凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~美海side~
朝早くのこと、私は遥と邂逅した。
その時の遥の表情は曇りに曇って、余裕などなくて、だけど確かに、私に何かを伝えようとしてくれていた。
それが尾を引いて、私は一日中そわそわとあちこち徘徊していた。それは陽が落ちた家の中でも変わらず。
・・・会いたい。
ただ会いたい。もう一度顔を見て、声を聞きたい。今日という日を逃したら、多分次なんてないような気がする。
思い立った私は急いで玄関へ向かった。靴を履こうとする時、私の行動に気が付いたお母さんが声をかける。
「美海、どこ行くの?」
「・・・お母さんなら、分かってくれるよね?」
「そっか。遥君のところね」
小さく息を吐いて、お母さんは優しく諭すような声で私に投げかけた。
「本来は、止めるべきだけどね。こんな遅い時間なわけだし」
「でも、そう言うってことは止める気がないってことでしょ?」
「まあ、そういうこと」
うんと頷いて、一つグッドマークを作る。私が遥へ抱いている恋心を赤裸々に伝えているのは、家族だとお母さんだけ。私が今置かれている状況を、お母さんだけが知っている。
だから、私が今取っている行動が、遥に選ばれにいくということを、お母さんは理解してくれていた。
「行ってきな、美海。・・・ダメだったらいつでも帰っておいで。あんたの居場所はずっとここにあるんだから」
「ダメじゃなかったら?」
「好きにしな。二人はあたしがなんとかしておくから」
自分がかつて恋する乙女だったこともあって、お母さんは全面的に私の味方をしてくれるみたいだった。私は一度頷いて、靴を合わせてかかとをトントンと鳴らす。
「それじゃ、行ってくるね」
季節外れの雪を切り裂いて、私は駆け出す。
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~遥side~
瞳を血眼にして、美海のいる場所を目指す。
こんな時間に押しかけるなんて失礼極まりない話だろうけど、今日だけは我儘になる。全てを断ち切った俺には、安らげる存在が必要だから。
「あっ・・・!?」
バランスを崩して、派手にこける。最近メンテナンスがおざなりになっていたのか、足の調子も少しおかしくなっている。
「っ、クソッ・・・! 動けよポンコツ・・・!」
足に張り付いた鉛を殴りつけて、俺は立ち上がる。雪はさらに大粒になって、俺を立ち止まらせようとしているみたいだった。
それでも一歩、また一歩。
美海の家が遠くに見える。ゴールはすぐそこだった。
けれど、ついに俺の足は止まった。元からすべての体力を使い果たしていた体をどうにか心だけで動かしていたが、それでも限界が来てしまったみたいだ。
どれだけ醜態を晒せばいいのだろうか。今日という日はおそらく、これまでで一番の汚点と言っても過言ではなかった。・・・だからこそ、それを吹き飛ばすだけの「好き」を伝えたかった。あの言葉は魔法だ。それだけの力がある。
クソッ・・・あと少しなのに・・・!
「・・・もういいよ、頑張らなくて」
声が聞こえた。後ろを振り返る。
そこにいたのは、最愛の人。俺がその姿を目に焼き付けようと躍起になっていた存在。・・・遠い昔から、同じ痛みを共有した人間。
「美海・・・」
口をパクパクと動かし、俺はゆったりと身体の向きを変える。動かなくなっていた足は、誰かが背中を押してくれたのかゆっくりと進みだす。
そして、ついにたどり着いた。
言葉よりも先に体は動き出し、俺は力強く美海を抱きしめた。今日失った全ての対価を抱きしめた俺の口から、愛を確かめる言葉が零れてくる。
「・・・いっぱい捨てたんだ」
「うん」
一度目は力強く。
「保さんに、夏帆さんに酷いことを沢山言った。・・・俺は、あの場所を捨てた」
「うん」
二度目は優しく。
「千夏にも、『お前の気持ちには答えられない』ってちゃんと告げた」
「うん」
三度目はどこか悲しそうに。けれど嬉しそうに。
「だから・・・もう、いいよな?」
これ以上、問答なんていらないよな・・・?
俺は、お前と、幸せになっていいんだよな・・・!?
