凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百九十話α 凪を越えて船は往く

~美海side~

 

 お姉さんの話を聞いて、私は一つ確かめなければいけないことがあった。というより、そこを乗り越えないと前には進めない。

 あの日から私を庇い、守ってくれた存在。・・・さゆに逢って、ちゃんと話を聞かなきゃいけないと思った。

 

 だから私は次の日、さゆを馴染んだ公園に呼び出した。

 

「日曜なのに呼び出すって、珍しいね、美海」

 

「うん。話したいことがあるんだけど、多分長話になっちゃうから、今日のほうがいいかなって。ゴメン、休日潰しちゃって」

 

「いいよ全然、どーせ暇だったし。で、話って?」

 

 嫌な顔ひとつせず私の話に耳を傾けてくれるさゆに、私は率直に自分の今の思いをぶつけることにした。

 

「・・・遥と、千夏ちゃんと友達に戻りたいって言ったら、さゆはどうする?」

 

「・・・」

 

 薄々勘づいていたのだろうか、さゆは少しだけ空を仰いで、それから怒るでも喜ぶでもなく、いたっていつも通りの声音で返した。

 

「どうも思わないよ」

 

「え?」

 

「だってそれは、美海が自分で選んだことなんでしょ? だったらあたしに止める権利なんて、ない」

 

「けど」

 

 あの日から、私と遥を遠ざけようと積極的に動いてたのはさゆ当人だ。今更無関係な人間だと逃げることは出来ないはずだ。

 そのことはもちろん、さゆも分かっていたようだった。

 

「分かってるよ。あの人と美海を近づけさせないようにしてたのはあたし。でも、それは美海にこれ以上傷ついてほしくなかったから。もし美海があの人たちと友達に戻ることで傷つかないなら、あたしは何も文句は言わない」

 

「さゆ・・・」

 

「なんて、あたしも気が変わったんだよね。最初の方は美海のこと、自分のことのように考えてた。そしたら当然、許せるはずなんてないから、遠ざけると思った。・・・けど、それじゃ前に進めないんだよね、美海は」

 

 それは、どこか後悔のように見えた。自分の動きすぎてさらに縛ってしまったのではないかと、さゆは過去の行いを後悔しているようにも見えた。

 

「ごめんね、好き勝手動いちゃって」

 

「ううん、いいの。・・・ありがとうね、今日までずっと、私のこと守ってくれて」

 

「いいよ、礼なんて。・・・でも一つだけ確認。美海は本当に、それで幸せになれる? 相手は自分が昔愛した男で、自分以外の女と幸せになろうとしてるんだよ?」

 

 さゆの最後の問いかけに、少しだけ体が固まる。

 何度も覚悟していたけれど、友達に戻るという事は、その恋愛感情の一切を諦める事、捨て去ること。

 

 けど、覚悟も何も、もっと早くに捨て去るべきだった感情だから、今更もったいぶっても仕方がない。私に出来る道は、二人を、私を許して前に進むこと。

 

 だって昔から、私たちは「友達」だったんだから。

 

「全部受け入れたよ。それで、今日をもって完全に諦める。それが、負けた私に取れる最大の幸福であって、正しい選択だから」

 

「・・・やっぱおかしいよ、美海は」

 

 さゆは私以上に悔しそうな表情をして、そう吐き捨てた。最後の最後まで私の心を思ってくれているのだろう。

 震える指先を自分でぎゅっと握りしめて、さゆは私に言う。

 

「憎いとか、悔しいとか、そんな感情ないの!?」

 

「あるよ。たくさんある。・・・けどね、恋する前は二人とも親友だったの。・・・もしここで二人への思いを捨ててしまったら、昔は親友だったって過去すら無くなっちゃうの。・・・今どころか、過去も否定しちゃう。それだけは嫌なの」

 

 だってそうしたら、私にはもう何も残らない。

 

「私には、昔さゆが言ったような『一人で生きる覚悟』なんてない。独りぼっちは嫌なの、いつだって」

 

「あたしじゃ役不足って事?」

 

「いや、足りてるよ。・・・だけど、全てを捨てる選択をしてしまったら、私はこれまで以上にさゆに依存すると思う。それが互いにとっていいことだって、私は思えないよ」

 

 だから、意地もプライドも捨て去って、もといた場所に私は帰りたい。あの場所から離れて、全部を知ることが出来たから。

 

「・・・あたしには無理だな」

 

 さゆは最後にそう締めくくった。だけど、それでいい。それがいいと私は思う。

 置かれている境遇なんて誰だって違うから、その人の心になることは出来はしない。だから最適解もきっと人それそれ。これが私の最適解で、多分さゆの最適解じゃない。

 

