凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百九十一話α 私の帰る世界

~遥side~

 

 浮かれ気分のまま、時間は過ぎていく。

 千夏と話し合った結果、ちゃんと式は挙げたいという話になった。もちろん、誰かに遠慮することなんてないのだから、この結果に至っても何の不思議でもないけれど。

 

 ただ、結婚届を出してから式の準備まではそれなりの時間を要して、気が付けばもう夏休みとなっていた。・・・あの日以降、美海とは一度も逢えていない。それどころか、どこで何をしているのか、一部の人間以外誰も分からないみたいだ。

 

 だが、それを追求するのは道理から外れている。おそらくそれは美海自身が選んだ道で、俺が関与するものではない。だから、この話はここで終えることにした。

 けれど、そうはいかないのが俺の人生みたいだ。

 

---

 

「じゃあ、式場の予約は7月の最終週日曜で決定でいい?」

 

「ああ。多分そこが一番みんなの都合がいいだろうからな。・・・そうと決まれば、出欠のはがきださないとな」

 

 あれからいくらか修繕しだいぶ住みやすくなった家で、二人そんなことを語り合う。同棲生活も四カ月を経てだいぶ様になってきていた。といっても、結婚までの二年間も半同棲状態に近かったし、こうなるのも納得だ。

 

「ふふっ」

 

 ふと、千夏がどこか嬉しそうに微笑む。

 

「どうした?」

 

「いや、こうしてみるとさ。・・・改めて、結婚したんだなぁって」

 

「そういうの、大体結婚式当日とかにする発言だぞ」

 

 けれど、その迷いのない笑みが、俺はどこか嬉しく、誇らしく思う。

 

 この笑みは、かつて自分の罪に押しつぶされそうになって、笑顔の裏にさえ遠慮と後悔が滲んでいた千夏が、ここまでたどり着いた証だ。今はもう、幸せになることに遠慮も躊躇いもないだろう。

 傷つける強さと、乗り越える逞しさを、俺たちは過ごしてきた時間でちゃんと手に入れていたみたいだ。

 

「で、招待状どうしようか?」

 

「まず俺の同期連中には全部出すつもり。んで個人的なところで言うと世話になった病院の先生連中とか日野の真冬さんのところとか・・・」

 

「え、日野? 日野ってあの・・・」

 

 千夏は何かを思い出すようにその名前を口にした。やっぱりずっと陸に住んでいたのもあって、あの家の影響力の強さを知っているのだろう。

 

「ああ。多分その想像の通りだと思う」

 

「・・・なんで接点なんてあるの?」

 

 千夏は怪訝そうな表情で尋ねてくる。そういえばあの事件の話、千夏にはまったくしてこなかったなと思い出した。当然だ、警察やら夏帆さんやらに口外禁止を言い渡されていたのだから。

 

 ・・・けど、今は夫婦だ。ちゃんとこの秘密は共有しなければならないだろう。

 

「昔な、千夏が冬眠から帰ってこなかった頃、入院中にある事件に巻き込まれたんだよ。その時に渦中にいたのが、今の日野家当主の娘の陽香ちゃんでさ。そこから接点が出来たんだよ」

 

「そんなことがあったんだ・・・。で、その事件は解決したの?」

 

「まあな。・・・ただ、警察とかにこっぴどく叱られてさ、口外しないようにしてきたんだ。事件も未然に終わったわけだし。でも、流石にこれから一緒に暮らす千夏に隠し事なんてしたくないからさ。ちゃんと伝えたってわけ」

 

「そっか。言ってくれてありがとね。あと、絶対に口外しないから」

 

「ああ、頼むよ」

 

 それ以降、千夏は特に気にしている素振りは見せなかった。秘密なんて所詮こんなものなのだろう。ものによっては、記憶の片隅にも残らない。

 

「それで、招待状なんだけど千夏はどうだ?」

 

「共通の知人以外で言ったら・・・やっぱり高校時代からお世話になっている海の人かな。あんまり人数はいないけど、よくしてもらったのは間違いないから」

 

「あー、真先生とかか」

 

「そう。言っちゃえば今の職場の人だね。といっても人数少ないしほぼほぼ全員になるかな」

 

 なんて話し合いながら、リストを作って〇を埋めていく。一つ一つ名前を口にするたびに思い出と昔話が溢れてきた。自分がどれだけの人に愛してもらってここまで来たか、それを思い出させる。

 

 

 そして、その名前を最後に上げたのは俺だった。

 

「・・・美海には、どうする?」

 

「出すよ」

 

 即答だった。千夏の目には微塵の迷いもなく、この決断は最初から絶対のものだったということを暗に示していた。

 

