってて欲しいな、父さん、母さん。

 

「・・・分かった。ちゃんと夏帆と相談して答えを出す。・・・といっても、多分あいつも否定しないからな。そのうち遥は名実ともに水瀬家の人間になることになる。それで、いいんだな?」

 

「うん」

 

「そうか。・・・全く、とんだ心配だったな」

 

 はっは、と笑って父さんは空を仰ぐ。その目の端には涙が光っていたように見えなくもなかった。

 

「遥、千夏と幸せにな」

 

「もちろん。・・・これまでにないくらい、幸せになるよ」

 

 

 

 もはや思いに答えることにすら遠慮はいらない。

 俺は子として、親の願いに笑って見せた。




『今日の座談会コーナー』

 千夏√の目玉はやっぱりここでしょう。前作では全く言及していませんが、千夏を選ぶという選択をした場合、遥は「島波」であることをやめます。まあ、両親がいなくなった時点で子孫繁栄とか家の名前とかどうでもよくなっているということですね。それよりは自分が正しいと思ったことをした方がいいというスタンスで、「お前たちもそうしたんだから文句言うな」というスタンスですね。
 さて、千夏√も佳境です。最後までお付き合いください。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

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