今日一日ため込んだ愛の感情は、今全て言葉になる。
「俺は・・・お前を選んでいいんだよな・・・!?」
「うん。・・・どうか、私を選んで」
四度目の返事は、全てを包み込む新雪のような柔らかさを孕んだ声色だった。堰が壊れた瞳から、大粒の涙がこぼれてくる。
どこまでも情けない格好で、俺は「愛」を「恋」へと結び付けた。ずっと欲しがっていた、史上最大規模の「愛」が今目の前にある。
それ以上、言葉が出てこなかった。ただ一つ「好き」という言葉を伝えるために、俺は全てを歪めてしまった。
その後悔と、答えに辿り着くことが出来た喜びがずっと涙となって現れる。
そんなみっともない俺の頭を撫でながら、美海は穏やかな言葉を投げかけた。
「・・・ありがとう。私のために全部投げうってくれて」
「あぁああ、うあああ・・・!」
「辛かったよね。大好きな場所を失いたくなんてなかったよね」
気持ちに逆らう余裕なんてない俺は、必死に嗚咽をこらえながら二、三度首を縦に振る。それでもって、必死の言い訳を紡いだ。
「でも・・・それ以上に俺は・・・美海を失いたくなかったんだよ・・・!」
「そっか。・・・幸せだなぁ、そんなこと言ってもらえるなんて」
涙で視界がぐにゃりと歪んで表情が見えない。だけど確かに声色は温かい色で、こんな冷たい雪など一気に溶かしてしまいそうなほどだった。
きっと優しい表情をしている。ずっと一緒に歩いてきたんだ。分からないはずなんてない。
それから間もなく、今度は美海から俺を抱きしめてきた。身長が足りない分、精一杯背伸びをしながら。背中に回された腕が、何度も俺を撫でてくれる。
「私のために泣いてくれてありがとう。・・・私のために、全部捨ててくれてありがとう。・・・大好きになってくれて、ありがとう」
それは、俺が抱えた全てを許す言葉。俺が流している涙から、次第に後悔の色が消えていった。今は、「愛を伝えられた喜び」という色だけが残る。
美海にとってもそれは同じようで、美海の顔に触れている肌は、温かさに濡れていた。それが恋しくて、俺はまた力強く自分のほうに引き寄せる。
涙に濡れたしょっぱい口づけが交わされたのは、それからすぐの事だった。
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空から降りていた雪が止んだのは、それから十分が経った頃だった。
俺たちはひとしきり泣きあった。そのたびに愛を確かめた。選んだ道への後悔はもう微塵も残っておらず、俺は久方ぶりに笑みを浮かべることが出来た。
「・・・すっごい恥ずかしいとこ見られたな」
「ううん、私も泣きっぱなしだったからお相子」
手は自然に結ばれ、俺たちは月に照らされて揺らめく海をただ眺めていた。
今なら涙を流すことなくいえる。愛の言葉と、俺の本心を。
「・・・好きだ。大好きだよ、美海。もう間違えない。もう迷わない」
「うん。・・・私は遥の一番。そして遥は、私の一番だよ」
「ああ」
それからまた自然に口づけを交わす。お互いの心に出来た空白を満たすには、何度も愛を交わす必要があった。
・・・いや、必要とか、義務とかそういうのじゃないよな。俺は俺の意志で、こうやって愛を確かめたいんだ。
触れた唇が離れるたびに、また愛を確かめる言葉が放たれる。それが二度ほど続いた後で、美海は苦笑いを浮かべた。
「キリがないね。好きって言ってキスをしての繰り返しで」
「やめるか?」
「やめたくない。・・・けど、ずっとここでこうしてたら誰かに見られちゃうよ?」
人気の少ない通りではあるけど、誰も来ないとは限らない。流石にこんな場面を見られていたら、それはもう顔面が真っ赤に染まることは間違いないだろう。
けど・・・離れたくない。返したくない。そこにいるのは、「男」としての俺だった。
だから、誘いの言葉が口から零れるのは当たり前のことだった。
「・・・家、来るか?」
「行きたい。・・・今日は、帰りたくない」
「そうか。・・・じゃあ、行こう」
「うん!」
離さないように手をしっかりと絡めて、俺は美海の手を引く。そのままの勢いで海に飛び込もうとした瞬間、美海はもう片方の手を俺の背中の方に回して抱き着いてきた。身動きが取れなくなってしまったが、もう手遅れだ。
「えっ、おいっ・・・!?」
「レッツゴー♪」
俺たちは抱き合ったまま、水面に体を打ち付けた。
それから深く、深く蒼い海の底へ沈んでいく。
誰にも邪魔されない、俺たちだけの世界へ、沈んでいく・・・。
『今日の座談会コーナー』
なんかみっともない表情してるシーンのセリフ回し、K原H希みが凄いんですよね・・・。多分ホワイトアルバム2に触れなかったらこのアフターこんなに深掘りすることなかったんで、そう考えるとあの作品はまあまあ大罪ですね。もちろん、浮気とかは作者が大の苦手としているジャンルなんで書くつもりはないんですけど。ただやっぱり、あの作品はただの「浮気話」に収まらないのがやばいんですよね・・・。
書いててなんですがβルート、αより難易度高くて遅筆になりそうな予感・・・。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)