「もちろん、烏滸がましいのは分かってる。敵対するつもりで話し合って、友達であることをやめて私は遥くんを選んだんだから。・・・でも、それでもね、やっぱり友達でありたいの。祝ってほしいの。我儘なのは分かってるけど」

 

「我儘なんかじゃねーよ。・・・俺だって、同じ気持ちだ」

 

 熱くなり、次第に口数が増えていく千夏を止めるように俺は一度頭をポンと撫でた。そして、四カ月前、プロポーズの時に秘匿していた秘密を今明かす。受け入れてくれると、信じているから。

 

「ちょっと懺悔、というか、結構懺悔。聞いてくれるか?」

 

「え、うん。いいけど・・・」

 

「・・・四カ月前な、美海にあったんだよ、ばったり」

 

「え?」

 

 予想はしていたが、千夏は信じられないというような表情で聞き返してきた。俺が嘘をついていないということを確認して、少しだけ俯く。

 

「今の俺たちのことちゃんと話した。上手くやってること、結婚しようとしていたこと。・・・そしたら、最終的に逃げられちまったんだよ」

 

「なんでそんなこと言ったの・・・!?」

 

「美海が望んだんだよ。今どうしているのか聞かせてくれって。だから俺は躊躇わなかった。・・・結果から見れば、裏目に出てしまったけどな」

 

 千夏は少しだけ困ったような表情をして、それから俺の胸のあたりをポスリと力のない拳で叩いてきた。

 

「・・・馬鹿」

 

「分かってるよ。俺は大馬鹿者だ。・・・でもな、美海の前で着飾って今の俺を隠すようじゃ、千夏に申し訳が立たないんだよ。俺が心から選んだのはお前なんだよ、千夏。いかなる相手でもその順列を誤ることだけは、絶対にしたくない」

 

「それも含めて、やっぱり馬鹿だ」

 

 今度は少しだけ嬉しそうな声色で、同じセリフを口にする。それから千夏は顔を上げて、俺の目をしっかりと見つめてきた。

 

「やっちゃったものはしょうがない。これからのことを考えないと」

 

「ああ、そうだな。・・・招待状は出す。それに異存はないよ。ただ・・・あいつ、今どこにいるんだろうな」

 

「そうだよねー。本当はさやマートで当面働くってなってたけど、あそこにいないどころかこの街でも全く見なくなったから・・・」

 

「・・・まさか」

 

 まさかの可能性ではあるが、ひょっと美海、街に行ったんじゃないだろうか。

 もしそうだとしたら、美海の行く当てはどこだろうか。あの街のどこに、美海との接点がある・・・?

 

 ・・・億が一のレベルの可能性だけれど、ひょっとしたら美海がいる場所は。

 

「マスターの所、か?」

 

「マスターって・・・遥くんがよく通ってた喫茶店の?」

 

「ああ。・・・分からないけど、俺が知ってる美海とあの街の接点ってそこしかないんだよ。もちろん、他の可能性もあるけど」

 

「いや、可能性があるなら出してみよう?」

 

「・・・そうだな」

 

 初めから、俺たちの答えは決まっている。後はその思いに美海が答えてくれるかどうかだけの話だ。・・・しがらみはそりゃもう嫌になるほど多かったけど、一生引きずっては生きていけない。

 

 

 だから、帰ってきてくれ。・・・もう一度、俺たちの世界に。

 

---

 

~美海side~

 

「で、美海ちゃん宛に手紙が来たけど、読むー?」

 

 店を閉め片付けの作業に勤しんでいるお姉さんが、手に持った手紙をひらひらと振る。その中身は・・・おおよそ察しが着く。

 だけど私は、どこかそれを待っていた。ちゃんと二人のもとへ帰るきっかけのようなものに思えた。もちろん、今はまだ夢を叶える途中。鷲大師に本格的に帰るわけじゃないけど。

 

「たぶんそれ、結婚式の案内じゃないんですか?」

 

「あったりー。あたしにも来たから間違いないね。・・・で、どうする?」

 

「決まってるじゃないですか」

 

 もう全てを理解している。自分がどうしたいか、二人にとってどうありたいか。

 お姉さんから手紙を受け取って、胸のほうに当てて答えを紡ぐ。

 

 

 

「帰りますよ、二人の所に」




『今日の座談会コーナー』

 α√、おそらく残り二話で完結です。なんだかんだ言ってα√もずいぶんと長い事書いたような気がしますね。前作のアフター二話しかなかったことを考えると、よくここまで膨らませたなという風に思います。もっとも、これだけ書いたのもあって描きたかった背景とか脳内のどこかで浮かんでいたシチュエーションとか全部文字に出来ましたが。自己満足の作品として思い残すことはないです。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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