「だからさゆ、改めて言わせて。・・・今日までありがとう。私の決心が着くまで、ずっと守ってくれて」

 

「・・・うん。あーあ、なんだろ。急に面白くなくなってきた」

 

「そんなこと言わないでよ」

 

「だって美海、どこまでもあの二人のこと大好きなんだもん。味方になって一緒になって嫌ってやろうと思ってたの、馬鹿らしい」

 

 私の為だけにさゆはどこまでも汚れ役を買ってくれていた。そう考えると、やっぱり申し訳なさは存在する。

 けど、その行為は何一つ無駄じゃなかった。種が植わって芽が出るまでの間、何度も訪れた台風から守ってくれたんだから。

 

「まあ、でもよかったよ。美海が仕事に就く前に全ての決着がつきそうでさ。ギスギスしたままあの店に行くの嫌でしょ」

 

「あー・・・、そのことなんだけどね」

 

「・・・へ?」

 

 もう一つ、私が秘匿していた思いがある。

 あの日から夢すら忘れていた私はボーっと生きてきたから、ただ惰性で毎日を過ごしてきただけだったけど、「誰かの助けになる」という夢を叶えるための場所を、私は見つけてしまった。

 

 だから、お母さんの所では働かない。・・・ううん、この街を出ていく。

 

「さやマートでの仕事の話、無しにしてもらうと思うんだ」

 

「え、ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあどこで仕事するって言うの!?」

 

「街」

 

「えっ・・・」

 

 私は、あの人・・・マスターの下で修業してみることにする。もちろんそれは喫茶店営業の腕、とかじゃなくて、人の為になることの修行。

 あの日あの人に掛けてもらった言葉の全てが、私の夢への道だと気が付いた。

 誰かの助けになるのに、どの言葉を選んで、どう付き合うか。あの人は多分、その術を知っているから。

 

 あの日店を出る前に、約束したんだ。夢を叶えるために、学ばせて欲しいと。

 

「私の師匠になってくれる人が見つかったの。・・・だからそこで、まずは自分のことを鍛えたいと思うの。昔さゆに言ったよね? 私がどういう大人になりたいかって」

 

「誰かの助けになる存在になりたいって・・・。でも、それってこの街じゃダメなの?」

 

「うん。今の私は何もないから、一から満たしていこうと思うの。・・・もう、遥がいなくても歩けるように」

 

 誰かに左右されない、私だけの夢。あの日閉ざしていた鎖を今全部解き放つ。

 

「美海のお母さんには言ったの?」

 

「昨日たっぷり話し合った。けど、最後は認めてくれたよ。ようやくやりたいこと見つけてくれたんだって、ホッとしてた」

 

「・・・馬鹿、なんでそんな急に」

 

「悪いと思ってるよ。・・・だからせめて、一刻でも早くさゆに伝えたかった。今日呼び出したのは、どっちかというとこっちが本題」

 

「・・・ホント、馬鹿だよね美海って。馬鹿正直で真っすぐで、決めたら揺るがない」

 

 私がこの街を離れるという事を知らされて動揺しないさゆではなかった。けれど、そこに涙はなかった。さゆもまた、私のことを応援してくれる一人だったから。

 

「いいよ、応援してあげる。その代わり、ちゃんと一人前になるまで帰って来るな」

 

「うん。だから、帰ってきたときはまた、よろしくね」

 

 私は右手を差し出す。さゆは少しだけたじろいで、ちゃんとその手を握ってくれた。繋がれたその手は、ただ実直に私たちの関係を表してくれる。

 私とさゆもまた、紛れもない「親友」であると。

 

 目を閉じて、愛しい存在を思う。

 

 ・・・大丈夫だよ、ママ。

 

 恋路は・・・ちょっと叶わなかったけど、夢くらいは叶えようと思う。誰にも左右されない、私だけの夢。

 そのために今は大事な物全部ここに置いていくけど、ちゃんと取りに帰って来るから。だからその日まで、この場所をお願い。

 

 

 

 心の凪が晴れていく。少しだけ身に染みる向かい風が止んだら、船出にしよう。




『今日の座談会コーナー』

 実はヒロインとの描写よりも美海視点の方が多い気がしなくもないα√です。けれど複数視点作品だからこそ出来る技だと思うんですよね。負けヒロインの葛藤、その後って。心境にどのような変化があったのか、どのような日々を過ごしていたのか、それを描写するにはアニメとか漫画の尺じゃ足りませんから。α√もあと数話、ぜひ最後までお付き合いお願いします。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

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