凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百九十二話α 祝福の花束に抱かれて

~遥side~

 

 送り出した招待状は、そのほとんどが出席に〇がついた状態で帰ってきた。残念ながら欠席に〇がついてしまった招待状にも手紙が挟み込んであったりと、確かに無駄ではなかったことを証明している。

 

 つまり、これが俺たちの現在。乗り越えて進み続けて、積み重ねてきたものの結晶。それが嬉しくて、俺は胸を高鳴らせる。

 それはかつて人生に絶望した人間の心持ちではないだろう。今では全てを受け入れ、愛することが出来る。そうして俺はようやく大人になれたんだ。

 

 ・・・さて、帰ってきてない招待状が後二件・・・か。

 

---

 

「一応招待状の締め切り、今日だよね?」

 

「ああ。頼み込めば期限を延ばすことは出来るけど・・・あんまりしたくないよな」

 

「迷惑かかっちゃうからね」

 

 俺たちは山になった出欠のはがきをまとめながら、そんなことを呟いていた。結婚式まではもうそんなに時間がない。これからは準備も合間合間に挟まって来るし、仕事もあるしで落ち着いた時間が取れなくなるだろう。この休日から当面の間は忙しい日が続くことになる。

 

「誰が返してくれてないか理解してるんだけど、取り立てに行くのも失礼だしな・・・。全く、この歳になっても相変わらずの問題児っぷりだよな」

 

「まあまあ・・・」

 

 その時、家の呼び鈴が鳴る。鳴らした人物には見当がついた。

 

「たぶん光だろうな。行ってくるよ」

 

「わかった」

 

 リビングに千夏を残して、俺は玄関のドアを開ける。そこに立っていたのは、ぜーはーと息を切らした問題の渦中の人物だった。

 

「返事返すの、今日までだったよな!?」

 

「ああ、まだ受け付けてるよ。・・・んで、どっちだ? 光」

 

「行かねえわけねえだろうよ、普通」

 

「そっか、ありがとな」

 

 それから、光はいくらか折り目が着いたはがきを手渡した。そこにはでかでかと出席のほうに〇サインが施されている。

 

「悪ぃ、遅れちまって」

 

「別に問題ねえよ。・・・けど、別に口頭で言ってくれてもよかったんだぞ?」

 

「え、そうなのか? なくしたと思って引っ張り出して〇書いたの無駄だったのかよ!?」

 

「んなことだろうと思ったよ。・・・全く、お前らしいな」

 

 変なところで律儀になるのがコイツだ。だったら綺麗に保管してくれよって話になるけど。

 ・・・そう言えばちさきも、同じような目にあってたんだっけ、この間。

 まあでもやっぱり、こいつはこういうところがあるからこそ皆の愛着を誘うんだ。ずっと変わらないでいてくれる光に、俺は安心を覚える。

 

「とりあえず、受け取るよ。来てくれるの、本当に嬉しい」

 

「お、おう。・・・なんか気が狂うな」

 

「俺が素直に礼を言うのがそんなにおかしいか?」

 

「ああ、おかしいね。・・・なんだよ、ほんの十年前はひねくれものだったって言うのによ」

 

「おあいにく様、人間って十年も経てば変わるんだよ。俺も、お前も」

 

 本人がどこまで自覚しているのかは知らないが、光も十分に変わった。大人になった。少なくとも人のことを言えるような立場じゃない。

 

 立ち話が長くなるだろうと踏んで、俺は玄関から外へ出た。それを遠慮なしの合図と判断して、光は呼吸を整えて水面を見上げ、口を開いた。

 

「にしても、お前も結婚か。・・・なんか、焦っちまうな」

 

「焦る必要なんてねえよお前らは。ろくなことにならんだろ」

 

「まあな。多分ドタバタして失敗するだけだ。分かってるよ。けどやっぱりちさきのとことかお前とか見てると、すげー幸せそうだなって思っちまうんだよ」

 

「すげー幸せだからな、実際」

 

「はいはい自慢ですか」

 

 軽口を叩いて、少し惚気てみる。光は少し口を尖らせたが、まんざらでもない様子だった。心の底から祝福してくれているのだろう。

 

 けれどそれは一瞬のこと。たちまち光は急に素のトーンに戻った。

 

「・・・苗字、変えるんだって?」

 

「ああ。婚姻届も出して、正式に水瀬家に婿入りしたよ。だからもう、俺の苗字は島波じゃない。その気になればいつでも戻せるけど、未来永劫戻すことなんてないからな。残念ながらこの屋号はここまで」

 

「そっか。・・・結構好きだったんだけどな」

 

「残念がってくれるんだな。・・・俺も結構悩んだよ。でもやっぱり、俺にとっての今の両親は保さんと夏帆さん。そこには変わりないんだよ。実際、過ごした年月ももう逆転しちまったしな」

 

「そうか。お前が満足なら、それでいいや」

 

 新しい門出には、新しい何かが欲しくなる。俺にとってのその何かは苗字だったのだろう。

 島波という苗字は、一人だった俺の象徴。・・・もちろん、これから増やしていくことだってできたはずだ。だけどそれ以上に、俺はあの世界へ飛び込みたかった。それだけだ。

 

 光はグーっと背伸びして、俺に背中を向けた。

 

「んじゃ、帰るわ。夫婦水入らずの休日に邪魔するのも悪いからな」

 

「サンキュな。あと、当日の余興楽しみにしてるぞ」

 

「また俺が担当かよ! ・・・しゃーねえ、考えとくよ」

 

 いくら歳をとっても変わらない無邪気な笑みを浮かべて、光は俺のもとからどんどん遠ざかっていった。

 

「じゃあな。・・・さてと」

 

 その姿が見えなくなるのを見送って、俺は家に戻ろうとする。千夏は俺の様子を見に来ていたようで、玄関まで来ていた。

 

 

「待って!」

 

 

 刹那、後ろから声が響く。それは扉が閉まりきる直前の事だった。

 

 千夏は立ち上がり、俺は後ろを振り返る。ドアの先にいたのは、俺たちがずっと待ち望み、焦がれた人間。

 

 その声に先に答えたのは千夏だった。俺を押しのけて閉まりかかっていた扉を開け、勢いがままに美海に飛びつく。

 

「千夏ちゃん!?」

 

「どこ行ってたのよ本当に! もう・・・!」

 

 ああは言ったものの、千夏は美海がマスターの所にいることを信じきってはいなかった。だからこそ、本当にその安否を心配していたのだろう。

 呆気に取られていた美海だったが、何かを理解したのか、慈愛の笑みで千夏の背中に手を回した。

 

「・・・大丈夫だよ。心配かけてゴメン」

 

「美海・・・あの日のこと」

 

 今度は俺が名前を呼ぶ。どこまでも澄んだ真っすぐな瞳で美海は俺に頷いた。

 

「大丈夫。・・・私は元気だよ。それよりよく分かったね。私がお姉さんの所にいるって」

 

「・・・なんとなくな。あの人が美海のことを見つけるような気がしたんだよ。ただ、あそこで働いているってのは意外だったけど」

 

「最初は喫茶店自体に興味はなかったの。けど、私はあの人の所で働きたいって思ったの。結局、今となっては全部が楽しいけどね」

 

 そう言って美海は千夏から少し距離を取って、改めて千夏にはがきを手渡した。一瞬の事だったがはっきりと見える。そこに書いてある〇印に。

 千夏はそれを受け取るなり、ポロポロと涙を流し始めた。美海は苦笑いで言う。

 

「返事、私が最後かな? ・・・ぜひ行かせてほしいな、二人の結婚式」

 

「美海、ちゃん・・・!」

 

 嗚咽混じりで名前を呼び、何度も千夏はうんうんと頷く。ろくに会話も出来そうにない千夏の代わりに、俺が話をすることにした。

 

「美海、お前は・・・」

 

「色々考えたんだ。・・・でも、どう頑張っても遥は私を選ばないからね、だから諦めた。でもね、離れたくもなかった。そんな私が出来る事、何だと思う?」

 

「・・・友達に戻ること、だよな」

 

「そう。・・・ねえ遥。私をもう一度、二人の世界に迎えてもらっていいかな?」

 

 返事はすぐだった。言葉より先に首を縦に振る。

 

「ずっと、待ってたんだ。・・・これからも、友達で、俺"たち"の大切な人であって欲しい」

 

「うん。じゃあそうさせてもらうね」

 

 もちろん、すぐに元通りになることなんてない。

 だけど、踏み出す事すらなければ、何も起こらない。今俺たちは、確かにもう一度歩き出す一歩を踏み出した。あとはゆっくり、全て時間が解決してくれる。

 

「ところでさ、確認だけど、私が最後だった?」

 

「ああ、おかげさまでな。けど、どうしてそこにこだわるんだ?」

 

「最初か最後に出したかったの。けど、送る距離的にどう考えても最初は無理だから、最後を取ることにしたの。・・・その方が、私のこと見てもらえるかなって」

 

「美海らしい考えだよな、そういうの」

 

 俺の苦笑が伝染して、美海も笑う。そのころに、ようやく泣き止んだ千夏が声を挙げた。

 

「・・・おかえり、美海ちゃん」

 

「うん、ただいま。・・・ありがとね、ずっと待っててくれて。突き放したの、私なのに」

 

「ううん。私には待つことしか出来なかったから。だから、嬉しいよ。こうやってまた話せること」

 

 それから美海は手を差し出す。千夏は迷わずにその手を取って、両手で握り返した。

 そして俺たちは、俺たちが一番欲しかった言葉を、俺たちの一番大切な人から受け取る。

 

 

「遥、千夏ちゃん。結婚、おめでとう」

 

 

 

 水面が跳ねて、隙間から光が差し込む。

 それはいつか俺たちが夢見た、美しい海そのものだった。

 

---

 

 

 夏というのにも関わらず、涼しい風が頭上を吹き抜けた。

 目の前には飾られた、どこまでも綺麗な最愛の人がいる。式はもうすぐ、俺たちの人生で最大になりえるかもしれない瞬間が訪れようとしている。

 

 けれどこれはゴールじゃない。全ての始まり。

 水瀬遥として、俺が歩き出す第一歩の物語。・・・ずっと、その隣で千夏が支えてくれると信じている。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「うん」

 

 差し出された手は、優しく、そして強く握り返される。

 開かれた扉、祝福の渦の中へ一歩、また一歩と歩いていく。

 

 

 ここからの幸せの物語は、語るまでもない・・・・・。




『今日の座談会コーナー』

 ということでα√、これにて閉幕・・・。といきたいところですが、アフターのアフターを最後一話だけ書かせていただきます。それで千夏と結ばれる話は本当におしまい。残りは美海√になるんですけど・・・。感情移入とか強すぎて簡単に移り変われるかと聞かれたらだいぶ微妙ですね。やっぱり愛着のあるキャラ、愛着のある話なので、切り替えは少し堪えるところがあると思います。
 それに多分、β√の方がギスギスするかも・・・。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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